目を開けた瞬間に飛び込んできたものは
 青い空、白い雲
 そして南北朝時代の日本だった。

 観応の中心で、愛をさけぶ
 
 一体何があったんだろう。……オレは橘恭明…年は17で、青年海外協力隊でボランティアに燃えている感心な若者で、……えっと確かこの前、井戸掘りの仕事が一段落したから久し振りに日本へ帰って…それで凛に再会して…カルロスが凛にフォールインラヴになって…そしたらいきなり凛はカルロスに蠍十字固めをキメて…オレは…オレは…―――東京湾に沈められたんだ―――
 ようやく意識がしっかりして全てを思い出すと、オレはがばっと身を起こした。辺りを見回す。熱い砂の感触。潮騒。どうやらどこかの砂浜に流れ着いたらしい。どこだろう。あーもう、まったく凛のヤツ! 何てことしてくれたんだよ。昔からすぐキレるんだから。Ca不足じゃないのか!? ふてくされながら視線をふと自分の体に移して、オレはきょとんと目を瞬かせた。
 いつもの作業着を着た―――男にしちゃ色白の肌、細い手首、少し目の上にかかった黒髪……おかしいぞ。オレは協力隊に入って日本を飛び出す前に髪を短く切って色も金髪にしたの…に…。

「えええええええええええええっ!!!???」

 目が覚めたら、体が縮んでしまっていた!(コ○ン風に)
 ……じゃない、体が華奢になっていた!
 1年間の青年海外協力隊生活でオレはかつての自分からじゃ考えられないような肉体を手に入れたはずだった。もはや脆弱といえない体の線。屋内で勉強ばかりしていたせいで太陽の光に当たっておらず、不健康な青白い色だったオレの肌は、あっという間に小麦色に日焼けしてしまった―――はず、だった。
 今のオレは昔の体格、昔の顔色に逆戻りしているようだった。
 ―――コンクリ詰めで日光に当てられてなかったから白くなったか? アスパラガスじゃあるまいし。――― ため息を一つついて、オレは改めて辺りを見回した。
 いったいどこの砂浜なんだろうか。海の家とか、建物みたいなのは全然ない。殺風景な感じもするけど、これが自然のあるべき姿なのだ。
 立ち上がって、あてもなく歩いた。誰か人がいれば、ここがどこか訊けるのに。……あっ、人がいる! モカ色のテンガロンハットに黒いジャケット、ジーパンにブーツを着た、オレと同じ年恰好の男がこっちに背を向けて立ち、どこか一点をぼーっと見ていた。

「あ、あのー、すいませーん!」オレは彼に向かって走っていった。

その人は首だけでこちらを振り向いた。

「ここはどこですか?」オレが尋ねると、その人はオレの顔を見て、変なことを言った。
「え、オレに言ってんの?」
「…は? ……そうですけど」
「ああ!? ウソぉ。見えてんのオレのこと!?」

 …ヘンな人だ。裸眼視力は0,05のド近眼だが、矯正視力は1,0だぞオレは。見えまくりだよ。

「………あー、いや。何でもねーや」彼はへへへと誤魔化すように笑って、首を振った。
でも、小さな独り言がオレの耳に届いた。―――「そうか、作者のヤロー、話を進めるために無理やりオレの姿見えるようにしゃーがったな……。くそー、アイツ、マジで腐ったミカンだ…」
「…あの、何か…」
「いや、こっちの話。で、何か用?」
「あの、ここってどこですか?」
「お前、ここの人間じゃねーな。現代人だろ? ……いいか、聞いて驚くな。ここは1351年、南北朝時代の日本だあ! すごいだろ! すごいだろ!?」
「日本のどこですか?」
「南朝! 京都!」
「……………………。」

 ―――えーと、つまり、オレは東京湾に捨てられて時間も空間も漂流し、1351年の京都に打ち上げられてしまった、ということか。……そんなバナナ(古)。

「ウソだと思うなら、あっち見てみ」

 その人が(てゆーかこの人、名前何なんだろ?)指差した方向を見ると、アルシンドハゲの男と小柄で女顔の、アルシンドよりはだいぶ若い男が二人並んで、地面に置いた板切れに何事か書きつけていた。二人とも揃いのごつい鎧を着て、腰に刀をさしている。……うっ。本当に南北朝時代の人っぽい。

「『後醍醐バーカ』…っと」ハゲがニヤニヤ笑いながら毛筆を動かすと、隣のミニマムが苦笑して、
「たっきー、そんなこと書いたら怒られちゃうよ」とたしなめた。
「もーちゃん、いいじゃないかよ。あんなヤツ、バカでもアホでもおどるポンポコリンでも」
「もう、たっきーったら…」
「…オレが優しくしてやんのは、お前だけだからな?」

