1

作戦開始から三十秒後、藤枝と勝己は一般教室棟一階のターゲットの窓に難なく到着した。そしてそのまま壁に背をあずけ、中の気配を伺う。
今宵は風が強くて良かった。普段は気になる藤枝の足音が気にならない。それに、自分達の足跡も容易に消し去ってくれる。
ただ、これは良し悪しでもある。勝己自身、敵の気配が逸早く察知出来ない。ここは宮元の通信だけが頼りだ。だが、今はその危険性はないようである。

「……」

暗黙の了解のサインを促し、勝己は後ろ手で窓を開け、飛び上がり、窓の桟にお尻を乗せ、そのまま廊下に向かって静かに後転をした。
見事に着地した勝己は、藤枝のために窓を広めに開ける。
藤枝は勝己のように身軽ではないため、豪快に刑事飛びをして侵入した。しかし、豪快過ぎるが故にそのまま三年七組の入り口のドアにぶつかりそうになった。

鼻先のところで踏みとどまり、藤枝は体勢を整えた。
「おっとと、すまんすまん」
「まったく……相変わらず危ないなぁー」

勝己はそう言いながら、窓を数センチ開けたままにしておいた。
風が勢いよく窓に当たり、ガタガタと音を立てている。

『マゼンタ、マゼンタこちらキャロット。侵入は成功♪』
『マゼンタ了解』

夜の校舎は水を打ったように静かだ。とても人間が居るとは思えない。
三年七組の教室から道なりに進むと、やがてT字路に差し掛かる。このまままっすぐ進むと三年一組方面。曲がると目的地の職員室に一歩近づく。
『メル・ロット、メル・ロットこちらマゼンタ。上方注意』
天井には一台の監視カメラが無機質に動いていた。T字路にあやかり、三方向をこちらから見て時計回りに回っているようだ。
一つの方向を映す秒数は五秒間。
「安易に壊したら、後の二人に迷惑がかかるな……」
監視カメラの死角である壁際を通りながら、藤枝は言った。
「もう二人が来ちゃうよ」
「しっ、静かにしろ」
T字路の曲がり角で、藤枝は勝己の口を塞いだ。

遥か遠方から、微かにコツコツと言う軍靴のような音が聞こえる。
「どうやら、一人目の獲物がやって来たようだな。キャロット、パターンAだ。俺が合図をしたら、監視カメラが届かない位置まで走れ」
「うん。しっかり頼むよー」
『マゼンタ、マゼンタこちらキャメル。敵だ。パターンA実行にあたり、カーマインの侵入を一歩遅らせてくれ。上方注意も忘れずにな』
『……マゼンタ了解』

軍靴がますます近づいてくるようだ。
現在、監視カメラは軍靴の音の主の方向を向いた所だ。
……五、四、三、二……
そして、自分達の距離が相手に認識できるまで近づいたのと、監視カメラの視点が切り替わるのを見計らって、勝己が三年一組方面へ飛び出した。
五秒間の全力疾走。先程とは違い、若干の音を立てて軽快に走り出した。

「だ、誰だ!」
案の定、軍靴の男が勝己の存在に気付き、廊下を蹴った。

コツコツコツコツ、コツ

そして、曲がり角を曲がった瞬間、逆側で待機していた藤枝が軍靴の男の背後に立ち、首筋に激しい手刀を一撃。

「ぐあっ!!」

パターンAとは、敵が一人、味方が二人で完遂出来る戦法である。
一人が囮で走り出し、一人が物陰で待機。結果として、敵は逃げた方向へ追いかけてくるはずなので待機している方に背後を見せることになる。
だが、戦闘を熟知している者は案外慎重なものだ。おいそれと追いかけては来ない。まずは仲間を呼ぶか、威嚇射撃でもするところだが……

力なく倒れる軍靴の男の体を床に着くすれすれで支え、すぐさま、監視カメラのもう一つの死角である真下に移動させた。
「ふむ……<Traffic Jam Zombies>か。それにしてもなかなかセンスの良い色のベストを着てるじゃないか」
藤枝は、歪な防弾ベストの肩付近に付いた傭兵のワッペンをしげしげと見つめ、装備を探る。胸の辺りに拳銃のような硬い感触を感じた。
「SIG P226か……」
そんな事をしていると、勝己が戻ってきた。
「上手く行ったみたいだね」
「どうやら、こいつは傭兵の中では下っ端の方に見えるな。服に階級を示す物が何も貼っていない。新兵なのか?」
「傭兵全部に階級制度を付けているかは謎だけどね。とにかく、下っ端的な行動をした事はたしかだね。……で、この人どうする?」
勝己の問いに藤枝はにやりと笑みを浮かべた。
「勿論、活用するさ。キャロットは先に行って状況を確認しておいてくれ。じきに追いつく」
「おっけー」
勝己は走り出し、藤枝は監視カメラに用心しつつ、近くの教室の中に気絶した傭兵を運び込んだ。

