2月14日は、いわずとしれた「バレンタインディ」。
女の子なら、人生を賭けた勝負の日、でしょうけど、今年の私は、シリウス・ブラックは、一味違うのよ。
寮の自室で毎晩繰り広げられる、今年のバレンタインディに対する決意表明。
ジェームズは、私たちが女子寮で仲間外れにされていないか、不安がって心配してくれたりするけれど、普段は、心配はいらないわ。ちゃんと、私たちも、ごく平和に、女子寮のコミュニティに参加している。
そう、普段は、ね。普段でないのは、こんな流れになったとき。
和やかな雰囲気のなかで、リリーが、思い出したように、かつ、当然の結果として、今年の私の行動を決め付ける、のは、どんな権利からなの?
「――で、今年も玉砕するのね?」
疑問形でありながら、その実、断定してしまう。
「しつっれいね、今年の私は、去年の私とは、違うのよ」
この程度の失礼な親友の反応は、予想済み。私は、余裕をもって答えられる。
対して、リリーは予想外なのか、暫らく、考え込んで。
「どう・・・・・・?」
不審で、不信な態度を隠そうともしない。
親友といえど、つくづく失礼な態度の仕返しに、意味ありげに笑ってすますのもいいけれど、私も誰かに、言って聞かせたかったの。
「教えてあげるわね。バレンタインディなんて、お子様イベントには興味はないの。ええ、今年は、4年に1度のビックチャンス。私は、2月29日に賭けるのよ」
リリーは、首を傾げて、訝しげに眉間にしわを寄せまでして。
「・・・・って、ジェームズの誕生日が、なに?」
なにって、私のほうが聞きたいわ。
「どうして、私が、ジェームズの誕生日に何かをしなくちゃいけないの」
火の粉がかからない安全圏から温かく見守る、あくまでも本人の主張ではね。私に言わせれば、リリーと私をオモチャにできる、その意味ではグリフィンドール最強と呼ばれるに値するジュリアが、楽しそうに会話に乗り込んでくる。
ちなみに、話題が私に移った時点で、他の友達は、心理的に逃げている。ここにいるのに、私たちを見えない人として扱って、自分達だけの世界に逃亡してしまった。
「まぁ、本命が、彼」「そうよぉ、ライバルが多くて」「じゃあ、あれを使いなさいよ」
私たちに、背を向けて、より濃密なピンクのオーラをバリアーにして、係わり合いになることを命がけで避けている。
「らしいねぇ」
リリーとふたりで、うんうんと、頷きあっている。
「らしい、でしょ。
4年に1度でいいなんて、お得な生まれよね」
閏年の2月29日とはいえ、実際に、4年に1度しか、誕生日が来ないわけじゃないわ。それだと、ジェームズは、まだ4才ってことになるでしょう?でも、リリーは、頑固に、生まれた日にお祝いしなくて、なんの誕生日と主張して、本当に、一度しか誕生日を祝った事がないの。
違うのよ。私が言いたいのは、そういうごく個人的なものでなくって、もっと、普遍的で公的な意味合いのほうよ。
「違うわよ。2月29日は、女性からプロポーズができる日なのよ」
「別に、その日でなくたって、できるんじゃない?」
「それだけでないのよ。29日のプロポーズには、男性に拒否権がないのよ」
「――――――」
「あんた、それ。お姉さまの入れ知恵ね」
言葉を失うジュリアと、即座にリアクションがかえるリリー。
この差が、リリーに、グリフィンドール最強の栄冠を与えてると思うのよねぇ。
「そうよ、それが?」
「少しは、疑いなさい。あんた、間違いなく、遊ばれてるの。オモチャなのよ」
「そうかしら?アドバイスに嘘はないわよ?」
「嘘、はないかもしれないけど。成功したアドバイスってある?」
「・・・・・・確かに、自滅は、失敗にならないか。」
「何とでも、おっしゃい。
下手な小細工がない分、今度こそ、成功間違いなしよ」
前回は、ちょっと、私に不利な条件が重なったけれど、今度は、絶対の自信があるのよ。
私の自信とは裏腹に、何故か、リリーとジュリアの視線は、とっても、冷たいの・・・・・
ホグワーツ中が、ピンクのオーラに包まれて、どこもかしこも、浮かれた2月ももう終わり。
勿論、2月29日に勝負をかけるとはいっても、バレンタインディには、ちゃんとプレゼントを贈ったわ。
リーマスの好きなチョコレート。それから、リーマスの足元にも及ばないけれど、小さな刺繍の入ったハンカチーフ。贈られて、負担にならない小さなもの。・・・・・・見た目よりも、時間のかかったハンカチーフを受け取ってくれた時に、リーマスの視線が、私の指先をさ迷ったのを知ってるわ。
その後、ハンカチーフに、刺繍以外の名残を探すためにか、食い入るように眺めていた。
それでも、受け取ってくれたのよ。
モノを受け取って貰うのは、案外簡単。それに対して、込められた気持ちを受け取ってもらうのはとても難しい、とは、お姉さまのアドバイス。
たっぷりの間と、長い逡巡は、リーマスが、私の気持ちを受け取ってくれた証拠、よね?
