「ルーピン」
さっきから、呼ばれているのは知っているけれど、それが誰かわかっている分、僕は、無視をしている。2日連続で彼からの呼び出しを受ける覚えはない。昨日の呼び出しではこれ以上ない収穫を得たけれど、だけど、幸運が2日も続くわけもない。
それよりも、大事な探し物なのだ。
彼も諦めない、声に苛立ちが紛れ込み始めた。
それにしても・・・僕がいないって可能性もあり得るのに何故諦めないのだろうか。余程、暇な人間と思われて、いる。
「ごめん、今取り込んでいるんだ。急用じゃなければ、後にして」
気が散って、仕方がなしに、暖炉に怒鳴り込んで、改めて、僕に与えられた部屋を見やる。本当に、どうして、この部屋で探し物が見つから、ないんだ。
何も、ない、部屋。
見事に、何もない部屋。
普通なら、半年近くもそこにいれば、少しは、自分の臭いが付きそうなものの、今だにここは、僕の臭いがしないでいる。
こりもせずに、また、セブルスの声。
「ルー、ピン、早く来いといっている」
「だから、いってるだろ?取り込み中だって。きみの相手をしてる暇はないんだよ」
もう一度、怒鳴り込んで、改めて部屋を見ても、探していない場所は、ない。机の引出し、トランクの中。全部探したのに、何処にもない。昨日まで確かにあったのに、何処に置いてしまったのだろう。
「何を、している?」
「探し物。
邪魔をする気なら帰ってくれない?」
我慢しきれなくなって、とうとう本人がやってきた。そうだよ、最初から用事のあるほうがやってくるべきだったんだよ。
来た以上、用件は、放っておいても勝手に済ますだろうと、探し物に意識を戻すも。
「粉末状の、もの、な、のか」
机の上のこれは、今日貰ってきたものだから、中に紛れることはない。ならば、万が一と、ティーバックをばらしていた僕に、不条理を見たとばかりに呟くセブルスが、うっとおしい。
「まさか。
きみ、食べちゃったなんていわない、ね」
可能性の高そうな、水槽の中の水魔に訊ねても、僕を見返すだけ、当たり前か。
「食べ物なのか?」
「違うって、きみ、一体何しにきたの?
嫌がらせ、嫌味、当てつけ、全部お断り。付き合ってあげる程、余裕がないんだよ」
僕にしては、愛想のない対応に、セブルスも気付いたのか。
「これを渡しに来ただけだ。
わたしが捨てても良かったのだが、何処からか漏れると後処理が面倒になるのでな。面倒事は持ち主に押し付けることにした」
ローブの隠しからとりだして、セブルスが僕に渡したものは、・・・・・・僕が探していたものだった。
「どうして、きみが持ってるの?」
この部屋でなくしたと思い込んでいた。第一、それをこの部屋から持ち出した記憶はない。セブルスの言う通り、誰かに見られでもしたら、面倒が起こる可能性のある、それだから、管理は厳重にしておいた筈、だった。
つまり、セブルスは、夜な夜な、もしくは、昼間の空き時間に、人の部屋を荒らしまわっていたって、ことか。
挙げ句に、原状回復の原則を破り、人の部屋から、物証になるものを持ち出した。・・・・・・最低だよ、きみ。
非難を込めた視線に、こめかみ辺りを、ひくつかせているセブルスは、
「忘れているのなら、思い出させてやろう。
貴様は昨日、文献を返却した。それは覚えているな」
こくこくと、何故、それとこれが関係あるのかが、判らないけれど、とにかく、あれから、図書館に返却したのは、事実なので頷く。
「それに、挟まっていたのだ」
あっ、そうだ。思い出した、昨日、セブルスに呼び出されるまで、読んでいて。で、呼び出されて、慌てて、手元にあったこれを栞にして。
セブルスから巻き上げた『忍びの地図』を前にしたら、どんな文献だって、実際、興味深い、闇の魔術に関する学術書ではあったのだけれど、色あせる。だから、途中だったけれど返却したんだったけ。すっかり、忘れてた。いやぁ、ごめん。
それをセブルスが借りたのか。僕らが同じ本を借りること自体は学生時代から良くあったことだから、驚くことでもないけれど。
「・・・きみ、あれを一晩で読んだのかい?」
結構、読みすすんでいた筈だし、外から見て判るような挟み方だったら、マダム・ピンズが気付いてくれただろう。
「貴様は馬鹿か?」
読める訳はないよねぇ。じゃあ、どうして昨日の今日できみはそれに気付いたのか。セブルスを見ても・・・・・・教えてくれる、わけもないよね。
