1

自宅に戻った新橋は、さっそく千葉から受け取った袋から黒い衣服を取り出し、それらを自室の鏡の前で試着をしてみることにした。
Tシャツは、普段着るものより若干小さかったが、体をぴっちりと包み込むお陰で、気持ちも引き締まる。
パンツは、何故かお尻周りも胴回りもきつくなく、丈もぴったりであった。

「なかなか似合うじゃないか」
等と独り言を言い、その着心地を慣らしてみる。
元々、服装に関しては無頓着な新橋。
上下が黒色の服装……何て言うのは、新橋の発想センスでは到底思いも付かなかっただろう。
服装に関し、自分の新たなる可能性を見出してくれた千葉には少しばかり感謝した。思わず、笑みがこぼれる。

さて、根本的な問題はもう一つ。
どうやって家を抜け出すか、だ。
不幸にも、すでに両親は帰宅済みだ。ましてや、今はテスト勉強期間中である。おいそれと外出を見逃してくれるはずもない。
夕食をとった後、時計を見たら午後七時半。
理髪店<ホネスティ>までは、徒歩で二十分ほど。走れば十ニ、三分で着くだろう。
待ち合わせは九時なので、大体午後八時半くらいに出れば余裕を持って着く事ができる。

新橋は考えた。

ちょっと、コンビニに行ってくるよ。
これはダメだ。
このテスト用紙を盗むと言う作戦が一体何分、いや何時間で終わるか判らない。
コンビニでどんなに時間を潰しても、三十分から一時間が限度だ。怪しまれるに決まっている。

高校の部活動の新入部員歓迎会があって、出かけてくる。
うん、これは良いんじゃないか?
部活動にも入った(本当は千葉の仕業だったのだが、新橋は気付いていない)事だし、歓迎会があるのは普通であろう。
だが、待てよ……さっきから言うように現在はテスト勉強期間中である。
そんな中で歓迎会等を率先して実行する部活動はあるだろうか?一般的に考えて、テストが終わり次第とかにするべきではないだろうか?

学校に行って、ちょっくらテスト用紙を盗んでくるよ。
……即、却下だ。
何も正直に言う事もないし、ましてや犯罪行為だ。<裏新聞部>だけではなく、自身の立場も危うくなる事も必至。

友達の家で、テスト勉強会を開くから、ちょっと行ってくるよ。
お、これは妥当じゃないか?
テスト期間中であるし、時間をある程度潰したとしても、怪しまれまい。よし、これで行くか。

両親に話したところ、あっさりとOKが出た。
我ながら上手くいった演技であった。これなら演劇部でもやっていけただろうか?
ともあれ、これで新橋は汚い大人への階段を一段上ってしまった。
新橋は千葉に言われた通り、黒いトライアングルバックを肩にかけ、出かける準備を整えた。
本当は、黒い衣服のまま外に出れば荷物が少なくなるので良いのだが、靴を履いている時に運悪く両親に出くわしたらたまらない。
服装について、グチグチと言われることだろう。
しかし、荷物を出来るだけ少なくしたいのも事実だ。
新橋は、両親がトイレや風呂に入っている隙を狙って、黒衣服に着替え、別に用意してあった黒いキャップを被り、暗い闇へと脱出する事にした。

2

午後八時五十分。
予想以上に出かけに手間取ってしまったが、全力で走ってきた事が効をそうして、待ち合わせ時間まで余裕をもって着く事ができた。
理髪店<ホネスティ>の向かい、<スタンド・リバー・第二公園>に着いた新橋は、街灯の下に一人佇む後姿を見つけた。
若干暗くて良く判らないが、自分と同じ黒い服装……Tシャツとスパッツ、ぴったりと体にフィットした黒いトライアングルバックを身に纏い、微動だにしていない。
おそらく千葉なのだろうと思った新橋は、近づいてみると、千葉のトレードマークとも言えるポニーテイルが頭のキャップの後ろ窓から覗いていた。

「千葉さ……」
声を掛けると、まるで別の生き物のようなポニーテイルを翻し、新橋の顔面へ向けて後ろ回し蹴りが飛んできた!

ビュッ!

