「9・11」事件の謎





「9・11」事件の謎 ー1
生きていた「自爆テロリスト」
 
  成澤宗男    週間金曜日、2002年11月1日号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 米国が、まだ完全にはやめていないアフガニスタンヘの空爆に続き、イラクに対する攻撃の準備を着々と進めている。国際法ではとても認められない無法な戦争を実施する大義名分が、「9・11」である。 だが、あの痛ましい事件には、少なくない謎が残されている。どのような証拠をもとに「テロリストの犯人」とされる19人が特定されたのか、ワールド・トレード・センター(WTC)ビルはなぜ崩壊したのか……。・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
「米国には二六の諜報機関があり、予算は合計300億ドルですよ。……ところが(9月11日のテロリストによる)攻撃前の決定的な六〇分に、軍と諜報機関は戦闘機を発着させないままにしておいたのです。48時間たってFBI(連邦捜査局)が犯人だという19人のリストを発表したが、しかし10日たってみると、そのうち7人が生きているというじゃないですか」
 今年1月13日、ドイツの日刊紙『ターゲスシユピーゲル』(注1)に掲載されたインタビュー記事で、アンドレア・フォン・ブロー元国防相はこう述べた。世界を揺るがした米国での「テロ事件」について、主要な政治家が正面から疑問を投げかけたのは、アラブ圏を除きこれがほぼ初めてだった。
 
 ドイツ社会民主党の長老で、米CIA(中央情報局)についての著作もある諜報分野の専門家は、「なぜこの事件にまつわる多くの疑問が問われないのか、私は不思議に思います」と強調した。
 
 さらに「戦争を政府が行なうのであれば、まず攻撃した者、敵が誰なのかを立証せねばなりません。ところが米国は、その点について裁判に通用する証拠を一つも示せないでいるではありませんか」と述べ、その例として「テロリストの犯人」とされた一九人のリストの不自然さを指摘した。
 
・・・・・・
ブロー元国防相の指摘が正しければ、ブッシュ政権の「対テロ戦争」なるものの大義名分は根底から問われることになる。誰が「9・11」を起したのかという最も肝心な点について、何も「立証」されていないからだ。
 
このリストは、9月14日にFBIが公表した。
・・・・
 発生から実質わずか48時間で「犯人」の名前と顔を特定した。そして22日にホワイトハウスから「攻撃の背後にいる」と名指しされたビンラディンと結び付けられ、その身柄を引き渡さないーとの理由で、10月7日にはアフガニスタンヘ空爆を開始している。
 
 つまり「反テロ戦争」のそもそもの出発点が、この19人のリストなのだが、「決して反米主義者ではない」と自らを称するブロー元国防相が指摘するように、リストをめぐっては重大な疑問が生じている。
 
名乗り出た「容疑者」たち
 
 「9・11」でまだ米国が大混乱に陥っているさなかの昨年9月20日、サウジアラビアのサウド・アル・ファイサル外相がワシントンを訪れた。
・・・・
 だが会見後、アラブ通信と会見したサウド外相は重要な情報を明らかにした。FBIの「犯人」リストのうちから4人の名前を挙げ、「事件とはまったく関係ない」と明言したのだ。
 サウジアラビアは中東では、イスラエルを除き米国の最大の同盟国だ。いくら「9・11」で立場が悪くなっているとはいえ、現職の外務大臣が米国の公式発表を否定するのはきわめて異例の事態だった。
 この四人とは、サイード・アルガムディ、モハルド・アルシェフリ、アブドラアジズ・アルオマリ、サレム・アルハムジの各氏で、ワシントンの同国大使館も、「この四人は死んではいない」と発表した。しかし、米国の大手マスコミの大半はなぜかこうした情報を無視した。
 
 このうちアルガムディ氏は、サウジアラビア航空のパイロツトで、英『テレグラフ』紙の昨年9月23日付に登場。「大変ショックだ。過去10カ月間、他の22名のパイロットと共にエアバス320機の訓練を受けていたんだ。FBIは私が事件に関わったという証拠も示していないじゃないか」と怒りを露にした。
 
 アルオマリ氏は、取材したサウジの日刊紙『アルワタン』によるとやはりサウジアラビア航空のパイロット。サウジ第二の都市ジッダでサウジ内務省の役人が同席して米大使館関係者に抗議したところ、「事実誤認を認めて謝罪した」という。
 