「とにかく、ありがとう。本当に探していたんだ」
僕が持っている彼らの唯一の写真。ジェームズとリリーの婚約が決まった日に記念で取った写真。少女のリリーは嬉しそうに僕に腕を絡め、一体、誰と誰の婚約記念なんだかと、言われ続けても、写真の中の僕らが、大人しくしているは、マグルである両親に見せる為にと、マグル風の写真にしたから、つまり、どんなに不本意でも、写真の中の僕らは、動けないという訳だ。
リーマス・ルーピンでない僕が持ち歩けた、数少ない所持品のなかで、あの日に持ち出せたのは、ローブとこれだけしかなく。長い独りの間、僕が彼らの顔を忘れることなく、思い出の中で変形することもなく、覚え続けていることが出来たのも、これのおかげだった。
「ひとつ忠告しておく。そんなに大事なものならば、手元にあるものを栞代わりに使うクセをどうにかしろ。偶々、わたしが借りなければ永遠に挟まれたままだった筈だ」
最もな忠告に、頷くしか出来ない、あんな文献を読むのは、よっぽどの物好きで、同時期にホグワーツに2人も存在する方が奇跡に近い。セブルスが読んだ後、何年後に読まれるのかは考えたくない。
「今度からは、気をつけるよ」
信じていない顔で、溜息をつきながら。
「本当に、貴様は、これ、で、デスイーターと、互角に渡り合っていたのか」
「誰が、そんなことをいったんだい?」
結構、その道では、有名だったことは、認める。当のセブルスも、デスイーターとして知っていたはず、なのに、セブルスの言い方は、どこか、他人事じみた響きがある。
「当時の知人は、みながみな、口を揃えて、そういった」
そうとはなしに、セブルスが、全てが、終わった後に、戻らない僕の、消息を調べていたことを白状してしまった。
僕の死を信じている、子供の僕に好意ばかりを寄せてくれていた戦友達に、セブルスは、聞いて廻っていたのだろう。
「・・・誤解だよ。
もしくは死者に対する社交辞令だね」
無意識の動作で、探し出せた写真のそこを、指で確かめる。
「本当に、そうだったら、足元をすくわれたりはしないよ」
12年も親友をしていた、恋人になんかに、ね。
自嘲気味の笑いを漏らしている。
黒く塗りつぶされている、その場所に誰がいるのか、セブルスは考えるまでもなく気付いただろう。
それでも、捨てきれなかった、でも、彼を見ることは出来ずに、僕はそうするしかなかった。
「これは、何だ?
貴様は一体いくつになったんだ」
渡したのだから、もう用事はない筈なのに、言葉通りに、僕の顔を見たくないのなら、もう戻ればいいのに、セブルスは絶対にそうはしない。
セブルスは、昔から、不器用で優しかった。
その彼の優しさまで、振り払うことはしたくなかった。
「女の子達がバレンタインだってくれたんだよ」
「くだらん」
一言で切り捨てて。
そういうと、思ってたよ。きみは学生だった頃からこういうのに興味を示していなかったからね。
「リリーがね、若い男の義務だって、いってて。
彼女達にとっては、充分なおじさんだけど、他の先生に比べれば、若いし、ねぇ」
去年までの唯一の若手は、こんなことを仕掛けるには、多少の難がありすぎだし。そういう意味で、僕は玩具に丁度いい存在だというわけだ。寮生活での不自由さを、発散させる為には、多少の犠牲は付き物だと、ジェームズもいっていたし。
「それで、これか?」
机の上の、蛙チョコのパッケージを、指差す。
「うん、よく見てるよね、彼女達。カードの代りにチョコをくれたんだ」
「それだけ、知れ渡っていることを恥じろ」
軽蔑の混じる声も、セブルスにとっては日常だから、もう侮蔑されている気も起こらない。
「懐かしくって。
セブルスは、知ってた?僕達が7年生の時にバレンタインディにチョコを贈るとカップルになれるって流言があったんだ」
「何だ、それは?」
「やっぱり、知らなかったんだ。ジェームズがそういう噂を流してね。女の子達は確実さを狙うって、愛の妙薬が飛び交ったり、オリジナルティを求めたってイモリの黒焼きに手を出して。そんな効果を聞いたことがあったかい」
イモリの黒焼きは、マグルの女の子の間ではポピュラーなおまじないだと聞いたけれど、魔法族の間では、そんな効果があるとは聞いたことがない。まあ、聞くまでもなく、僕が知らない以上、当然、セブルスも知らない。
余りのくだらなさに、答える気もなかったセブルスは、問いに問いで答えてくる。
「何の為にだ」
