那古教編・暫定版 

〜00〜
シンシュウの地



刺すような、身を切るような冷たい空気。
数年ぶりに戻った故郷の地は、昔と変わらず、わずかに早い、冬が訪れようとしていた……。

「あいかわらず、か……」

白く塗りつぶされた、周りの景色を改めて見て、俺は白い息と共に、言葉を吐き出す。
雪に閉ざされた世界。もともと、人気が少ない里は、この時期は雪のせいで出歩くものは少ない。
シンシュウ地方の、ウエダ地域……かつての故郷は、あの時と同じ、そのままの姿でそこにあった。

「さて、それじゃ行くとしますか」

懐かしい道を踏みしめ、俺は、自分の家に向かって歩き出した。

「……若、そちらは目的地とは逆方向ですが」
「え?」

が、かけられた声に足を止める。
後ろに向き直ると、同行者である海野と、歩美が呆れたように俺を見ていた。

「若様、ひょっとして、フツーに忘れてます?」
「いや、まぁ……」

なにせ、数年ぶりの故郷である。
大事なことは覚えていても、それ以外のことはすっぽりと、頭の中から抜けていたりするのだ。

「……細かいことは、気にするな」
「細かくはないと思われますが……ともかく、こちらです」

海野の先導で、俺は再び道を歩き出した。

「ここが、ノフさんの故郷なんですか……」

俺の背中におぶさっている、はるかちゃんが、周囲を見回して、そう呟く。
そう、ここが俺の故郷、シンシュウ。かつての思い出の地に、俺は戻ってきたのだった……。

〜シンシュウ統制会・本部〜

統制会本部。

ここ、シンシュウの全域を支配する組織の建物であったが、そこはパッと見、普通の屋敷にしか見えなかった。
そう、外から見たら、である。

「そういや、ガキのころ……こういった罠によく引っかかってたよな」

天井から逆さづりにされて、俺は苦笑を浮かべた。

「あ、あのっ、大丈夫ですか、ノフさんっ!?
「おー。はるかちゃんは、大丈夫だったか?」
「私は、大丈夫ですけど……」

事の顛末は簡単なことで、玄関から1歩目のその場所に、簡単な罠が仕掛けられていたのだ。
いわゆる狩猟用の罠で、踏むとロープの輪が足に絡み、そのまま宙吊りにする仕掛けのものだ。
それを踏んでしまったのは、はるかちゃんだったが、とっさに俺は、はるかちゃんと体の位置を切り替えたのである。

ちなみに、いたるところにこういった罠が仕掛けられており、まるで……からくり屋敷である。

「よっ……と」

足に絡まったロープを切り、地面に降り立つ。
しかしまぁ、ほんとに物騒な屋敷だな、改めてみると。

「二十一様、お怪我は?」
「ああ、大丈夫だ。いいか、歩美、変わり身の術には、こういった使い方もある」
「……二十一様、それ、変わり身の術って言うんじゃなくて、見たまんま、身代わりの術じゃないですか」

呆れきった声を出す歩美に、俺は苦笑する。
確かに、本来ならこういう使い方はしないだろう。そもそも、わざわざ罠にかかってどうするのかと。

「まぁ、ともかく……こういった罠が山ほどあちこちにあるんだ、注意して進まないとな」
「といっても、いまさらそんな罠に引っかからないですよ」

それもそうだ。長年、この屋敷で過ごしてきた俺たちにとって、この程度の罠は、無いに等しいものだ。
まぁ、俺たちだけなら、だが。

「歩美、はるかちゃんの世話を頼む」
「……はぁい」

俺の言葉に、少々不満げに歩美は返事をする。
まぁ、実力は随一だから、そう心配することもないだろう。

「ほらそこ、足元に罠があるわよ。ああ、もうっ、うかつに壁に触らない! どんでん返しも仕掛けられているんだからね!」
「は、はいっ……えっと、あぁあぁ……」

歩美の注意を受けながら、あたふたと歩くはるかちゃん。

「微笑ましい光景だねぇ……」
「まぁ、確かにそうかもしれませんね」

後ろを見ながら、俺と海野は苦笑を交し合った。
そうして、俺達四人は屋敷の中を進んでいった。

曲がりくねった通路……。見るたびに、微妙に視覚がずれ、方向感覚が狂うように作られた壁。
普通の人間なら、確実に迷ってしまうように作られた屋敷の中を進んでいく。

そうして……屋敷の最深部。

「ここです」

先頭を歩く海野の指し示す先……そこには木の扉があった。
扉を開いて、中に入る。

部屋の中は薄暗く、闇が周囲を支配していた。
僅かな明かりを放つ、蝋燭に照らされたその部屋には、七つの影があった。

影達からは、沈黙と、殺気が滲んでいる。
それは、あからさまに俺に向けられていたが……。

「よう、ただいま」

俺は手を上げて、気軽に挨拶をした。とたんに、影達の間から苦笑がもれ、殺気が消える。
そうして、その雰囲気は、俺の知ってる懐かしいものへと変わった。

「まったく、変わっておらぬな、お前は」

闇の中より、蝋燭の明かりのもとに出てきたのは、緑の法衣に身を包んだ、壮年の老人だった。
引き締められた身体を、ゆったりとした法衣に包んだその人は、俺に歩み寄り、手を差し出す。

「よく帰って来てくれた、二十一」
「ああ、ただいま、師匠、みんな……」

俺はただ、その手を握り返す。
俺の二人の師匠のうちに一人、雷帝の呼び名を持つ、筧御王の手を。

不覚にも、涙がこぼれそうになり、俺は改めて自覚する。
俺の故郷である、ここに、改めて帰ってきたのだということを。

そうして俺は、再びこの……シンシュウ統制会の長に戻ったのだった。


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