 アルハムジ氏はサウジ国営企業で石油化学の技術者として働いている。「この二年間外国には行っていない。米国には行ったことすらない」と『テレグラフ』紙に語っている。「事件に無関係」と主張しているリスト掲載者はまだいる。
 
 英BBCの昨年9月22日の放送によると、サウジアラビア航空のパイロットとしてモロッコで訓練を受けていたワリード・アルシェフリ氏の場合、自分の顔が写し出され世界中に「犯人」として報道されていることに激怒。米大使館で「事件当時自分はモロッコにいた。事件とは何の関係もない」と抗議し、謝罪されたという。
 
 サウジアラビア航空のパイロットで、首都リヤド在住のアフメド・アルナミ氏は、取材した『テレグラフ』紙の記者に対し、「あなたが見ての通り、私はここに生きている。米国が私の名を使っているのは非常にショックだ。私がハイジャックしたという飛行機が墜落したペンシルベニアなんて、まったく知らない」と語っている。
 
 これについてFBIの広報官は、「容疑者」の身元についていくつかの不明な点があることを認めながら、米国側が本人に謝罪したか否かについてはノーコメント。同時に、「間違っていたなら残念だが、これは範囲が広く複雑な捜査だから」(『テレグラフ』紙)と弁明している。
 
 それなら、なぜわずか実質四八時間で全「犯人」を特定できたのか。'しかも現在も、FBIの公式ホームページにはなぜか一年前と同じ「犯人」の顔が掲載されている。
 
謎だらけの「乗客リスト」
 
 「9・11」事件についての疑問はまだある。ハイジャックされたという四機の旅客機の搭乗者名簿が、事件後一年経っても公式に公開されていない。それを確認できるのは、捜査機関から提供されたと思われるリストを転載しているCNNのホームページ(注2)のみだが、そこにはなぜか「犯人」の名が一切見当たらないのだ。
 
 もちろん偽名を使った可能性があるが、米マスコミは、「一九人の犯人」のうち、「生きている」と確認された人々も含め九人の座席番号を報道している。これも捜査当局の情報だろうが、偽名を使っていても、座席番号がわかれば本名と並んで発表できるはずだ。しかもモラー長官は、リストは「乗客名簿と追跡調査に基づいている」と言明している以上、なおさらだろう。
・・・・・このCNNのリストには、「ハイジャック」されたという四機とも、すべて政府発表の乗客数よりも少ない名前しか見当たらない。
 
 たとえば、WTCビルに衝突したユナイテッド航空175便は、56人の乗客がいたはずなのに47人の名前しかない。やはり同ビルに衝突したアメリカン航空の11便は、81人のところが76人。国防総省に衝突したとされるアメリカン航空77便は58人が50人で、ペンシルベニア州で墜落したというユナイテッド航空93便は、38人が26人という具合だ。
 
 いったい完全なリストはどこにあり、そこから削除された乗客は誰なのか。・・・・
今回は「テロ事件」という扱いのためすべて関係書類はFBIが管理しているという。それでも、なぜ一般の航空機事故のように全員の名前が公表できないのか。
 
 空爆が大方収まった今年4月19日、FBIのモラー長官は驚くべき発表を行なう。「(犯人がやったという)確たる証拠を見つけることはできなかった」と言い出したのだ。長官によれば、「ここ合州国だけでなくアフガニスタンや別の場所で発見された情報も含め、そこから事件を裏付ける一片の文書も見つけ出せなかった」という。
 
 これでは生きている「自爆犯」だけでなく、残る12人についても「犯人」だという根拠は不明という話になる。それなら、七ヵ月間捜査して証拠を見つけだせなかったFBIが、なぜ実質四八時間で全「犯人」を割り出せたと発表したのだろうか。
・・・・
それがおびただしい数のアフガン人が犠牲になった後になって、「証拠がなかった」で済まされるのだろうか。
 
 この空爆があらかじめ予定されていたのではないかという報道もある。英BBCは、アフガニスタンの旧タリバン政権を支援していた隣国パキスタンのニアズ・ナイク前外相が、「9・11」2カ月前の昨年7月中旬、ベルリンで米国のある高官から極秘の作戦計画を伝えられた、というニュースを昨年9月18日に放送した。作戦計画とは、「10月半ばまでに米軍は、アフガニスタンに対し軍事行動を起す」という内容であった(注3)。
 
