ああ、また始まった、これだから、わたしは戻りたくないのだ。
「おまえは、まだ、ならんのか」
「・・・ですから、何度も申し上げている通り、わたしが“闇の魔術に対する防衛術”の教授に着任したら、今度は“魔法薬学”の教授がいなくなるのです」
「そんなもの、探せばいいだろう。何時でも求人広告は掲載すると、校長には言ってあるのだというに」
「その校長が、言うのにはですね、わたしよりも適任がいないとのことです」
「“闇の魔術に対する防衛術”にはいると、そういうのか」
「ですから―――」
わたしは、防衛術よりも薬学に生涯を奉げたいのだと、いい加減悟っても良い頃だと思うのだが、慣例の通りに生きることに価値観を見出している人間には、無理なことなのだろうか。
果たして、この人間を説得できる存在が、この世にいるのか。
「おまえには、スネイプ家の嫡子として、“闇の魔術に対する防衛術”の教授にならなければならないのだ。その責任が、セブルス、おまえにはあるのだ。
忘れているわけではなかろうな?」
「ですからっ」
「おまえが、ホグワーツに入学する前に、闇の魔術に関することは一通り教育した。
スリザリンにも組分けされた。
後は、教授になるばかりというのに、肝心のおまえは、薬学なぞにうつつを抜かして。
おまえは、あの前任者達よりも劣るというのかっ」
なにもいうまい、このまま好きなだけ語らせておけば、いずれ気が済むだろう。
ただ、説教を食らう学生のように黙って聞き流すわたしに気付かない、人の事に関心を持たない上司を持ったこの男の部下に同情するだけだ。
「わたしは、スネイプ家の伝統に則り、ハッフルパフに入り、予言者新聞の支局長になった。
父は、レイブンクローに入り、魔法省の役人になった。
祖父は、おまえと同じにスリザリンに入り、教授となったものを。
それが、スネイプ家の当主としての義務であり、正しいあり方なのだ。それなのに、おまえは」
「そうですよ。
セブルス、あなたももう、30にもなったというのに、花嫁の1人も見つけられないのです?」
最悪の、乱入。小言が長くなる。
小言だけですむのなら、ありがたいくらいだ、この人の目的は小言ではなく、実力行使をする機会を狙っている。
先程以上に態度に気をつけなければ、取り返しのつかない敗北に落ちてしまう。
「ですから、それも以前から申し上げているように」
「ええ、何度も聞いていますわ。初恋の君が忘れられない。それは、構いません。
でも、セブルス、そのお相手というのは、もうとうの昔に亡くなられた方でしょう?
お父様があなたの年の頃には、後継ぎが、あなたがいたというのに。
――――
ホグワーツにはいらっしゃらないの?」
「母上、あの化け物もどきのことをおっしゃっているのですか?」
「違います。
私も自分より年上の娘はいりません。セブルス、恐いことを想像させないでちょうだい。
勿論、学生に決まってますでしょう?誰が、1人位、いないのかしら。
お祖父様も、教え子と結婚されたのですし」
「ええ、何度も聞いています。グリフィンドールの才媛でしたね。
ホグワーツといえど、学生の質は落ちています、スネイプ家の、母上と同じ席に座らせることの出来る学生などいません」
毎回、思うのだが、スリザリン寮監がどうして、グリフィンドール生と在学中に恋愛できるのだろうか。
その以前に、学生を相手にする、その時点で、既に犯罪ではないのか。
スネイプ家でそれを問題視する良識ある人間は、生憎とわたししかいない。
「セブルス、私、結婚相手も自分で探せないような不甲斐ない息子に育てた覚えはありませんよ?
