きみの隣で眠らせて バトルロイヤル篇
 何で、こうなったのか。
 誰が、悪いのか。
 気が付けば、俺たちは、一室で、一夜を過ごす羽目になり、一見、普段と何ら変わらない状況では、あるが、たったひとつ違うのは、ここが、4人ではなく、2人部屋であるという事くらいだろう。
 つまり、そういう訳だ。
「さぁ、どうしよう。ベッドは、2つ。人は、4人。川の字で寝るのも、情緒だとは、思うけれどね」
 『川の字』って、なんだ。それは、3人の共通の疑問だと思うが、ジェームズは、相変わらず、無駄な言葉を知っている。
「文献の受け売りだよ。何人かで、一緒のベッドに寝ることをこういうらしいけれど、何でも、親しさとのどかさの象徴、らしい」
「おまえ、それは、言ってみただけだよな。この場を和ます為のジョーク、だよな」
 物理的に、無理だ。
 2人ですら、難しいこのベッドに、4人で、寝る・・・・・・。実家にある、あの必要以上にでかいベッド、2人の間には、大西洋が横たわるといわれるあれか、せめて、ホグワーツで使ってるやつ位の広さがなければ、それはそれで、親しさは、過去の産物になるような、行動だよな。
「きみは、どうしてこう、風流というものが理解できないのか。そうだろう、リーマス」
 ジェームズは、俺以上に、情緒のない、風流の理解できない、付け加えると、人の機微に全く、無頓着なリーマスに、何の同意を求めるんだ。
「どうしようも、何も。2人づつで寝るか。2人が床で寝るか。しか、ないでしょう」
 なんで、僕に聞くのと続けないのが不思議なくらいに、当たり前なことを聞かれたように答える、が。
 あの、な。リーマス。いま、問題にしているのは、『川の字』の情緒だ。
 誰も、現実的な問題を提示をしろとは、いっていない。というか、まだ、そこまで、話は進んでいない。
 だが、長いものに巻かれる主義の、または、事なかれ主義のピーターは、俺とジェームズの間の無意味な口論に巻き込まれたくなくって、あっさりと、リーマスにつきやがった。

「ねぇねぇ、これをベッドにするのは」
 と、備え付けの椅子を指差した。
「リーマス、得意でしょ」
 確かに、変身術は、得意なリーマスではある。特に、足りない椅子、カップ、机の補充だとかの、代用品作成の為の変身術という、ある意味、変身術を取り違えている分野では、特に異才を放っている。
「でも、ピーター」
 渋るリーマスは、当然だ。
「ピーター、それは、マズイよ。
 ここは、ホグワーツじゃないんだよ。緊急避難的杖の使用は認められていても、これはちょっと。ベッドにする為にっていうのは、冬の雪山とかだったら、いいだろうけど」
「かなぁ。残念。
 あれ、それって、魔法、杖、どっちを使っちゃいけないの」
 ピーターの、この場に関係のない疑問も、できるだけ、ほんの少しの間でも、現実から逃避したい俺たちは、すぐさま飛びついた。
 えっと、と。
 俺たちは、頭を突き合わせる。
「当然、杖イコール魔法だよな」
「えっ、でも。杖なくても、魔法を使えちゃうことってあるよね」
 リーマスがいうのは、絶体絶命的ピンチに、例えば、ベランダから落ちたような時だ。本能的に魔法を使い、極単純な魔法ではあるが、命が助かったということは、よくある話だ。大人ならまだしも、まだ魔法学校に入る前の子供だって、例外じゃ、ない。
「でも、それ。魔法学校入学前って、魔法界の法律は、適応されないんだったよね」
「いやいや、一般的解釈は、杖イコール魔法では、ないね。屋敷しもべ妖精が、魔法はよくって、杖は駄目っていうだろ。
 持って生まれたものを使う分は、いいとして、だから、学生だって、お咎めナシの、判決だね」
