Q−ZAKUの
日常のの異常



『いなり寿司』

私の職業は、いわゆる住宅設備関係。どんな仕事かを具体的に申し上げると、たとえば、給湯器を取り付けたり、お風呂の入れ替え、または修理をしたり、トイレを交換したりと、まぁいわゆる水廻りやガス工事に関わるお仕事をさせていただいております。

さて、今日はいわゆる、ウキウキ日。なんせ仕事がない。仕事が無くてウキウキって、お前は・・・と言いかけた方、皆まで言う無なかれ。私にとって、予定していた仕事が無くなり、たなぼた的なお休みを堪能するのは至高の快楽、今日はゆっくり寝れる、もう布団から出たくない。

今日は朝から、どしゃぶりの雨、予定していた現場は雨天では出来ない。私は事務所に電話をし、なにか仕事があれば携帯に連絡をと、そのまま眠る、これにまさる快楽は無し・・・・・何も無い平和な一日、そう信じて疑わない、だが、これが恐怖の一日の始まりだとその時は知る由も無かった・・・・・・

『チャ〜チャラ〜、チャ〜ラ〜♪』 突如、携帯が鳴り響いた。いやな予感、見事的中、事務所である。一瞬ためらいながらも、携帯に出る私。 「先日、設置した給湯器の操作の仕方がわからないらしい、ちょっと説明にいってくれ」 これが仕事の内容、すぐに私は現場に飛んだ。

「楽勝もの♪」 タカをくくる私。たかが給湯器の説明、最近の給湯器の性能は極めて高い、ボタン一つで全てOK、音声でも案内してくれる。ちょっとしたトラブル、すぐに問題解決だ。

ピ〜ンポ〜ン・・・・・呼び鈴を押しても、返事が無い。留守か?いやそんなはずは無い、電話をもらってから、そう時間は経っていないのだ。

ドアの向こうから、かすかに音が聞こえる、呼び鈴は散々鳴らした、声もかけた。しかしそうこうしているうちに、音が近づいてきた、そして、ドアの向こうに人の気配を感じた時、扉は開いた。

ガチャ・・・・・・、扉は開き、隙間から、老人の顔がのぞいた。お客様は、かなり高齢のおばあさんだった。

私は声をかけた 「すいません、なにやら給湯器の操作がわからないと連絡をいただきまして、本当にご迷惑をおかけしました」 「はぁ?」 おばあさんは耳が遠いようである。 私は深々を頭を下げた状態で、この 「はぁ?」 の返事を聞いた、そして全てを悟った。この高齢のおばあさんなら、一度聞いた説明を忘れる可能性は十分にある。

私は再度訪ねると、おばあさんはすぐに理解してくれ、私を給湯器のリモコンがある台所まで案内してくれた。その間、私がかすかに望んでいた希望は絶たれた、どうみても一人暮らし、誰か若い家族でもいれば、説明書を読んでくださいという 「最後の切り札」 が使える。しかし、それも出来ない。

台所は、荒れ放題だった。正直心が痛んだ。やはり、高齢のお年よりが一人で暮らすのは良くない。机の上には、一体いつのものなのかわからない、「食べ物」 が山済みされ、コップも散乱していた、しかも、その中には変色した 「液体」 が飲み残した状態で放置されていた。

トラブルはすぐに解決した。やはり、操作ミス、単純な。ただそれだけ。しかし、おばあさんはなかなか操作が覚えられない。無理もない話である。

私は事務所には、時間がかかると電話をし、ゆっくりと、説明させていただいた。そうこうしているうちに、おばあさんはやり方を覚え、無事に風呂を沸かすことに成功した。

二人は気が付いた、妙な親近感を覚えたのだ。会話がはずんだ、硬かったおばあさんの表情も笑みを浮かべてくれるようになった。そして、時間がたち、私は、仕事を終えた充実感を得て、この家を去ろうとした。玄関まで足が向いていた。しかし、その時声がかかった。「お茶でも飲んでいきなさい」 