「わっ!」
躊躇逡巡のない空を切り裂く一撃に、新橋はただ目をつぶって両手で顔面を守ることしか出来なかった。
「あっ!!」
新橋の両手に吹きかかる凄まじい風圧。千葉は、すんでの所で蹴りを止めたのだ。
「ご、ごめん……孝太郎君!」
腰が抜けた新橋はぺったりと地面に座り込み、事の状況を上手く把握出来ないでいた。
「(な、なんだ……今の)」
千葉は下手な芝居で必死に取り繕い、照れ隠しの笑いを浮かべた。
「突然後ろから話しかけてくるんだもん。そりゃあ、私にも自衛本能と言うか……ほら、最近物騒だしね」
新橋は、ここに来る途中に電柱にやたら貼りまくられた『痴漢に注意!』のポスターを思い出した。とは言え……

「む、無茶苦茶危ないですよ……死ぬかと思いました……」
「そんな大袈裟なっ!せいぜい病院送りくらいだよ」
それでも十分なほどに危険だ……心臓の鼓動は今も波立っている。言動も少し震えている。

新橋は、千葉が差し出した手を使って起き上がった。
「ま、まぁ、過ぎたことは気にしないで。孝太郎君、遅れずに来て感心。感心。正直……ちょっと心配してたんだ。来ないんじゃないかと思ってね」
ばつの悪そうに千葉は誤魔化しているが、その額には薄い汗が塗られ、呼吸も少し荒くなっている。
先ほどの蹴りのせいなのか?それとも新橋が来る以前に、少し体を動かした後だからなのだろうか?

「黒いTシャツ……良く似合っているじゃない?」
褒め言葉かどうか判らないが、普段のおちゃらけた様子に戻り、赤いリストバンドを用い、額を拭きながら千葉が言ってくる。
「はぁ……ありがとうございます」
やっとの事で、新橋は正常な声を発する事が出来た。
「(黒い衣服とは言え、リストバンドはいつもと同じのものを付けているんだな)」

「ウォームアップも十分のようだし、そろそろ行こうか?」
そう言えば、新橋も走ってここへやって来たのである。
とは言え、ウォームアップなんてものじゃない。新橋が発している汗の意味は、全くの正反対のものであった。

歩き出そうとした千葉の背中に、新橋は声をかける。
「あの……どうしてこんな事するんですか?」
「こんな事……って、どんな事?いきなり蹴りかかったのは悪かったわ」
「いや、それもありますけど。……犯罪行為ですよ。もし、誰かに見つかったりしたら、停学じゃ済まないでしょう?」
千葉は肩をすくめ、真剣な表情の新橋とは対照的な態度を示した。
「孝太郎君……人が物事を実行するのは、何か必ず理由があるものなの。人が人を殺すのも、きっと理由があるわ。私にも、そうしなければならない私なりの理由があるの」
「(理由……)」
「君だって、ここにやって来たのも、何か理由があるでしょう?」
そう言えば、新橋は<新聞部>の部活動をしたくて、この部活に入ったはずだ。しかし、何故かよく判らない内に、犯罪の連帯に巻き込まれ、それを実行しようとしている。
「いや、だからそういう事ではなくて……」
そう言いつつ、新橋は言葉を噤んだ。
しかし、冷静になって考えてみると、何で僕はここに居るんだろう……。

3

<スタンド・リバー・第二公園>から数分歩いた距離に、古ぼけた小さな神社がある。
境内に入ると、藤枝、勝己、宮元の三人が、闇の中から染み出してきた。皆、黒一色の服装である。こ、怖い!
「お、新橋も来たのか!じゃあ、俺の勝ちだな」
「うん!蓮華ちゃんの予想じゃ八割がた来ないんじゃないか、だったもんね!でも、私も勝ちー」
「……全くの予想外でした」
がっくりと肩を落とす宮元。ん?賭けでもしていたのか?三人の様子から見ても、余程大きなギャンブルだったらしい。

いや、それにしても、人をダシにして賭けをされるのは、気持ちの良いものではない。
先ほどから傍観に徹していた千葉に、一声かける。
「千葉さん!何とか言ってくださいよ!!この人達、僕を賭けのダシにして……」
肝心の千葉は、ずっと俯いている。
「あ、あの……」

