待ち人来る?

日曜日。

連日の労働により、体を壊した円香。
理由はおそらく過労であろう。または前日雨に濡れたのが原因の風邪なのか?
ともかく、元気が取り柄の円香にとって今回はかなりヤバイ。

『コホコホ……』
『何でこんな事になっちゃったんだろ……』

ちなみに、円香の今週のシフトは月曜日から土曜日までの連続六日間労働であった。
本来、木曜日が彼女の定休日なのだが鷹羽がドタキャンしたため(理由は謎)に仕方なく円香が入る事となった。

『まったく、あんにゃろー』
円香はベッドに仰向けに寝ながら自室の天井に向かって天突きをかました。

現在の円香の服装は、沢山のイチゴがプリントされたパジャマ上下。
髪の毛はトレードマークのリボンを付けておらず、今はセミロング状態になっている。
ベッドから手の届く範囲には小さなテーブルが置いてあり、その上には電気ポットに紅茶(かるたで使用しているもの)のティーバッグとマグカップ。
そして水の入ったコップと市販の風邪薬が置かれていた。
枕元には先日麻法子に借りた【魔法大全】があった。

『麻法子ったら、こんな難しい本を毎日読んでいるのかしら……』
昨日の夜からパラパラとめくって読んでみたが、それ程面白くない、と言うか興味が惹かれる内容ではなかった。
それ以前によく分からない内容だらけであった。

例えば、【一瞬で電柱を消し去る魔法】【どんな旨い料理も不味くする魔法】【待ち人遅く来る魔法】などがあった。
『ふ〜ん、待ち人かぁ……』
やがて、円香は本を読んでいる内にどんどんまぶたが重くなってくるのを感じた。

コチコチ
コチコチ……時計が正確に時を刻む。

『う〜ん……むにゃむにゃ』
寝返りをうち、円香が再び目を覚ました時には、時計は午後三時を指していた。
『はぁ……寝ちゃったのかぁ』
円香はベッドの上でふと考えた。
こんな体の状態とは言え、ちゃんとお店は回っているのだろうか?と。
そう考えると、いてもたってもいられない。
立ち上がって着替えようとした矢先、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

『円香さん、円香さん、私です。美琴です』
『美琴ちゃん!?』
意外な来訪者に円香は思わず声が裏返った。
『今、開けるわ。
円香は、パジャマ姿にスリッパを引っさげて、パタパタと玄関に向かった。

ガチャ。

扉を開けた先には、美琴、麻法子、そして蒼葉の三人がいた。
『麻法子ちゃん!それに蒼葉さんも!?一体どうしたの?』
またまた意外な来訪者と組み合わせに思わず驚愕の表情を浮かべる円香。
『ま、円香さんが体を壊したと店長に聞いてお見舞いに来たんです……』
『お腹が空いていると思って、ちゃんと円香ちゃんの好きな上松のチーズタルトも買ってきたんだよ〜』
蒼葉は笑顔と共に手に持ったビニール袋を掲げてみせる。
『上松のチーズタルト!?ささっ、玄関で立ち話しもなんだからあがってあがって。』
『おじゃましまーす』
『お、おじゃまします……』
『おじゃまするよ〜』

円香は上松のチーズタルトに目がない。
実はこれを円香の前にチラつかせれば、どんな事(悪い事でも)でもやってのけてしまう能力を持っているので本当に恐ろしい。
ちなみに、今回はその話をしない。

『じゃあ私、お茶入れるから皆はその辺でくつろいでいてねっ』
『そんな……円香さんは病人なので、ベッドで休んでいて下さい。私がやりますから』
美琴は以前にも円香のアパートに来た事がある。それ故にお皿やフォークやお茶の葉などの場所も把握しているのだ。
『ごめんね、ありがとう』
『いえいえ』
美琴はお茶の用意をしている。
一方、麻法子と蒼葉は円香の部屋に入るのが初めてなので、興味深そうに部屋全体を見回している。
『麻法子ちゃんに蒼葉さんも、あんまりジロジロ見ないで下さいよ〜。恥ずかしいですから』
『そ、そんな事ないですよ。ちゃんと綺麗に掃除されていますし、インテリアも素敵です……』
『特にこのお面なんか最高だね〜』
蒼葉はどっかの民族が付けていそうな趣味の悪いお面を手に取る。
『それ……蒼葉さんがくれたやつですよ……』
『あれ〜?そうだっけ〜』

