■福満しげゆき■



●『まだ旅立ってもいないのに』(青林工藝舎・2003年)

福満しげゆきという作家は、ガロの読者コーナー4コマガロから本誌に入選デビューした変わった経歴の作家である(ちなみに、連続大判掲載記録保持者でもある)。
入選後、何作かガロに作品を掲載し、ガロ休刊後は青年誌、エロ漫画誌などに作品を発表し、最近はアックスで連載。
そして、ついに単行本を出すまでに至った。

この作家の漫画は、青春期の冴えない男の子の話が多い。
そして、女性に対して、友達に対して、大人に対して、学校に対して、社会に対して、自分に対しての鬱屈した感情を、非常に的確に描いている。
普通であれば、このような悩みの出口は開き直りである。
しかし、福満しげゆきの漫画は絶対に開き直ることはしない。
そして、堂々巡りの苦悩こそが、この漫画の面白みであるのだ。

この単行本「まだ旅立ってもいないのに」の収録作品は、ガロやアックスに掲載された作品がほとんどである。
しかし、商業誌に掲載された作品は毛色が違うため見送ったのだろうが、ガロ入選作の「妹味」なども収録されていない。
そう考えると、初単行本というわりに、作者はかなり多くの作品を描いてきたのだなあ、と思う。

この作品集に掲載された作品で、僕が最も思い入れが強いのは、表題でもある「まだ旅立ってもいないのに」という作品である。
この作品を読んだとき、僕はあまりパッとしない2期目のガロで初めて身震いするほどの作品に出会ったと思った。
繊細な線で異常なほど描き込まれた絵、不条理的世界でありながら鬱々とした日常を的確に表現したストーリー、そして4ガロ時代からの魅力ある脱力系ギャグ、どれもが本当に素晴らしい作品だと思った。
何度も何度も、掲載されたガロで読み返した記憶がある。
自分は世の中からズレているかも知れない、と思う人は一読すれば必ずハマる、魅力的な雰囲気があるのだ。

余談になってしまうが、福満氏は一度アックスに「友達がいないので電話ください」という文章を、電話番号つきで投稿欄に掲載したことがあった(後で聞いたら、普通にハガキを工藝舎に投稿したそうである)。
僕はそれを読みドキドキしながらも、電話をしてみた。
すると、すぐにつながり本人とお話ができた。
ガロや、アックス、漫画業界全般のことについて、とても気さくにお話してもらえて非常に嬉しかった記憶がある。
そして、「会って話をしよう」と仰って頂き、後日、福満氏のバイト先(当時はまだ大学に在籍中で、古レコード店でバイトをされていた)でお話をさせて頂いた。
福満氏本人は、漫画に出てくる少年の印象と近く、どこかナイーブそうで、でも非常に気さくで、少年がよく着ている例のパーカーを着ていた。

その時、様々な話を聞かせてもらったのだが、やはり福満氏にとっても「まだ旅立ってもいないのに」は思い出に残る作品であるようだった。
草を一本一本描いたり、人物を丹念に描き込んだり、非常に疲れる作品だったが、描きあげた時は最も充実感があったと語っていた。

他にも、4ガロからガロ入選までの話、ガロ分裂時の話、商業誌での話、漫画の技術論(当時、僕も工藝舎に一回持ち込みをしたりして漫画を描いていたのだ)、今考えている作品のプロット、などなど沢山お話をさせていただいた。
外見は漫画の印象に近かったが、内面は印象と違い、非常に熱いものを持った方で、驚くと同時に感動した覚えがある。

この時は、本当にためになったし、自分が大好きな作家とじっくりと話が出来た体験は初めてで、実に嬉しかった。
そして、ガロ系漫画描きという、恐ろしく狭いジャンルの仲間に出会えて語り合えた事は(僕なんかが言うのはおこがましいが、福満氏にもそう仰っていただけた)何物にも替えがたい体験だった。
僕が東京を離れた後も、電話連絡などしていて、一度数人で一緒に同人誌をつくろうという話をしたりしたけれど、それは途中でなくなってしまった。
今思うと、非常にもったい無かったと思う。

最近は、さすがに遠慮してしまい電話も全くしていないが、この作家の活躍を見ていると本当に嬉しくなってしまう。
これほど、弱者の気持ちが分かる心と、熱い漫画家魂を同時に持った作家はそうはいない。
大成功して欲しいと思う反面、読者に近い位置にいるガロ系漫画家として、これからもずっと描き続けて欲しいと願って止まない。



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