「や……」
「や?」
「やったーーーーーーーーー!!!!!!!!」

「うわっ!」
突然、万歳三唱の奇声をあげる千葉。その静かな境内の木々に宿る野鳥も一斉に飛び去ってしまった。
新橋は思わず後ずさった。
「私は、孝太郎君と予め待ち合わせしていたから、今回の<孝太郎君は来る?来ない?>の賭けは藤枝と同じ方に賭けてたの。最終的に藤枝がどちらに賭けるか判らなかったから、孝太郎君が公園に来た時は、まだ賭けに勝っている事が判らなかったけど、今のでハッキリしたわ!!」

千葉は喜びのあまり、怪しげな踊りを踊っている。
「やったやったー」

「え!千葉さんも賭けてたんですか!!」
新橋は思わず脱力した。やはりこの人達はまともじゃない……。
「これで、今夜の飲み会の代金は蓮華持ちね!」
一通り踊りつくした千葉は、宮元に向かって笑みを漏らした。
「ふぅ……仕方ないですね。これも運命です」
と、言いつつ、宮元は新橋に冷たい一瞥をくれる。
ちょ、ちょっと待て!僕が悪いんじゃない。あくまで巻き込まれた側の人間なのに!

「さ〜て、余興も終わったし……小道具の調整といこうか」
先ほどまでとは裏腹に、千葉の表情から今度は真剣さが滲み出ている。
「……そうですね」
そう言いつつ、宮元が人数分のイヤホンと小型通信機を取り出した。

「これは……?」
「作戦遂行中は、私からの通信が送られますので、常備装着しててください。また、通信時には各々のイメージカラーを使用し、通信します」
イメージカラー?そう言えば、僕はシアンだったな。
<裏新聞部>のメンバーが通信機を思い思いに装着する。そして、新橋もそれに手を伸ばす。

「では、少しテストしてみますね」
宮元は、普通の会話では内容が聞き取れないような距離まで離れていった。
そのまま、約五分。
静寂に包まれた神社の境内は、生ぬるい風が吹き荒れつつ、少し不気味だ。
そんな中、耳を澄ましていると……

『千葉さんの脚線に見惚れていたー』

「!」


「うわっ!」
新橋は慌てて小型通信機を耳から放す。
「どうしたの、孝太郎君」
疑問符を投げかける千葉の表情に、新橋はドキリとした。まさか、あれに気付かれていたのか!?
何か皮肉の一言でも言われるかと思ったが、実際そうではなかった。

呆気にとられた新橋は、間抜けな質問をしてしまった。
「あ、あれ?皆さんはどんな通信が聴こえてきたんです?」
「うむ。宮元における華麗かつ大うけのしゃれだな」
「そうそうー、さすがにああいう展開で来るとはねー」
「孝太郎君はお気に召さなかったようだけどね」
「ま、やっぱり初心者には、あのギャグの真髄は判んないよねー」

三人が揃って談笑しつつある中、新橋にとっては未だ疑問が拭えなかった。
そんな中、遥か向こうからやって来た宮元は……
「と、言う事で……この最新鋭の通信マスィーンは、全員同時に、と言うだけでなく、とある個人だけに違った情報を送る事も可能なのです」
得意顔で語る宮元。しかし、その内容は適切ではない。
「えー、じゃあ孝太郎君だけは違うギャグが聴けたのーー?うみゅ、いいないいなー」
「どんなギャグだったんだ?新橋」
「あ、私も聴きたい聴きたい」
黒い団体が群がってくる。
「ちょ、ちょっと……ギャグじゃありませんて。む、むしろ聴かれたら困りますって!」
必死に否定する新橋。
困るどころではない。今度は確実に千葉から回し蹴りをお見舞いされてしまうだろう。

