家族ゲーム
 「わたし、もしかして、リーマスのことを、妹じゃなくって、娘みたいに思ってるのかしら」

 問題発言は、いきなりだった。しかし、彼女の名誉の為にもいうならば、今回に限らず、予告ありの問題発言は、余りない。
 このたびの問題発言は、ホグズミードは三本の箒発。限定タイムサービス福袋の販売時間待ちに、バタービールでも飲もうと思い立ったのが、不運だったのか。そして、件のそれは、世界の真理を発見したような厳格な宣言だったのだ。
 何を言い出すと、いぶかしんだのは、3人。
 当然のように、追従したのは、1人。
「じゃ、僕は、お父さんだね」
 それは、それは、嬉しそうなジェームズとは、対照的に、リリーは。
「夫婦って、こと・・・・・・
 イヤだわ、それ」
 いつものことながら、冗談の欠片もない、クールなリリーに、これまた、打たれなれたジェームズは、滂沱の涙を流す。
「僕たち、本気で付き合ってるだよね」
「そうね、何故か、まだ、付き合ってるのよね。これって、惰性?―――いいのかしら、わたしの人生」
 ウィークディの昼間は、ほぼ一緒のタイムスケジュールで動き、否応無しに目に入り、偶にある選択授業は、余程の際物を希望しない限り、同じになるのだ。少なくとも、今の学年では、まだ。
 3度の食事は、愛するリーマスと同席したい。すると、もれなく付いてくるオマケたち。帰る場所も一緒、同じ寮生なのだから、少なくとも談話室までは、オマケたちも一緒になってしまう。
 愛するリーマスと共に過ごすとなるとオマケとしてついてくる、別名、付き合っている恋人。別れようと思ってもなかなかその機会は無い。


 無視をすればいいと、頭では理解している。自分の為にはその方が良いと判っているのだが、つい、嘴を挟んでしまう事は間間ある。
「おまえ、ら・・・」
「何をいう、シリウス」
 まだ、何もいってない。だが、それがなんだ。彼らの間には、常人では計り知れない、深い絆があるのだ。一を聞いて十を知ることくらい何でもない事なのだろう、多分。
「僕らの間には、娘を思う深い愛があるんだ。娘を嫁にだすまでは、別れはしないさ」
 ムスメ・・・それは、話の流れ上、誰であるかは、明確だ。
 それよりも、そもそも、一体、誰の元に嫁にいくのか。
 いぶかしんだ3人の中で、ゲンナリするのは、常識のある2人。しかし残りの1人、当事者でもある娘も、常識を手放してから久しい。
「なら、シリウスは、弟、かな」
 などと、真顔で言ってのける。
「や、めてよ。
 リーマスなら、大歓迎だけど、こんなヤツ、息子になんかしたくないわ」
 だから、ムスメとヨメはいいのか。
 人生は、常識と共に歩みたい2人は、リリーに逆らうなどという愚かな行為はしたくない。故に、黙っている。それが常識でもあるのだから、信条に基づく正しい行為だ。
「まー、まー。リリー。義理の息子なら、ともかく、実の息子なら、まだ許せるだろう」
 取り成すジェームズも、所詮、リリーの追従である。反論しかけて、我に返る。
 もう、勝手にやってくれ。
 シリウスは冷静さを取り戻した。仮定の家族ゴッコに、何を本気になっているのか。リリーのペースに巻き込まれるから、負けるのだ。無視に限る。
 だが、リリーは、ピクリと反応した。
「そ、そーね。うん、そうね。
 シリウスは、息子ね。立派なお嫁さんを見つけてあげるわ、おかあさま、が」
 だが、愛する常識を手放すのは、案外簡単なことなのだ。
「いらんっ。
 母親なら、売るほどいる」
「そんな、照れちゃって、案外、可愛いのねぇ。坊やったら」
 頭でも撫でられそうな、実際、見えない手を伸ばし、シリウスの頭をなで繰り倒している。
「誰が、坊やだ、誰が」
「あんたに以外に、いないでしょ」
 イヤだろうが、なんだろうが。
 家族の団欒は決まった。果たして、そこに、団欒が存在しているのかは、誰も知らない。保証も出来ない。