「そういえば、聞き損ねたな。
でも、ジェームズの行動に理由なんかあったかい?面白そうだとか、退屈だったから、だとか言うと思うよ」
「傍迷惑な奴だったな」
懐かしい、思い出話になってしまったが、仕方がないじゃないか、それが出来る相手は、もう僕には、セブルスしか残っていないのだから。
「でも、あの頃の状況を考えれば、ジェームズみたいなのは必要だったんじゃないかな?外はヴォルデモートの全盛期。せめて中でくらい人生を謳歌しておかなくっちゃいけないって」
「あいつが、そんなまともにものを考えるか、よく考えてみろ。馬鹿が」
「あ、はは。かもね」
きっと、ジェームズは、人生、これ、娯楽、とか。うそぶいた、かな。
魔法界に戻ってきて初めての蛙チョコを手にとった。
元々、蛙チョコは苦手だった上に、今になっては、いい思い出はないから、手に取り損なっていた。
それでも、このチョコには、色々と、本当に色々と思い出がある。懐かしさのあまりに泣き出したくなるくらいには、あの頃の僕らの生活に密着していたのだ。
封を開けると、黒い影が、ぴょんと飛び出す。
「な、なに?
なに、これ。新手の新任教授いじめ?・・・そんな生徒はいなかった筈だよ、双子からは貰わなかったし」
僕が動揺しても、セブルスはいたって冷静だった。
「なにをいっている?これは蛙チョコだろう?」
「なに、いってるの?」
頭の隅で、点滅する記憶。
飛び出す影、空の箱。
懐かしい、記憶。
あの時と同じ。
懐かしさと同時に、動悸と憔悴。
「あのサ、まさかとは思うけど、今の蛙チョコって動く、の」
「そう、だが」
半分、覚悟はしていたけれど、セブルスの答えは、僕の一番欲しくなかった答えだった。
「じゃ、これ全部、動く、の」
机の上に積まれた、蛙チョコ。
気の所為か、箱が、ピョコピョコ動いているような、錯覚だろう。ぜったいに。
「決まっているだろう」
当然とした顔で言われても、僕には絶対に同意できない。
「決まってなんかいないよ。僕らが学生だった頃のチョコは動かないもんだったろ?」
「そうだったか?」
ああ、学生と12年も過ごした奴なんか嫌いだ。自分の学生時代をすっかり忘れている。
って、セブルスもカード集めなんかに興味を示さなかったから仕方がないのか?
「そうなの、あの時に初めて、動く蛙チョコが発売されたんだよ。限定版とかいってね」
そんな忌まわしいものと、同じ空間にいた自分が、おぞましい。
怖気たつし、鳥肌まで、立ってくる。
「よく、覚えているな」
覚えてるどころか、僕にとってはきみの学生時代と同じに、早く忘れたい記憶で、これもきみと同じに絶対に忘れられない記憶なんだから。
「くれたんだよ。
って、昔話をしてる暇なんかないよ。」
どうしよう、僕はいまだに動く蛙チョコは、触れない。触りたくない。
でも、どうしよう。これをどうしたらいいのだろうか。
始末するにも、箱も触りたくない。
おろおろと、視線を漂わせても、別に消えてくれない。
えぇっと、綺麗さっぱり、後腐れなく、消滅、させるには。
証拠も残さずに、大事にせずに、どうすれば、一番、いいだろう、か。
いつぞやの、箒対策委員会よりも、余程、真面目に対策を立てる僕の目の前に、・・・・・・いた。
「ごめん、悪いけど、これ全部貰ってくれないかい?」
その、おぞましき塊を指し示し、誠心誠意のお願いも、セブルスには、理解して貰えない。
「何故だ」
「蛙、駄目なんだ。チョコだって判ってるんだけど、あの動きがつくと触れないんだ。
僕からのバレンタインディのプレゼントだと思って、引き取って、お願いだよ」
「何故、わたしが」
「友達、だから」
疑いもなく、きっぱりと、言い切ったほうが、勝つのは、昔も今も変わらない真理の、ハズ。
「都合のいい時だけ友人扱いか」
確かに、普段の僕なら、引き下がりもしよう、だけど、状況が状況なんだ。
それに、セブルス、さっき、きみは自分でいったんだよ。僕は、デスイーターと互角に渡り合っていたと、その僕を、敵に回すことの恐怖を、どうやら、判ってないみたい、だね。
「そういうことをいうとね。これに全部きみの名前を付けてフィルチさんの前で放すよ」
箱にセブルス・スネイプ教授宛のカードをつけて、しかもご丁寧に、女の子の可愛らしい文字。きみが受け取ったプレゼントを、もてあまして廊下に捨てたという状況証拠を目の当たりにしたら、あの管理人はどうでるか?
