ひとりの午後
 わたしは、絶対に、悪くない。
 ページをめくりながら、何度も何度も呟く。
 わたしは、絶対に、正しい事をしたの。
 なのに、わたしは、また、1人でページをめくってる。


 誰もいない図書館で、誰に声をかけられるとは、思ってもいなかった。
 他の居残りの生徒とは、・・・あまり、仲は良くはないもの。
「ここ、いいかな」
 優しい声に、身構えるのは、わたしが、知っているから。
 はい、どうぞ。と答えるまでの長い間を、先生は辛抱強く、待っていてくださる。
 居心地が悪くて、身じろぐのは、わたしだけ。先生は、のんびりと見回し、今気が付きましたといった風情でおっしゃった。
「今日は、1人なんだね」
 そして、なにか思い当たり、もの凄く、言い辛そうに。
「・・・・・・もしかして、アレの所為かな?」
 アレの所為。
 クリスマスに、ハリーに贈られた、贈り主不明のファイアボルト。
 わたしから見れば、どうして、そう正直に、喜べるっていうの?
 だから、わたしは、マクゴナガル先生に相談したの。だって、そうでしょ?わたしだって、シリウス・ブラックが贈れるとは本気で思ってないけど、だけど、ハリーに足ながおじさんがいるなんて話は聞いたことがないわ。
 誰か、贈り主がいるのなら、それで良い。いなければ、先生たちに任せるのが一番よ。
 シリウス・ブラックが、ハリーを狙っているって事を、簡単に考えすぎてるのよ。あの2人は、用心って言葉を知らないのよ。
「・・・・・・そう、なんだね」
 二度目は、質問ではなく、確認になっていた。
 答えを求められているけれど、なにをいっても、自分の行動の正当化か、2人の陰口になりそうだから、黙っているしかなかった。どちらも、わたしのプライドが許さないことだもの。
 わたしの沈黙という答えに、にこやかに笑い返してくれる。
「そう、心配する必要もないからね」
「何故、ですか」
 柔らかな声は、普段なら穏やかな気分にさせてくれるけれど、今のささくれ立ったわたしには逆効果、逆なでするだけ。
 マクゴナガル先生が、今すぐに、ファイアボルトを返してくださっても、きっと、ハリーたちは、わたしに話し掛けてくれない。
 わたしは、ハリーの為を思って、先生に相談したのに、ふたりは判ってくれない。
 なのに、先生は、全く気になされないようで、わたしに変わらずに、優しく話し掛けてくれる。
「あれは、呪いなんかかけられていない、正真正銘、本物のファイアボルトだからだよ」
 先生は、見かけに寄らず、といってもいいのかしら?『闇の魔術に対する防衛術』の教授をなさってる。専門家が保証してくれるのなら、そう、なのかもしれない。・・・・・・あら、どう、して?
 声に出してはいないのに、先生には、聞こえたの?
 見上げたわたしに、もう一度、座る為の断りを告げてられて、慌てて、広げすぎた本を片付けた。最初は、前の席を望んでいらしたのに、先生は、わたしの隣の席へやってきた。わたしと話をする為に?
「一応、対策会議には、顔を出したんだよ。
 すぐに、病み上がりは大人しくしているようにと、追い出されたけれどね」
 何を思い出したのか、クスリと、小さく笑うと。
「本当は、ファイアボルトの価値の判らない人間は出て行きなさい。と、言いたかったんだろうねぇ。
 マダム・フーチの入れ込みようといったら、わたしは、小1時間ばかり、ファイアボルトの賛美を聞かされたかな」
 あの、マダム・フーチなら、と至極納得の行動。思わず、先生に同情してしまう。でも、確か、マダム・フーチは帰られたはず?
「ファイアボルトが見たければ、今すぐホグワーツへいらっしゃいと、マクゴナガル先生が呼び出したらしいよ。あの勢いでは、休暇返上で、思う存分、ファイアボルトを撫でまわす気だろうね」
 困った人たちだと溜息交じりの述懐も、思ってもみなかったことを、言われてる?
「あの、それって・・・」
「ちゃんと元通りの姿のまま、試合の前までには、ハリーに戻されるから、安心して待っていればいい。
 但し、マダム・フーチとマクゴナガル先生には、当分、近づかないこと。カモとばかりに、ファイアボルトについて延々聞かされる羽目になるよ」
 想像だけで、身震いがしてくる。先生が小1時間なら、今では、どれ位になってしまうのか。絶対に、近づかないって誓うわ。
 でも、そうすると、わたしのしたことって。
「じぁあ、わたし、余計なお世話、だったんですかっ」
 がたんと大きな音を立てて倒れた椅子。響き渡ったわたしの声。
 いけないと思っても、もう、手遅れ。唯一の救いが、マダム・ピンスがいらっしゃらないってこと。
 静かにとジェスチャーしつつ、わたしの倒した椅子を元に戻して、座りなさいと促された。
 わたしが落ち着いた頃を見計らい、ゆっくりと話し始めた。
「ハーマイオニーが、マクゴナガル先生に、相談していなかったら、ハリーにファイアボルトが届けられたことを、誰も気付かずに過ごしてしまうことになったね。
 そして、レイブンクロー戦を観戦するわたしたちは、ハリーの手にしているが、ファイアボルトだと初めて知ることになる。以降、試合どころではなく、試合は即刻中止。下手をすると、グリフィンドールの放棄試合扱いにされるかもしれない。
 大事なのは、それが、安全であることを保証された、ということだよね。きみは、誰かがやらなければならないことをしてくれたんだ」
 もしかして、ルーピン先生。
 それを、わたしに伝える為に、わたしに話をしてくださる為に、図書館まで、いらしたのかしら?