「じゃ、僕らも、杖を使わなければ、魔法は使えるって事、かな」
「法律的には、そういうこと、かな」
 ジェームズは、そう結論付けたが、普通、杖を使わずに、使える魔法なんか、まず、役に立たないものばかりなんだ。
 いま、この状況を、どうにかできるような、魔法は存在しない、俺には、言い切れるな。
 代替品を魔法で作り出すことが、出来ない以上、この部屋にあるもので、どうにかするしかない。最初からそれは、判っていた。ピーターの諦めの溜息を合図に、再び、戦いは始まった。
 いや、部屋に一歩、足を踏み入れた時、ベッドの数、2つを認識した時から、水面下で俺とジェームズの戦いは、始まっていたのだ。
「じゃ、僕が、リーマスと、かな」
「リリーに恨まれんぜ」
「いやいや。嫁入り前のリーマスを、男と同衾なんかさせちゃったと、ばれた方が、殺されるねぇ。
 ほら、ここは、ひとつ。僕を助けると思って、そういう事で」
 さわやかに、最凶の女の名前をあげることで、リーマスの同情を得る作戦。
 だが、リーマスは、人の側では、眠れないという事情がある。
「いや、リーマスが眠れない夜を過ごしたとあっちゃ、黙っていないぜ」
 明日、ホグワーツ特急のコンパートメントの中で、この事件の顛末をリリーに話したときに、一言、リーマスが、よく眠れなかったんだ、といえば、リリーの怒りが、そこに正当性があるかは、別として、ジェームズに向かう。どうして、リーマスを1人で寝かせてあげなかったのよと、過保護な母親を気取るリリーには、道理も何もない。あるのは、リーマスの幸せだけだ。コンパートメントの中で、怒り狂ったリリーから逃れる術は、ない。その点、リーマスが湯たんぽ代わりに使うのは、この俺だけだと、実績がある。
 正当性は、絶対に、俺だ。
「シリウス、おまえ、そういう情けないことを、よくも、胸を張っていえるな。僕は、おまえの、その性格が羨ましいよ。ほんと」
 しみじみと、馬鹿にされ。いや、その前に、俺は声には出してない、ハズ。その証拠に、ほか2人は、無反応。
「いや、いや、おまえの考えることなんか、お見通し、だよ」
 っつーか、おまえが、リーマスと寝たがる理由も、お見通しだ。リリーはあくまでも口実。ただ単に、俺をからかっていたいだけ、なんだろ。
「じぁ、さぁ」
 何を思いついたのか、リーマスが、しかし、それが建設的なことだと、信用はしてはいけない。
「なんだい、リーマス。やっぱり、僕と寝たいと、うんうん、けんめーな選択だね」
 んなこと、一言も言ってねーだろーが。
「そんなに、仲が良いんなら、きみたちが一緒に寝るって言うのは、どうかな」
「い、や、だ。
 こいつと一緒に寝る、だなんて、おぞましい事が、出来るか」
 寝起きの悪い俺に、いたずら、あるいは、いやがらせをしようと虎視眈々と狙っている男と、どうしてわざわざ一緒に寝なきゃ、ならないんだ。
「リーマス。他に選択権があるというのに、シリウスを選ぶ程、僕は悪趣味じゃ、ないんだよ」
 他に、楽しみがあるのに、って事か。
 お互いに、反対する俺たちに、リーマスは、不思議そうな顔で、頼む、今更、不思議がらなでくれ。
「きみたち、本当に、親友、なのかい」
 と、呟いた。
「リーマス。それは、根本的に間違った認識だよ」
 俺たちは、ジェームズは、僕たちは、親友ではないというと思っていた。
 じゃあ、俺とジェームズの関係は、何だといわれると、おもちゃかも、しれん。
「僕とシリウスは、決して、恋人じゃあ、ない」
 がくりと、崩れ落ちる、俺とピーター。リーマスは、どういう意味で取ったのか、平然と受け答える。