「それはどういう脅しだ」
「きみだって、充分にフィルチさんに目の敵にされてるよね。いい口実だねぇ
きぃっと、こぉお、ってり、しぼられるよぉ。まぁーた、減点されたいィ」
本来、教授から、減点されるはずは、ない。普通は、出来ないのだけど、先日、マクゴナガル先生が、悪しき前例を作ってしまった。その時は、あくまでもただの脅しだと思っていたけれど、後で調べたら、本当に、2人分の減点が、カウントされていたのには、正直、驚いた。
少なくとも、僕ら2人には、出身寮からの減点が可能だったり、する。勿論、それは、あの管理人も知るところである。
「寮監自らが減点されてるなんて知ってたら、がっかりするだろうね、ドラコくんは」
父親と同じデスイーターだったセブルスを、それは尊敬しているドラコが、セブルスがスリザリンに不利になるような行動をしたと知ったら、それは、スリザリンに対する、ひいてはヴォルデモートに対する裏切り行為と取るだろう。この程度のことで、裏切りも何もないと思うけれど、あのコはとても単純に出来ているから、きっと、父親に告げるだろう。
そのあまりに馬鹿馬鹿しい光景は、セブルスにも容易に見ることが出来たらしく、非常に疲れた溜息をひとつついてから、本当にいやいやなのを隠しもしないで、机の上の蛙チョコを指差した。
「引き、取れば、良いんだな」
彼の中で、どれが一番ダメージが大きいのか、知ってみたい気もあるけれど、それよりも、この忌まわしい、蛙の群れを追い出す方が、先だって。
芸術的均衡で、セブルスの腕の中に、置いてみたものの、やはり、全部は無理で。仕方なく、子供のように、ローブの裾を袋代わりにして、全てを押し付けた。
山程のチョコレート。食べられないと、触れないと判っていながら、未練は残る。
「ありがとう、セブルスなら必ず貰ってくれると信じてたんだ」
昔、仕事仲間から、騙す為に存在すると褒め称えられた笑顔で、セブルスを見送った。
僕が喜ぶと贈ってくれた子には悪いけれど、気持ちだけ受け取っておくってことで。
この後、セブルスが食べようと捨てようと、それはもうセブルスの問題で、僕には関係がないことだから。それこそ、フィルチさんに、目を付けられようと、まぁ、それは、才能ある人間の払うべき代償って事で、我慢してもらおう。
セブルスを送り出して、これで、一安心と思うも、何かまだ、落ち着かない。何か、重要な事を忘れている、気がする。
おもい、だした。今この部屋では、一匹の動く蛙チョコが、放し飼い状態だった。
・・・・・・生け捕りさせてから、セブルスを返すべき、だった。
詰めが、甘かった。
ほら、セブルス。
僕は、きみが、きみたちが、思ってくれているような、人間じゃ、ないんだよ。
バレンタインディの話。と言い切ります。
言い切ったほうが、勝ち、です。
しかも、2003年に書いたもの。
懐かしいですね、初めてハリ治療をやった3日後に
オキバリで、頭痛が治らなくって、放り出したものです。
多分、あっていると思いますが、
日付は、カレンダーを参照のこと、です。 |