青は綺麗だ、なんて、そう言ったのは、もう、後姿しか思い出せない、あの人。

 青は嫌いなの。大嫌いなの。

 けど、――こうして目の前に咲いている桜が、もし青かったら、

 それは「綺麗」と思えるかもしれない。

 

 

 

    

 

 

 

「綺麗、ですね」

「……そうね」

 

 背後から聞こえた声は聞きなれたもので、そして、ひどく耳障りだった。

 彼は青の化身なのだ、きっと。だからあたしが彼を受け入れることは、まず、ない。

 ざっ、と砂を踏む音は、それ以上あたしに近づくことはなかった。

 

「……さくらの木の下には死体が埋まってるって、聞いたことある?」

「ありますよ」

「血の色であんな綺麗なさくら色に染まってるって」

「ええ」

「――あの色、奈央に似合うわよね」

 

 ふんわりとやさしくて、あたたかそうで、奈央にきっと似合う色だ。奈央の色。

 さくらは人の血を吸って花を咲かせるの? そうして春の幸せをばらまくの?

 なら、それなら、それなら。

 ……ダメ、そんなこと考えちゃいけないって、ずっと思ってたじゃない。

 あたしはお姉さんなんだから、ちゃんとあの2人を見てあげなきゃいけないの。

 わかってる、こうして紺色の制服を着て、自分の感情を押し殺してきた。

 それでもこのさくら色を見ると。春の幸せな色を見ると。

 

「――春生まれは、あたしなのに。な……」

 

 拳を握り締める。

 あたしは幸せを待つばかりで、当の幸せはいつまでたってもやってこない。

 吸われてるんじゃないの? ねえ、あたしの幸せ、あの子に盗られてない?

 そんなことない、そんなことない。第一、あの子が幸せならあたしは本望だもの。

 どうしてそんなことが言えるんだろう。どうして、どうして。

 約束が守られないのは、あの子が幸せじゃなかったからで、

 あの子は今あんなにも幸せそうなのに、なのに、あたしは今まで通りで。

 

「……ねえ、血を吸ってあの色に染まるっていうのは、血が赤いから、よね」

「多分、そうでしょうね。けれど、さくらは何年も咲きますから。例え死体が根元に埋まっていてもカラカラでしょうね」

「あら、あんなに淡い色なのよ? きっとたくさん埋まってて、ちょっとずつしか吸い出さないの。タチ悪いわね」

「さくらが泣きますよ、そんな表現では」

「……泣けばいいわ、少しくらい」

 

 あたしをこんな気分にばかりさせるなら、少しくらい泣けばいいのに。

 

「……あの花が赤を吸ってさくら色なら、……青を吸えば青くなるのかしら」

「……意外ですね。貴女は青を疎んじているように見えたのに」

「そうね、嫌いよ。けど、もしこの花が青かったら、ああ、あたしの色だ、って思えるもの。

 例えば、……この目を潰して流れる液体がもし青かったら。それをこの木が吸うのなら。

 この花も淡く色づくかもしれない」

「矛盾していますね。……そうなると、もし花が青くなっても、この色のままでも、貴女は見ることができない」

「―――無理だってわかってるから、そうだと思えればいいのよ。

 生憎とまだ目から流したことは無いんだけどね、きっと瞳が青くても流れる血は赤いの」

「……わかりませんよ? 流したことがないなら、流してみなければ誰にもわからない。僕にも、貴女にも」

 

 何を、言い出すかと思えば。

 そこであたしはようやく振り向いた。

 なんだか負けたような気分だったけど、それは大した問題じゃなかった。

 

「……言うわね。あたしの目が潰れてもいいって?」

「例え話なんでしょう? それに、そうだと思えればいい、と言ったのは貴女です。……どちらにしても、」

 

 彼は、とても爽やかに、微笑んだ。(そう、この男には、青という色がとてもよく似合う)

 それが、あたしには、とても憎らしく映った。(これは嫉妬なのかもしれないけれど)

 

「青い桜があるなら、僕は思います。ああ、綺麗だ。と」

「――――」

「こうも思う。貴女の色だ、と」

「――――」

「青い桜はきっと貴女によく似合う。そうすれば、貴女は“彼女”よりその点において優れる」

「……何、言ってんのよ、ばか」

 

 あんたの方が青、似合うくせに。

 そんなあんたに流れている液体はきっと赤いことを、あたしは知っている。

 青がまたあたしを苦しめる。

 あたしはその場で、立ったまま、すこしだけ、泣いた。

 

 

 

 

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暇だったので無駄に気合いを入れたキモい話。
何だこれ。けどあっちよりマシな気がする。どうよ。
取りあえずごめん黒槍君。私当初こんなの書こうとしてたんだよ。(被害は少ないな)
……もしかして選択を誤ったか!?