《すりーぴん》
重要な集会があると召集をかけられた。
場所は、ホグワーツ魔法魔術学校。
学生以外が入り込むには、七面倒な手続きが必要な場所に、わざわざ集めるにはそれなりの理由があるのだろう。
―――あった。
ホグワーツ以外ではできない、大きな理由がそこにいる。
しかし、だ。
どこの世界に、それが敵を倒す唯一の手段とはいえ、団員を見捨ててる選択をする団長がいる。・・・・・・・いるな、ここに。
かくして、被害者の叫びも、些細な囁きのごとく黙殺されて、セレモニーは進む。
オブザーバーとして参加していた少年は、驚愕から戻ってこれないでいる。死んだ筈の両親が生きていた。普通なら、『感動の再会』が待っている。が、普通ならだ。
不利な戦いに、笑って参戦していたような、我が騎士団員に、普通を求めるのが間違っている。これから起こる惨劇を予感してフォローに入る。――――我ながら、支援部隊根性が、染み付いてるな。
まず、戻ってきたのは、ミスタ・ポッター。
「いやぁー、リーマス。その節は、世話になったねぇ」
「えっ?記憶があるの?」
「もぉー、そりゃ、ばっちり」
「おまえ、なにをやった?」
それは、聞かないお約束だろうよ。
と、誰もが思っているに違いない。
ルイスがホグワーツに潜入していたことは、誰しも触れたがらない過去のひとつだ。
「教師の立場で、教育的指導?」
ああ、やっぱり。
決して、口にはだせないようなことをしでかしたのか、ルイス・エリオット。
聞いたシリウスも後悔をするなか、
「大変だよ。リリーがまだ起きないよ」
と、本人だけが誤魔化せていると信じて、逃げに走った。
逃げに走ったルイスは急いで蓋に手をかけ、しかし、その実、手を使うあたり、誰も焦っているとは信じていない。本気で彼が焦っているなら、今頃、あの棺は、原型を留めずに、大小取り混ぜた欠片になっている。その程度には、ルイス・エリオットとは、気が短い。
ずらした蓋を床に落とし、身を乗り出して、覗き込んで、バランスを崩して、上半身が箱の中に落ちていった。
なかで、なにが起こっているか、想像もしたくない。なにせ、なかにいるのは、リリー・ポッター、女王さまと呼ばれた女だ。
ナニをしていたのか、そんなことは、起き上がった、つまり、解放されたルイスの顔の赤さと、これを胸を圧迫されて呼吸が云々などと解釈する馬鹿は、我が『第一次』騎士団員にはいない。
「ごちそうさま」
箱の中から弾んだ声が間違い様がなく証明した。
囲む騎士団員の存在を、頭から無視し、
「うんもぉー。眠り姫を起こすのは、キスがお約束でしょ?」
「きみを起こすのは、僕の役目じゃないのかい」
「一緒に寝ちゃう王子さまって、ありがたみがねぇ、ないのよ」
ああ、寝ていても、死にかけていても、これぞ、リリー・ポッターな物言い。
対する旦那は、愛する妻になにを言っても無駄と判っている。分が悪すぎる。
すれば、とるべき手段は、愛する妻に貢物、これにつきる。
十数年振りに対面する親友同士の第一声は、そういうわけで、とてもではないが、親友とは思えない。
「取り返しを宣言する」
「取り返す?」
「これは僕に与えられた試練なんだ。乗り越えなければ、リリーの王子様たる資格は、与えられない。
覚悟しろよ、シリウスっ」
恐らく、これから、感動の親子の対面を激しく妨害する、感動の親友の対面が始まる。
息子には、見せないほうがいいだろう。
これぞ、教育的配慮だ。
隣で、他人事で眺めているハリーをローブの中に抱きこんだ。
シリウスは、ルイスを腕に抱き込んだまま、ジェームズと対峙していた。
抱きこまれているルイスは、腕の中から抜け出し、手近な椅子に座る。シリウスは、ジェームズと対峙するのに忙しく、ルイスの行動に気付いてもない。
力なく座りながら、目の前で繰り広げられる騒動を呆然と眺めて、何故、親友が出会い頭にキスをするのか、推測するも、すぐに放棄した。あれは、そういう顔だ。
しかし、彼ら以外の人間には推測はついている。旦那とその親友に対するあてつけである。
彼女の思惑通り、ふたりの空回り気味の口論は続く。
「いい加減、これを貢物にするのはやめろ」
「いや、それだけで赦してくれるわけがないだろう。
ここは、ハイグレードの貢物に決まってる、覚悟しろよ」
「だから、なんだ、そりゃ」
「おまえの嫌がる顔だ。
リーマス。リリーのキスを返してもらうっ」
「なんで、そーなるっ」
「一石二鳥のグッドアイディア。だから、はやく、さぁ、リーマス」
ジェームズの差し出された手に、きょとんと愛想を返し、いまだに状況把握ができないルイス、訂正、ここにいるのは、頼もしい騎士団員ではなく、天然のはいったリーマス・ルーピン。それを証拠に、状況もわからずに、笑顔で差し出された手に、条件反射に近い動きで手を伸ばす。
見せないだけでは済まされない。遅すぎた観もあるが、慌ててローブの上から耳を塞ぐ。
「なぜ、そこでリーマスがでてくる。あの女にしてもらりゃ、いいだろ」
「わかってないなぁ。僕は『取り返す』っていってるんだよ?
リーマスの唇に残っている、リリーの唇の感触を取り戻すんだ。それが、正統なキスの取り戻しってものだよ、シリウスくん」
そこで、大人しく見ていたまえ。と、そこまで、言われているのに、大人しく手を差し出すリーマスって人は・・・・よくぞ、いままで、生きてこられたのか、不思議に思う。
「やらせるかってぇーのっ」
椅子ごと、安全圏、自分の後ろに庇ったシリウスが叫び。
「そんなに、返して欲しけりゃ、俺がしてやる」
?????どうやって?