 ハゲは気障ったらしい笑みを浮かべて、ミニマムを見つめた。

「尊氏……」ミニマムは頬を染めて、うっとりとハゲを見つめていたが、しばらくして何事か思い立った様子で、板に筆を走らせた。
 墨汁で描かれた相合傘。その下に記された文字は「たっきー・もーちゃん」……。

「も、師直…お前……」

 ミニマムは耳まで朱に染まってハゲの顔を見、はにかんでうつむきながらエヘヘと笑った。

「尊氏、だ―――いすき!!」
「師直…っ……」

 熱く見つめ合った二人は、ついにがばっと抱き合ってしまった…。

「幸せそうだな、あいつら……」
「……あの人達、男同士ですよね…………」
「うん、オレもさっきからずっとソコが気になってた」
「……あの二人、もしかしてあの有名な足利尊氏と高師直…?」
「知り合い?」
「…いえ、そうじゃなくて、日本史に出てくる歴史上の人物です。…観応の擾乱とか、有名で…」
「へー」
「…………あの二人、デキてたんだ…………」

 ……オレ達はうららかな日差しの中で、冷静に世間話に花を咲かせていた。
だがしかし、恋人達の平和な午後は、突然破られたのである!

「フハハハハハハハ!!」

 どこからともなく聞こえてきた哄笑に、オレ達だけでなく、尊氏と師直も振り向いた。

「その声はッ!?」

 尊氏と師直の周りを、どこから湧いてきたのやら、黒ずくめのショッカー達が取り囲んだ。

「ふっふっふ。今日こそはその息の根を止めてやるぞ、尊氏! 師直!」

 ショッカーの群れの間から、いかにも敵ボスチックな面構えの男が一人、不敵に笑いながら現れた。

「…くっ、やはり貴様か……足利直義!」

 尊氏はすらりと腰の刀を抜き、師直をかばうように仁王立ちした。

「私のことを忘れてしまっては困るね………父上?」

 こんなセリフと共に、直義の傍らにもう一人の人物が立った。

「…!?………お前はっ!?……お前はっ!?……………………………誰だっけ?」
「(ガクッ)そこ! ベタなズッコケで緊迫感を壊すな! 貴様の実の息子だが、今は直義パパンの養子、足利直冬であるぞっ!」
「貴様ら、不意打ちとは卑怯だぞ!」
「うるさい、貴様らが鎌倉時代の体制を政に取り入れておれば、こんな諍いは起こらなかったものを!」
「国を新しくせねばならぬのだ! 我らが政を行えば、嗚呼感動の『たっきー・もーちゃん愛の園』!」
「どんな国を作ろうとしているのだ貴様らは! ええい、ならばその野心叶う前に二人とも刀の錆にしてくれようぞ!!」
「…尊氏…」師直は、不安げに瞳を揺らして、尊氏を見た。
「大丈夫だ、師直。お前はオレが守ってやるからな」
「尊氏……っ」
「かかれ――――――っ!!!」

 直義の号令と共に、一斉にショッカーが「ヒ――――!」と飛びかかった。
 お決まりの如く、ショッカーは弱い。弱すぎる。尊氏の剣に、ばったばったと倒されてゆく。でもムダに人数は多いので、その対処ばかりに気を取られていた尊氏は、背後から忍び寄る直冬に気がつかなかった。

「尊氏、覚悟おっ!」

 直冬は大きく刀を振りかぶり、尊氏の背中に襲いかかった!
 ―――やられる!?

「尊氏!」

 師直が悲鳴をあげたのと、彼が尊氏と直冬の刃の間に体を入れたのは、ほぼ同時だった。
 ―――その時オレの脳裏に、日本史の教科書で見かけた、一節の文が蘇った。

「……師直―――――――――――――!!!」

 ―――『1351年 高師直敗死』…と。
 「パパン! 師直、討ち取ったり!!」直冬が歓喜の声をあげた。
 尊氏はくずおれた師直の体をとっさに支えた。

「師直っ! 師直っ! 師直っ! 師直っ! 師直っ!」

 尊氏は必死で師直の名を呼び続けていた。だが師直の目は固く閉じられており、地面には赤い血溜りがみるみる広がっていた。

「…き…さまらああああああああああ!!!」

 尊氏は背景で火山を噴火させながら、般若の形相で直義と直冬に怒号をあげながら向かっていった!
 そのつらのあまりの恐ろしさに、直義、直冬、いみじう恐ろしきことかなと走り散るなり。(何故ここだけ古文口調?)