2

「メル・ロットは侵入に成功したようですね」
「そう。用意はいい?シアン」
「は、はははい」
声が裏返り、黒い手袋の下には汗を握っている。その上、シアンと呼ばれる事に慣れていないせいで緊張しまくりである。
「大丈夫、私達が戦闘をする事は、ほとんどないから。キャメルとキャロットが何とかしといてくれるわ」
千葉が新橋の手を両手で握ってくれた。
手袋の上からとは言え、その温かみに新橋は安らぎを覚えたが、千葉が最後に付け足した「……多分」の一言でそれは打ち消された。

突風が合図となった。千葉が声をかける。宮元は自分の髪を押さえる。
「さ、行くわよ!」
「は、はい!」

タタッ、タッタッ、タタッ、タッタッ

千葉と新橋、まるで玄人と素人の足取りで走り出す。
そんな様子を宮元が心配そうに見守っていた。
「大丈夫かしら……」
すると、宮元の通信機が静かに音を鳴らす。声の主はキャメルからだ。

先程より、さらに風が強くなってきたようだ。手袋越しからでも若干の風圧を感じる。
新橋は千葉の背を一心不乱に追いかけていた。少し疲れてきた。

「よし、ここね」
窓が少しだけ開いた校舎の壁に座りながら背をあずけた。新橋も同様にする。
「どうしたの、シアン。こんな事で疲れてちゃ、最後までもたないわよ?」
「はぁ……はぁ……は、はい。す……みませ……ん」
呼吸を整えながら、千葉の言葉を聞いていると、別の声が聞こえてきた。マゼンタからだ。
『カーマイン、カーマインこちらマゼンタ。戦闘待機六○および角、上方注意』
『……カーマイン了解』

「はぁはぁ……千葉さん……戦闘待機って……」
千葉は慌てて新橋の口を塞いだ。まだ、呼吸が整っていないので、さらに苦しくなった。
「しっ!安易に声は出しちゃダメ。それに、任務中はカーマインと呼んで」
「す……すみません」
「戦闘待機は……先に侵入したキャメルとキャロットが敵と戦っているから、少しの間待機しとけってことよ」
「あ、安直過ぎるネーミングなのでは……」
「そんなら、センスの良い名前を考えてちょうだいな……っと、もうこれで一分か。行くわよ、シアン!」

千葉は軽々と校舎内に侵入した。ポニーテイルが大きく揺れた。
「シアン。そのバックの中からタオルを取り出して。窓の桟にかけて、それを踏んでこっちまで来るのよ」
その時、勝己さんが言っていた窓の桟に砂が残る話を思い出した。
トライアングルバックの中には、見慣れない物が沢山入っていた。何に使うのだろう?だが、今はそんな事を言っている暇はないだろう。一枚の変哲の無い布を取り出した。

トライアングルバックを一時千葉に預かってもらい、新橋は布を足がかりに校舎の侵入に成功した。タオルには大量の砂がついた。
「へぇ……案外身が軽いのね」
千葉が暗闇の中で笑みを漏らす。
「……そうですか?」
誉められているのかバカにされているのか判らないが、何故か気分は良かった。
千葉は、先程と同じように、窓を若干開けておいた。
「ち……いや、カー……マイン。何で窓を開け放しておくんです?完全に閉めた方が侵入がばれなくて済むんじゃあ……」
「ふふ、これはね。きっとまた別のモノが侵入するのよ。そう、8mm以下のモノがね」
千葉は窓の外を見上げながら言った。雲に隠れた月が顔を覗かせた。
今度ははっきりと見える千葉の顔は月明かりに照らされて、綺麗でもあり、少し恐ろしくも感じた。
「8mm?虫とかの類ですか……?」
「いずれ判るわよ。今は時間もないし、慎重かつ急ぐわよ」
「は、はい!」
何処か釈然としない新橋は、とりあえずその疑問を頭に据え置く事にした。

