きみの隣で眠らせて スイートホーム篇
  卒業という名の、体の良い別れを告げられる事なく。はっきりいって、信用のおけなさは、ジェームズと良い勝負だ。いや、悪意がないぶん、たちが悪い。
 内心不安だった、そりゃ、何日も寝れない夜を過ごす位には不安だらけだった俺の誕生日も無事に過ぎ、いや、もう、ほんとに、平穏無事に過ぎ、俺としちゃ、これ以上望んだら罰が当たるって位に、つつがなくことは済んだ。
 そのうえ、色々と野暮用に忙殺されていたリーマスも、就職先の指導員がバカンスをとるってんで、必然的に、バカンスらしい。声を掛けてくれたってことは、普通、期待するだろ。『それ』はともかく、リーマスも俺といたいんだな、と。
 だから、喜んで、リーマスの家へやって来た。
 このリーマスの家ってヤツもくせものだ。
 卒業したら、就職する。それは、諦めた。
 ただ、その就職先が、ダンブルドア校長が団長を務める騎士団の、リーマスははっきりとは言わないが、いわゆるスパイ。・・・・・・だから、なにを考えてやがる。しかも、のほほんとした顔で、マグルの映画とは違って、現実は地味な仕事なんだよと言い訳されて、ああそうなのかと素直に頷けるか?
 しかし、あのボケボケの天然オトコを、そうヤバイところにまわすこともなかろうと、希望的楽観で、諦めた。
 それでも、諦めきれないのは、この家の存在だ。流石に、英国では身元もばれるだろうと、大陸に渡るらしい。もともと、リーマスの育った場所だ。本人にしてみれば、帰るに近い。は、ともかく・・・・・・つまり、だ。生活拠点は、英国にはない。休みには帰ってくるよといってくれるが、いつまでそんな余裕があるか。
 なら、だ。この国に家は必要はないだろうと、一緒に暮らそうと提案したら、即答。「いや」―――さっさと、これもダンブルドアの仲介らしく、この忌々しい家を手に入れたという。
 話には聞いていたリーマスの新居。まず、実物を見て、家?と思ったな。
 家というより、小屋。そりゃ、住むのなら小さい家がいいと望んだから、俺の基準で、小さい家を物色したわけだ。それが、今の俺の住処なんだけどな。ここは、なんていうか、その。予想を上回る小ささぶり。部屋の中に移築できるといってもオーバーじゃない。・・・・・・なんで、こんな家がいいのか、俺には、まったく判らない。
 いつまでも、愚痴を言っても詮無いと。確かに、リーマスは、この家に住んでいるが、これからも住みつづけるとは限らない。絶対に口説き落とす。だから、今回は、仮の宿と開き直って、精々楽しませてもらおうじゃないか。

 と、意気込んで、下心満載の客となった俺を待ってたのは、狭い家の中に、外見から想像した通りに、本当に小屋、部屋がない。本当にひとりのための空間。ベッドとテーブル。ベッドはもとより床にまで侵食した山積みの教科書って部類の本の群れ。リーマスは、テーブルに広げた本に没頭中。
 ああ、よかった。いまは、置き台と化してるが、テーブルには、椅子2脚。
 かなりの時間を部屋の観察に費やしていた俺の訪れに気付いて、顔をあげ、無言のまま、視線だけで問いかけた俺に、にっこりと、悪意のかけらもなく。
「これ、一通り習得しておけって、宿題。
 だから、あんまり、相手できないと思うから、退屈だったら、遊びにいってて」
 と、呆然とする俺になんの疑いもなく、いうのだ。
 意思の疎通が取れていたことは、喜ばしいが、なんの為に、俺が来たのか、全く、理解してくれない。流石に、シッポ振ってやってきた俺の立場は?とは、最期のプライドで聞けない。代わりに聞いたのは、謎な存在。
「なんで、宿題」
 中身を見ても、ホグワーツで学んだものより、レベルは低い。高度なものならまだしも、何故、今更、したのを学ぶんだ。
「ホグワーツ出が、あんなやくざな商売をやってたら、疑われるよね。引く手数多なエリートが、どうしてってね。どうにか魔法学校を卒業したのなら、身内について回ってもそんなに変じゃないし。
 使う魔法で、母校って結構判っちゃうんだよ」
 だから、それなりの魔法を学ぶと。
 理屈にあった答えだ。身の安全の為にも、もっともだ。
 それは、判った。理解した。俺も、素直に同意できる。
 しかし、肝心なのは、そこじゃあない。
 その間、俺は何をしてろと。ここを問題にして欲しいのだ。
 なのに、こいつはしないでいい配慮をしてくれる。
「ああ、ごめん。折角のお客様なのに、いま、お茶を淹れるね」
 といって、テーブルと椅子の上の荷物を、いそいそと無造作に、ベッドに投げ込み、お茶を淹れに行く。行くといっても、数歩先のコンロにだ。
「お客様って、初めてで、嬉しいものだよね」
「初めてって?」
「うん?