そこにいた、騎士団員全ての疑問だった。
シリウスは、庇っていたリーマスに向かい合うと、問答無用で、リーマスにかぶりついた。
勢いがあったのは、ここまでだ。妨害される危険を、スピードで切り抜けるつもりだったのだろう。一度触れてしまえば、あとは、ゆっくりたっぷり、濃厚に、音まで立てて、見せつける。―――誰に?
一瞬の沈黙に続いて大広間を揺るがすどよめきは、くちづけに対してではない。それが、女王さまの逆鱗に爪を立てる行為だからだ。
「あーあ。地獄帰りは、怖いもの知らずでいいよなぁ」「本物の地獄を忘れるってことだね」「―――愚かな」
旧来の騎士団員は、アズカバン帰りの無謀さに驚き、新入りの騎士団員は、単純に、公衆の面前で行なわれるくちづけに驚く。
そのなか、肝心の女王さまは、絶叫、した。
その反応に満足したのか、やっと、くちづけをやめ、改めて、ジェームズに向き直る。放されたリーマスは、そのままの姿で、精神的に気絶している。ルイスなら、かなりエゲツナイ真似も許容範囲にはいるのに、リーマスという人は、そうではない。
「さぁ、ジェームズ、取り返すんだろ?」
勝ち誇るシリウスに、そうだろう。アレだけの濃厚さでやれば、今更、リーマスの唇のリリーの感触が残っているわけがない。ここで、シリウスを交わして、背後のリーマスに取り付く意味がない。ジェームズの主張する理論でいけば、リーマスの唇に限らず口内全てに残っているのは、シリウスの感触。リリーの感触など、ひとかけらも残らぬようにとくに念入りにやっていたのだろう。流石、地獄から生還しただけのことはある。
「いらーん。ばかやろー」
迫るシリウスを追い払おうと手を振り回しす姿のジェームズに、流石に、今回はシリウスの勝ちを確信する。すれば、残るは、女王さまの報復だ。
ふたりから、女王さまに目をやると、棺から降り立つ姿は、さながら、地獄からの使者。
このあとに起こるであろう、もう一悶着を予想した。
なぜ、押さえるくらいですむと楽観していたのだろう。すでに、手遅れだとは思うが、今更ではあるが、やらないよりはマシで、遮音した。
これで、ローブの中は、無音の世界になっただろう。
「うっわぁっししりウす僕らは親友だしかし踏み越えてはいけない然るべき一線というものが確かにあるこれを越えてしまったら僕らは親友のままではいられないんだ」
「とりかえすんだろ?」
「ぼぼくには愛する妻と息子がぁ―――」
没個性的なことを叫ぶジェームズの肩を掴み、逃げ出されないように確保するシリウスと、少しでも逃げ出したいジェームズのもみ合いには、もう誰も興味がない。あとの関心事は、女王さまがこの場をどう治めるのか、だ。
すっかりガードの緩くなったリーマスの側に、驚かさないように、ゆっくりと歩み寄り、いままで死んでいたわりに、足にきていないのは、流石、団長の魔法と感動もしよう。
「りーます」
ハートマークでも付いていそうな呼びかけに、なんの危機感ももたずに、顔をあげる。
「なに、やってるのかしらねぇ」
しかし、精神的気絶の真っ最中では、言葉を返すほどの気力はまだない。
「あの馬鹿たちを大人しくさせないと、話は進まないわよね?」
言っていることは確かなので、なんとなく、頷いた。
「協力、してね」
肉体的には眠っていて、精神的にはピーブズの中で、旦那と統合されて生きていたとはいえ、そこにいるのは、ヴォルデモートに倒された時のままの若者だった。良くも悪くも。
のろのろと頷くのを確認して、状況認識ができてないのは承知していながら、俯きがちな顔を上向かせて、ついばむようなキスをふたつ盗む。先程から立て続けに起こる騒ぎの流れとしては、あまりに控えめなもので、リーマスは盗まれたことさえ自覚がない。
仰向いたままのリーマスをそのままに、いまだに騒ぐふたりの真中に入り。
「はいはい、いい加減にくだらないことに拘らないの」
「おまえのせいだろ」
「リーマスのこと、放っておいて、また、盗まれたって知らないわよ」
「盗む馬鹿は、おまえ以外にいるか」
「だから、ばか、なのよ。
はーい、ジェームズも、これで、我慢しなさい」
これまた、ついばむキスを一度。
はて、と、男ふたりは固まった。
リリーは、傷心の旦那の為に、キスをするような可愛い女だっただろうか?いや、違う。二人同時に同じ結論に至った。
「りっ、リリーっ、きさま、まさか、まさか」
「まさか、なに?リーマスにキスしたのか?もちろん、したわよ」
一人が脱落した。
「じゃ、なに、まさか」
「シリウスと間接キス?には、ならないわよ。二度目の取り返したキスだもの」
女王さまはきっぱりと宣言する。
ひとつふたつと数え、ああ、よかったと、一瞬納得するも、一度目は、リーマスを経由して愛する妻がシリウスと間接キスの計算結果に、あえなく沈没。
大広間に集う、黙り込んだ同志を見回し。
「なにかしら?」
愛らしく尋ねるものの、男三人を潰した罪悪感など欠片もない態度に、集う団員は、ただ黙り込む。
ああ、我が栄光の『不死鳥の騎士団』の会合が再開されるのは、いつになるのか。それは、誰も知らない。
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