■蛭子能収■



●『地獄に堕ちた教師ども』(青林堂・1981年)

まず、始めに言っておきたい。

蛭子能収は天才である。
蛭子能収は悪魔である。

一頃、世間では蛭子能収は人畜無害でつまらない漫画ばかり描いている人だと、勘違いされている時期があった。

最近は、根本敬や浅草キッドによって蛭子能収の悪魔伝説が広められたおかげで、人畜無害だとか、いい人だとかいう間違ったイメージはある程度薄れつつあるのではないかと思う。
しかし、天才作家であるという事実は、なかなか認識されていない。

確かに最近の連載などは酷い内容の物ばかりである。だがもちろん本来の作者の漫画とは、こんなものではない。
蛭子能収の漫画とは、生活の不満と日頃の欲望と異常な想像力と不気味な絵と、これら全てがぶち込まれた狂気の塊なのだ。
そして、蛭子能収が最もキレていた頃の作品が集められたのが、この『地獄に堕ちた教師ども』だ。

しかし、この漫画の面白さを言葉で表現しようと思ったのだが、申し訳ないが、はっきり言って言葉で伝えることは出来ない。
僕の表現力がないのもあるだろうが、おそらく誰も言葉では表現できないのではないだろうか。

一家の生活のため負けられないパチンコの勝負をしている男が、中国の喫茶店で毛沢東とパチンコ台を日本から輸入した話をした事を思い出したり、ソロバン塾で月謝を払うのと月謝を払う事で貰える抽選券が欲しいために、コンクリートのひび割れからお金をほじくり出したり、しかも、抽選の前に行われた講師の手品のタネを見破った塾生がソロバンでぶん殴られたり、競艇のボートは、実は線路の上を走っていて、それを見た男が笹川良一と競艇の秘密について話したり、いきなりエレベーターの地獄行きボタンを押してしまい、地獄へ堕ちていってしまったり・・・

このように、恐ろしく尋常ではない風景が延々と広がっている。
当然それらに理由など無く、登場人物が疑問に思うこともなく、また読者に疑問に思わせることもない。

抗う事もできず、ただ受け入れることしかできない不条理な世界。
はっきり言って、これは悪魔が見せる悪夢だと思う。
もしくは、狂人が見る幻覚か。
しかし、悪夢であれ、狂人の幻覚であれ、これが最高に面白くて、魅力的なのは間違いない。
これは、この漫画が人間の内に潜む、得たいの知れない部分を鋭く突いて、刺激してくれるからではないかと思う。
根本敬は蛭子能収を「狂気を内側から描いている人」と言っていたが、この頃の作者はまさに、気ちがいであり天才だったのだ。

もし、この頃のブチ切れた蛭子能収を知らない方がいたら、絶対に読んだ方が良いと思う。
おそらくは、今までもこれからも、こんな作家、こんな漫画は他にないだろうから。

また、異常作品に混じって、貧困層の悲しさと怒り、世間の不条理を鋭く描いた「仁義なき戦い」のような作品が収録されていることも忘れずに付け加えておく。



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