 これが事実なら、米国で「テロリスト」による「9・11」が起きる数ヶ月前から、空爆は既定のスケジュールだつたことになる。言い換えればブッシュ政権は、「9・11」を戦争の口実に使ったものの、戦争の前に「まず攻撃した者、敵が誰なのかを立証」(プロー元国防相)するという当たり前のルールは、最初から眼中になかったように見える。事実、「9・11」2日前の9月9日、ホワイトハウスの大統領執務室に、CIAを始めとする諜報機関や国防総省、国務省が加わって作成した一通の極秘文書が届けられた。「国家安全保障大統領指令」と呼ばれる戦争計画書で、そこには旧タリバン政権に対する外交面も含む壊滅工作が明記されていた。そしてブッシュ大統領は運命の11日に、これにサインしたと報じられている(「NBCニュース」今年5月16日・注4)。
 
 ・・・・・・・・・・・
だが世界は現在に至るまで「テロリスト」がいったい誰だったのか、「ビンラディン」とどう繋がっていたのかを実証する証拠をまだ目にしていない。
 
(注1)
http://www.rense.com/general19/minis.htm
(注2)
http://www.cnn.com/SPCIALS/2001/trade.center/victims/AA11.victims.html
http://www.cnn.com/SPECIALS/2001/trade.center/victims/AA77.victis.html
http://www.cnn.com/SPECIALS/2001/trade.center/victims/ua175.victims.html
http://www.cnn.com/SPECIALS/2001/trade.center/victims/ua93.victims.html
(注3)
http://nwes.bbc.co.uk/1/hi/world/south_asia/1550366.stm
(注4)
http://www.unansweredquestions.net/timeline/2002/msnbc051602.html
この記事の執筆にあたり、出典に関しては上記引用紙・誌のほか、www.mujahideen.fsnet.co.ukなどの海外のホームページを参照した。
・・・・・・・・・
 
 
「9・11」事件の謎 ー2
テロリスト国家アメリカ
 
  成澤宗男    週間金曜日、2002年11月8日号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
「反テロリスト戦争」を声高に叫び続けるアメリカ。しかし、CIAとビンラディンの結びつきを示唆する事実が次第に明らかにされている。アメリカのいう「テロリスト」とは誰のことなのか。「9・11」度後に出た二つの報道をもとに探る。 
 昨年の「9・11」の報復として、米軍がアフガニスタンヘの空爆を開始した翌10月。・・・、注目すべき二つの情報があった。
 
諜報機関長官が「犯人」に送金
 
 一つは、10月29日付『タイムズ・オブ・インディア』紙の記事だ。同月7日に突如解任されたパキスタンの諜報機関・三軍軍事情報部(ISI)長官のマムード・アウマド将軍が、代理人を通じて「9・11」の主犯とされるエジプト人のモハメド・アタに対し、「9・11」数日前に10万ドル(約1250万円)以上を送金していたという内容だった。
 ISIは要員15万人を擁し、世界最精強の諜報機関と呼ばれるイスラエルのモサドに匹敵する力があるとの評価を受けている。アウマド将軍の送金の件は、パキスタンの宿敵であるインドの諜報機関・中央調査局(CBI)が米国政府に通報して発覚したとされ、辞任もこれと連動したものと見られる。
 
 このため同紙は「パキスタンがテロリストと共謀していたという事実は、米国にとって対テロの戦線にこの国を加える上での信頼を揺るがしかねない」と指摘した。だが、問題はそれほど単純ではない。
 
 このISIは「CIA(米中央情報局)の協力と米軍の巨額な援助によって巨大な権力を獲得した」(1999年11月・12月号 米『フオーリン・アァェアーズ』誌)とされ、その歴代トップの人事はすべて米国の意向が反映される。そして主な役割もCIAの意向を受け、米国が直接手を下せない対外秘密工作などを請け負うことにあり、「CIAの出先機関」とも呼ばれている。
 
 事実、99年に長官となったアウマド将軍は、CIAのみならず国防情報局(DIA)や国防総省と密接な協力関係にあり、しかも「9・11」当日を含め、昨年9月4日から22日まで米国に滞在。R・アーミテージ国務副長官やG・テネットCIA長官らと会談を重ねており、問題の送金もこの期間に行なっている。『タイムズ・オブ・インデイア』紙の報道が事実なら、将軍は米国にとって「事件」の重要容疑者とされて当然だが、これまでまったく捜査対象になっていない。
 
