幸せの兆し
 大広間を出て、角を3回曲がり、僕は待つ。
 きみは、必ず、やってくる。

 待っていた僕に気付いた彼は、呆然と僕を眺め、独り言のような呟きを漏らした。
「貴様、一体・・・」
 聞かなかった振りをして、過去にあった事をなかった事にして、つい昨日、別れたばかりの友人のような挨拶で、12年ぶりの旧友に、声をかける。
「やぁ、久しぶりだね。
 きみだけは、僕に気付いてくれると思っていたよ」
 あの大広間で、新任の教授として座る僕へ向けられた、信じられないと、疑いの眼差しから、射られるような眼差しに変わっても、きみが僕に気付いてくれたことは嬉しかった。
「何の真似だ、貴様」
「何のって、ここに教師として戻ってきたことかい?
 それとも、死んだ筈の人間が、ここにいるってことかい?」
 射殺されそうな眼差しも一瞬で、彼は視線を逃した。
「・・・・・・死んだと、聞かされた」
 あの時、僕が死んで、気にしてくれる人間は、セブルスしか残っていなかったけれど。その彼にも、二度と会うことはないと、信じていたから。今、死んでいようと、1年後に死のうと、ヴォルデモートが再起する時まで、その日が延びようと、関係がないと思っていた。
 そうやって、長い間、裏切っていた彼に、僕が何を言えるだろう。
 何も言えなくて、お互いに無言で立ち尽くしている。
 聞きたいことも、あるだろうに、彼は、その性格からして、素直に言葉に出来ないでいるのは、簡単に予想がついた。
 判っていても、僕から、なにがいえるのだろうか。結局、僕らは、立ち竦むだけで、何も出来ないでいる。
 何度目かの逡巡の末に、
 「あれが、起こったからか?」
 あの事件を境に、魔法界が変わり、その時に、僕が消えたことについて、彼らが、殺されたからと、セブルスは結論付けた、らしいけれど。
「違うよ。元々、魔法界で暮らす気はなかったからね。判るだろう?」
 今の年齢ならまだしも、あの若さの人狼が、魔法族として暮らすのは、危険すぎた。魔法界は、人狼が魔法族になることは許さない。僕だけでなく、僕の家族だけでなく、それは、ダンブルドア先生にもご迷惑をかけることになる。
 決して、魔法界では、生活しない。それは、入学を許される前から、決めていたことだった。ただ、ほんの少し、予定とは違ってしまった。
 その、誰の前にも戻る気がなかったという僕が、ホグワーツ魔法魔術学校という、場違いなほどの表舞台に出て来たことを、彼は。
「死んだ筈の人間が戻ってきたのは、あれの為か。リーマス・・・」
 彼は、ここにいない人間の名前を呼ぼうとしている。既に、死んでしまった愚かな男の名前を。
「ルーピン、だよ?聞いていなかったのかい?スネイプ教授」
 ルーピンと、何かを確かめるようにしていたセブルスも、皮肉気に笑う。
「自虐的な名前だな」
「誉め言葉にとっておくよ」
 僕には、本心からそうとしか思えない。
 長い間、僕は、リーマスJ・ルーピンであり、それ以外の何者にも、なりえなかった。
 人狼である、そのことを忘れることを許さない、刻印としての名前。自分の呪わしさの戒め。人狼であることを誰もが知らない、人狼の存在すら知らない世界で、生き続ける為には、僕には、それが必要だったのだ。
「貴様、答えてないぞ」
 なんと、答えれば、彼は満足するのだろうか。殺す為?もう一度会う為?
 どれもが、嘘である以上、彼は、信用しない。
「ハリーの為だよ。
 あれから、僕は、ハリーの為だけに、生きてきたんだからね」
 ホグワーツ特急で出会ったハリーは、ジェームズの姿と、リリーの眼差しで、僕の罪を責めたてた。
 
実際に、彼らは、僕を責めるとは、思えない。だから、あれは、僕の最後に残った良心の痛み、だったのだろう。
「ならば、アレは、わたしが捕らえるといっても、平気、なのか」
 それは、セブルスの僕を確かめる目的の、責めだったに違いないのだろうけれど、僕にとっては、無意味な言葉遊びにしかならなかった。
「駄目だよ、セブルス。
 きみにだってあげない。
 アレは、僕のモノなんだから、僕以外の誰にも、アレを殺すことなんか、許さない。
 僕だけが、アレを殺せるんだよ?」
 僕の危うさを誰よりも知る。こちら側にいる中で、セブルスだけが、あちら側からしか知ることのない、僕の本性を見ていた。その彼には、僕の言葉が、ただの感傷でも思慕でもないことを、理解できた筈だ。
 これはセブルスに対する宣言であり、彼に対する、僕の宣告。
「勝手に、しろっ」
 踵を返し、荒々しい足音を立てて、立ち去るセブルスが、あの頃と変わっていなければ、彼は、怒っているのではない。彼の中で、認めたくない具象から逃げたに過ぎない。
 「勝手に、させてもらうよ。セブルス」
 立ち去る彼には、聞こえない宣誓。
 セブルスには、理解できない歪み。彼には、理解できないでいて欲しい、僕の歪み。
 闇に最も遠い存在でありながら、闇に属した旧友が、変わらずにいてくれた。それを知っただけでも、ここに戻ってきて良かった。


 窓から、見えるあの禁じられた森に、アレは、いるのだろう。
 彼も、また、変わらずにいるのか。
 12年前に、何を犠牲にしてまでもと、望んだ世界を、再び、手に入れる為に。そして、望んだ世界で、何をする気なのだろう。たった1人で、きみは、なにを望むと?
 きみが、叶えられなかった望みを果たすというなら、僕は僕の望みを果たす。
 僕の望みは、たったひとつ。きみを殺すことではなく、きみに、気付いて貰いたい。ただ、それだけだ。

 窓に映る、変わり果てた僕。誰もが、他人となって生きてきた僕に、気付かないでいた中で、セブルスだけが僕を見つけてくれた。



 きみも、僕に、気付いてくれるかい? 
微妙に、パラレル状態。
ルーピンは偽名である。
基本設定のひとつにしたい項目なんですが・・・
すると、本名は?って事になるので、
泣く泣く、いや、泣くな。パラレルということにしてみました。
だから、ほかの基本設定は同じです。
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