きっと、特別な日
  家族を養うには、まず、定職につかなければならない。
 故に、まともな労働さえしたことのない俺に、必要なのは就労訓練だ。とか、ぬかしやがって、只働きをさせられてる。


 こういう時、絶対に、叔父貴とジェームズの間には、血の繋がりがある筈だと確信する。


 ろくな休みもなく働き詰めで、叔父貴に訴えても、俺も一緒だと取り合わない。あんたは好きでやってる事で、俺は巻き込まれてるだけという事は、関係がないらしい。この人と生まれてからずっと付き合ってんだから、ジェームズのオモチャにされる事は、避けられない流れだったんだと、今にして納得する。遅すぎだ。
 それでも、やっと、解放され、一体、何日の何曜日なのか、すっかり、忘れ果てた俺を待ち構えていたのは、叔父貴自慢の従妹ども。魔法界話題の人物が物珍しいらしく、わざわざ、見物にきたらしい。
 この間までとは違う意味で有名人になっている俺に、興奮状態で差し出した手には、カード?
「もしかして、今日は、2月14日か?」
 カードを貰って、やっと思い出す。
 『バレンタインディ』に限らず、イベント事は、はるか昔の微かな記憶して・・・・・・

 やばい、まずい記憶まで、思い出した。
 2月14日。
 今まで忘れていた、最後のサイアクなバレンタイン。

「バレンタインディまでには、家に帰してやろうと言う、親心を無にするなよ」
 と、愛娘、すっかり立派な魔女になった、マグルと魔法族のハーフの年頃の娘たちが、既婚者の従兄に贈ったカードの出来を、満足そうに眺める親バカがそこにいる。間違いなく、俺は、親離れした娘たちを呼び寄せるエサだ。しかし、来年からはやめてくれ。と、いえない俺の事情。
「っつか。
 あいつにだって、流石に、それくらいの常識は残ってるよな?」
 思わず、聞いた。
 叔父貴にだって、いい。誰かに保証してもらいたい。
 幸か不幸か。不肖の甥の責任は取ると、俺がいなくなってからのリーマスを陰ながら見守っていてくれた。のは、いい、素直に感謝する。そうでなかったら、今頃、あいつはいなかっただろうと、心底思う。
 結果として、俺は余計に、この叔父貴に頭が上がらなくなった。
 俺の知らない時代のリーマスを、よく知っている叔父貴は、充分に考えて。不吉な沈黙が流れた。
「・・・・・・・・・
 がんばれ、シリウス。
 俺は、応援しているぞ」
 つまり、否定かい。
 遠回しながら、俺の幸運を祈ってくれたらしいが、祈るだけなら、俺にも出来る。
 見守るだけでなく、そういう常識をどうにかして欲しかった。



 常識のなさ、いや、ないのは、デリカシーか?
 代わりに、記憶力は嫌になるほどある。あるんだから、きっと、思い出す。思い出してくれるよなぁ?
 頼むぞ、ホント。


 予想通り、と言うのもなんだが、リーマスは、やっぱり、覚えていなかった。
 抗議の意味も込めて、不貞寝をする。
 本物とは違って、絶対に抜け落ちない毛に、どれ程嫌がらせの効果はあるか知らんが、リーマスのベッドで寝てる。
 黒いシッポを少し出しておくのは、高等テクニック、らしい。いつぞや、ハリー相手に熱く語っていた。


 まったく、あいつは、どうして俺のささやかな望みさえ、打ち砕けるんだ。
 俺だって、ちょっとは夢見てもいいだろ?
 今まで忘れていた自分を棚上げして愚痴るのは、リーマスのつれなさ。
 『バレンタインディ』に『チョコレート』。世間的にはありえない組み合わせが、俺たちには居た堪れない思い出のキィワードになってる。
 だからか?だから、あいつも忘れはてるのか?

 イヌの姿の愚痴は、都合がいい。口に出していても、唸り声にしかならない。聞きとがめられても、言い逃れは簡単だ。
 だから、不貞寝はイヌに限る。

 うん、まぁ、それなら、いい。よくはなくとも、いいことにしよう。
 それについては、俺も同意見だ。あれは、2人して忘れよう。
 でも、なんでだ?どうして、受け取ったチョコを、ご機嫌伺いと思い込めるんだ。
 仕事がはかどって助かるよ、と、見送ったおまえに、何故、ご機嫌伺い?
 あれは、照れ隠しでも、強がりでもなく。本気だったぞ。
 2月14日、そのものが、あいつの頭から抜け落ちてる。学生の時さえ、リリーが騒ぐから知っていたようなモンとはいえ、いい年した大人が、知らないっていうのもなぁ。社会の常識だろ?手軽なコミュニケーションツールだろ?

 枕に向かって呟くのは、虚しくなるだけかもしれん。


 イヌの嗅覚が、近づくチョコの匂いを嗅ぎわけ。魔法族の家とはいえ、チョコだけが近づくわけがない。そもそも、あいつは滅多な事では魔法は使わない。
 イヌの聴覚が、ちょっと、弾んだ足音を聴き分ける。

 うん、まぁあ。
 それでも、なんでも、結局、惚れた俺の責任だな。
BACK