1
「風向きは良好。視界も異常なし」
ビジネスホテルの屋上の定位置に陣を取った南町田は、そう独り言を言いながら、持参した双眼鏡で辺りを見回していた。
狩穂高校のとある一点を見つめたMSG90は、しっかりと固定されている。
MSG90は、7.62mmのバイオテックBB弾を使用する。これは、従来のプラスチックBB弾では叶わなかった、弾の完全分解をする事が出来る。
土中や堆肥に含まれるバクテリアやカビなどの微生物で分解され、後に水と炭酸ガスとなるので、環境問題にはとても効果的だ。
おまけに、弾の色は限りなく土の色に近い、茶色のものを選んだ。目立つ事もない。
さて、先ほどから監視をしていた結果。
敵の数は校舎外で確認できただけで約十人。グラウンドに満遍なく当てられたライトの光に、その数が浮かび上がる。
校舎内には何人居るのか確実な数字は叩き出せないが、ざっと見積もっても内外合わせて二十五人はいくだろう。
気になるのは、狩穂高校の制服を着た生徒と、歪な色の(お世辞にも格好良いと言えない)防弾ベストを着用した人間が居る事だ。
勿論、前者は狩穂高校の生徒会関係の人間だと思うが、後者は別に雇った警備のチームなのだろうか?
また、かなり前からとある場所の警備の人間を限定にその行動を見ていたのだが、どこか機械的な動きをしており、数分単位で違う警備の人間が入れ替わり立ち代りやって来ている。
そして数十分後、同じ警備の人間が元ある場所に戻ってくる。地形を知るために動き回っているのか、トラップの類を設置しているのか、何にせよ、巡回の警戒パターンに抜かりはない。おそらく、優秀な用兵術を心得た人物が彼らの背後に居ると言う事はたしかだ。
用心するに越した事はないだろう。
南町田は、まだほとんど量が減っていないジンジャーエールのボトル脇の通信機に手を伸ばした。
「さて、そろそろかな……」
MSG90のスコープに目を当てながら、南町田はセフティを外し、うつ伏せの構えを取った。
狙撃の基本は頭部へのアタックであるが、いくらBB弾とは言え、それは危険だ。
そこで南町田は極力、足や手を狙うことにしている。まずは相手の戦闘力よりも機動力を喪失させる事の方が先決なのだ。
その後、藤枝や勝己の打撃サポートが入り、排除および拘束が完了する。
数分後、宮元から再度通信が入った。
それと同時に南町田は自分の時計を見る。
『アイボリー、アイボリー。こちらマゼンタ。これより時刻二二〇〇において作戦を開始する。また、この作戦の限度時間は千二百秒とする』
『アイボリー了解』
『時刻合わせ十秒前……五、四、三、二、一……』
『作戦開始』
『キャロット、キャメル。三十秒後、侵入ルートに到達。カーマイン、シアン。六十秒後、侵入ルートに到達』
『アイボリー、了解』
南町田はMSG90のトリガーに指をかけた。
2
今からちょうど五時間前。
麻生は<新聞部>のマスターキーを職員室へ返しに行った後、そのままの足で特別教室棟三階にある生徒会室まで向かった。
生徒会室は、コの字型の空白の部分が黒板を向くように設置された机があり、本来教室内の教壇があるべきところには何故か普段よりも高級そうな机が二個置いてある。
おそらく、それは議長、副議長もとい生徒会長、生徒会副会長が議論を進める際に座る席なのだろう。
麻生が生徒会室に入ると、生徒会長である四月朔日博泰(わたぬきひろやす)が窓からぼんやりと校庭を見つめていた。
男性にしては長い後ろ髪に、ひょろりと伸びた背、手には一冊の雑誌を持ち、四月朔日はそのままの姿勢で言ってきた。