 とうさんの関係で、家にくる人はいたけど、ホグワーツに入るまで、家に遊びにくる友達なんていなかったから。
 だから、シリウスが、初めての遊びに来た友達、なんだ」
 えへっ、とした仕草。
 襲う衝撃は、2種類で、2乗。
 とも、だち。・・・・・・ともだち、といったか。
 これが、1年前なら、複雑ながらも、頷いた。頷けた。
 ―――そう、か。俺は、友達だったのか。
 立ち直るには、時間が必要だ。
 ここが、ホグワーツなら、間違いなく、寝込むところだが、生憎、ここには、物置代わりのベッドしかない。
 ―――それも、いいか。
 荷物にまみれて過ごすのも、傷心の慰めには丁度いい。


 思いつめた目で、ベッドを睨みつけていた俺に、
「それと、見ての通り、この家にはベッドはひとつきりだからね」
 なにを誤解したのか、戻るなり、そう告げる。
 テーブルには、辛うじてマグカップ2個に、紅茶、これは、ティーバッグか?
 リーマスが座るから、つられるように俺も座る。
 今度は、俺の顔を見て、繰り返す。
「だから、夜は、一緒に寝ようと」
 リーマスの真意がそこにあるとは思えない。
 なんて、言い出すなら、イヌになれ、に違いない。
「違うっ。泊まれないってこと」
「なんなんだよ、それ」
「仕事が一段落したら、連絡しろって言ったじゃあないか」
 違う、いや、そうじゃ、ない。
 根本的に、理解してない。
 顔見せに、呼んだのか。おい。
 言いたいことは、色々ある。が、なにを言っても、どうしようもないのなら、いうことは、結論だけだ。
「だったら、俺の家に来いよ」
「嫌だよ、せっかく、僕の家があるのに、どうして、きみの家に行かなっくちゃならないの?」
 それは、俺がずっと、側に居たいからなんだ。頃合いを見計らい、じゃあ、さようならと帰るくらいなら、会いに来ない方がましだ。と、言おうものなら、ああ、じゃあ、今度から呼ばないよとくるのは、流石の俺も学習済みだ。
「ベッドがひとつしかないっていうのは、理由にならないぞ」
「どうして」
「ひとつで、十分だろ」
「なんで」
「少しは、自分で考えろっ」
 しかし、こいつが自分で考えて、事態が好転したことなんかあったか。―――いや、ない。
 つまるところ、悪化させる、だけ、なんだろうなァ。
 期待もせず、待っていれば、待ちたくもないが。
「きみが、床でねる。先に言うけど、きみには、お勧めしないよ」
「ちがぁうっ」
 即答、力一杯否定されて、長い間、考える。それが、意味ある行動とは、保証できない。
「じゃ、昔、とうさんと見たんだけど、ふたりで、かわりばんこに寝るの」
「どういう意味だ」
 ふたりでは、歓迎したい状況だが、そのあとに続く、かわりばんこってのは、なにをどう、かわりばんこなんだ。
「あのね、マグルには、潜水艦って、水の中を走る船がある訳、ぎりぎりに、小さくしないと効率が悪いっていって、本当に狭いんだ」
 ふんふん。
 それが、いまこの状況とどう関係があるは、考えたくないが、純粋に興味はある。
「でね、一番簡単に削れるのは、乗組員の生活スペースなんだ。当然のことに、乗組員には、24時間休みなく仕事はあるんだよ。
 じゃあ、どうするかって、いうと」
 いったん、俺の顔色を伺い、興味があることを確認すると。
「朝番と夜番の人が、ふたりでひとつのベッドを使うんだ。それだと、ひとつのベッドを有効に使えるって、ことで」
 と、ここでやめるのは、これが、何かしらの答えであると、そういうことなのか?