 二つ目は、仏『フィガロ』紙2001年10月31日付が一面でスクープした記事だ(写真参照)。「事件」に先立つ2ヶ月前の7月、アラブ首長国連邦の首都・ドバイにある米資本の世界的な高級病院チエーン「アメリカンホスピタル」に腎臓病治療のため入院していたビンラディンが、一人のCIAの現地要員と会談していたという内容だった。
 
 会談の中身は明らかにされていないが、すでにこの7月当時、ビンラディンは98年に起きたアフリカの米大使館爆破事件などの容疑者。それが逮捕もされないままCIA要員と話し合っていたというのは驚きだが、空爆が始まり、ビンラディンが「悪魔」か何かのように描かれた情報が世界中に氾濫していた時期だっただけに、『フィガロ』紙の記事は注目に値した。
 
 これに対し当のCIAは同日、「事実無根」との声明を出したが、同様の報道は続く。
 
 英『ガーディアン』紙は11月1日付で、『フィガロ』紙のスクープは「仏諜報機関のリークによるもの」と解説。また、ビンラディンが会談した相手のCIA要員は一人ではなく二人で、さらにサウジアラビアの諜報機関を二十数年間一手に握りながら、理由が公表されないまま「9・11」発生二週間後に突然サウジアラビアの諜報機関のトップの座を解任されたタルキ・アルファイサル同国王子も、やはりビンラディンと会談していたと報じた。
 
 さらに同日の仏海外放送「ラジオ・フランス・インターナショナル」は、問題のCIA要員をアラブ首長国連邦の米領事代理、ラリー・ミッチェル氏と特定。会談の日時も7月12日であったと報じた。さらに同氏はビンラディンが退院した14日の翌日に米国に帰国し、CIA本部に直行したとされるが、なぜか本人の弁明はこれまで何も発表されていない。またフィガロ』紙に対し、同病院のビンラディンの主治医は一切取材を断り続けている。
 
米国とビンラディンを結ぶライン
 
 これら二つの記事から浮かんでくるISIーCIA一ビンラディンという線は、実はこれまでさまざまなメディアを通じ報道されてきた。このラインは、70年代末の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻をきっかけに形成されている。
 
 1979年以降、旧ソ連軍と親ソ連派政府軍に闘いを挑んだアフガニスタンのムジャヒディン(イスラム聖戦士)を支援するため、CIAは創設以来の大規模な秘密活動を開始。70年代から1992年までにムジャヒディンヘの援助は総額200億ドル(約2兆5000億円)、87年だけでも供与された軍事物資は年間6万5000トンにのぼったとされる。 
 さらに、世界の40のイスラム教国から4万人近いイスラム義勇軍が送り込まれたが、ISIはこの時、CIAの資金で義勇軍の応募や武器供与、アフガニスタン内部の軍事訓練施設建設などさまざまな役割を担った。また、ヴァージニア州にあるCIAの軍事キャンプで、テロ活動訓練も行なっている。参加したメンバーの多くはは、イスラム原理主義者か、後にそれに加わることになる中東出身者だった。
 
 そして、両者の共闘にさらに欠くことのできないパートナーが加わる。サウジアラビア有数の建築会社を経営する大富豪ファミリー出身で、サウジ王室とも繋がりの深いビンラディンであった。
 彼は月額で実に2500万ドル(約31億2500万円)もの資金をサウジアラビアや湾岸諸国から集めてムジャヒディンのために投じ、89年にはISIが操るムジャヒディン支援組織「マクタブ・アルキダマー」の責任者となった。
 
 同時に、CIAの資金援助で、アフガニスタンとパキスタンの国境付近に多数の武器貯蔵庫やトンネル、軍事キャンプなどを建設する。
 
 また、米国のジャーナリストであるJ・グレイブ氏らの調査では、ビンラディンはCIAによってティム・オスマンという偽名を与えられていた。86年春にはカリフォルニア州のシャーマン・オークスのヒルトンホテルで、CIAの代理人とスティンガー対空ミサイルのムジャヒディンヘの供与について交渉したほか、米軍基地への立ち入りや、最新兵器の見学も自由に認められていたという(注1)。 ・・・・・
 89年、旧ソ連軍がアフガニスタンからの撤退に追い込まれ、旧ソ連も91年には解体する。だが、このISIーCIA一ビンラディンという関係は冷戦後も切れることなく、米国の世界戦略の上で新たな役割を与えられていく。
 
