まちぶせ ホグワーツで俺に与えれたのは、マクゴナガルが長年使っていた教室だった。彼女の後任としてホグワーツにやってきたのだから、当たり前といえば当たり前の話。だといって、あそこで心安らかに過ごせるかは、また、別問題だ。
マクゴナガルの匂いが染みつき、ふと背後に気配を感じることが多々あるのは、何も、ナイーブでデリケートな俺の気の所為、ばかりではあるまい。はっきりといって、必要不可欠な時間以外、近寄りたくはない。
然るに、どうするか。悩むことさえ馬鹿らしい。決まってる。
当然のように、俺はリーマスのところで日ながら過ごす。
今日も、勿論、戻る部屋は、リーマスのところだ。最後の授業は、生徒と同時に俺も教室を出る。必ず、無人になる教室は、噂によれば、有効利用されているらしいから、・・・・・・まぁ、いいだろう。
リーマスの教室の前では、女生徒が立っていた。素直に、珍しいと思う。
課外授業をする予定があったならば、邪魔者扱いで、暫らく戻ってくるなと、先に警告を受けている。ならば、何の用かと、思えば――――
ほら、見やがれ。ジェームズ。俺に間違いはなかった。あいつが女の子だったら、飛び切りの美少女、ホグワーツ中の男どもが恋敵になるっていっただろ。彼女は今はまだ幼いこともあって、それほど騒がれてはいないが、しかし、あと2年もすれば、求愛者に事欠かないだろう。・・・・・・その頃には、あいつの心労が、また、増える・・・のか?なら、俺もその騒ぎに付き合わされるのは、確定済みだな。
俺たちが、ホグワーツにやってきた原因にもなった彼女に接触することには、殊更注意を払っている。だから、絶対に、リーマスから呼び出しはしない。それなのに、何時戻ってくるのか判らない教師を待つのは、余程の用、なのか。
それは、いいとして、あんなヤツにでも、用件がある奇特な生徒がいてもいい。『闇の魔術に対する防衛術』に関して、いやむしろ『闇の魔術』の造詣の深さは、現役では第一人者といってもいいだろう。あいつより上を求めるとなると、あとは墓場を探すしかないと、学者ではなく、実務者の間では、評判だ。言い方を変えれば、実践系なんだな。教師には不向きだとは思うが、今の魔法界、人材不足なんで致し方ない。
しかし、扉の前の、言うなれば、障害物をすり抜けて、俺は中に入らなければならず、彼女に会釈をして、スルーするのも、どうかと。
問題だ、待ち人ではない教師がやってきて、挙げ句、お茶に誘われた場合、正しい対応はどうだ。
俺だったら・・・・・・アズカバンの後遺症でもあるまいが、学生時代の記憶は、かなり少ない。その中で、記憶の彼方に辛うじて残る、教師にお茶に誘われた経験は、――――ダンブルドア以外にはない、な。実際、彼は、リーマスの保護者のようなものだったから、親友である俺たちにも、かなり目をかけていてくれた。でもなければ、世界が狂っていく真っ只中で、目立つ生徒とはいえ、構っている余裕はなかっただろう。
彼女の答えは、遠慮しつつ、当然の反応だ。誰が好き好んで教師とお茶を飲みたがる。しかし、誘うのが、本来の待ち人ではないことに、内心安堵している様子で、結構な時間、躊躇いはしたが、最後には、素直にお茶に誘われる。
「あの……」
「ここのに、用事なら、もうすぐ帰ってくる、だろう」
多分、と、付けたくなるのを懸命に堪える。あいつの行動を予測できた人間は、今はもう何処にもいない。
教師と一緒に寛ぐもないが、彼女は緊張しきっていて、それがこっちにまで感染し、俺までぎこちなくなる。
茶菓子は、リーマスの秘蔵のチョコレート、魔法族の女の子でも目の色を変えるというマグル製の貴重品といっていた。彼女の為になら、あいつも怒りはしないだろうと、勧めてみたが、思ったほどの効果は出ていない。あいつとは、違う価値観の持ち主、なのか。・・・・・・それはなによりだ。心の底からそう思う。
あの、と、何度も繰り返し、そのたびに、何かを引っ込める。まさか、彼女は、『俺』に訊ね事だったのか。俺がリーマスの部屋に入り浸るのは、教室が無人になるのと対の形で有名だ。だから、彼女は俺を待っていた、のか。
「・・・・・・あの。
ルーピン先生とは、お友達、なんですよね」
どう答えればいいのか、一瞬迷いながらも、仮にも教師が、生徒を前にして嘘はいけないと、普段は欠片もない職業倫理が働いた。
「・・・・・・・・・不本意ながら」
結果、渋々の、嫌々の、答えだと思うが、彼女にはどうでもいいことだった、らしい。
「ブラック先生。相談にのっていただけますか」
どうやら、これが今回の訪問の本題だったようだ。
以前一度だけ、訪れたリーマスの両親の元で、あったことがあるのだが、その頃は、幼い子供だった彼女には、俺の記憶は、一切残っていないのは、察しがついていた。
わたし、兄がいる、らしいんです。と語り始めた彼女、リーマスの妹は、自分が生まれる前に行方不明になった、両親は生存を信じていながら、でも、探す素振りも見せない、実在するのかさえ怪しい兄についてを、訊ねたかった、らしい。
両親自慢の息子は、実物を知らないが故に、彼女の中で、偶像化されて、いや、されすぎていて。現実を知る日が、一日でも先に延びる事を、俺は祈る。
「写真の一枚も、残ってないんです」
