「ねぇ、ハイキングに行こう」
ある朝、リーマスが突然に言い出した。
「ハイキング?」
ハリーの疑問符を綺麗に無視をして、
「ね、ハリーも行きたいよね。
お弁当を持って、ハリーが、お弁当を知らないなんて、自分が許せないからね。
何が食べたい?何でも、食べたいものを作ってあげるよ」
リーマスの中では既に決定事項になっているハイキングと、リーマスの作る弁当に、ハリーも乗り気でいる。そうである以上、俺に反対する理由はない。
「何でも?」
ハリーの目がきらきらと光ると、それは嬉しそうにリーマスも笑った。
「何でも。だから、沢山、我侭を言って欲しいな」
「えっと・・・」
「その前にだ。何処へ行くんだ?」
ハイキングより、弁当の方に比重が置かれていく計画に、少々の不安を覚え始めた。
「うーん、近場でいいよね。
ちょっと、待ってて。確か、地図を持っていた筈だから」
幼い子供のように、パタパタと、足取りも軽く、駆け出していくリーマスに、俺とハリーは顔を見合わせて、くすりと笑った。
机一杯に広げられていく地図に、ハイキングが現実味を帯びていく。
「ハイキングって、初めてです」
「じゃあ、何も知らないんだね。
いいかい、よく覚えておくんだよ。
はぐれた時には、その場所で待つか、目的地が判っているなら、自力でその場所まで行くか。どちらを選択するかは先に決めておくことだからね。
迷った時にも同じように、その場で捜索を待つか、間違った場所まで戻り、それから改めて正しい道に進むか。
上級者になれば、道なき道を本能で進んで、目的地に着くって選択もあるんだけれど。あまり進められないね」
「上級者ってなんだ、おい」
迷子の上級者?
何か、嫌な予感がし始める。しかし、リーマスの迷子の対策はまだ続く。
「でもね、ハリー。私たちとはぐれた時には、パディがすぐに見つけてくれるから、そこから動かないで待っているんだよ」
「シリウスが?」
何故、ここにパッドフットが出てくるのだろうか?
「パディが。そういう時にシリウスは、役に立たないよ、ハリー」
リーマスのいうことが、俺には判らないが、ハリーにも判らない。
「パ、ディ?パッドフット?」
「警察犬は知っているだろう?パディに臭いを辿らせるんだよ。その位の役には立ってもらわなくっちゃね」
「お、まえ、魔法使いなんだから、もっと他に方法があるだろう?」
完全に犬扱いされて、怒るべきなのだろうが、脱力が先にくる。
「きみは知らないだろうけど、迷った時に魔法を使うなんて、とても危険なんだよ。それに、アニメーガスも立派な魔法だよね」
何がどう、危険なのかは判りたくもないが、アニメーガスまでを言われてしまうと、俺としてはなんともいえない。
犬扱いされた俺に、そして、くんくんと臭いを辿る、リーマスなら必ず実行する、ああ、断言できる、賭けたって、いい。名付け親に憐れみを感じたのか。
「・・・シリウス、僕、絶対に迷子になんかならないよ」
そんなハリーの決意に、大人気なくも水を差すのは、勿論、リーマスだ。
「ハリー、みんな、そう思うんだ。
だけどね、至る所に、それは悪質な罠とか、仕掛けとかがあってね。一人、二人、必ず迷うんだよね」
何の話だ?罠?仕掛け?ハイキングにどうして?
ハイキングとは思えない様相を見せ始めたが、ハリーが楽しみにしている以上、今更、中止には出来ない。
「だから、この辺りが丁度いいと思うんだ、初心者向けにはね」
地図を辿るリーマスの指先を見ていると、だんだん、背筋に走ってくるものがある。
そして、とうとう、嫌な予感は頂点に達してしまった。
「・・・おい、この地図はなんだ、変だぞ」
「何処が?私の愛用品だよ?」
「道が一本足りない、こんな道はない。全くあってないじゃないか」
「きみ、馬鹿?正しい地図なんて危なくって使えないじゃないか」
?????
思わず、ハリーと顔を見合わせた。お互い理解ができないのだから、聞き間違いではなさそうだ。
「敵に渡りでもしたら、どうするんだい?
符丁どおりに道を一本増やす、減らす。地名を変えるっていうのは、セオリーだろ?」
何処の世界のセオリーなのかを知らずに人生を終わりたい。それが、今の俺の切実な望みだ。
しかし、そんな俺に気付くことなく、リーマスは、手持ちの地図を並べ始める。
「見てごらん、ハリー。4枚の地図を繋げても、この1枚の地図と同じにはならないんだよ。これには、こちらの情報が全て詰まっているといっても過言ではないからね、必ず、嘘の部分を記載する為に、地図というものは、全面的に信用をしてはいけない」
「嘘の部分?忍びの地図みたいに、魔法で隠しておけば、正しいので良いんじゃないんですか?」
「よく考えて、あれは、学生と教師の目を誤魔化せば良いだけのものなんだ。
専門家の手にかかれば、忍びの地図は分析されてしまい、秘密は簡単に暴かれ、使用した魔法によって、作成者まで推測されてしまう。
魔法使いであるわたしが言うのも、変だけれど、魔法というのは万能ではなく、時と場合によっては、マグルの手段の方が、安全なんだ。
そして、それだけの対策を講じなければならない程、地図というものは情報の宝庫なんだよ」
教師の顔でハリーに教えているが、常識ではない。断言してやる。いくら、ヴォルデモートとの戦いが終わってないとはいえ、極、普通の家庭で、しかも、ハイキングの計画に託けて、教育することでは、決して、ない。
「ハリー、計画は変更だ。
ここの庭先でピクニックバスケットを広げる。
ハイキングにしろ、ピクニックにしろ、この馬鹿が一般常識を思い出してからだ。
絶対に、俺は、おまえを、こんな危ない奴とハイキングになんぞ行かせん。遭難するぞ、間違いなく」
遅まきながら、やっと俺は、リーマスの言うハイキングが、世間で言うそれではなく、こいつが仕事でこなしていた偵察のことを指していると思い当たった。
だから、迷った時に魔法は使えない、だ。何処に敵がいるのか、判らない状況で、無闇に魔法を使ったら、こちらの存在を教えることになる。
「・・・だよね」
判らないなりに、リーマスのいうハイキングに不信感を持ったハリーにも、計画変更は異存はないようだった。たった一人を除いては。
「もしかして、この馬鹿っていうのは、僕のコトかい?シリウス」
たらりと背筋に汗が流れる。
「先生っ。僕、ローストビーフとチキンのサンドイッチが、食べたいです。それからっ」
リーマスの不穏な気配を察して、ハリーがピクニックバスケットの中身に、話をそらした。
「苦労をかけるな、ハリー」
「家族だからね、当然だよ」
ハリーは嬉しそうに言ってくれるが、子供に気遣われるとは、保護者として失格なんじゃないのか。 |