「あー、それはおもしろい話だが、それが俺達とどう関係がある」
 聞かなっくても、なんとなく、判る。
 判りたくは、ないが、判る。
 が、念のため、本人の口から言わせないと、今後の糧にはならないだろう。
「えっ、だから、きみと交互に使うってこと。
 お客様だから、夜使ってもいいよ。どうせ、勉強するだけだから、僕は昼でかまわないから」
 と、勿論、本気で言っている。なんて言うか、良くも悪くも、冗談を言わない奴だ。
「却下だ、却下だ」
「じゃあ、なにが他にどんな方法があるの?」
 あるだろうが、簡単なヤツが。
 しかし、それを俺からは、絶対にいえない。リーマスが自力で辿り着いてくれないと、俺に未来はないんだ。
「考えろ」
 うーむ、うーむと悩ますが、それが、全く役に立たない時間と判りきっている場合、助言をするくらいは許されるのか。
「判った、パディと寝る。夏って暑いんだよね」
「どうして、そこまでいって、俺じゃあなく、パディなんだよ、おまえ」
「なんでって、きみと一緒って、こと?」
 そんな選択肢は始めっからありませんと、いってくれる。
「やること、やった、恋人が、ひとつ屋根の下、しかも、ベッドが、ひとつしかないときたら、当然、そういう結論になるだろ」
「なのっ?」
 ウソだ。
 どこがって、プレゼントだっていって、それきりの関係が、当然の流れとして、そうなる訳がない。しかし、相手はリーマスだ。言い切った方が、勝ちだ。
「なんだ」
 だから、俺は、しらっとウソをつく。
「そんな、つもり、なかったし。きみと会いたかっただけだし。それだけじゃ、だめなの」
 だけって、力一杯、主張される、恋人の立場としては、物分かり良く、肯定するべきなのか?
 考えるまでもないだろ、俺。一度でも学習したら、この先、永遠にお友達待遇、いや、アンカ扱いだ。
 いいか、シリウス。ここは、心を鬼にして、正しい交際法を教えてやるんだ。いいな。
「駄目に決まってる、だろ。
 恋人、ベッドがひとつ、なら、一緒に寝る。この明白な事実を前に、悩む要素はどこにもない。
 それともなにか、ベッドが狭いって言うなら、俺の家に来るか?」
 ひとりで寝るのが虚しくなるほど、広いベッド。そのうえ、生憎と、俺の家には、客間もある。
 はっきりいって、リーマスには逃げ道はない。
「っ、やだっ。
 うん、なら。ここで、ふたりで寝よ。パディなんて贅沢言わないから、きみでいいから。
 狭いって言うなら、大きくすればいいだけだから。ねっ、ここで、ふたりで、寝よ」
 手のひらを返した納得の仕方に、不審さを感じながらも、目を瞑ったことに、ひどく後悔をするのは、たかが3日後だった。
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