揺り籠を揺らす手
 

 確か、あの時は、記憶違いではなかったら・・・・・・

 僕らは、リリーを騙していた。それは、言い訳も出来ないくらいに、事実だった、
 その贖罪の為にやってきたのだと、思っていた。
 ジェームズが、リリーの手料理を食べに、と誘ってくれてたのは、あくまでも、建前の筈。なのに、しかも、僕は、なにをやってるのだろうか。
 新生活を始めたカップルに相応しい家。いずれ、近いうちに、この家には、もう1人、ハリーと言う名の住人が増える。幸福な家族に相応しいキッチン。そこに連れ込まれ、僕は、何をしてるんだろうか。
 キッチンでは、手料理を堪能しないと思う。
 いや、違う。そういう問題では、ないんだ。
「充実したキッチン、充実した食材。―――腕がわきわき、しない」
 するけどね、僕の家では、望み得ない状況、でもね。今、僕が問題にしたいのは、それじゃないんだ。そのところを、判ってくれてる。
「だって、リーマスの手料理が食べたいのよ。最近、すっかり、御無沙汰だもの。
 ね、リーマス。わたしのお願いは、聞いてくれないの」
 以前なら、あり得たお願いでも、リリーは、僕が、何だか知ってしまった。それなのに、まだ、お願いをしてくれる、のだろうか。
 黙り込んだ僕に、リリーは、拒絶の色を嗅ぎ取ってしまい、そんなことなかったのに、僕を脅すという強硬策にでてくる。
「わたしの、お願いは、駄目っていうの。
 いいのよ。結局、オトコができると、女の友情なんて、それまでなのよね」
 恨みがましい視線と、ちくちくと刺さる言葉の刺が、イタイ。同じ脅されるにしても、これは、痛すぎるよ。
 もう、これ以上、脅されるのは心臓に悪い。
「違うんだ、僕が、―――知ったのに」
 狼男が触っただけで、嫌がる人間もいるのに、リリーは、変わらない。
「それ、ね。今更じゃない。ホグワーツでは、平気で、外に出れば、駄目、なんてある訳ないじゃないの」
 それの、どこが問題なの、と。
 当然と言うけれど、知る前と、知った後で、同じでいられることじゃない。
「リーマス。一体、何が不満なの」
「リリーが、判らないんだよ。
 僕が、狼男だって、本当に判ってないんだよ」
「リーマス、言いたいことは、色々あるわ。
 まずね、嘘でも、自分の事を、狼男なんて言わないで。
 それと、―――恥ずかしいわね。ちょっと、いい」
 呼ばれて、リリーの声が聞こえるようにと近付いた僕に、リリーは。
「いいこと、あなたが、狼男で、人狼、なら。わたしは、穢れた血よ。
 二度と言ってご覧なさい、こんなもんじゃ済まさないわよ」
 胸倉を掴んだ手を放すと、信じられない行動に出た。


「ジェームズ。今晩、と
 てっめぇ、人のもんになに、しやがる」
 シリウスの憤慨する声を、どこか遠くで聞いている。いつ、来たのかとか、何を、言ってるのかとか、なんて間の悪い男なのかとか、色々、思いつくけれど。頭の片隅、痛みを冷静に感じ取っている僕が思うことは、一体、どこで、リリーは、ひとの殴り方なんて覚えたのか。
 って、学校か。
 ツッコミをいれる僕までいる。
 一つの、戦時下に等しかった学生時代、身を守る方法としての護身術は、嗜みのひとつになっていた。勿論、それは、闇の魔術に対する防衛術の事なんだけれど、グリフィンドールが誇る二人が、勝手にマグルにおける防衛術なんてものを流行らせた。
 僕は知らなかっただけで、リリーは、それを、凄く優秀な成績で修めてた、らしい。でも、自分の体で知りたくはなかったよ。
「ひとの、はなしを、聞いてんのか」
 僕が殴られて逆上して、冷静さの欠片もなく、今にも、飛びかからんとするシリウスを、羽交い締めにして仲裁に入るジェームズが、
「ああ、リーマス。今直して上げるから、少し、待って」
 リリーに、力の限りに殴られた僕の口の中は、血の味がして。毎月、否応無く味わうそれと、同じものなのに、なんで、こんなに、嬉しく感じるんだろう。
 頬は、熱くて赤くなっている。自分でも、直せるけど、ここはありがたく、ジェームズの好意を、加害者が彼の婚約者だから、罪の意識もあるのかも、受けておこう。
「ジェームズ、なんで、おまえが直すんだ。
 リーマス、おまえも、おまえだ。他の男を頼るんじゃない」
「じゃ、どうしろと」
「俺が、直してやる」
 それが、当然と主張するシリウスに、仕方がないね、と、ジェームズがあっさりと折れて、シリウスの拘束が解かれる。
 シリウスは、痛ましそうに、一度、赤くなった殴打痕を撫でてから、僕に向かって杖を構えた、その時。
「駄目よ。それは、直させないわ。
 それがある間、たっぷりと、わたしを騙していた事を反省してるのよ」
 リリーに、抗議しかけるシリウスに、にっこりと悪意ある笑顔を惜し気もなくふりまき、
「ちょうど、良かったわ。あんたにも、用があるのよ。
 えぇ、呼び出す手間が省けて助かったわ、ほんっとおに」
 ここに至って、シリウスは、やっと、失言の数々を悟った、ようだ。
 もし、リリーが、僕らのことを知らない昨日までの彼女なら、シリウスの僕の所有権の主張を、自分こそが正当な権利があると、主張しつつ、笑って聞き流してくれた。
 だけど、リリーは、知ってしまったんだ。僕とシリウスが、いわく、ふしだらな関係になってしまったことを。
 で、どうしたかっていうと。
 隣の部屋に連れ出し、ジェームズが、殴打のあとを冷やしてくれていた濡れタオルを、五回替えてくれた今でも、2人は、出てこない。