このままでは、示しがつきません。
セブルス、お母様に、叔母様方にあなたの結婚相手を探していただくような、そんな恥ずかしい真似をさせないでちょうだい、お願いよ」
クリスマス休暇を目の前にして、わたしは少々滅入っていた。
家に帰れば、嫁を貰え、教授職に就け、だのとうるさく言われ続ける。滅多に帰らない故に、スネイプ家の社交にも借り出され、したくもない愛想笑いで、客人をもてなすなど考えたたくもない。
それを避ける為には、ホグワーツに残るしか術はなく、毎年、ホグワーツが閉鎖される夏休み以外は、ここで1年を過ごすのだ。
わたしに、用事を押し付ける教授はいなくなり、スリザリン寮生は、わたしが静寂を好むことを、身を持って知り尽くしている。わたしの邪魔をする愚かな寮生はいない。
例年に比べ、多少の問題があるとはいえ、それは、ポッターが入学してから毎年の事ではあるのだから、家で過ごすことに比べれば、心静かに過ごせるというものだ。
「あっ、セブルス、きみも残るんだって?知っている人がいると寂しくないね」
不吉なことをいって、わたしを呼び止めたのは、例年にない面倒ごとの1つ。目下のわたしのストレスの元。
「わたしはマダム・ポンフリーに頼まれただけ、だ」
他に他意はない、と少なくともこいつにだけは、そう思わせておきたい。
「そおか、マダムも帰省されるよね、僕らがいた頃は、必ず残ってらしたから。
そうだよね、セブルスがいたらね急患がでても安心だしね。信用されてるね」
ここで、心から、そう、言える馬鹿は貴様だけだと、いいたいのを堪える。この馬鹿と付き合っていたら、こちらの方がおかしくなる。
「そうだ、僕でも出来る事なら手伝うから、なにかあったらいって欲しいな」
「なに、が、できるのだ?」
12年も人狼である身を隠しつづけて、生き延びてきた、その事実を顧みるに治癒系の高等魔法を学んでいると思われるのだか、だか、扱うのは、こいつなのだ。不安になるのは、何もわたしだけではないだろう。治癒系の魔法を教授したらしき、マダム・ポンフリーさえ、こいつの存在を匂わせはしなかった。
考えた振りをして、わたしには、そうとしか思えない。
「骨折、とか」
「そして、骨抜きにするのか?」
こいつの前任者が、大事なポッターにそれをしたのを、いまだに知らずにいる。溺愛するこいつのこと、地の果てまでも追い続け、執念で探し出し、復讐を遂げるだろう。今、ここにいるように。
「えっ?そんなコトできるのかい?なんか、かえって難しいような気がするけど?
まぁ、そこまではしないけど、ただ、骨をね、2,3本違うところに繋げる可能性があるだけ」
可能性といったか?それは危険性ではないのか?しかも、それを、だけ、とは。
わたしを見て、どう判断したのか、慌てて自己弁護に掛かった。
「ほら、自分だったら、どうせ、来月もまた折るから、別に不都合はないし。
それに知ってたかい?骨って2,3本違うところに繋げてあっても取り立てて支障はないんだよ」
新しい発見をした、学生のような能天気な笑い方に、過去のこいつを思い出す。極簡単にできる、理論的には完璧に理解している、その筈の魔法薬をものの見事に爆発させ、隣で面倒を見ていたわたしに、笑って誤魔化そうとしたあの時のこいつをだ。
「ほかには、怪我も治せるけど、女の子はパス」
彼らしくない物言いに、わたしは疑問を持ってしまった。後で思えば、この時に疑問をもったわたしが馬鹿だったのだ。
「マダムと違って、跡形もなくってのは、無理なんだよ。自分だと今更だから、そこまで極める必要もなかったし。1つ2つ傷跡が増えたところで誰に見せるわけでもないんだし、ふさがればいいんだって、手を抜いてたんだよね。
やっぱりさ、女の子に、それは、良心が痛むわけ、だから、パスさせて」
月に一度、見てしまう、こいつの肌は、確かに今更気にする必要もない程に、傷だらけではあったが、繊細な、いってしまえば、綺麗とも称された顔で、そこまでいうことは何もなかろう。
しかし、とうの本人はそれについて疑っていない。
そうだった、こいつに、まともな神経を求めたわたしが愚かだった。
これが、わたしの12年なのかと、こいつと話す度に自分が悲しくなってくる。
どうして、こんなヤツを12年間も忘れられなかったのか。こんなヤツだからこそ、忘れられなかったのだ。
他の女に、いや人間と言い換えても良い、目がいかないのは当然だ、これほどの個性はそう簡単に記憶から薄れてくれはしない。
この破滅的に崩壊した性格、恐ろしいことに、当時これ以上壊れようがないと信じていた性格は、この12年間で救いようがないほどに破壊された。
どうして、こんなヤツに惚れてしまったのだ。あの時、プラットフォームで出会いさえしなければ、わたしはこいつを知らないままでいられたのだ。
いっそ、本当に死んでいてくれたら、美しい思い出として、永遠に留めておけたものを。
いや、まだ遅くない。今年の事件に紛れて、殺してしまえば、こいつが生きていた証拠は何処にもない。
こいつは、12年前に死んだままになる。
誓う、何にでもいい、わたしは、誓う。絶対に、こいつと、こいつの情夫を、共にあの世とやらに葬り去ってやる。
わたしの殺意に満ちた眼差しに、疑うことを知らないような顔で見返す。 |