・・・今思えば、なんらかの理由をつけて、この場を去るべきだった、しかし、くいしんぼうの私は再び台所のいすに座っていた。無意識だった・・・・だが、これが恐怖のはじまりだったのだ。

「ガチャ・・・」 おばあさん冷蔵庫の扉に手をやった。

冷蔵庫の扉が開いた。

「・・・・・・・・・・・・」 私は絶句した

冷蔵庫の中・・・・それは・・・・・それは、一体なんであろうか? 私には理解不能な食べ物?いや以前は食べ物だったかもしれない、しかし、どうみてもこれは・・・・・・・おかしい?どう考えてもおかしい!
臭いも強烈だった、目に染みる・・・・たまらん!そして、ガサガサっと何かがこぼれ落ちてきた。それは・・・・・それは、どうみても座薬!・・・何故こんなところに?そういえば座薬は冷蔵庫に入れれば長持ちすると聞いたことがある。しかし、使うところが使うところだけに・・・・・・・さらに冷蔵庫の中身をよく見れば、それは、一体なんだろう?魚のしっぽらしき物がある、なんの魚だろう、いや、それよりいつの物だろう?

黒っぽい塊、白い物体、さまざまな物が入り乱れる、その空間・・・・・おばあさんは笑顔でその空間に手を突っ込み、なにかを取り出した・・・・・・・・・

・・・・・・・・いなり寿司・・・・・・・

その物体は、皿らしきものに乗せられ、私の前に置かれた・・・・・・・

「遠慮せずに、食え!」・・・・・・・おばあさんは満面の笑みを浮かべこう言った。

・・・・・・・・しかし・・・・・・この・・・・この、いなり寿司・・・・・・・・どう見ても、おかしい!明らかに変色している、私の知っている、いなり寿司はもっと、鮮やかな色をしている、しかし、この浅黒さはなんなのであろうか?しかも、水々しさはまるで感じられない、それに、やはり・・・・やはり・・・なにか臭う!!

私は、なんとかごまかそうと、会話をはずませ、どさくさに紛れて、出て行こうと画策するが、なんせ、お茶をよばれるために戻ってきたのである、これは筋が通らない。おばあさんの期待は私が満面の笑みを浮かべながら、パクっといなり寿司を食べることにあるのだ。

私は意を決した。

「ええい、ままよ!!」

「パク・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・う、うぐ!!!???」

・・・・・・・・・・お、おかしい!・・・・・・・やっぱり、このいなり寿司はおかしい!!

気のせいだ!気のせいだ!気のせいだ!気のせいだ!・・・・・そうだ、気のせいだ、もともといなり寿司なんてものは酸味があるじゃないか!思い込みだ、思い込みだ!単なる先入観だ!!

・・・・・・・しかし・・・・・・

やっぱりこの味はおかしい!!

腹に入れるまいか?それとも、ごまかしながら吐き出すか?

私は完全に混乱した。O157に感染したらどうする?違う!あれは牛肉だろう!大丈夫だ!口の中で噛み砕けば、どんな雑菌も胃酸で消化できる!そんなことが出来るのか?やるしかない!もうろうとする意識の中で、私は口をもごもごとさせ続けた。

「ごめん、ごめん水を忘れとった」 とおばさんの声、もう逃げられない、私はコップを受け取り、水と一緒にいなり寿司を流し込んだ。

・・・・・・・・・・!!!!????

なんだ?このコップの底にへばりついている 「物体」 は?

私は水を飲みながら、コップになにやら、黒っぽい塊がへばりついている事に気がついた。それは、なんなのであろうか?見ようによってはガムに見えるし、ヤニの塊のようにも見える・・・・・

・・・・・・・・もう、真っ白だった・・・・・・・・

私は、全身系を集中させて、笑みを最後まで持続させ、おばあさんの家を後にした、私は、極めてめずらしく、自分を誉めてあげたいと感じた・・・・・極めてまれであるが・・・・


この後がどうなったか、聞かないでいただきたい・・・・ただ、言えるのは、後の仕事が雨で中止になったのではなく、別の理由で中止になったとだけ伝えておきます・・・・・

皆様、食中毒には気をつけましょう。




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