
| 1987年 | : |
この時期には『集団』としては活動していなかったが、翌年 のワンダーフェスティバル参戦を睨んでいた小松原は現、 有限会社RCベルグの前身にあたる『ベルグ遠心注型研究所』と接触。 代表の渋谷氏 と親交を深める。又、当時海洋堂の原型師として活躍中 だった坂本正則氏と出会い強引に押し掛けてファンド造型を学んだ。 この年、小松原は月刊モデルグラフィックス誌でデビューを 飾り一応『プロ』の造型家としてデビューする。 デビュー作は意外にもフルスクラッチ 1/144小林誠版ジ・オ それも『シャア専用』機。『赤将鬼』なる『イタイ』ネームまで 付けていた。(この作品は坂本氏の影響から全体の90%が ファンドにて作られていた) | |
| 1988年 | : |
早川広志(現造形部門チーフ)、竹原信明(1991年脱退)が加入。 夏、ついに同級生二名(両名とも1991年脱退)、早川、竹原ら五名と ワンダーフェスティバル初参戦!RCベルグの協力により、 アマチュアディーラー初の遠心注型にて 『1/220Zプラス』を持ち込み 18分で100個を完売。尚この時のグループ名は『クーデター』であった。 この年の10月グループ名を『HI・RO&studio RECKLESS』とし、 同級生2名と早川広志、竹原信明等と共に 総合立体物制作チームとして正式発足。 | |
| 1989年 | : |
この時期、ゼネラルプロダクツの商品原型製作を手がける 商品原型の難しさを思い知る事になる。 1月のワンダーフェスティバルにて 1/220Zプラス改訂版を販売。 この年の月刊モデルグラフィックス誌5月号 ガンダムセンチネル第21回にこのZプラスが登場。 春、安海嘉彦(現PCワーク担当) R・S(1990年脱退)加入。 草刈健一氏、生嶋毅彦氏と出会う。 夏、ワンフェスで 1/220ゼク・ツヴァイが爆発的な反響を呼んだが、 作品の出来はいま一つ。 | |
| 1990年 | : |
この時期は主にワンダーフェスティバルへ参加し、 時々月刊モデルグラフィックス誌の作例をこなすといった活動内容。 夏、ワンダーフェスティバルで 1/220Zプラス大改修版を デカールつきで発売。この時期に法人ディーラー以外でのデカール付きキットは 希少でわずか4ディーラーしかいなかった。 | |
| 1991年 | : |
この年ボークスさんで
1/220エルメスの原型を製作。 この時期ボークスさんへ小松原、早川両名の入社の機運が高まるも辞退。 ボークス社長重田氏より貴重なお話を賜りひとまわり大人になる。 夏、ジャフコンの前身の『Fコン』が開催される。 このイベントの登場でワンフェスではガンダムの版権が降りなくなる。 この時ボークスさんより RECKLESS1/220Zプラス最終版がFコンで販売される。 | |
| 1992年 | : |
JAF-CONが開催される。当然ながら参戦。 小松原誠(代表博之の実弟、現造形アシスタント)が加入。 | |
| 1993年 | : |
当時はイベント等の服装をお客様に対し失礼のないように と全員スーツ着用で迎えていたが、ある事件を知った事を きっかけに全員が黒い服装とサングラス着用になる。 | |
| 1997年 | : |
結成10周年を迎え『HI・RO& studio RECKLESS』 から正式名称を『studio RECKLESS』に変更。 | |
| 1998年 | : | 河部尚樹(仮名)加入。 | |
| 1999年 | : | 与謝野折檻氏と出会いタッグを結成。 | |
| 2000年 | : |
月刊ホビージャパン誌において『ガンダム・インテグラル』 を与謝野氏とのタッグで連載開始。 カトキ氏よりGFFの原型師として抜擢される。 | |
| 2001年 | : |
C3プレ参戦。 神道典 加入。 | |
| 2002年 | : |
C3 2002参戦。 当サイト「BLACK REIGN」開設。 | |
| 2003年 | : |
C3 2003参戦。 | |
| 2004年 | : |
キャラホビ2004参戦。 | |
| 2005年 | : |
キャラホビ2005参戦。 石川誠 加入。 | |
| 2006年 | : |
キャラホビ2006参戦。 | |
| 2007年 | : |
キャラホビ2007参戦。 | |
| 2008年 | : |
さとうしろう(仮名) 加入。 高嶺拓海(仮名) 加入。 斉藤実盛(仮名) 加入。 | |
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