T字路に差し掛かった千葉と新橋は足を止めた。
「どうやら、戦闘の場所はここだったようね……」
千葉がT字路の床を遠めに指差しながら言った。
「な、何故です?カー……マイン」
「ほら、ここ見て」
千葉が示した場所には、小さな水滴があった。これは……?
「殴るか何かした時に敵から飛び散った唾か涙か汗と言った体液の一種ね。血ではないから、おそらく背後から手刀か何か決めたんでしょ」
「す、すごいですね。そこまで瞬時に分析するなんて……」
水滴を見ようと、体を乗り出した新橋を千葉がさせまいと支えた。
「あっ、……あの」
千葉は体勢を低く保ったまま、上を指差した。
「えっ?」
見るとそこにはカメラのようなものが動いている。
新橋は事の重大さを今になって理解した。
「シアン、バックの中身からスモークグレネードを出して」
スモークグレネード?煙幕の事か?そんな物、映画かゲームの中でしか見たことないと言うのに。
筒状の花火みたいな物に、ピンが付いている。これか。
「これですか?」
「そ。本来、相手から逃げたり室内に投げ込んで相手の隙を付いたりするために利用するけど……今回は誘導よ」
「ゆ、誘導?」
「監視カメラがあるって事は、誰かが監視しているって事でしょ?だから、監視カメラに映るように煙幕を張って相手に異常を知らせるの。そうと判れば、相手はこの場所に駆けつける。つまり、他の場所の警備が手薄になる。その上、私達の姿も煙に隠れて見えない」
「な、成る程……でも、それなら破壊した方がより安全ではないですか?」
「ちっちっち、私達は無益な殺生はしないの。監視カメラ一台いくらすると思ってるのよ」

3

「く、くそっ!!姿を見せろ、卑怯者め!!」

全学年の生徒が使用する下駄箱を見ると、玄関先に一人の傭兵が足を必死に擦りながら倒れこんでいる。
おそらく、ほんの数秒前、南町田が計画通りに撃ったBB弾を食らったのだろう。
「さすが、ナイスタイミングだね」

勝己の気配を察知したのか、傭兵が脇に落ちたコルトM4A1を拾おうとしている。だが、手が上手く動かせず、足も言う事を聞かないため、全く掴めない。
コルトM4A1は、主人からさらに引き離された。勝己が銃を蹴り、スライドさせたのだ。
「お、お前には戦士としての誇りがないのかっ!」
「結構なお言葉だけど、戦士なら身の危険はいつでも感じてなきゃね。敵は、何も陸上だけじゃないんだよ?」
「う……ち、ちくしょう……まだだ、まだ俺は戦える」
「結構打たれ強いんだね〜。感心しちゃうよ」

勝己は、そんな疼痛を堪えて立とうとしている傭兵の鳩尾に膝蹴りを決めて完全に気絶させた。

「ぐおっ!か、はっ……」

グラウンドには、まだ何人かの人間がウロウロしている。
勝己は持参のガムテープで傭兵を縛り上げてから、グラウンドから見えない下駄箱の死角に捨て置き、さっきからしきりに何かを叫んでいる無線機を足で踏んづけた。

下駄箱を抜けた先には、目的地の職員室。そして、二階へと上がる為の階段がある。
周りの音に注意を払いながら、素早く前転受身を繰り返し、階段が見える曲がり角までやって来た。先の様子を伺う。

「ちょっと……てこずりそうだね……」

音もなく勝己の元に戻った藤枝は、今までと正反対の出で立ちをしていた。
「わわっ!」
「慌てるな、キャロット。キャメルだ」
背後には、先程の傭兵が着ていた服を着た藤枝が居た。
肩にかけたトライアングルバックは先程よりも膨らんでいる。今まで着ていた物は中に収納したと思われる。
「うみゅー、もうびっくりさせないでよー。それにしても、変な色のベストだね」
落ち着きを取り戻した勝己の第一声がそれだった。
「そ、そうか……?結構良いと思うのだが……」
「はっきり言って、似合ってないよ……」

「何!」
ガックリとうなだれる藤枝。うなだれながら、状況はどうだ?とだけ言う。

「う〜ん、階段に二人居るね。しかも良い感じに隙がないみたい。良く見ると、ワッペンの下に小さな旗らしきものが付いてるよ。上の人かもしんない。それと……階段の踊り場には監視カメラ一台」