「副会長。言われた通り、以前よりも人数を増やしておきましたよ」
「ご協力、感謝します」
「でも……予算ぎりぎりの値段交渉をしただけあって、少しばかり難がある連中ばかりかもしれない……」
四月朔日は視線を麻生から窓に移し、頭を抱えながら言った。
「それ以外の……生徒会関係者の人数は何人ほどでしょうか」
「そうだね……大体十人くらいかな。でも、生徒会の人間の能力は期待できそうもないな。ともかく……」
四月朔日は、表紙に<月刊傭兵マガジン>と書かれた雑誌の末端のページを広げ、ある項目を指差した。
「今回、傭兵に頼んだのは……チーム<Traffic Jam Zombies>」
そのページには、報酬さえ払えば、どんな仕事でも引き受けてくれる傭兵への依頼項目が書いてあった。
チーム名、人数、兵力、機動力、忍耐力、団結力……などを全て統一して出したグレード(評価)が記され、Sランクが最高で、順にA、B、C、D、そしてEランクが最低となっている。
勿論、一回の依頼における報酬も明記されている。しかし、これはかなりいい加減な値で、高い報酬額=良い仕事をする、と言うわけでもないらしい。
実際、住宅街を暴れまわる悪戯猿の捕獲に出動したSランクの傭兵チームが全く歯が立たなかった事もあるし、スズメバチの巣の駆除に借り出されたEランクの傭兵チームが、体中ボロボロになりながらも仕事を忠実にこなしたと言う事例もある。
それに、Sランクのチームは自信過剰な故に<依頼人の指示に従わない>事もある。傭兵の立場を覆す、<自分勝手な行動をする>事もあるのだ。
さて、今回依頼したチーム<Traffic Jam Zombies>のランクは……
「Bランクだね」
「B……それはまた微妙な……」
「傭兵人数は合計で九人、兵力、機動力共に中の上ではあるが……皆、格闘術の心得があるらしい。また、忍耐力と団結力にかけてはピカ一……とあるけど」
「過去の実績は何ですか?」
「男性アイドルグループの野外コンサートにおける警備補助と……。……結婚式の受付だね」
四月朔日は額にしわを寄せた。
「あまり信用できそうもありませんね……やはり<Lazy>を呼んだ方が良かったのではないですか?」
「<Lazy>はSランクのチームだよ!そんな高額の報酬を払えるほどのお金が何処にある?」
チーム<Lazy>は傭兵の中でもトップクラスの存在だ。故に報酬も高い。また、何故かイケメン揃いでもあり、現在は予約をしても二ヶ月待ちなんて常である。
四月朔日は再び窓の外へ顔を向けた。
「それにしても、何でこんな事をしなくちゃいけないんだ……」
「学校の治安を守るのは、生徒会としての役目でしょう。大体、前回の期末考査時においても、会長が経費をケチったお陰で族を取り逃したのですよ」
麻生が鋭い口調で畳み掛けてきた。
「それを言うなよ……僕だって、予算については頭を悩ませているんだ。節約できそうなところは節約して」
四月朔日はあらゆる局面で節約をしてきた。
中間考査および期末考査で使用されるテスト用紙を、上質紙の代わりに藁半紙を使用したり……
教師が生徒に配るプリントにおいては、片面印刷だけで何枚も印刷するのは勿体ないので、率先して両面印刷を薦めたり……
希釈率が十倍の床掃除洗剤を二十倍に薄めて使用したり……
廊下の壁紙が剥がれ、新しい壁紙を貼ってくれるように申請した生徒が居たのだが、その部分にポスターを貼って誤魔化したり……
男子用小便器における小便の飛び散りが激しく掃除が大変なので、小便器に<ダーツの的>のシールを貼って、心理的に小便の飛び散りを防いだり……