「で、思い出していただけた、かしら」
 リリーが、怒ってる。それも、すごく綺麗な笑顔で。
 当たり前かも、しれない。けど、だけど。

 どうして、こんな、状況に、なったかというと。
 ハリーの誕生を祝って、お呼ばれされて、真っ白な赤ん坊を見て、不安になったんだ。
 結局、僕は、どんなに言葉を飾っても、ただの人殺しにしかならなくって、そんな僕が、ハリーに触れても良いんだろうか。そんな、権利があるんだろうかと。
 この、未来だけがある彼に影を落とす存在になってしまう位なら、僕は、ハリーの人生にいらない存在じゃないか。
 そう、リリーに問いかけたら、あっさりと、思い出してご覧なさいと。
 一世一代のカミングアウトも、実際には、ジェームズがしたんだけど。なぜか、人狼であることよりも、シリウスと、その、恋人として付き合っている方が、大問題にされた。
 僕が、人狼だと言うことも、問題にさせなかった女傑は、
「いいこと、誰が、人殺しですって」
「僕だよ。相手が、デスイーターであろうと、そうじゃないか」
「あなたが、そうだって言うなら、わたしだって、そうよ。リーマスが、そうなら、わたしはハリーを生む権利がなかったのよ」
「どうして」
 リリーは、彼らは、違う。
 人殺しなのは、僕ひとりだ。
「判って、ないのね。
 あなたが、人殺しなら、あなたたちの犠牲で成り立っているこの世界で、生きるものすべてが、その罪を背負うのよ」
「それは、違うよ」
「違く、なんか、ないのよ。
 こういう世の中で、自分の手が綺麗な事を自慢する人間にこそ、ハリーに触れる権利はないし。ハリーの人生に、いらないわ」
 リリーは、僕の指を取り、
「この、手が、わたしたちの未来を創ってくれているのよ。
 本当は、あなたたちに全てを押し付けている、わたしたちこそ、罪深い存在なのにね」
 きれい、ね。と、爪に、小さくキスを落とす。
「だめ、なのよ。
 わたしたちでは、せいぜい派手に引き付けるだけ。あなたのようには、できないの」
 リリー、シリウスたちが、危険でない訳じゃない。彼らは、彼らにしかできない方法で戦っている。目立つことで、標的になり、ひとりずつでも、確実にデスイーターの戦力を削り続けて行く。
 僕とは、別の戦いの手段を選んだだけで、どちらが偉いとは、言えないはずだよ。
「リーマス、ハリーに、未来をちょうだい」
 真剣な眼差しは、リリーの母としての切実な願いだから。
 ジェームズの呪いは、まだ、解けていない。ハリーの未来は、二重に閉ざされている。
 そうだった。僕は、魔法界の未来を望んでいたんじゃない。彼らの未来を守りたいから、だから、ここまでこれたんじゃないか。
「リリー、僕らが、ハリーの未来を守る限り、僕らの手はきれいなんだ、よ」
「そう、ね。リーマス。
 どんな世界が待っていても、わたし達だけは、このきれいな手を、守って行きましょう」
 リリーは、神聖な誓いのように、もう一度、僕の指先に唇を落とす。




 いや、もう、どうでも、いいけど。
 どうしてこう、シリウスは、間が悪いんだか。
 やましいことなんてしてないのに、リリーは、シリウスに気づくと、慌てて僕から離れ、勿論、わざとだ。
「ごめんなさい、ハリーが、ママを呼んでるわ。ええ、これは、母親の勘よ。
 リーマス、お願いね。ジェームズには、ナイショ、よ」
 そこにいて、全てを見ていたシリウスの存在自体を無視する形で、リリーは出て行った。
 ご丁寧にも、リリーは、外からしか開かない鍵を掛けてくれて、取り残された僕は、これも、リリーの罰、なんだろうか。考えるまでもなく、罰なんだろう。一生懸命に、爆発寸前の感情を抑えているシリウスと対峙するしかなくって。その方が怖いから、思いっきり、喚いて欲しいんだ。・・・・・解決にならなくっても、このまま、逃げたい。それが、だめなら・・・
 どうしてだか、ごめん、嘘、理由は判ってる。嫉妬に燃えてるシリウスを宥めにかかる。

 リリー、ごめんなさい。もう二度と、自虐に走らないから、お願いだから、これと、2人きりにするのは、勘弁して。

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