僕の人生で、覚えている限りの、二番めに大きな事件が起こった夏。
一番目は、ホグワーツからの入学許可書が届いた年。
二番目は、今年。
名付け親が、僕を迎えにやってきた。僕は、ダーズリー家から、シリウスの暮らす家に移り、そして、あの日、ホグワーツから追い出されるように別れたルーピン先生とも、暮らしている。
こんな夢みたいな事があっていいと思う?
僕は、毎朝、夢じゃないかと、不安でしょうがない。
だから、毎日、朝起きて、自分の部屋を見回して、ターズリー家の階段下の物置でないことを確認して、階段を下りる最中に、キッチンから漂うベーコンの匂いに疑いを晴らし、半分寝ながらテーブルにつくシリウスとエプロンをかけて楽しそうに食事を作る先生に、これは夢でないと安心する。
なんでもない日を繰り返して、それが日常なのだと実感する、何もない日。
外出から帰ったばかりの先生が、大荷物を抱えていた。
荷物を解体しながら、先生は、
「ハリーは、キャンプを、したことがあるかい」
と、ワクワクとする響きで聞いてくる。
「ワールドカップの時に、ロン達と」
先生のクルクルと動くようすに押されながら、答える。
ホグワーツにいた頃とは別人のような先生。ホグワーツにいた頃は、どこかに、闇を抱えていたような人だったのだ。ということは、ついこの間、知ったばかり。
「なら、魔法使いのテントだね。これは、マグルのテントなんだよ」
持ち帰った大荷物は、オレンジ色の布と袋に入ったパイプ。
悲しいかな、ワールドカップ観戦の時に、アーサーおじさんが組み立てたものと、一見しては違いが判らない。
でも、シリウスは判るのか、オレンジの布を摘み上げると、いやっーそうに、呟いた。
「いきなり、マグル式か」
呆れ返るシリウスに、先生は。
「きみは―――とにかく、一度、試してからだね」
すでに、キャンプをする事に決まっていた。
キャンプといっても、どこへ行くのだろう。僕は、キャンプなんてしたことがない。今まで、チャンスはあったけど、おじさんが参加させてくれるわけもなくって、まぁ、考えようによっては、物置で寝起きするのは、ある意味、似たようなものだったかも。
「うーん、とりあえず、テントを試してみないとね」
これには、シリウスも反対しないで、早速、庭でキャンプすることになったけど。
力仕事はシリウスの仕事だろうけど、人間、やりたくないイベントの仕度を進んでするわけがなく、それを知っててか、先生が率先して、テント一式を庭に持ち出して、僕とシリウスが揃うのを待っている。
でも。シリウスって、組み立てられるの?
ばりばりの魔法族、だったよね?魔法族のテントも、マグルのテントも、基本は一緒なの?
―――――の、疑問は、意味がなかった。
てきぱきとテントを組み立てるのは、先生の仕事。
僕らの仕事は、先生の邪魔にならないところで、先生の組み立てるテントが形になっていくのを見守ること。
意外っていうか、アウトドア系は苦手そうに見えるのに、これも、誰も知らない、家族の特権って、ものだろう、うん。
しかし、僕がそういえば、シリウスは。
「甘いな。俺に言わせれば、テントを張る事が、奇跡だ。凍死はしないと、野宿もありの奴だ」
僕の知らない先生を語るのを悔しい思いで聞いていると、これは、親友の特権だと、シリウスは、言った。
その代わり、僕には、生徒の特権があるから、おあいこだと、先生は、親友を振りかざすシリウスを、手を止めずに牽制していた。
そんなこんなの自慢話の僕達に、口を動かす前に手を動かすと、先生のようなことを言うけど、僕たちのやることなんか残ってないほど、先生は、一人で済ませてしまう。
程なく、庭先に、オレンジ色の三角のテント。
――――小さい・・・・・・
僕の感想が聞こえたわけじゃないと思うけど。
「でね、何が、凄いかって、いうと」
僕をテントの入口に立たせ、ご自慢のモノを紹介する。
「この狭さだよ」
テントの入り口を、バサリと開けた先生が、僕と同じ子供に、見えた。
先生が言う通りに、中を覗けば、外から見たテントに相応しい広さしかないテントに、僕は、心配になった。
ホントに、ここに、三人で、寝れるのだろうか?
「ほんとは、寝袋を使うのが本式なんだけどね。夏だし、野営しても平気なんだから、そこまでしなくても、大丈夫」
なにが?
シリウスのいったことを思い出す。
ホントーに、野宿もオッケーっぽいんですけど。
なら、なんで、テントなの?
僕は、今更の不安を感じてる。
シリウスを見遣れば、・・・・・・どうやら、シリウスには、そんなこと、当たり前すぎる不安だったらしく、僕と顔があうと、諦めろというふうに首を振った。
調理こそキッチンでしたものの、レンガやらブロックで作ったあり合わせのテーブルと椅子で食事をして、灯りはランプ。魔法のランプではなく、本物の火とオイルでつける、マグル式のランプ。
ここが、自分ちの庭先で、すぐ隣には人が住んでるって判ってるのに、すごく、楽しかった。
夜。
本当に、三人で寝れるのかって位に狭いテントに、布団を敷き詰めて。
先にテントに入った先生とシリウスの間に、狭い空間。
先生の手招きで、あそこが僕の為の、寝床になるのだろうけど。
狭く、ないんだろうか?
「ハリーも大きくなってるから、ベッドで一緒に寝るなんて嫌だろうけど。これだと、もう不可抗力」
もしかして、先生は寂しがりや、なんだろうか?
だって、最初は自分の部屋を持っていた先生が、僕がハーマイオニーの家に遊びに言ってる間に、シリウスと同じ部屋で寝てた。
待ちくたびれているか、僕が潜り込むはずの空間を、ぽんぽんと叩き、僕を催促する。
「魔法族のテントだと、こうはいかないよね」
見かけはこれと同じだけど、中は大違い。ひとり、ひとつのベッドがあった。
諦めて、もぞもぞと潜り込んだ僕に、先生が、楽しそうに笑う。
でも、別に、僕は嫌じゃない。
だって、ロンの家に遊びに行けば、いつもそうやって、寝てたんだよ、先生。
だから、初めてでもない。
「川の字で寝るのって憧れだったんだよねぇ」
それは、シリウスに言ったのだけど、そんな言葉は、聞いたことがなかったから、聞き返してしまった。二人とも、僕が年相応の知識がないことに、とても責任を感じていて、僕は、それが辛い。
「川の字って」
「何人かで、寝ることを、そういうらしいけど」
でも、実は、先生もよくは知らなかった、らしい。昔、学生の頃に、聞きかじっただけの、憧れなのだと教えてくれた。
ふたりから、おやすみと、額に決まりごとのキスをもらい、ランプを消して――――
先生とシリウスに挟まれて、嬉しいような、恥ずかしいような、初めての、興奮で、結局、僕は、眠れなかった。 |