 先生は、手ぶらなのに、今更ながら、気付いたの。
「そうそう、同じ年頃なら、男の子の方が子供だから、ハーマイオニーの方が、折れてあげなくっちゃならないのは、今も昔も同じかな?」
「わたしが、謝るんですか?」
 悪くないのに、謝るなんて、いやっ。
 先生も、わたしは、悪くないっておっしゃっているのに、わたしに、先に謝れって言うんですか。
「きみは、とてもしっかりした子だから、こんなことで、意地を張りつづける愚かさに気付けるだろう?」
 『こんなこと』にカチンときた。
 先生から見たら、こんなこと、なんですか?
「意地、なんか、張ってません」
「失ってから、嘆いても遅いんだよ。よく考えてごらん。
 意地を張りつづけて、彼らとの仲がこれまでになったら、きみは、この時のことを一生悔やんで過ごすんだ。あの時、どうして、とね。
 どう悔やんでも、あの時間には戻れない。失ったのは、自分自身の愚かさの所為だ」
 悔やむ?時間を戻せない?
 ぎゅっと、胸元を押さえる。
 ここに、あるのは、取り戻せない時間を取り戻す魔法。
 わたしは、これを、許されないことに使うの?
 どこかで、ハリーたちとの友情がこれまでになるとは思っていないわたしがいる。いつも、最後には、わたしたちは、仲直りしてきたから、いつも3人で乗り越えてきたから。
 本当に、失った時に、わたしは、どうしてしまうのだろう。
 意地を張る愚かさに気付いて欲しいと、先生は、わたしが頷くことを願いながら、昔話を語ってくれる。
「誰かが、一度経験すればいいことだと思わないかな?
 わたしは、それで、親友と恋人と、世界を失ったよ」
 それは、先生が・・・・・・
「わたしが、きみたちの年の頃は、・・・例のあの人の全盛期だったんだよ。友達というのは、なによりも貴重な宝で、一度失ったら、二度とは手に入らないものだったんだ。
 もっとも、わたしが、それに気付いたのはすべてが終わったあとで、結局手遅れだったけどね」
 それは、先生が、狼男・・・だったから、ですか?
 声に出来ない質問は、訊ねることなんか出来ない質問。
 魔法界では、狼男がどんな生物なのか、まだ実感としては、薄いけど。それは、わたしがマグルだったから。生粋の魔法族にとっては、狼人間はおぞましい存在でしかない。それが、友達と呼んでいた相手でも同じ。狼人間になったその日に、今までの世界は失われる。
 そういうこと、なのだろうか?
「喋りすぎたかな?」
「いいえ」
 それしか答えられない。
 たぶん、先生にとっては、辛い思い出だろうに、わたしのために、同じ過ちを繰り返そうとしている生徒を救う為に、差し伸べられた手を振り払うほど、わたしも強くはないから。
「たかが、箒のことで、友達を失うのは、愚かしいことだよ。
 ただね、さっきも言ったとおり、あの年頃の男の子は、子供なんだよ。大人のきみが折れてあげるしかないだろうね。
 どうする?」
「―――やって、みます」
「素直になるってことにも、勇気が必要だってことは、判ってる。きみは、それができる人間だと信じてるよ」
 はいと今度は素直に頷けた。
 何の得にもならないことに、親身になってくださる先生の信頼を裏切りたくはない。例え、先生が、そうであったとしても。
 安心したのか、何度も頷いて。
「それが、いい。3人で裁判資料を集めるといいよ。
 まぁ、無条件にとまではいわないけれど、わたしのいるうちは、サインならしてあげれるからね」
 はい?
 勿論、サインとは、禁書の閲覧許可書へのサインのこと。
 驚くわたしに、いたずらを成功させた子供のように笑われる。「サインをする」にひっかかったわたしを笑うのではなく、それに驚いたわたしに笑いかけてる。・・・・・・本気、なんですか?
 本気の証明に、空にサインを書かれて戻られようとした先生に、わたしは声をかけた。
「どうして、ですか?
 わたしが、ハリーの友達だから、ですか?」
 休み明けにも、ハリーの為に、ディメンターの防衛訓練をしてくれるという。いくら生徒思いの先生でも、とても難しい訓練をしてくれるかしら?相手が、ハリー、だったから?魔法界の特別な子供のハリーだから?
 結局、裁判資料集めの閲覧許可も、ハリーの役に立つことだもの。
 振り向きざまの一瞬だけの意外な顔、それから、小さく笑って。
「いいや、懐かしい夢を見せてもらったお礼だよ」
 次に会う時までには仲直りしていて欲しいなと、呟いて戻られた先生は、本当に、狼男なんですか?
 ううん、でも、いい。
 ダンブルドア先生が、ホグワーツの教授に招いたくらいだもの、例え、狼人間でも良い人なのよ。
 だから、わたしがするべきなのは、約束を守ること。信頼に誠実で答えること。
 裁判資料を集めることに逃げないで、目下の重大事項に立ち向かう為に、わたしは片付け始めた。
どこかで見たような話、というのは、この際関係ありません。
この話に、オリジナリティを求めてはいけません。
ここで大事なのは、
ハーマイオニーとリーマスは個人的な接触があったということと、
「懐かしい夢」と「閲覧許可書のサイン」です。
これを書かないと、ハーちゃんとリーマスの友情話が進まないんですぅ。
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