「ちぇー」
口を尖らせる勝己。その表情は、本当につまらなそうだ。

放課後、部室で千葉の脚線に見惚れていた事に、宮元はどうやら気付いているようだった。
賭けで負けた逆恨みか?むむ、これは厄介な事になったぞ。

4

神社の境内には、依然として生暖かい風が吹き付けている。
そんな風を遮るように、ぱんぱんと大きな音を立てて、勝己が手を叩く。
「は〜い、じゃあお参り、お参り!成功祈願〜」
「お、お参り?」

「神社といえば、お参り。そしてお参りと言えばお賽銭だよ♪」
勝己は、境内にある大きな賽銭箱を指差しながら言った。
「ここは犯罪成就で有名な神社でな。世界的な悪党が日々集結するところなんだ。俺達も、仕事の前にはここにお参りにくるのだ。言ってみれば、儀式のようなものだな」
藤枝はあまりにも普通の口調で言うので、新橋は危うく納得して頷きそうになった、が。
「は、犯罪成就!?」
「先ほども、偽のブランド品をあたかも本物として売りさばくんだ、と言っていた男もお参りをしていってな」
「最近では、あえて偽者を持ち歩くのが流行となっている傾向もあるわね。あまり細かい点を気にしない人にはかなり割安だもの。今度はそっち方面も攻めてみようかしら」
千葉は口に指を当て何やらぶつぶつと言い出した。
な、なんてバチ当たりな神社なんだ!第一、神社は犯罪とは対立的な関係にあるはずだ。それを、成就だなんて!
「初めはちょっと怖い人かな?と思ったけど、話してみると、なかなか面白い人だったよね〜」
「うむ。あれこそが悪人の鏡とでも言うのだろうな」

そんな言葉のやり取りに、新橋は眩暈と頭痛を感じた。
「こ、こんな神社を作った責任者の顔が見たい……」

「はいはい」

突然、犬っころのような表情で勝己が新橋の顔に近づいてきた。
「な、何ですか……」
「いや、だからこの神社の責任者の顔が見たいんでしょ?どうぞー」
新橋は、一時思考が停止した。
何だって?責任者が勝己で、勝己が責任者?ここは犯罪成就の勝己で、責任者が神社?何だか良く判らなくなってきた。

「ああ、新橋は知らんかったか。勝己はこの神社の娘なんだよ」
「勝己神社にようこそ♪」
「ええっ!!」
「どうもさっきから驚きっぱなしねぇ、孝太郎君」
千葉が含み笑いをしている。
たしかに、普段なら勝己が神社の娘だと告げられたからと言って、別段驚く事はないだろうが、犯罪成就の神社の娘と言うのが、九回裏ツーアウト満塁からの適時打ぐらいに衝撃的だ。

「じゃあ、私は<ライラック>の株主優待券を……」
「俺は、自作の書き初めを。レアだぞ」
藤枝はこの作戦が上手く行くようにと願い、順風満帆と書かれた画仙紙を賽銭箱に投げ入れた。
「私は……そうね。今度のライブのチケットを」

放心する新橋を横目に、お賽銭活動は進められていく。
そして賽銭箱の頭上にある鈴を順に鳴らしていった。

「ちょっとー。お金以外は入れないでよー」
顔を膨らませる勝己。
「固い事言うな、勝己。俺達は仕事前で金欠なんだよ」
「場合によっちゃオカネよりも価値があるかもよ?」
「むー。お賽銭を回収する立場も考えて欲しいよ〜。ただでさえゲーセンのメダルやら偽札が多いのに……」
ふてくされた勝己は新橋に視線を移し、首をかしげた。どうやら、君はお賽銭は入れないの?と言う顔だ。
あいにく手持ちの財布にはお賽銭を献上する程の金額は入っていなかった。
「す、すみません。今度必ず……」

その言葉を聞いて、勝己は驚愕のオーバーリアクションをした。
よく考えてみると、勝己はさっきから異なった表情を多々連発している。
「えー、そりゃあないよっ!あたし……孝太郎君の事、気に入っていたのに……孝太郎君なら絶対お賽銭をくれると信じてたのに……なんか突然振られた気分だよ……」
勝己は両手で体を抱きながら顔を横に逸らし、視線だけを横目で馳せた。その瞳からはすぐにでも水滴が垂れそうだ。
切ない風が吹き、新橋は慌てた。
「えっ!そ、そんな!いきなりそんなこと言われても。と、ととととりあえず泣かないでくださ……」