偽の停電を装いブレーカーを落として、生徒に暗い中で授業をさせ、復旧するまでの電気代を節約したり……
それらの事が災いして、四月朔日は省エネ会長と呼ばれる事となった。
名誉な事である。と思っていたが、実際生徒達の目は冷ややかだ。
四月朔日自身、見た目が細く弱々しいので、生徒会長と言う肩書きがなかったら、おそらく虐めの対象となっていたに違いない。
「そんなことだから、一般生徒から後ろ指を指されるのです」
「いや、だから……それは、生徒のためを思って……」
麻生はスカートのポケットから小さな紙片を四つ取り出した。
「そ、それは?」
「生徒会のメールボックスに入っていた手紙です」
「……内容はなんて?」
四月朔日の表情に若干の陰りが見えた。
生徒会室の扉の横にはメールボックスが設置されており、生徒からの要請、苦情、提案などがいつでも投函できるようになっている。
『はっきり言って、四月朔日は生徒会長としての器が小さすぎる』
『四月朔日は麻生に一方的に御されている』
『<オカ研(オカモチ研究部)>は廃部にすべきだ』
『洋楽研究会を発足したい!By A.C』
『省エネ会長は今すぐ辞めろ!』
『やぁやぁ、調子はどれくらい悪い?』
このような手紙が毎日のように届くので、四月朔日自身ももう慣れてしまった。
上に立つ人間の評価は、常に毀誉褒貶相半ばだ。
ただ、時には感謝の言葉を受けた事もあり、その人のために頑張る気持ちを持っているから今まで生徒会長を続けていられたのだろう。
「この手紙の内容にあるように、いっその事、活動が不透明な部活動は廃部にしたらどうでしょうか?現在も、新しい部活発足の申請がきている事ですし」
「<オカモチ研究部>の部長とは昔馴染みだからなぁ……それに、最近では<料理研究会>と提携して、郊外へとデリバリーの仕事もしているみたいだし。廃部にする意味がないと思うけど……」
「それなら<新聞部>はどうです!あんな部活は即刻廃部にすべきです!!」
「<新聞部>は毎月ちゃんと狩高新聞を発行しているじゃないか。教師間、生徒間共に信頼が厚いし、これまた廃部にする意味がないと思うけどね」
「それは……そうですけど」
「狩穂高校の自慢は何と言っても部活動の豊富さだと思うんだ……折角頑張っている部活動を予算の都合で潰したくはないし、それに……高校生活の花形と言ったら、何と言っても部活動じゃないだろうか!」
四月朔日が珍しく力説する。いつもこのような口調と気合ならば、批判など来ないと言うのに……
でも、生徒会長は判っていない!これから<新聞部>がやらかそうとしている悪事を!!
「……っ!」
麻生は口を噤んだ。おっといけない、あの女の事になると、つい我を忘れてしまう。
幸いにも四月朔日には麻生の表情の変化に気付かなかったようだが、それと時を同じくして、廊下側から揃った軍靴のような音が聞こえてきたのには気付いたようだ。
「な、何だ?あっ、もしかして……」
「……」
じきに、生徒会のドアが激しく開け放たれた。
バン!
「邪魔するぜ!ブラザー!!」
見るからに奸悪そうな面を下げたモヒカンの男(どうやら隊長らしい)が、やたら馬鹿でかい声で叫びながら部屋に入ってきた。その後を部下らしき者が続く。
皆、同じ歪な色の防弾ベストを身に纏った合計九人が横一列となった姿は圧巻だ。そして、四月朔日、麻生と向かい合って敬礼をした。
「傭兵チーム<Traffic Jam Zombies>、ただいま到着したぜ!」
そのまま、モヒカンは四月朔日に熱い握手を交わす。
ガッシ!
