ハリーと、その人は、呼んだ。
何時になく、真剣なその顔が、何を告げるのか、多分、緊張が顔に出ていたのだろう。
「いや、違う。
ハリー、おまえは、もう、立派な男だと信じている。だから、これは、おまえと俺の2人だけの約束にして欲しい」
「シリウスおじさん。判りました」
何故か、シリウスは肩を落としたような気もする。
「その、『シリウスおじさん』なんだか」
「これ?ハーマイオニーが、パパの親友に対する礼儀だって言って」
何か口の中で、罵りのようだか、ハリーには良く聞こえなかった。
「その、『シリウスおじさん』を、おまえがどうしても、呼びたいと望むなら、それなら、いいんだ。
でも、『シリウス』と呼ぶのでも構わないというのなら、呼び方を替えて貰いたい」
大げさな割に、なんとも他愛のない相談事ではないか、ハリーは思う。
やっぱり、シリウスもおじさんは嫌だったのか。
しかし。
「それで、だ。おまえが、リーマスの事を、尊敬しているのも知っている。恐らく、おまえにとって一生、リーマスは、先生でいることも充分に判っているつもりだ。それでも―――
出来るなら、リーマスと呼んでやってくれないか?」
「先生を?」
「『ルーピン先生』を、あれの名前は、リーマスだから」
ルーピン先生を、リーマスと。
でも、やはり。ルーピン先生なのだ。
「絶対に?呼ばなくっちゃいけないの?」
ハリーの反応は、大方、シリウスの予想のうちだったのだろう。ひとつ、溜息をつくと。
「ハリーが、先生と呼びたいなら、それでいい。
それは、俺のほうで、どうにかする」
意外なほどの悲壮な決意を込めていたと、後のハリーは、思い出す。
「ハリー、ビーキーは、何処にいるの。わたし、会うのを楽しみにしてきたのよ」
新しい、ハリーの住む家を、探検と称し、ロンと一緒に巡っていたハーマイオニーは、もう1人の家族の存在がないことに気がついた。
「あぁ、ビーキー、ね」
1度、ハーマイオニーから、視線を反らして。
「いま、シリウスの実家にいるよ」
詳しい事情は、それぞれの名誉の為にも、話す気は起こらないが、ハリーが、この家にやってきてから、色々とあったのだ。
ビーキーとルーピン先生とのファーストコンタクト。勿論、ルーピン先生は、礼儀正しい御挨拶をしたのだが、ビーキーは、それ以来、一晩で体調を崩してしまった。
ルーピン先生は、それは、悲しそうな、何かを諦めた表情で、わたしは、生き物には、好かれない性質なんだよと、ビーキーの不調を説明したが、ハリーの見たところ、ビーキーが初めて出会った最強の天敵で、しかも、ビーキーの方が完全に負けていた。それから来る、ただのストレスだろうと、思う。
ハリーしか、感じ取ってはいなかったが、2人の出会いは、シリウスを真中に挟んだライバル同士の争い、もっと言ってしまえば、本妻と愛人の邂逅とでもいった趣だったのだ。
それは、ともかくとして、マグルの目がある狭い庭で、隠れるように過ごすよりも、広いシリウスの実家で過ごす方が、ビーキーにとっては、幸福というものだろう。
「ねぇ、シリウス。多分、広広とした場所で過ごす方が、ビーキーの為でもあるよね」
運命を共にした戦友を、切り捨てるような真似をしたことに、いたく傷ついているシリウスを慰める気持ちもあって、ハリーは、ビーキーの幸福を訴える。頻繁に会いに行けば、ビーキーも脱走などという真似もしないし、そして、疎遠になっていたらしい、シリウスの家族にも、義理が果たせて、皆が幸せになれる。ハリーには、とてもいい解決法だと思うのだが。
シリウスにとっては、苦渋の選択だったらしく、曖昧に同意らしきものを見せただけだった。
「ハリー、どうしてシリウスさんを」
シリウスを呼ぶハリーに、ハーマイオニーは、すぐに気が付いて、ハリーを咎める。
「ハーマイオニー。家族の約束なんだ」
「なによ、それ」
不満を大きく顔に書いているが、だが、絶対に教えることは出来ない。何しろ、シリウスとの男同士の約束なのだ。
「それより、ルーピン先生が、すっごいご馳走を作ってくれてるんだ」
ホグワーツの屋敷しもべ妖精も顔負けのご馳走は、ハリーのバースディパーティのものだ。生まれて初めての自分が主役のパーティに、親友達と、両親の親友。
申し訳ないが、ハーマイオニーに付き合ってなんかいられない。 |