「いや、それは、いわれなくっても、そうだと思うよ」
 流石のリーマスでも、それは、知っていたらしく、ってか、当たり前だ。ここで、違ったのなどといわれた日には、俺は立ち直れない。
「ジェ、ームズ。何を言いたいんだ、おまえ」
「僕とシリウスは、親友なのであって、恋人じゃ、ないんだ」
 それは、言われるまでも、ない。ジェームズの恋人は、リリーであって、それ以外の誰もいない。
 昔、不幸の積み重ねで、そんな誤解を受けたことがあったが、それは、俺が継母に懸想していると誤解されることで、回避できた筈だ。誤解が回避になるのかと言われても、ジェームズの恋人とか、リーマスを恋人にしたがってるよりは、実害が低い、ほら、回避じゃないか。
 それを今更、蒸し返す気なのか。
 ソレに、何の意味がある。
「いや、だから。何を言ってるんだ」
「判らないのかなぁ。一緒に寝るのは、恋人で、親友は、一緒には、寝ないものなんだよ。
 だから、どんなに仲が良くても、親友である、という理由では、同じベッドには、入れないんだ、リーマス」

 色々な意味で固まった、俺たち、2人、俺とリーマスだな、当たり前だろう。リーマスは、冬になれば、夜毎、暖を求めて、俺のベッドに潜り込んでくるんだ。最初に、ジェームズたちが、認めたもんだから、リーマスは、普通、そんなことはしないものだという認識が、ちょっと足りないでいたから。今更、そんなことを突きつけられたら、動揺するだろう。
「えっと、しない、の」
「しない、ねぇ」
「や、ほら、知らない。寒い地方だと、暖を取る為に、一緒に寝る習慣もあるくらいだから、ねぇ。普通、するよね」
 ジェームズと同じ位に、ろくでもない知識を持ち合わせているリーマスに、言い訳をさせておくと、一体、どこまでいくのか、助け舟を出そうと、思ったところで、まただ、また、ピーターに先を越された。
「でも、シリウスは、ペットでしょう。
 僕も小さい頃に、一緒に寝たがって、よく、怒られたんだ」
 だから、リーマスが羨ましいなと、続けるピーター。こいつとは、明日、ゆっくりと話をつけようと心に決めた。
「ごめん、そうだったね。きみにとっては、そうだったことを忘れてたよ」
 嘘だ。知っていて、遊んでいやがる。
 なのに、何故か、和やかに、会話は終結し、するなよ、頼むから。
 俺を置き去りにしたまま、何かを、思いついたピーターときたら、リーマスに、
「リーマス、後で、これをかけてね」
 なんて、お願いを始めて。リーマスも判らないなりに、うん、いいよ、なんて、返事をしてやがる。
 一体、何を思いついたんだか。
「じゃ、おやすみなさぁい」
 一足早く、お休みなさいだ、どういうつもりだ。
 いま、俺たちは、醜いベッドの争奪戦をしていた、そのはずだ。
 答えは、すぐに、出た。
 考えてみれば、俺たちは、フツーじゃなかったんだっけな。
 ピーターは、ネズミになり、備え付けの机によじ登ると、リーマスをじっと見つめて。
「ああ、ごめん。マフラーでいいかな。
 こんなもので、平気、かな」
 ネズミの寝床になるように、マフラーを丸め、ワームテールを優しく包んで、いや、このイラツキは、決して、このやろー、俺と代わりやがれとか、じゃ、ないぞ。
「そういう手が、あったか。
 ピーターにしたら、凄くさえてるな。うん」
 さり気なく、酷いことを言いながら、視線は、勿論、残るベッドへだ。
 残りは、あと2つのベッドで、人は3人。熾烈な争いは、覚悟のうちで。
 回避するべく最悪のパターンは、ジェームズとリーマスの組み合わせだ。それくらいなら、リーマス1人の、俺とジェームズの組み合わせの方が、どんなに、まし、か。
