「ハリー」
リーマスJ・ルーピンの悲壮な決意のこもった呼び声に、恐る恐る振り返った。
「わたし達に、遠慮しないでいいんだ。
もし、クリスマスに帰りたくないのなら、無理に帰ってくることはないんだよ」
リーマスが何を言い出すのか、見守っていた、または、止めそこなったシリウスが、その後ろで、固まっていた。
ハリーとて、この一夏で、リーマスという人物を知ったから、どうにか耐えられるが、そうでなければ、このまま衝動に駆られて、家出でもしていただろう。
「せっ、せんせい?」
「帰ってきて欲しいというのは、わたしの我侭だと知っているけれど、でも、わたしは出来るなら、ハリーとクリスマスを過ごしたいんだ」
まだ、夏の筈だった。今日から新学期で、これからホグワーツ特急に乗り込み、ホグワーツ魔法学校に戻る筈だった。なのに、どうしてこの部屋は、こんなに寒いのだろう。
「ハリー?」
リーマスの何も疑っていない声。これにどう答えればいいのだろう。ハリーには判断できない。
リーマスが、とてもハリーとクリスマスを過ごしたがっているが判る。そして、ハリーが戻ってきたくないと信じているのも感じ取れる。
「リー、マス」
シリウスの疲れた声。ハリーも声を出すなら同じ声になった。
「なに?
時間って事?ちょっと位待てるだろう?」
リーマスとは、ここで、お別れだった。
ホグワーツで教員をしていた人狼が、のこのこと、キングズ・クロス駅にいける訳がないと主張して、宿泊先のホテルでプラットフォームまで見送るシリウスを大人しく待っている、という予定を立てたのは、当の本人である。なのだから、これは、ハリーを引き止める為の工作ではない。
信じたくないが、やはり、本気なのだ。
「いや、違う。
俺は、そういう発言をする、おまえの真意を知りたいだけだ」
付き合いの長い、そして、一番の理解者であるシリウスに理解できないのなら、ハリーに出来なくって当然、うろたえることもなかった。
「真意って、ハリーだって、もう、大人なんだから、いつまでも家族で過ごすクリスマスを楽しみになんかしてないって判ってるよ。
でも、せめて、今年くらい、ハリーと過ごしたいじゃないか」
「いや、だから、その前提条件は何処からくるのか、を、是非、教えてくれ」
「今のハリーの年の頃のクリスマスは、君たちだって、ホグワーツで過ごしていたじゃないか。わたし達が、そうして過ごしたのに、ハリーにだけ、戻って来て欲しいとはいえないだろう?」
「状況が、違うぞ、リーマス」
本気で、そう思っているリーマスに、シリウスはやや疲れ気味にいったけれど、そんなことでリーマスは止まらない。
「クリスマスパーティーに、ニューイヤーパーティー。連日のイベント。
毎年、帰るのを面倒くさがって、ホグワーツで過ごせとふくろうがきた日には、喜びの声をあげたのは、誰?」
多分、パパと2人で、寮杯をとったような騒ぎを巻き起こしたんじゃないのか、ハリーはそう想像をしたけれど、本当の所はどうだったのだろう。リーマスも、そこまでいってくれないかな、と。ハリーが待っていると。
「だから、あれは。あの時は、ヴォルデモートの所為で、ホグワーツに残るのが安全だったからだろうがっ」
シリウスの理性が飛びかけた方が先だった。
「でも、きみたちの意思で、家族で過ごすよりも、友達と過ごすことを選んだんだよね」
えっへん、と、胸を張って、シリウスの言葉に対抗するリーマス。
しかし、へぇぇ、そうなのかと、気楽に、ハリーは思う。この2人の何気ない会話の端々に、ハリーの知らない2人の若かりし頃、ひいては、両親のことが垣間見える。うらやましい位にホグワーツの生活を楽しんでいたんだ。
そう思えば、リーマスの問題発言も、あまりに多すぎる発言の為に既に日常と化していた気もしたが、すんなりと理解できる。
「先生っ。
僕、先生とシリウスと過ごすクリスマスの方がいいです」
でも、ちょっと、ショックを受けさせられた意趣返しをしてもいいだろう。
リーマスが、あの優しい日々を心からは望んではいなかったのだと思って、ハリーは本当に、落ち込んだのだから。
「あっ、でも。
先生はシリウスと2人っきりの方がいいのなら、僕、考えますけど?」
ハリーが予想していたよりも、リーマスは動揺したようだ。顔が真っ赤になってしまった。
ハーマイオニーが、少しでも、2人だけにする時間を作れ。と、いった言葉の意味は、ハリーが、2人と過ごしたいように、リーマスとシリウスも、長い間離れていた親友、として時間を望んでいると、気付いたからなんだろう。
「ハリー、ありがたい申し出なんだが。俺は是非、戻ってきて欲しい、いや、お願いだ、出来るだけ早く戻ってきてくれ」
リーマスでなく、シリウスが、ハリーの提案を丁寧に辞退した。
「こいつとクリスマスを過ごすのは、ホグワーツ以来なんだが。
ハリー、聞きたいか?こいつにとって、クリスマスは、プレゼントを貰う日じゃないんだ」
もともと、クリスマスはそういう日じゃないんじゃないかと、ハリーは思うのだが。純血の魔法族にマグルの習慣を教える苦労は、親友で嫌というほど経験しているので、ここは沈黙を選んだ。
「クリスマスをな、ご馳走を食べる日と信じていたんだぞ、こいつは。しかも、ホグワーツでの7年間でも、その認識を改めない。
判るか?こいつとクリスマスを過ごすということは、3年分の菓子を食わせられるってことだ。覚悟しておけよ、ハリー」
1回で3年分?それは無理なんじゃないの?と、シリウスを見やると。
「シリウス。残念ながら、もう時間だよ。ハリーを乗り損ねさせたいの?ほら、さっさと、送ってくる。
それから、わたしのいない所で、ハリーに変なことを吹き込んだら、どうなるか。判ってるね、シリウス」
照れ隠し半分、本気半分のリーマスに、ハリーは、いってきますのキスをする。
「先生。僕、楽しみにしてますから。沢山、ご馳走を作っておいてくださいね」
シリウスが、小さく、裏切り者と呟いた。だって、とハリーは小さく呟き返した。先生の作ってくれるものは、何でも美味しいんだから、食べたいんだ。
「いってらっしゃい、楽しんでくるんだよ」
リーマスからも、お返しのいってらっしゃいのキスを受けて、ハリーは、いつか、リーマスとも一緒に行ける日がくるように願いながら、シリウスとキングズ・クロス駅に向かった。
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