 同時に、このラインによって育成されたムジャヒディンは、ビンラディンとその組織であるアルカイダの戦力の中核として温存され、「国際テロネットワーク」へ発展する。
 これについて、カナダ・オタワ大学のミッシェル・チョフドフスキー教授は言う。
「CIAの基準からすれば、テロ組織と呼ばれるアルカイダは『諜報活動の道具』に他ならない。こうしたテロ組織に対する支援は、米国の対外政策の不可欠な部分を構成している。アルカイダなどの組織は今日まで世界のさまざまな地域で行なわれるCIAの秘密作戦に参加し続け、CIAとビンラディンの結合も、過去の話ではない」(注2)
 
 チョフドフスキー教授の指摘を裏付ける情報は少なくないが、ここでは以下の三点だけを挙げる。
@米共和党がクリントン政権時代の97年に発表した報告書によると、CIAは内戦が続いていたボスニアで、ISIと共にビンラディンやテロ組織と関係が深いスーダンの「第三世界救援委員会」なる団体やイスラム原理主義組織、イランの革命防衛隊と協力して、イスラム勢力を支援するために秘密の武器供与作戦を展開した。
・・・
A今年4月22日付『ガーディアン』紙によるとマケドニアでは少なくとも2001年前半まで、アルバニア人武装勢力で、麻薬など犯罪組織にも関与しているコソボ解放軍(KLA)の支援下でマケドニア政府軍と闘っていたイスラム武装勢力に対し、米軍事顧問団がアルカイダと共に支援活動を展開したという。
 
 B「9・11」後、米国政府は中東を中心にビンラディンの海外送金ルートを断ち切るための調査を行なったが、なぜかテロリストに使用されていると欧州などから指摘されている銀行は除外されていた。このため、「ビンラディンのテロの問題は、補捉されないようになっていた。なぜなら彼は、米国政府の強い後ろ盾があるからだ」(『トロント・スター』紙、2001年11月27日)という指摘も出ている。・・・・・
 前出の『フィガロ』の記事は、最後に「ドバイでCIAとビンラディンが会談していたという事実は、"特定の米国の外交政策"の論理にそったものに過ぎない」と結論付け、格別驚くべき事実ではないことを示唆している。
 
 確かに一方で自分が養成し、支援し、共闘した相手を一転して敵扱いにし、巨大な軍事力を動員してつぶしにかかるような”特定の米国の外交政策"は過去にも実行されていた。
 米国はかつて、CIAの協力者としてキューバや旧サンディニスタ左派政権のニカラグア撹乱工作に利用したパナマのノリエガ将軍を、89年に突如同国に侵攻して「麻薬容疑」で捕らえたことがある。
 
 また今でこそイラクのフセインを悪玉にしたてているが、革命直後のイランに80年に一方的に攻め込んだフセインに、軍事援助を続け、中東随一の軍事大国になるのを手助けした。しかも現在米国が、イラクが保有していると騒ぎ立てている生物・化学兵器の原料も、この時期米国によって大量に売却されている。
 
 今回のビンラディンのケースが、同じパターンなのかどうかはわからない。ただ、「テロリストをかくまう国があれば、それはテロリストだ。テロリストを訓練し、武器を与える国があれば、それはテロリストだ」という、ブッシユ大統領の言明に忠実に従うのなら、米国こそまぎれもない「テロリスト」に他ならないという事実だろう。その米国が叫ぶ「反テロ戦争」とは、いったい何なのだろうか。
 
(注1) 「When Osama Bin Ladin Was Tim Osman」
(http://www.orlingrabbe.com/binladin-timosman.htm)
(注2)チョフドフスキー教授の「9・11」関係の論文は、「Center for Research on Globalization」のホームページに収められている。
※記事執筆にあたっては、『THE WAR ON FREEDOM』(Nafeez Mosaddeq Ahmed著)を主に参考とした。
 
 
「9・11」事件の謎 ー3
消えた「ビル崩壊の証拠」
 
  成澤宗男    週間金曜日、2002年11月15日号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ワールド・トレード・センター(WTC)ビルが崩壊した原因は何かー。米国の公式機関で、これに真正面から明確に回答しているところはない。なぜなら、原因を調査する前に、何者かが証拠となる残骸をどこかに持ち出してしまったからだ。なぜこんなことが起きたのか。
 
