ルーピン先生と初めて出会ってから、再会というのが正しいのだろうが、1才の頃のことを覚えている訳がないので、やはり、初めてといって良いだろう。5年以上が経ったある晩。
かねてからの公言通り、ホグワーツを卒業してから、シリウスたちの住む家を出て、一人暮らしをしていたが、それでも、父親と母親の親友達が、自分をいかに愛してくれているかということを、勿論、それ以上にハリーも2人を愛している、骨身に染みて解っているから、頻繁に顔を見せる様にしている。
その晩も、そんな良くあるいつも通りの晩だった。
ハリーが帰宅したお祝いにと、いくらなんでも、それはオーバーすぎるとも思うのだが、ハリーには何もいえない、是非にと勧められ、持ち出されたシャンパンは、義理の父親が、そう呼ばれるとシリウスは非常に嫌がる、口にこそ出さないが、取って置きの秘蔵品に違いない。
突然にやってきても、魔法のように、いつもテーブル一杯の料理を用意してくれる、リーマスにも、顔を出すたびに、この2人の食料庫に、多大な損害を与えているような、ほんの少しの罪悪感を感じなくはない。
「ここはいずれ、ハリーの物になるのに、何を遠慮しているんだい」
今夜のリーマスは、元からなのか、年齢の所為なのか、どうやら、すっかり酔って、いつもに増して問題発言の発生率を高めていた。
「シリウスの物は、ハリーの物」
ハリーの疑問の眼差しを受けて、リーマスは、自分の発言が、ハリーには、理解されていないことを知った。
「あれ?今まで、話した事がなかったけ?
ジェームズの遺言で、そういうのがあるんだよ」
「おまえ、酔ってるな?」
「酔ってなんか、ないよ。ただ、気持ち良いだけ」
それが、酔っていることだと思うが、しかし、グラスに半分以上残っている状態で、本当に最初の1杯目なのかは、不明ではあるが、それは、あまり、なんではないだろうか?
「シリウス、邪魔をしない。
それでね、ハリー。シリウスの財産を貰う代わりに、僕をお嫁さんにするんだよね。きみは」
やっぱり、本格的に、自分を見失っている。教師と生徒として、出会ってしまった不幸から、家族として何年過ごそうと、リーマスは、教師としての威厳を保つような態度を崩さない、努力だけは怠らなかった。それが、天性のボケさ故に、努力が実らないこともママあったが、それでも、最低限、わたしと自分を称し、僕とは言わなかった。
そして、お嫁さん。当然の様に、言うが、本当にそれを実の両親が残した遺言なんだろうか?
「でね、アニメーガスになって、ムーニーと満月を過ごすんだ。
あっ、そうだ。シリウス、早く、マクゴナガル先生にお願いしなくっちゃ。ハリーを最年少アニメーガスにするのが、ジェームズの夢だったんだもん。
ハリー、かんばって、早く、なるんだよ?」
困って、シリウスを見やれば、珍しくも、リーマスの発言を止め様とはしていない。
すると、これは全て、事実なのだろうか?自分は、アニメーガスになり、リーマスと一緒に満月の夜を過ごし、これは、ハリーにも願ったりの遺言だった。あまつさえ、リーマスと結婚する?しかも、お嫁さん限定。
くらりと、眩暈がするのは、何もシャンパンの所為ではないだろう。
リーマスとシリウスは、両親公認の仲だったと聞いているのに、いくら、ハリーでも、長年、同じ屋根の下で暮らしてはいない、当の昔に、2人の関係に気付き、今では、すっかりオープンな家族になっている。それなのに、どうして、リーマスをお嫁さんなんだろう。
「僕が、先生を?」
「そう、ハリーは、嫌だよね。こんなおじさんなんかさ」
問題にして欲しいのは、そこではなく。シリウスがいるのに、どうして、ハリーが、リーマスと結婚なのかという疑問を感じ取って欲しかった。
困ったように、すがるように、シリウスを見やれば。
「リーマス。最初から、勝手に脚色するな。
ハリー、安心しろ。リーマスが独り残された後の面倒を、全て押し付けるが、正しい遺言だ」
「そう、だから。世間の目があるだろう?