 ほのぼのしいとは、お世辞にもいえない家族の団欒と、すっかりと存在を忘れられている1人の少年。
「・・・いい、なぁ。みんな」
 ポツリと、呟く。
「いいのか、こんな女に、虐待されるのが。そんなに良いのか」
「シリウス、答えに困るような聞き方は、しないように」
「ジェームズ。答えてるわよ」
 ママの雷が落とされるその瞬間にも、1人、場を読むことをしない、ひたすらにマイペースを貫くリーマスが。
「ピーターも、家族になりたいんだ」
「そうだよ、僕も入れてよ」
 疎外感を味わっていたのだろうが、本当に、暴君ママの教育的指導が日常になりそうな、この家族の一員になりたいのか。ピーターも、また、ある意味、マイペース人間だった。
「でもサ。ピーターって、友達ってポジションで、他には、思いつかないんだよね」
「ヲイ、どうして、俺が、弟で、こいつが、友達なんだ」
「そうよ、わたしは、どうなの」
 シリウスはともかくとして、母を主張し親友を名乗る自称姉の主張は、身勝手の一言に尽きる。
「だって、そうでしょ。
 ピーターって、対等な友達だと思うよ。同じ所に立ってる友達」
 誰が見たって、ショックを受けましたと、顔に書いてあるシリウスとリリー。しかし、キズを舐めあう真似も、訂正、キズに塩を塗りたくりあう真似もせずに、おとなしく、孤独に、落ち込んでいく。ここで傷口を共有し合えば、2人にしか分かり合えない絆が生まれる、かもしれないが、生憎とそんなことは最初から望んではいない。
「――悩みを、相談し合えるってカンジ、なのか。
 一方的に相談するんでも、されるんでもないって、コトかい」
「うん、そう。ピーターは、それじゃ、いやかな」
「全然、すっごく、嬉しい。
 でも、僕一人、他人だよね」
 しゅんとするピーターにかける言葉は、リーマスにはない。こういう時に、頼みになるのは、ジェームズしかいないと、期待の眼差しを向ければ、勿論、彼は期待を裏切らない。
「確かに、寂しがるピーターの気持ちも判る。
 じゃ、こうしようか。リーマスの旦那サマ。常々、ピーターのように、奥さんや家族を幸せに出来る相手を見つけてあげたいと思ってたんだ」
 とんでもない発言に、はじけたように、同時に、動き出す2人。
「ジェームズ、なんなんだ、それは」
 シリウスは、喚き、もう既に、ここが、三本の箒であることなんか、覚えてはいない。
「ピーター、が。何ですって、わたしのリーマスに何をするっていうの」
「付き合う相手としては、物足りないとは思うけれど、堅実な結婚相手には、申し分ないと思うよ」
 学業は、ちょっと、見劣りするけれど、しかし、それは、一緒にいるのが優秀すぎるのであって、ピーターの所為ではない。普段は意識する事はないが、ホグワーツに入学できなかった多くの魔法族にしてみれば、落第スレスレの成績であろうとも、ホグワーツ出身である事には違いがない。一般的にホグワーツ生とはエリートの代名詞である。
 
「――――――
 そうね、あなたやシリウスじゃ、落ち着いた家庭は、想像できないわね」
 長い熟考の末、所詮、ピーターは安全パイであることを思い出し、遠回しにピーターを認めたリリーである。ついこの間は、レイブンクローの女の子に熱を上げていたのだ。何を間違えても、男であるリーマスは対象外である。これ以上、相応しい相手がいようか。
「じゃ、決まりだね」
「ピーター、リーマスを不幸にしたら、どうなるか。判ってるんでしょうね」
 それでも、釘を刺す事は忘れない。
「脅して、どうするんだい、リリー」
「えっと、じゃ。
 不束者ですが、よろしくお願いします。・・・・・・かな」
 ぴょこんと、お辞儀をして、リーマスが御挨拶。
「リーマス、ナニ、いってるんだ。
 ジェームズ、おまえも、何を考えてる」
「シリウスくん。きみも、悔しかったら、ピーター並には、落ち着きを身に付けることだね」
「俺の方が、将来―――」
 だが、シリウスの主張は、かき消された。


 音を立てて開かれるドア。飛び込んでくる女の子の高い声。
 ここ、ホグズミードでは、ホグワーツの学生がやってくる週末は町ごと貸しきり状態。ハイテンションな学生達が主役。普段の客層である、大人な魔法使いは端に追いやられ、しかも、この位でクレームをつけるような客は、大人気ないと逆に批難される。大人とは、子供のなれの果てなのだ。
「リリー、何、やってるのよ。時間よ、時間」
「えっ、もう。リーマス、お願いね」
 人は彼のことを、人間探知機と呼ぶ。蛙チョコのカードならば、レアカードをもれなく引き当てる。試験のヤマは決して外さない。ならば、超豪華福袋を探し当てるくらい簡単だろうと、借り出された。
「成功するとは、限らないよ」
「いいの、わたしたちが選ぶより、確率は高いもの。ジェームズ、リーマスは借りていくから、心置きなく、悪戯でも何でも、計画しててね」
 しっかりと、リーマスの腕を組み、慌てて席を立つリリーに、荷物もちとして借り出されているピーターも、大人しく後を追う。
 残されたのは2人、ジェームズとシリウス。

「あー、シリウス。まだ、話を続けるかい」
 取り残されたテーブルで頬杖をつきながら、多分、不幸な親友に声をかける。
「・・・・・・いらんっ」
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