お姉さまのアドバイスは、有益なものばかりなのに、どうして、彼女たちは、いつも、お姉さまのことを悪く言うのかしら?わからないわ。
練りに練って、シミュレーションだって、完璧。朝起きてからのリーマスの行動を予測して、いちばんロマンティックな1日になるように、計画を立てていたのに。どうしてなの、少なくとも、朝、いつも会う筈のリーマスとも、一度も会えずに、教室の移動の合間にもニアミスすらないのよ。後姿すら見かけないなんて、ありえないのに。どういうことなの?
結局、一言も話し掛けられないまま、流石に、私だって、談話室の公衆の面前で、プロポーズするなんて、恥ずかしい真似をする度胸はなかったわ。間違えないでね、恥ずかしいのは、私じゃなくって、リーマス。きっと、恥ずかしがって、答えもできずに、男子寮に逃げ込んでしまうわ。そして、取り残された私は、寮生の全てを理解している眼差しをもって、憐れまれるの。―――そんなこと、耐えられないわ。
リーマスのためにも、涙を呑んで諦めた私の目前で、そわそわとしているジェームズが、何度も時計に目をやっているのに、リリーと約束の時間が迫ってるのね、なんて、良心的解釈をしていた私を、笑ってちょうだい。
消灯も間近に、ジェームズに拉致監禁の勢いで、リーマスを連れて行かれて、何かおかしいと首を傾げていた私は、まだ親友を信じていたのよ。
なのに、リリーに、目配せを残したら、いくら、私だって、理由がわかるわ。
あれは、約束の念押しなんて、愛らしいものではなかったわ。
隣で、おやすみなさぁーい、と、あくまでも無邪気を装って、別れの挨拶をする存在の名を呼んだの。
なに、と。可愛く振り向いた姿に、なにを読み取ったのか。まだ、最後の時間まで、談話室で寛ぐはずだった寮生が、傍目にはそう見えないように、慌てて自室に戻っていく姿が、視界の隅を横切っていく。
「リリー、どうして、邪魔をするのよ」
「どうしてって、決まってるでしょ?」
私は、なにひとつ悪い事なんてしていません。と態度で表していて。
実は、リーマスが、親友がプロポーズするに値しない極悪非道な悪人でない以上、考えられる理由は、ただ一つ。
「本当は、リーマスが好きなのね」
「いや、違うから」
疲れたように、手を振るけれど。それ以外に、親友の邪魔をする理由があるのなら、聞かせて欲しいわ。
「胸に手を当てて、よぉーく、考えなさい」
言われた通り、よく、考えれてみれば、もうひとつの可能性を思いついた。けれど。それは、いけないわ。人道に悖る行為よ。
「もしかして、私のことが・・・・・・ごめんなさい」
お友達として、あなたのこと、好きだけれど、そういう対象としては、考えられないの。
「ちがうわよっ」
あるひとつの可能性としてあげただけ、なのに。すぱーん、と、いい音を立てて叩かれたわ。
なにをするのよ。と、恨めしげに睨み付けても、
「親友にそんな不謹慎な理由のプロポーズさせるわけにはいかないのよ」
「なんでなの?」
「決まってるわ。可愛い我が子のお嫁さん、或いはお婿さんの両親が、そんな恥ずかしい理由で結婚したなんて、可哀想すぎるじゃないの」
は、はい?
理解できるような、できないような、理屈を並べられたようなのは、気の所為なのかしら?
