Essay 22   ケムリの向こうに明日はない
仕事で原宿へ行った。いつもはプライベートで作詞のヒントを拾いに来る街も、スーツで歩くのは違 和感を覚える。良きにせよ悪きにせよ、戦後日本の若者文化を牽引してきた街であることには間違い ない。竹下通りを横切り、路地に入ろうとしたその時だった。女子高生らしき茶髪の少女が、タバコ を吸いながらこちらに向かってくる。悪びれる様子もなく。片手で携帯メールを打ちながらイライラ した表情で僕の前を過ぎ去っていった。振り返って、その後ろ姿を見ながらなんとも言えない哀しさ を覚えた。自分がスーツを着て、一応“きちんと”社会人を演じていた時だったからこそ、作詞家モ ードの時の自分とは違う視点で彼女を見たのだろう。彼女が去った後のケムリの残り香が、暫くの間 僕の鼻をいじめていた。
何故、人間はタバコを吸うのだろう?4〜9世紀に殷賑を極めたマヤ文明時代には、既に大人の嗜み として流行していたそうだ。精神分析学者のフロイトは20世紀初頭、人がタバコを吸う理由を「口 唇欲求」(幼児の指しゃぶり)のあらわれだと定義した。タバコを吸う人は、幼児までに親に十分愛 されなかった為、口に物を咥えていることによって安心感を得ているのだという。 以前、作詞を担当していたあるバンドの女性ボーカルも、当時高校1年生ながら喫煙者であった。 スタジオでの練習の際も、休憩の合間に必ず一服。母親もヘビースモーカーで、中学1年でタバコを 覚えて以来家庭では食後に親子で吸っていると言っていた。タバコを一切吸わない僕はそれを聞いて 開いた口が塞がらなかったが、彼女もまた、幼い頃に他人に言うのも憚る不幸を経験していたのだっ た。
日本女性の喫煙率は上昇の一途だ。20代女性の喫煙率は昭和61年の16%から現在では20%を 超え、10代女性は平成2年の5%から15%と飛躍的に上昇している。世界保健機関(WHO)調 べでは、女性の喫煙が乳幼児突然死(SIDS)や骨粗鬆症を誘発する危険性を孕んでいると定義し ている。タバコを吸う母胎から産まれた赤ちゃんは未熟児が多く、小児喘息や中耳炎に罹る率も高い。 それはタバコは血流を悪くするので、赤ん坊への血流の供給が少なくなり、充分な酸素や栄養が行か なくなるからだ。更に同じ部屋の中に喫煙者がいると、その副流煙でも胎児に悪影響が出るらしい。 心の寂しさを紛らわす為に、タバコを咥えるのは愚の骨頂である。未来ある子供たちに、十字架を背 負わせてはいけない。将来健康な子供を産みたいのなら、女性は絶対にタバコを吸ってはいけない。
Essay 10でも触れた通り、日本の女性たちを尊敬しているからこそ、強く訴えたいと思う。 喫煙とは病気である。喫煙者は自分が病気であることを自覚できない、薬物依存に陥った脳を通 して世界を認識している。ニコチンを摂取しなければ生きられないというのは甘えだ。自分を変 えるのは自分しかいない。一人でも多くの若者が、健康な体に健全な心を宿してくれることを望 む。


・・・今日は立春である。旧暦でいう元旦だ。朝は仏壇に参り、先祖に一年の安泰を祈願した。 火をつけた線香から、一筋の煙が空へ舞い上がる。原宿ですれ違った、あの少女が吐いた悲し い“ケムリ”とは違う、聖を帯びた透明な“煙”であった。 どうか、皆にとって、いい年であるよう。
Shuichi Hatta
2004.2.4