困る新橋を見かね、千葉が二人の間に割って入る。
「はいはい。純情な青少年を甚振らないの。孝太郎君も、いちいち時雨ちゃんに付き合ってたらきりがないわよ?」

「あはは♪慌てちゃって〜。孝太郎君可愛いー」
勝己は普段の様子に戻っていた。
「え、演技だったですか!」
新橋が家を抜け出した時の演技力を遥かに凌ぐその技量に、ただただ圧倒されるだけであった。

「さて……儀式も終わったし、お前ら、お遊びはそれくらいにしておけ。ところで新橋、そのバックには何が入っているんだ?」
「え?千葉さんから渡されたものをそのまま持ってきたんですけど……」
「機動力確保のため、必要以外の荷物は出来る限り置いていった方が良いぞ」
「そうそう、カバンは常にスタイリッシュにね!」
これを渡した張本人が後押しするように言った。
「それに……ここは犯罪成就だが、この敷地内で犯罪が起きた事は過去一度もないからな」
「え、じゃあ盗まれたりはしないんですか……?」
「境内にある賽銭箱、仏像、および金品に変換できる物を、管理なしに一晩放置しておいてもなくなることは決してない。ここで犯罪を犯す事は、悪党としての株が下がる事となるからな」
「この神社に集まる悪党は皆、物事の良し悪しを分別できる人です。言わば良い悪党。私達もその部類に入りますね……」
宮元が機械の具合を確かめながら言ってきた。
悪いから悪党と言うのではないか、と思ったが、どうやら<裏新聞部>のメンバーは良い事をしていると思っているらしい。
新橋の反応を見届けた後、宮元はこう続けた。
「本当に悪い悪党とは、無辜な人々を見境なく殺したり、理不尽な架空請求をしまくる業者等を指します。手当たり次第の犯罪は不愉快極まりありません。その点、私達は実行する理由がある。それが悪党としての良し悪しの境界線だと思っています」

先刻、千葉も言っていた理由……それは何を表すのだろう?

「あと、これを付けていけ」
藤枝は、新橋に黒い手袋を渡した。手にフィットするくらいの小さなものだ。手のひらには、滑り止めのゴムが付いている。
「犯罪を犯しても、証拠を残すな。それが常識」
なるほど……指紋が付着したり、運悪く出血した際に跡が残ったりするのを危険性を予め回避するのか。
これで全身黒尽くめの恐ろしい<裏新聞部>が誕生した。
おや、そう言えば一人足りないような……?

「みんな、お待たせー」
何処へ行っていたのか、勝己がお盆に紙コップを人数分載せてやって来た。中は黄金色の液体で満たされ、一瞬酒かと思ったがどうやらジンジャーエールのようだ。
「おっ、来たな」
「じゃあ一人ずつコップを取ってね。ほら、孝太郎君も」
ジンジャーエールが皆に行き届いたのを確認してから、やはり勝己が陣頭指揮をとる。
「じゃあこの作戦が上手く行くように、乾杯!」
「乾杯」
何故この場でジンジャーエールを飲まなければならないのか判らないが、言われるがままに新橋は一気にそれを流し込む。程よい炭酸が体の奥まで染み渡る。
「南町田さんの分はどうするんです?」
「予めボトルで渡してある。今頃炭酸でひいひい言っている頃だろう。やつは炭酸が苦手だからな」
言ってみれば炭酸飲料のようにスカッとした笑顔が特徴的な南町田は実は炭酸が苦手らしい。
「さて、こっちもそろそろ行くか」
「オー!」
勝己が中心になって雄叫びをあげる。
先頭に千葉、その次に藤枝、勝己、宮元と続き、最後に新橋が続いた。
その途中、ジンジャーエールの件についてそれとなく勝己に尋ねてみると、にやけているだけで教えてくれなかった。
心に新たなしこりを残したまま、歩き出さなくてはいけなかった。
ふと空を見上げた時、<裏新聞部>を照らす月光に迫る大きな暗雲が確認できた。それは新橋の心を如実に表したものに違いない。