 シリウス・ブラック。ここが、正念場だ。負けるんじゃ、ねーぞ。
 よっしゃ、がんばれ。おれ。
 精神的に、活を入れ、最後の戦いに望んだ俺に。
「じゃ、リーマス、僕は、こっちのベッドを使わせてもらうから、後は、シリウスと、宜しくやってくれたまえ」
 すこんと、何かが、オチタ、んだ。
 冗談や、おふざけでない証拠に、ジェームズは、既に、向うのベッドを、キープの姿勢だ。
 俺が、ジェームズと付き合いだして、失ったものは、落ちてきた幸運を信じる無垢な心ってやつで。ジェームズときたら、リリーの幸福とリーマスの幸福の為に、人生を捧げると公言して憚らない。そこに、親友の俺の存在は、ない。あることはあるだが、それは、リーマスの幸運の踏み台ってやつで。その、ジェームズが、俺の幸福を望んで、自ら身をひくとは、絶対にあり得ない。
 なのに、俺の幸福に便宜を図るとは、一体、何のウラがある。
「ねっ、シリウス。
 お願い、があるんだけど」
 お願いときいて、振り向いて。
 くらりと、眩暈がした。
 キラキラと期待に輝く瞳に、口元で組んだ手の平。傾げた首と、おねだりポーズが可愛らしいじゃ、ないか。
「なっ、なんだ」
「あの、ね。シリウス。
 僕、ね。できれば、パディと、寝たいんだけど。だめ、かな」
 布団をかぶったヤツの背中が、小刻みの震えている。
 確かに、リーマスにとっての俺なんて、湯たんぽ代わりさ。同じ湯たんぽなら、ツヤツヤの黒い毛並みの方が、いいに決まってる。
 あいつも、それが判ってて、リーマスを俺に譲ってくれたんだよな。
 じゃあ、なければ、俺の喜ぶようなことを仕出かすような、ヤツじゃ、ない。
「だめ、だよ、ね。やっぱり」
 しゅんとする、リーマスに、勿論、俺は、弱かった。
 リーマス、おまえが、望むなら、俺は、イヌでも、何でもなるぞ。
 ああ、そうさ。リーマスの望みが、俺の幸福だ。
 ジェームズと一緒に寝たがられるよりは、充分に、幸せだ。
 リーマスに抱き枕として望まれる俺は、世界一の幸福者だ。
 半分、ヤケ混じりの、残り半分は、本音だ、嫌な事に。
 それでも、最後のプライドで、実際に声に出来るのは、
「俺より、小ぶり、だしな」
 これ位だ。
 イヌになるのは、リーマスが望んだからじゃ、ない。ひとえに、このベッドの狭さだ。2人の間に、そこそこの空間を必要とする俺よりも、遠慮もなく抱きつくパディの方が、効率がいいじゃ、ないか。そうだろ、ジェームズ。


 イヌになった俺を先に、ベッドに入れて、わくわくと隣に身を滑らせてくるリーマスに、ああ、これが人の姿だったら、どんなにいいかと、思いながら。尻尾は、ケモノの習性のまま、バサバサと振られている。
「パァ、ディ。大人しくしないと、落ち、ちゃう、よ」
 キュウ、なんぞ、ミミを伏せて、判りましたと、リーマスの顔をべろべろと舐める。
 イヌになったなら、身も心もイヌになりきってやる。
 そうさ、パッドフットは、俺のアニメーガスの呼び名で、ムーニーの友達だが、パディは、リーマスのペットなのさ。
 ペットは、ペットらしく、振舞ってこそ、だ。
「パディ、おやすみ」
 ちゅっと、鼻先にキスをくれて、首に腕を回して、すっかり、抱き枕状態。だが、俺の頭の中は、そんなことは知ったこっちゃ、ない。
 キス、キスをくれた。
 リーマスが、俺に、キスをくれた。
 ざまぁ、みやがれ。ジェームズ。
 ペットだろうと、なんだろうと、俺は、リーマスに愛されてるのさ。
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