二人の傭兵は何やら深刻な話をしているようだ。
「俺はこの仕事を誇りに思ってる。だが、収入面から見ても少し不安だ。もうすぐ子供も生まれる。何とか堅気の仕事に就きたいもんだ」
「<Traffic Jam Zombies>はこの所、良い成果を挙げているじゃないか。収入もそれ程高くないが、決して低くもない。何が不満なんだ」
「実はよぉ……生まれてくる子供に父親の職業の事を聞かれたらどう答えようか、と考えているんだ。カネで雇われた傭兵……何て言えないだろ?実際、カミさんにもそろそろ足を洗えと言われているしな」
「それはそうだが、国民の安全を守る誇り高き職業じゃないか」
「外から見ればそうだが、実際任務についてみると何だ。アイドルクループの警備だぁ、結婚式の受け付けだぁ、今回は高校の護衛が仕事だぁ?へっ、やってらんないぜ。こんなお遊び、早く終わらせて一杯ひっかけに行きたいぜ」
気持ちが昂った傭兵は、手持ちのMP5を何もない空間に構えた。その銃身をもう一人の傭兵が静かに下げる。
「その話は今度じっくりしようじゃないか。とりあえず、今は任務の事だけを考えろ」
「へいへい」

「ふむ……これではパターンAは通用しないな……ん、キャロット?」
何と勝己は目に涙を浮かべていた。
「い、いい話だな〜」
「……敵に情けは無用だ。変な気持ちは起こすな」
「うみゅ、わ、判ってるよぅ〜」
藤枝はそんな勝己を一瞥し、天を仰いだ。見ると、天井に設置された蛍光灯がその仕事を静かに終えようとしている。

「キャロット、パターンC2だ。カネの用意をしろ」
パターンC2と聞いた瞬間。勝己は露骨に嫌そうな顔をした。
「えー、あれかぁ……勿論アタシが上なんでしょ?やだなぁ〜」
「無論だな。俺があれに掴めるか?」
藤枝が指差した先には、今にも消えそうな蛍光灯。そしてその横には何故か小さな穴が四つほど開いている。
「ふむ……おそらく、空手部の道楽か、野球部の室内キャッチボール中の事故か、はたまた単なる老朽化か……」
勝己は藤枝の肩を使い、小さな穴に手をかけ、天井にぶら下がった。勝己程の小柄な人間でなければ、出来ない芸当だ。
「早くしてよー」
「まぁ、待て」

藤枝は、曲がり角からカネ(勿論ニセ札)を数枚置いた。
そしてすかさず後ずさり、勝己の足を支えた。
パタ−ンCとは、いわゆる誘導戦法である。
何か相手の興味の惹く物(カネや食料)を置き、相手の警戒を解き、立ち位置を無理やり変更させ誘導させる。
そして、それらを拾おうとした瞬間に攻撃を加える。
また、相手がそれらを拾おうとするために必然的に下方を向くため、上方からの攻撃が最も効果的だ。つまり、身軽な勝己が空中から攻撃を仕掛けるのだ。
一人でも可能な誘導作戦をパターンCと、より成功率に長けた二人で協力する誘導作戦をパターンC2と呼んでいる。

「ん?何だ……あれは?」

さっそく、二人の内の一人が誘導されて来た。もう一人の方は……確認できない。
もし、一人の傭兵が倒された事をもう一人の傭兵が気付いたならば、瞬時にMP5を連射してくる事だろう。
床に着地した勝己は、格好の的となってしまうかもしれない。その状況を予め頭に据え置く。だが藤枝には戦略があった。懐に手を突っ込む。

コツコツコツ……

「ん?どうした。何かあったか」
どうやら、もう一人の傭兵も誘導されて来たようだ。
藤枝の作戦は瞬時に変更された。懐から手を離した。

コツコツ、コツコツ
二人の傭兵の足音がカネに近づいて来る。

まだだ。まだまだ。

「ぐへへ。こりゃ〜、カネじゃねぇか。今夜はいつもより美味い酒にありつけそうだぜぇ」
藤枝は石のように固まり、固唾を呑んで待った。そして……

「行け!」
支えていた勝己の足を、傭兵方向に向けて思い切り放った。
「わ、わわわ!」
それと同時に、藤枝も勝己と同じ方向に向かって走りだした。

「な、何だ!!」

カネに目が眩んだ傭兵は、飛行してくる勝己の存在に気付いたものの、素早く襲い掛かる飛び蹴りにはさすがに反応が出来なかった。
勝己は空中で顔面に蹴りを放った。スパン!と良い音が廊下に響き渡る。MP5が激しく床に落ちた。

「よっ!と」
「ぐはっ!」

蹴りを食らった事を未だに認識できていない表情をしたカネ傭兵の横を、藤枝は体勢を低く保ながら素早くすり抜け、後方にやって来たもう一人の傭兵に体重を乗せた、きつい肘鉄を食らわした後、その反動を用い、背手で傭兵の鼻を潰し完全にノックアウトさせた。鼻から鮮血が飛び散る。