「あの、リリー。誰が、誰のお嫁さんですって?」
「あなたとリーマスの娘が、わたしとジェームズの息子のお嫁さん。決まってるでしょ。リーマス似の娘さんを義理の娘にできるわたしって、幸福者ね」
「いつ、決めたのよ、初耳よ」
「わたしとジェームズが。
親友同士が結婚したら、自分達の子供も結婚させましょうねって約束するのが、お約束、でしょう?
リーマス似の娘でも、シリウス似の息子でも、大歓迎よ、ね?」
と、リリーは、他人の気楽さで笑いながら親友の恋愛を見守っている、自称、愛の天使を見遣った。今回は、本当に通りすがりの、でも未だ談話室に残っているということは、そのつもりもあるジュリアを、自ら巻き込む理由って、なにかしら?
「いや、あたしに振られても」
寝耳に水なんだからジュリアだって、それは、困るでしょう?勿論。
でも、いっていること自体は、確かに、お約束といえなくもないわ。
「・・・・・・それは、別にかまわないわよ?
ただ、それをもう一方の当事者を抜きにして決めることなの?」
「聞かなくっても、結果は同じだもの。聞くだけ、無駄よ?」
「所詮、類友なのよね、あんたたちって・・・・・」
ジュリアの聞き流すには些かな呟きも、自分たちの正当性を訴えるリリーを止めるという重大事項の前では、優先順位も下がって当然。
「リリー、よく考えて。子供の前に、結婚が先よね?結婚には、プロポーズよね?
リーマスからしてくれる可能性がない以上、このチャンスを逃したら、プロポーズできるのは4年後なのよ?
親友の為になら、協力するのが、本当でしょう?」
お互いの話は聞かずに、主張しあっていると。ふと、リリーが沈黙する。
気付けば、無責任に、無意味に同意する声も聞こえない。
見ると。
私たち以外のもうひとりが、うーむ、ふーむと、何かを考え込んでいる?
リリーと私の、ふたつの視線に気付き、らしくない行動にでる。
ポンと、手を打ち、可愛い動作で。
「リーマス似の男の子なら、あたしにちょーだい?」
「ちょーだい?」
「勿論、あなたの娘にってことよね?」
「ううん、あたしに。
必ず幸せにするって約束するから」
ねっと、可愛く言われても、そうねといえない、大きな障害があるでしょ。
「・・・・・・いくつ、離れてると思うの?」
「たかが、20年。
まぁー、確かに、30と10は犯罪でも、50と30はへーきよ、へーき」
「まだ、犯罪よ」
「120と100なんて、問題なし。320と300までいったら、お似合いのご夫婦って、取材も受けちゃうわ」
「あんた、幾つまで生きる気?」
「愛の為なら、賢者の石の練成さえしてみせるわ」
「するなっ」
「しなくていいわよ」
それよりもっ。例え、本人同士がお似合いでも、なんでもっ。
「自分より年上の義理の娘を欲しがると、本気で思ってるわけ、ないわよねっ」
「自分の幸福のために、子供を差し出すのは、まぁ、良くある事だし。
それに、初恋の人の子供と結婚するってのも、ひとつの歪んだ純愛?」
「それ、不健全すぎるわっ」
「不健全だなんて、愛は何時だって、純粋なものよ。
あっ、シリウスぅ。初恋の人ってのは、建前だから本気にとんないでね。あたしだって、ツバメ趣味って陰口叩かれるの、いやだもん」
充分に、ツバメ趣味なのに、今更、なにを取り繕う必要があるのっ。
突如勃発した、私とジュリアの間の諍いに、リリーは、冷静に仲介に入ってくる。
「なにか、誤解してない?
例え、リーマス似の息子でも、シリウス似の娘でも、うちの子供達が貰うに決まってるでしょ?」
「ずっるー。ケチぃっ。減るもんじゃないんだし、一人くらいこっちにまわしてくれたっていいじゃないっ」
「確実に、減るわっ」
例え、1グロスの子供を産んだとしても、不純な動機のあなたの婿にするほど、このシリウス・ブラック、落ちぶれて堪るものですか。
しかし、リリーの嗜めは違っていた。流石、あのジェームズとお付き合いしてるだけはあるわ。
「ダメよ。クディッチチームを作ろうねって約束してるんだから」
しないで、いいっ。
4年に一度の、貴重な1日を逃した愚かな私。
どんなに後悔したって、手遅れなのよ。時間は、戻れないの。あの日の、愚かな自分を呪い殺したいわ。
チャンスを逃した私に、リーマスの子供を産める日が、本当にやってくるのかしら? |