14.8の誘惑 3度目の脱狼薬を届けにルーピンの部屋を訪れたわたしに、何時もの笑顔で迎え入れたルーピンは、子供のように顔をしかめながらそれを飲み下す。
そして、苦い、不味いと喚くのだが、実の所、この薬を処方する人間には、これを試すことは出来ない。人狼の為の薬といえば聞こえはいいが、これは、人間が安心する為に人狼に与える、目に見えない鎖でしかない。
これほどの頭があれば、この薬を飲み続けることの危険性が理解できるはずなのだか、それを押してまで、ホグワーツに拘る訳は、どちらにあるのだろうか。
「セブルス、この薬、どうにかならないかな」
「ここから、出て行けば、良いだけだろう。無理をしてまでいることはない」
ゴブレットを空にし、用意しておいた水を飲み干して、ルーピンは、毎回のことを言い出す。
「違うよ、こんなものを飲み続けていたら、いずれ、死ぬよ。
ああ、誤解しないで欲しいけど、僕が死ぬことを恐れているわけじゃない。これを知らずに、飲み続ける、疑うことを知らない善良な人狼の為に、だよ」
やはり、気付いていたのか。
「きみだって、この薬、劇薬だって、薬だけどさ。判ってるよね、勿論。
で、こんなものを魔法省が承認している理由もさ」
肩をすくめて、笑う。
わたしとて、魔法薬学の教授職を務める身であるからには、開発当時から、この薬の危険性を理解していた。しかし、それを服用するかどうかは、本人が決めること。
「魔法省も、効果が証明されていないものを承認する。これって、詐欺じゃないか?」
「どうして、それがわかる」
「簡単だよ。人体実験を誰がやるって?
実は、最初、きみが教授でいるって、知った時、一瞬、不安に襲われたんだ。きみが、この薬を確かめていたらどうしようって」
「わたしには、自殺願望などない」
人狼であれば、こそ、服用することが出来る、劇薬でしかない。しかも、効力的にとても不安定なトリカブトを使用している。産地はもとより、収穫時期をも指定する、薬材に精通していなければ、処方すら、危険なものだ。
「人狼が理性を持ったから、安心。なんて、誰が保証できる?理性を持つことの方が、危ないって事にどうして気付かない?無差別殺人者が、意思を持つだけだよ。絶対にそっちの方が危ないって。
この薬を服用した人狼に噛まれても、安全だと、誰が証明した?開発者自らが、実験台になった?
それとも、アズカバンの囚人と、取引をした?実験台になって、無事だったら、無罪放免?デスイーターを解放するほど馬鹿じゃないよね。
つまりさ、この薬は人狼の感染については、確認を取っているわけがない。でも、魔法省が公認している。
じゃあ、この薬は一体どういう効果があるのだろうか。聡明な魔法薬学教授殿が、疑問をもたないわけがない。でも、サンプルにするには、近場に人狼はいない」
「無駄口が叩きたいなら、他へ行け」
ここは、ルーピンの部屋だから、出て行くのは、わたしの方だが。
「だから、今のきみは、僕に興味があるわけじゃない。この薬に興味があるんだ」
何も映さない目をわたしに向け、それは、宣言した。
もう1度、わたしの存在を確認し。
「そうだね、今度の満月に、おいでよ。
こんな事位しか、きみには返せないけれど、被験者にも多少の知識があるだけ、少しは役に立つと思うよ」
指定された、月齢の夕方。
わたしは、馬鹿正直にもルーピンの部屋を訪ねる。既に今日の分の脱狼薬は手渡したのだから、このまま、反故にすることも出来たのだが、悔しいことに、ルーピンの指摘は当たっている。
わたしは、あの脱狼薬の効果をこの目で確認したかったのだ。
「やぁ、いらっしゃい。
その辺で、楽にしていてよ」
「安全、なのだろうな」
「大丈夫だよ。きみの薬は流石によく効くよ。きみより上手く作れる人はいないんじゃないかな。
それに、まだきみには、作ってもらわなくっちゃならないからね。
ごめん、変化したら、出て来るよ」
部屋の隅に置かれた衝立に隠れるルーピンを追って、この部屋を改めて、眺める。
ルーピンにと与えられた部屋は、この2年程と様相を変えていた。
整理されたという印象より、いつでも死ぬ覚悟をしているように感じる。私物は、トランク1つに納められ、代行授業の為にと渡された、毎時間の、各生徒の克明な記録が、本人がいなくとも引き継げるように、いなくとも、ではない、引継ぎをする時に、本人がいないことを前提として、準備しているとしか、わたしには、思えない。
「貴様は・・・」
「なに?」
「・・・・・・気のせいだ」
貴様は、死ぬつもりか?と聞いてどうする?
既に、死んでいる人間に対して、尋ねても、あの頃の顔で、はぐらかされるだけだ。
沈黙の中、ルーピンの短いうめきが聞こえた後、固いものを引きずるような音が聞こえ、衝立の後ろから現れたのは。
人狼がどんな生物であるか、学術書に記載されていることは、全て、知っている。
ルーピンが人狼であることは、学生時代から知っている。
ただ、知っていただけだと、わたしは、たった今、目の前に現れた獣の姿に思い知らされた。この、銀色の毛並みをした獣の何処が、呪われた存在なのだ。むしろ、その姿は美しいといっても過言ではなく。
それが、鳶色の髪をした旧友の姿だとは、信じられる訳がない。
「ルー、ピンなのか?」
わたしの問いに答えずに、その獣は、目の前にやってくると、耐えられないとばかりに体を横たわらせた。
「ルーピン?」
僅かに、尻尾を揺らす。それすらも、大儀と言わんがばかりの速度で。
「わたしの言葉が、理解できるのか?」
もう1度、揺らされる。
「状態は、どうだ?」
尻尾が、動かない。
YESかNOでしか答えられない質問をしたわたしが、愚かだ。
「呼吸は、正常か?」
YES
「体温の上昇は?」
動かない。つまり、NO?
「動悸は?」
YES
わたしは、一晩で貴重なデータを収集できた。
ルーピンの言う通り、被験者が学術的知識を持つ故のデータを、である。既に、わたしの頭の中には、改良すべき点の幾つかが、その方法も浮かんでいる。
それが、人狼の為の脱狼薬であろうと、完成とは程遠い薬である以上、自分の手で完成をさせたい。これは、薬学を究めようとするわたしの性なのだろう。
当の被験者は、月が沈む頃、床に広げたブランケットの下に体を引きずるように潜りこみ、人の体に戻った。しかし、獣の姿の方がよほどマシと思える程の疲労度で、今度こそ、指一本すら動かすことは出来そうもない。
「ご、 ん、 ね、が 」
どうにか搾り出した声で、それだけを伝えると限界だったのか、意識を手放した。
そのままにしておいても、いいのだが、これは被験者だ。わたしの研究の為の協力者には、それ相応の扱いをするのが、礼儀というものだろう。
わたしは、ルーピンを、そのまま寝台へ移し、肌についた傷跡を見ないように、こぼれ落ちた剥き出しの腕をブランケットの中に押し込め、ルーピンの部屋を後にした。
Oギノさんも奥さんを実験台に研究を重ねていたと、
昔、某ドラマでやっていました。
昔、医者が言いました。
「薬を飲んで、体調が酷くなるようだったら、無理して飲まないでいいから」
後ろを振り向き、もう一人の医者に、
「あの薬を飲んで良くなったのって見たことがないな」
おい、そんなモン、患者に処方して良いのか?
という訳で、セブルスとリーマスは研究の為には、
手段を選ばないところがあります。
リーマスの研究は、物騒だからねぇ。
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