まったく、この人は。

『お茶が入りましたよ』
美琴が三人を呼ぶ。
皆が部屋の中央のテーブルに集まる。

『それにしても、以外に元気そうなんで安心しましたよ』
美琴はティーポットから紅茶をカップに注ぎながら言った。
『う〜ん、私は元気が取り柄だからね。これくらいなんともないわよっ』
円香は得意そうな顔をして胸を張る。
『ま、円香さんは凄いですね……私なんてとても……』
『私も円香ちゃんは尊敬してるよ〜』
『嬉しいな。皆がそう思ってくれてるなんて……』
円香は照れ笑いを浮かべる。

人数分のお茶が入り、チーズタルトも切り分けられた。
『じゃあいただきま〜すっ!』
初めにチーズタルトに口を付けたのは円香であった。
そして甘美の表情を浮かべる。
『おいしー!幸せーっ!!』
本当に幸せそうな円香の表情を見て、三人も嬉しそうだ。

『イヌ……ね』
『イ、イヌですね』
『ねこ〜』

そう、今の円香を他の言葉で例えるなら『しっぽを振って嬉しそうにしている犬』が一番適していた。
『そう言えば、お店の方はどうだったの?今日は誰が入ってたっけ。』
犬の円香がチーズタルトをパクつきながら言った。
『今日は……』
美琴は何処となく言いたくなさそうな顔をしていた。
『鷹羽さんと、さやちゃんだよ〜』
『!』
円香は蒼葉の何処となく気の抜けた返答に思わず絶句し、同時に気を失いそうになった。
不味い料理を色気でカバーすると言うふざけた鷹羽と、イチゴソースとケチャップを平気で間違え、迷惑創作料理を造るさや。(しかも騒がしい)
まさかあの二人とはっ!!
『そんな面子で店が回るわけないじゃない……』
円香はこのまま布団の中に入り眠りたい衝動に駆られた。
『で、でも千穂さんがいらっしゃるので……』
たしかに千穂は仕事に対して真剣である。
……が、あの年寄り臭い口調にはどうも慣れない。
この間、一緒に仕事をした時に思わずあの口調が移ってしまった。
通常、円香は客が来店した際『いらっしゃいませっ!こちらのお席へどうぞっ!』と、元気に答える。
また、常連のように気心が知れた相手には親しみを込めて名前で呼ぶようにしている。
一方、千穂は客が来店した際『よく来たな、まあ座れ』と来たもんだ。
しかし、肝心の客の反応は上々で最近は千穂目当てで来店する固定客も多いのだ。
それ故に『その口調を直せ』とか『やめなさい』とも言えない。
それに、実際千穂は仕事は出来るので、円香がいなくても十分回るのだが……。
はたしてあの二人の世話を焼きつつ客の対応が出来るかは正直微妙なところである。

『よしっ!』
円香は店の状態と千穂を身を案じ、店へと向かう決意をした。
『どうしたの〜』
『私、お店へ行く。心配だからねっ!』
髪を束ね、パジャマを脱ぎ、手短に私服へと着替える。
『そんな体で大丈夫ですか?』
『平気〜?』
言葉にこそ出していないが、麻法子も心配そうな表情をしている。
『平気平気!私は元気が取り柄の二条城円香よっ!』
円香は笑顔で答える。
……と、その前に。
円香は残りのチーズタルトを十分に味わった。
『それじゃあ、行こうかっ!』
『はいっ!』
『お〜』

麻法子は返事をせず、ふとベッドの枕元に開いて置いてあった【魔法大全】に目を向ける。
麻法子は、それを手に取り、一体どのページで開かれていたのか興味を持ち、見てみると【待ち人遅く来る魔法】のページであった。
『ま、円香さん……私達にこの魔法を使ったのでしょうか……?』
『麻法子ちゃん、行くよっ!』
『は、はい!』
円香に呼ばれ、麻法子は【魔法大全】の本を閉じてベッドの上に置いた。

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