「YOろしく頼むぜ、会長さんYO!」
握力が強過ぎるためか、手が握りつぶされそうだ。
「ぐあ!ご、ご苦労様です……」
挨拶が済むと、モヒカンは部下の方を向く。
「この教室が今回の俺たちの本部となる。かかれっ!」
「サー!イエッサー!!」
圧倒される二人を横目に、モヒカンとその部下たちはさっそく陣地作りに取り掛かった。
机を配置し直し、その上にラップトップパソコンや通信機、重火器、ファーストエイド・キットなどを置いていく。その見慣れない物体に四月朔日の目が光る。
「あ、これなんですか?」
一つの重火器に触れようとした瞬間、一本のシースナイフが何処からともなく放たれ、四月朔日の人差し指と中指の間に入り込み、そのまま机を突き刺した。
「ひぃっ!」
金きり声を上げ、そのまま床にへたり込んだ四月朔日を見て、部下の一人がこう言い放った。
「……それは我々の商売道具だ。勝手に触って、もし故障でもしたらどうする?……この意味が判るな」
まさに任務第一と考えるようなステレオタイプの教官染みた男が、机に刺さったシースナイフを抜きながら、そう言い放った。
四月朔日の軽率な行動が舌禍を招いてしまったようだ。
「す、すみません」
教官染みた男は何やらブツブツと言いながら、部屋の隅に戻り、背をあずけた。
「あ、あんな人……さっき居たかなぁ……」
嫌な汗を拭いながら、四月朔日はそれだけ口にした。
「会長さん、すまんねぇ!どうも血の気の多いヤツが多くてね。まぁ、あまり勝手な行動は謹んでくれYO!」
モヒカンは豪快に笑い飛ばしていたが、部下(教官染みた男も含む)の方の目は笑っていない。
「血の気が多いって言うか、冷血なんじゃ……。(ちょ、ちょっと副会長。ヤバ過ぎだよ、この人達……)」
現在、四月朔日は身の危険さえも感じている。所詮はお金だけで交わした約束の人間。雇い主が弱いネズミと知ったならば、ネコ……いや、トラとなって襲い掛かってくるに違いない。
小声で耳打ちを受けた麻生は、狼狽する四月朔日に比べ、泰然自若としている。
「結構な事じゃないですか。任務完遂のためには少々手荒なくらいじゃないと、族なんて捕らえられません」
「……」
四月朔日はそれ以上何も言えずに俯いた。
そうこうしている間に、生徒会室の内装がガラリと変えられていった。
カーテンは閉められ、机の上にはモニターが多数置かれ、配線をつなぐと、それぞれ予め設置してあった監視カメラの映像が映し出される。
放課後がとうに過ぎ去った今となっては、教室、グラウンド、廊下……何処を見ても生徒の姿は確認できない。
「まるで何かの映画のワンシーンみたいだよ……うわっ!」
四月朔日がモニターに近寄ろうとした時、床下に張り巡らされた無数の配線に足を取られそうになった。そんな様子を見て、呆れ顔でモヒカンが一言。
「おう、会長さんとそこのお嬢ちゃん。ジャマだからYO!スミに行っててくんな」
「は、はい……」
「……私達は、大人しく雇い主として傍観と参りましょうか」
「YOう、野郎ども!族の人数はたったの六人だと聞いてる。だがなぁ、甘く見るな!こっちのお嬢ちゃんの話にYOると、あの<Peridot
Revolver>でも敵わなかったらしい!つまり、ここからが重YOうだ、耳の穴かっぽじいてYO〜く聞きな!!今回の任務に成功すれば、俺達ぁ<Peridot
Revolver>YOりも格が上って事だ!!この意味が判るな?」
「サー!イエッサー!!」
「おっしゃ!俺達の合言葉は?」
「骨になっても殺せ!」
「死・ん・で・も・殺・せ!」
「そうだ!!いざとなれば相手もろとも爆弾でぶっ飛ばせ!!」
「<Traffic Jam Zombies>出撃!!」
統監するモヒカンの号令と共に、部下達は廊下へと散って行き、部屋の中にはモヒカンと一人の部下。そして四月朔日と麻生が残った。
「せっかくだからYO、こいつを紹介しとくぜぇ、会長さん。こいつはウチでモニター監視役をしてるメガネだ。戦闘向きじゃねぇ細っちぃヤツだけども、何分用兵術に長けててねぇ」
メガネは四月朔日達と目を合わせようとせず、黙々とモニター前で作業をしていた。
聞き慣れない言葉に、四月朔日は目を丸くする。その表情をモヒカンは察したようだ。
「ああ、用兵術ってのはYOぅ!部隊の動かし方の事でぇ……」