だろう、リーマスの写真嫌いは、筋金入りだ。学生時代の写真など、親友で、しかも恋人の、この俺でさえ、片手の数しか手に入れられなかったんだ。そして、彼女の両親が持っていた貴重な写真は、ハリーのものとなっている。リーマスの写真には必ず、リリーないしジェームズがいて、ハグリッドが贈ったという両親のアルバムとは傾向の異なる、仲間だけにしか見せない顔の写真は、ハリーにとっても、貴重な両親の写真だった。
リーマスの家族には申し訳ないが、当時の俺たちは、ハリーの為に出来ることは、どんな些細なことでも、なにひとつ逃す気はなかったんだ。
「ルーピン先生は、本当に、ママに似ているんです。友達も、わたしに似ているっていってくれてます」
印象を替える努力をして、記憶に残りにくい特技があるといっても、こう毎日見られていれば、いつかは、ばれるとは思ったが。破滅的に、母親似なんだ、あいつは。ここまで、訪ねてくるって事は、かなり確信をもっているんだろう。
あとは、どれだけ、しらをきり通すことが、できるかだな。
「だから、兄じゃ、ないかと」
と、言いだしにくい結論を、向けてやれば、いいえと、首を振られた。
「違うんです。………もしかしたら、本当のパパじゃないかって」
あいつの、妹だ。間違いない、こんな発想のぶっ飛び方は、間違いなく、あいつの妹だ。
俺のだんまりを、どう取ったのか。これこそ言いづらい、家庭の事情を話し出した。それは、今更、話さなくとも、先日までの同居人と同じ身の上だ。
「だって、本当に、変なんです。パパもママも、何かを隠してるみたいで、それに、うちは・・・・・・・・・」
まぁ、兄は人狼で、迷惑をかけたくないから、失踪しました。とは、流石にあの人でもいえないだろう。
だからと、いって。それは、ないんじゃ、ないのか。
「あれに、隠し子を作るような、甲斐性は、ない。これだけは、断言できる。
もし、きみが、俺の立場なら、あいつと他人でいられることを喜ぶよう、助言する筈だ」
リーマス信奉者のハリーでさえ、似たようなことをいった。決して、そう思うのは、俺だけではない。
「えっと。お友達、ですよね」
不思議そうに、見上げてくる顔は、本当に兄弟だ。良く似ている。
「友達、だから、だ」
結構古くからの友人である俺が、言い切ったあと、暫し、彼女は、黙り込む。
俺は、嘘は、言っていない。父であることは否定したが、兄であることまでは否定はしていない。それを、兄とまで解釈したのは、彼女の都合だ。
瞼の兄と思いつめた人物が、別人だったことに、ショックを受ける姿には、同情するが。
「ジョンじゃ、ないんだ……」
はぁ、あ。
誰だ、そのジョンってヤツは。
「兄の、名前です。ルーピン先生は、確かに、名前は違うけど、そんなこと、簡単ですよね」
本当の姓を名乗らずに暮らす少女は、確信を持って告げる。
確かに、簡単だ。それを証拠に、あいつは、幾つもの名前を使い分けていた。
ただ、ジョンって、誰だ。俺は、聞いた事がないぞ。
「いや、マジで、一体、誰だ、それは」
知らず、俺は、兄であることも、否定していた。
ノックもなしに、はいってくるのは、この部屋の正規の管理者で、ただいまと入ってくるのは、愛嬌だろう。
「あー、どうして。
人が楽しみにしてたのに。どうして、開けちゃうかな。折角、ハーマイオニーが送ってくれたのに」
一歩踏み入れた途端に、イヌ並みの嗅覚を披露する。のは、いいが。
「食い物よりも、客に反応しろよ」
「きみって、男は、人の留守中に、女を連れ込む。ふつー、やる、か」
だから、こいつらは、絶対に、兄弟だ。っていうか、あの母親の子供だ。
「おまえに、客だ」
改めて、というか、初めてまともに見たのだろう。見事なまでに、うろたえ、戸惑い。
「とっておきのハニーデュークスのケーキがあるんだけど、食べるかな」
見事なまでに、支離滅裂な行動に、・・・・・・・・・走った。
遠くから見守る筈の妹と、思わぬ出会いをしてしまい、動転しまくるリーマスは、放っておく。薄情だが、それ以外にどうすればいいのか、俺には判らない。下手に喋らせて、今度こそ、確信を持たれて、困った挙げ句に、『忘却術』を使う。それだけは避けたい、最悪のシナリオだ。
なら、どうにか誤魔化す以外にあるまい。幸い、こいつのボケさぶりは、いま現在、赤裸々に公開中だ。
「これと、他人でいられることは、幸運以外の何物でもないか。そうは、思わないか」
向かいで、一時でも、兄と疑った男の、落ちたる偶像ぶりを目の当たりにし、呆然と座る少女は言葉を失い。すぐには、問い掛けにも気付けないでいたが、俺は、根気良く、反応を待った。気持ちは良く判る。
ルーピン先生とのギャップも激しい今のこいつを、両親の語る、『闇の陣営に抵抗した名もなき英雄』だとは、この目で、見ていた俺でも、信じたくないんだ。
まだ、人間の会話も出来ないほど、取り乱したリーマスを前にして、彼の妹は、いっそ清々しく、無残にも―――大きく頷いた。途方にくれる10より再録
「わたしについて」のシリウスバージョン
注意:「家路」から始まる偽家族の延長線の話です。
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