何で、父親の親友を面倒見るのかって、だから、お嫁さんにしちゃったら、問題ないよねぇ?」
そっちの方が、かなり問題だと思うのだが、流石、歴史あるホグワーツで半ば伝説と化している、父親なだけはある。以前にシリウスも言っていたではないか、結局、あいつは、面白ければ、何でもいいんだ、と。
「だって、僕ってば、婚約指輪だったし。
ハリーも、大きくなったからねぇ」
もしかして、と不安になり、リーマスの手元を見ると、泡も立たなくなった、シャンパンの瓶を抱え込み、何杯目かの、だろう、考えたくもない、グラスを飲み干した所だった。
「ほんとぉーに、おおきなったよねぇ。
お風呂に入れてあげたときには、片手ですんだのに。好き嫌いもなくなっちゃったし。
あー、覚えてる?僕が離乳食を食べさせてあげた時に、吐き出しちゃって、大変だったんだよ」
物心がつくより前のことには、何の責任も取れません。
リーマスのマイペースさに付き合えるのは、シリウスしかいないんじゃないかと、ハリーは思い、ソレに、なんだ。もし万が一、リーマスをお嫁さんにした場合、ことあるごとに、こんな自分に責任のない昔話をされたら、きっと、なえる。
そんなことは、出来れば、遠慮したかった。
「本当に、本当に、魅力的な遺言なんですけれど、先生のままで、面倒を見させていただきたいです」
ほんのちょっと、心が揺れていなくもないが、これもまた、違えることなく、本心である。しかし、限りなく近い場所から、でも確実に離れてる所から、リーマスとは付き合いたい。
「だよなぁ、おまえにだって、もうそろそろ、本気で結婚を考える相手が出来てるだろう?
いや、隠すな。どんな相手でも、反対はしないぞ。
俺としちゃ、ハーマイオニーが理想だったんだけどなぁ、流石に親友から奪い取れとは、言えないからな」
もし仮に、あの不幸な時代でなければ、何かの歯車が違っていて、両親が生きていたら、早くに結婚した2組の保護者に、在学中にそれなりの相手が出来なかったことを言われつづけたのだろうか?
全く、その予定もないハリーは、信じて疑わないシリウスを恨めしげに眺める。しかし、思い込んだら、一直線の名付け親には、効果はないことは、既に知っている。
「なーんかさぁ、きみたち、誤解してない?」
テーブルにうつ伏せながら、空になった瓶をごろごろと転がして遊んでいるリーマスが、2人を見上げながら、本当に不本意だと呟いた。
「きみもだよ、相変わらず、どうしてそう馬鹿なんだかなぁ。
この僕が、きみが死んだ後も、そうのんびりと生きてるって、どうして思うかなぁ?キミタチハ」
シリウスとハリーは顔を見合わせる。
だって、最初にその遺言とやらを振ったのは、リーマスでしょう?とお互いの顔に、書いてあるのを確認しあう。
「きみがいない世界なんか、12年も嫌って程、生きてたんだよ。このボクは。それなのに、また、生きたい、なんて、思うわけないだろ?ほんとぉーに、ばかっ」
再び、顔を見合わせる。心なしか、決して、酒の所為ではなく、シリウスの顔が赤い。普段は素っ気無いほどに素っ気無いリーマスの、熱烈な告白を受けたのだから、仕方がないけれど。問題は、明日の朝、リーマスが覚えてくれているか、だろう。賭けをするならば、シリウスもハリーも、覚えていない方に賭ける。
「だからねぇ。ハリー、早く誰かと結婚しなよ。
誰かと一緒に生きるのって、素敵だよ?」
誰が、先生を止めてくださいっ。
ハリーが叫んだところで、止めてくれる誰かは、たった1人しかいない。
だけども、その1人は、突然振って沸いた幸福に、酔いしれているのか、信じられなくて、放心しているのか。全く、役に立ちそうもない。なのに、リーマスの小言は、さらに続く。
ひとり取り残され、リーマスの小言、しかし、どう贔屓目に見ても、ノロケでしかないものに、延々と付き合わされるハリーであった。 |