何とこの間、約二十分。延々と繰り返される説明と解説。
「……(よく同じ事を何度も言えるわね)」
流石の麻生もうんざりしかけてきた矢先、モヒカンの言葉を遮るかのように、メガネが言い放った。
「隊長、部隊の配置が完了しました」
すると、百八十度クルリと周り、待ってましたと言わんばかりに、モヒカンが立ち上がった。
「おうYO!マイクを貸しな」
ピピー、ガー
無線マイクが雑音を交えながら、大声を放つ。
「野郎ども!聞こえてるか?これから作戦を開始する、良いな!?族はこれから続々やって来る!!いいか、ギャグじゃねぇぞ。がっはっは!!俺達の粘り強さを族に見せてやれYO!!」
つまらないギャグと威勢の良い声でモヒカンは話し終わった。
麻生は呆れたが、四月朔日はこの人が隊長と言う大役をやってのけるその器と言動に心底憧れの気持ちを持った。
「(YO!か……)」
3
「ほら、ここだよ」
<裏新聞部>のメンバーは、狩穂高校部室棟裏手の金網までやって来ていた。
「あ、成る程。たしかにこれは気付かないわね……」
金網には、人一人がかろうじて通過できるくらいの大きさの穴が開いている。
「ここを通って行けば、遅刻してもばれなさそうじゃない?」
唐突に千葉がそんなことを口走った。
「亜佐美ちゃん……それならすでに私がやってるよ」
「そうなの?じゃあ私も今度から活用するわね!」
「おい、まずは遅刻しないように心がける事が大切だと思うぞ」
勝己を先頭に、校舎内への侵入が成功したかに見えたのだが……
「おーい、待ってくれ」
「藤枝?」
なんと藤枝は金網を通る際に大きな体が引っかかってしまったのだ。
「大丈夫ですか、藤枝さん」
新橋は力を込めて藤枝の両手を引っ張る。
「そうかー、これは盲点だったね」
勝己は藤枝の体の大きさまでは認識していなかった。
これが侵入ルートだったから良かったと言うものの、これが退却ルートとして使用されていたのならば、ゾッとする。勝己は自分の分析不足を呪った。
やっとのことで藤枝を引っ張り出した<裏新聞部>。
「皆さん、急いでください。予定時刻より六十秒のロスをしています。時刻二二〇〇丁度より作戦を実行します」
宮元は部室棟の死角に腰を下ろし、ラップトップパソコンの電源を入れ、通信機を改めて装着した。
その様子を見ながら、千葉は自分の時計を確認した。
あと五分で午後十時だ。
「これからは蓮華を除く、四人が二:二に分かれて侵入するわよ。まずは、藤枝と時雨ちゃん」
「うむ」
「了解ー」
「それから、私と孝太郎君が侵入。蓮華、タイムラグはどれくらいにする?」
「そうですね……三十秒でお願いします。それと……こんな事を言うのは何ですが……」
「どうしたの?蓮華」
千葉の問いに宮元が眉を寄せながら言った。
「どうやら……今回の任務は大変な激務になりそうです。先ほど、アイボリーから通信が入ったのですが……警備の人間はかなりの手練れだと」
その言葉を聞いて、藤枝と千葉は腕を鳴らした。
「そうか!それなら逆に楽しみではないか」
「何てったって、私達は天下の<裏新聞部>なんだからね!」
「まぁ……その心意気があれば大丈夫でしょうけど。でも……」
宮元は、さっきから言葉を発していない新橋の方をちらりと見た。明らかに固まっている。
「あ、ああああの……ぼ、ぼぼ、僕、じ……自信がが……が」
「初めての任務に緊張するのは判るが、誰も初めから百パーセントの力が出せるとは思っちゃいない。なんせ新橋、お前は素人だからな。だから、百戦錬磨の千葉をパートナーに付けたんだ。こいつの言う事を黙って聞いていれば何の心配もない」
百戦錬磨と言う言葉に、千葉も顔がはにかんでいる。
「そうよー、私についてればまず安心よ。とりあえずしゃきっとしなさい、男の子でしょ!」
「は……はい」
もう逃げられない新橋は、覚悟を決めるしかないようだ。
「じゃあー、あたし達はそろそろ行くね」
「宮元、サポートを頼むぞ」
「ご多幸を」
『アイボリー、アイボリー。こちらマゼンタ。これより時刻二二〇〇において作戦を開始する。また、この作戦の限度時間は千二百秒とする』
『アイボリー了解』
『時刻合わせ十秒前……五、四、三、二、一……』
『作戦開始』
月が完全に隠れ、二つの影がその闇と同化するのにそれほど時間がかからなかった。