「ぐっ!がっ!」

藤枝は、倒れ行く傭兵を支え、もう片方の手でカネ傭兵を支えた。
「よし、上手くいったぞ」
「あ〜、右足の爪が割れたみたい。うみゅ〜、痛いよ〜。だから飛び蹴りは嫌いなんだー」
「グチグチ言うな、キャロット。後で軟膏でも塗ってやる。丁度この服には薬が常備されているみたいだからな」
「そんなんじゃ直らないよ〜」

ぶーたれる勝己をよそに、藤枝は両者のMP5からマガジンを抜き取り、所持していた予備マガジンと共に、反対方向の床の上に大きくスライドさせた。
弾のない銃など、もはやただの筒でしかない。もし、この傭兵が動き出したとしても、銃に弾が無ければ戦闘力は半減したと言っても良い。

気絶した二人の傭兵を隠すために、階段の向かいにある保健室の様子を伺うと、誰の気配も感じられない。
だが、保健室は生徒の治療に使用する薬品が常備されているため、勝手な乱用が出来ないよう、保険医が在室している時以外、常に鍵がかかっている。
見たところ、やはり南京錠がかけられている。
「うむ……どうしたら良いものか。こいつらを他の仲間を集める道具として利用するのも良いが、後ろにはカーマインが迫っているしな」
「あれ使ったらどうかな?生徒用ロッカー」
勝己が指差す方向には、生徒が私物を入れるロッカーが数十個陳列されているロッカールームがある。
原則的にロッカーを使用できるのは、運動部所属の三年生だけだ。理由は数が圧倒的に少ない事と、新たに設置する予算がない事。つまり年功序列制度と言う事だ。
例外で軽音楽部の生徒も利用する事ができる。理由は……言わずもがなだろう。
「人を入れるにはちょっと狭い気もするが……背に腹は変えられまい、すまん!」
藤枝は懐から愛用のストレートブレード仕様のダガーナイフを取りだし、南京錠よりもよっほど脆弱な構造をしている鍵を思い切り突き刺した。

ガギン!

キィー……

弱弱しい悲鳴と同時に、不幸にもターゲットとされた門井尚志(かどいひさし)のロッカーの中から、何処かすっぱい黄色い匂いのする柔道着と変色したコンビニオニギリが転がり落ちた。味はタラコ。すでに食べ物ではない。キノコでも生えそうだ。

「げっ!」
勝己は思わず後ずさる。
「お……こりゃ不幸中の幸いかもしれんな」
門井尚志のロッカーに、手足をガムテープで縛ったカネ傭兵を無理やり突っ込み、蓋を閉める。蓋には換気用(?)として小さな穴が開いているので、呼吸には困らないだろうが……とにかく、黄色い匂いのする悪臭空間で目覚めなければならないカネ傭兵を少し哀れに思った。
さて、もう一人をどうする?
「ロッカーの中のやつを助けられるように、その辺に放っておくか」
だがロッカーの鍵は、ナイフの衝撃ですでにバカになっている。いざとなれば、体を揺すれば何とか自力で開けられるだろう。
もう一人の傭兵をロッカーの陰に隠しておいた。
ついでに柔道着とオニギリを胸に抱えさせておいた。気が付いた際、運が良ければまた強烈な匂いで失神させられる。すまん!後にトラウマにならなければ良いが……
二人の傭兵に黙祷を捧げた後、藤枝は目的地に向き合った。

保健室の隣は技術室、次いで大小の会議室があり、校長室、職員室と続いている。そして印刷室、事務室と隣接して外へと通じている通用口がある。
幸運にも、校舎全体が騒ぎになっている様子もない。これなら難なく作業を終えられそうだ。
藤枝は宮元とコンタクトを取った。

と、安心したのも束の間、階段から誰かが降りてくる音がする。軍靴ではない狩穂高校指定の革靴の音だ。
仕方ない。折角敵の格好をしているわけだし、ここは一芝居をうつか。
「俺はこのまま二階に上がり、連絡通路を使って特別教室棟方面に向かう。キャロットは職員室から連絡通路の鍵を取ってきてくれ。そのまま、通用口から出て、連絡通路横の窓を見ろ。あれを用意しておく。いいな?」

頭で反芻しながら勝己は頷いた。
「おっけ。気をつけてよー?」
「マゼンタによると、職員室に人気は感じられないらしい。だが、十分に気をつけろ」
そう言うと、藤枝と勝己は二手に分かれた。お互いの成功を信じて。