「師直! おいしっかりしろ! …嘘だろ? なあ返事してくれ、師直っ!」

 尊氏はゆっさゆっさと師直の体を揺さぶった。

「………たっきー………」

 その時、師直がうっすらと目を開けて、自分をかき抱いている尊氏の顔を見上げた。

「…っ…師直!…待ってろ、すぐに医者に……」
「た……っき………」
「…ん? なんだ、師直?」
「……たっきー……天国なんて……ない……。あの世なんて……ない………」
「……………師直……………」
「…………………た………か………う……………じ………………」

 ―――歴史の項目が一つ、生まれた。

「………もーちゃん………」

 ―――歴史の教科書の中ではたった1行しか触れられていないような、或る執事の死。

「…………もーちゃん…………」

 ―――本当はここまで大きなものだった。

「………だれか……………」

 尊氏の、まだ生暖かい師直の体を抱きしめる腕に、きゅっと力が入った。

「助けてください!!!」

 尊氏が天に向かって叫ぶ、叶わぬ願い、そしてシャウト・オブ・ラヴ。
 ♪ゆあらぶ ふぉえぇばぁ〜
 ……って、ん!? この曲どっかで……。
 ♪ひ〜とみ〜をとぉじてえ〜
 こ、この歌、平○堅の「瞳を×××」!? 

「助けてください! 助けてください!」

 尊氏はまだ叫んでいた。涙と鼻水に顔を濡らして。ああ…汚い水っ鼻。
 ♪きぃみを〜えがぁくよお〜
 ……それよりも気になるのはこのBGM! いったいどこから流れてきて……って……。

「な、何やってんですか…?」

 BGMの発生源は、オレの隣にいるテンガロンハット男が流しているラジカセだった…。

「だってムードを盛り上げなきゃよ」彼はさも当然といった顔つきで言った。
「ちょっと、今シリアスな場面なんだから、変なBGMはやめてくださいよ。それに今、足利尊氏悲しんでるんだから……」
「師直〜! 聞かせてよ、愛の言葉を!!!」と、叫ぶ尊氏。

 ♪そぉれだぁけでええ〜いぃいいいいいいい〜
 「おお。愛を叫んで、愛の言葉を要求しているぞ、アルシンド」と、ぼそっと呟く音響係。
 ♪た〜とえ〜きせぇつがぁ〜
 「……もう、聞かせてくれないのか…? 愛の言葉は…?」切なげに師直を見つめる尊氏。
 ……師直はもう二度と、言葉を返すことはない。
 ♪ぼくぅ〜のこぉころをおお〜

「…………じゃあいいや! 他のカワイイ男のコ見つけよ〜〜っと!」

 ♪おぉきざ……………(ブチッ)
 尊氏が満面の笑顔でそう言った途端、ラジカセの曲が切られた。

「バイバーイ! もーちゃ〜ん!」

 尊氏がスキップしながらそう言って、どこかへ去っていってしまった後には、呆然とするオレと、ラジカセからカセットをカチャカチャ取り出している音響係、そして師直の亡骸が放置された。(ヒデェ)
 「……なんだったんだ今の……」誰に言うともなしにオレは呟いていた。

「う〜ん、人間って情が薄いなあ。…デビルマンなオレ様は情熱的な恋しかしたことないのに」
「……デビルマンって?」

 オレは彼を振り返った。
 ソイツはにやり、とイタズラっぽく笑った。

「大獄険魔。地獄より降臨した悪魔でーす」

 ―――あ…くまぁ?…

「以後、お見知りおきのほどを」

 ―――大獄険魔…がそう言った瞬間に、ザアッと強い潮風が吹きつけ、オレは咄嗟に目を瞑ってしまった。
 そして……………。

 …「………す………す…あき…………」
 ぱちり、とオレは目を開けた。誰かがオレに呼びかける声を聞いて。

「やすあき、こんな海辺で昼寝しちょったらお肌がUVに傷めつけられてしまうぜよ」
「……カ…ルロス……?」

 オレはぼんやりと友人の顔を見上げた。
 ふと自分の手に目をやる。真っ黒に日焼けした、今更UV(紫外線)もへったくれもないような肌が目に飛び込んできた。

「…今の……夢…かあ………」

 オレはほうっと息をついた。そうだよな。今まで見ていたものは長い間コンクリ詰めにされて酸欠になっていたせいで見た悪夢だ。あんなアホな出来事が、本当の史実にあってたまるか。だいたい目が覚めたら体が華奢になっているなんて某メガネ小学生探偵みたいな事態は現実には絶対起こりっこない、だろ☆

「やすあき、目が覚めたら行くぜよ」
「どこに?」
「あの夕陽に向かって走るぜよ。レッツラゴーだぜよ」
「…あ、待てよお〜☆カルロス〜〜っ☆」

 そんなわけで、オレ達は今日も、夕陽に向かって、明日に向かって、ひた走る!

Fin.