2人の為の
 生徒が教室に入って来て、まず、感じたことは、その異様な空気だった。
 いきなりに休んだ教師に対しての、不信ではなく、代理を進んで請け負った、横暴教授に対する不満ではあったが、1人生徒が増えていくたびに、強まるこの圧迫感。思わず逃げ出したくなったとしても、それは仕方がないことだろう。

 それでも、努力して、笑顔で迎えると、幾分、引きつり気味だったかも知れないが、生徒達には概ね、良心的に受け取って貰えたようで、堰を切ったように、諸般の事情で、休まざるを得なかった前回の授業での出来事を、それは熱心に語ってくれた。
 口々に、訴えることは、確かに生徒の肩を持つに相応しい、とてもセブルスらしい、可愛らしい嫌がらせだとは、思う。しかも、グリフィンドール生ばかりでなく、リーマスに対する嫌がらせも兼ねている、非常に効率の良い方法ではないかと関心までしてしまう。
 
 レポートは書かなくてよろしい。
 その宣言に、たった一人を除いて、みなが喜ぶが、リーマスには、たったひとつ、腑に落ちないことがある。
 どう考えても、既に、提出期限は、過ぎているのではないか、と。
 セブルスも、初めから、提出させる気は、なかったのだろう。リーマスが復帰する、最初の授業で、取り止めにすることは予定のうちだったとしても、提出期限は、今日の朝の筈だった。本当に、これで、いいのだろうか。
 深まる謎は、謎として、生徒達に言った手前、きちんと、セブルスには話を通しておかなければならない。
 面倒くさいが、セブルスの心の底からの、嫌そうな顔を見られることで、よしとしておこう。




 控えめで律儀なノックの音に、わたしは作業を中断した。
 わたしの部屋を訪れるのは、限られている。
 だからといって、その訪問者を歓迎するかは、別の次元の問題である。
 そして、ノックをした以上、それは入室の許可を得たと、何か勘違いをしている男は、当然の顔をして入ってくる。
 侵入されたからには、追い出す為に努力を重ねる羽目になる。
「用件は、何だ」
「うーん、この間の代理授業のお礼を、ね。
 きみの見る気もない宿題には、皆、喜んでいたよ」
「何の、話だ?」
「あーあ、覚えてもない。理由をつけて、人狼に対してのレポートを書かせた、だろう。これも忘れていると思うけどね。提出期限は、今朝」
 何故か、胸を張るルーピンに、確かに忘れていた自分を思い出した。
 そんな、話もあった、な。
 すっかりと忘れていた。
「僕の権限で、取り止めにしてきたけど、文句はないよね。存在すら忘れてた、スネイプ教授殿」
 楽しそうに、指摘するが、そのことは、顔には出していない。だというに、何故、こいつには判るのだ。
「用件が済んだら、早く出て行け」
 早く釘をさしておかないと、こいつのペースに乗せられる。同時に、既に、入室、いや、侵入を黙認した行為が、乗せられていると同意語であると、諦めもしてはいる。
 不本意ながら、長い付き合いになる。
「まぁ、もう少し位いいだろう」
 行儀悪く、わたしの作業台の片隅に腰をかけ、すっかりと、長期戦の構えだ。
「あんな課題を出したのは、ハリーに僕のことを知らせたかった、からなのかい?」
 わたしの反応を待っているようだが、生憎と、わたしは、こいつと話す気はない。ここで情けをかけたら、どうなることか。
 諦めたのか、ルーピンは話しつづけた。
「ハーマイオニー、ミス・グレンジャー以外は、課題をこなそうともしていなかったから、多分、きみの目論みは、彼女以外には、無意味なことになっているよ」
 無言で、手元に集中する振りを続けるわたしを、いきなり、覗き込みにやってくる。っ、馬鹿者、手元が狂う。
「でも、さ。
 きみ、ジェームズに似てきたよね」
 冷静を装っていたが、覗き込みには、かなり動揺していた、ようだ。
 こいつを相手にはしないと、誓っていた理性は、無残にも、条件反射に押し流された。
「誰が、だっ。誰が、あの男に、似ている、と」
「うーん、気付いてないのかなぁ。
 嫌がらせの為になら、労力を惜しまない辺り。自分の授業は、自習にしてまで、グリフィンドールに嫌がらせ、だもの。
 きみの性格だとしたら、本当に嫌っていたら、嫌がらせなんかしないし。本当に、屈折して、グリフィンドールの彼らを愛しているんだね」
 聞き捨てならない、誰が、誰を、愛していると、ふざけたことをいう。
「きみってば、どうでもいい人間達は、見事に無視、で、終わりなのにね。もしくは、スリザリンの彼みたいに、ね。
 ほんとに、ハリーも彼も、愛されてるよねぇ」
 しみじみと、呟かれ、反論をしようにも。
 恐らく、こいつに、なにを言っても無駄だろう事は、充分に、経験済みだ。
 元から、何かが、ズレていた奴だったが、今では、違う世界に生きる生物と化していた。どう相手にしても、負けるのは、常識を持つこちらの方だ。それは、嫌というほどの経験がある。
 わたしに残された手段は・・・

 判った、判ったから。わたしがハリーを愛していると、そういうことにしておいてやる。
 だから、早く、おまえはここから消えてくれ。 




人狼についてのレポートの期限は
月曜の朝、なんです。
普通、そうしたら、翌週の月曜の朝ですよね?
で、その日の午後担になっても、未だ提出せず。
立派な集団的確信犯である。
グリフィンドール、侮りがたし。
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