 ニューヨーク市に住むS・レジェンハードさんは、消防士だった息子のクリスチャンさんを昨年の「9・11」で亡くした。彼は同年1月に採用され、所定の訓練を6ヵ月受けた後、同市ブルックリン地区の消防署に配属されたばかりだった。
 だが、全壊したWTCビルで救出活動にあたっている最中、他の342人の同僚と運命を共にしてしまう。享年28。若すぎる死だった。
 
 母親として悲しみが癒えないレジェンハードさんだったが、昨年11月の感謝祭で思いがけない訪問者を迎えた。ドイツのテレビ局ZDTが、「9・11」の犠牲者の取材に米国を訪れ、亡き息子の職場を通じてインタビューを申し込んできたのだ。
 取材に応じた彼女は、米国のマスコミがほとんど触れていない重要な事実をあえて取り上げ、カメラの前で切々と訴えた。
「私も、そして他の犠牲者の遺族も、なぜWTCビルが崩壊したか明確な回答を得てはいないのです」「それに、専門家によると、事故調査の証拠として最も重要なのはビルに使われた鉄骨だといいます。ところがちゃんと跡地が保管されないまま、そうした証拠は組織的な犯罪によって奪われてしまいました。さらにひどいことに、切断され、溶解されて、いくつかの国に売られてしまったというではありませんか」
 
 米国では、人災であれ天災であれ、建物が壊れた場合、原因究明のため、政府機関が残骸の保管を管理者に命じることができる。残骸が調査にとって不可欠だからだが、しかし奇怪なことに、高層ビルが全壊するという世界の建築史上極めて特殊な事故になったWTCビルに限り、なぜかこうした常識は通じない。
 
 米国に『ファイア・エンジニアリング』という、創刊125年になる火災事故専門誌がある。その昨年11月号に掲載された「調査を売り渡す」という記事で、編集長のビル・マニング氏も、レジェンハードさんと同じ憤りを表明している。
 「この三カ月以上というもの、WTCビルの基盤となった鉄骨が切断されてスクラップとして売られ、現在もそうした状態は続いている。証拠の破壊と持ち出しは、ただちに中止されねばならない」
 
なぜ貴重な証拠を闇に葬るのか
 
 だが、事件からこれまでの経過は、WTCビルの事故処理には、特定の意図が働いていたことをうかがわせる。
 
 米下院の科学委員会は今年3月6日、WTCビルの事故原因調査のため、専門家を集めて公聴会を開催すると同時に、『9・11から学ぶ"WTC崩壊の原因を理解する』と題した公文書を発表した。これまでの国の各機関による事故究明調査活動の実態を記録したこの文書には、信じられないような現場の実態が記録されている。
 
 「誰が現場を管理するのかが混乱していたうえ、検証する調査官の権限がなかったため、建物の大部分の証拠は、初期の生存者の救出と探索の間に失われてしまった。・・・なぜか崩壊数時間後に、作業員が鉄骨の大部分をごみ処理堺やリサイクル工場に持っていったため、検証が不能になった」
 
 また、大災害の発生時に住民の救出・物資支援を行なう米連邦緊急事態管理局(FEMA)も、現地対策本部を設置すると共に、23人によって構成される崩壊原因を調査するための建物機能評価チーム(BPAT)を派遣したが、同じ目にあっているようだ。
 「事件が起きてからBPATが活動を始めた1ヶ月の間に、顕著な数の鉄鋼の残骸が現場から運び出され、小さく裁断され、リサイクル工場で溶かされたり、船で国外に持ち出された。ビル上部を支える骨組み構造や内部の支柱を含む、調査にとって最も重要な鉄鋼の部分は、BPATの調査員が現場に到着する前に持ち出されてしまった」(注1)
 
 建築事故研究者や学者で組織する国家科学委員会も、事件後にデータ収集を始めたものの、「貴重な証拠が破壊されたのに気付き、市当局に残骸を残すよう要請したが、市は鉄をリサイクルする業者との契約をやめようとはしなかった」という。
 
「理由はノーコメント」
 
 ここまでくると、レジェンハードさんが言うように「組織的な犯罪」に近い。なぜ、こんな事態になってしまったのか。
 
 本誌は、この疑問についての回答を得るため、FEMAの広報官であるD・ウェルティ氏との間で、文書で以下のようなやり取りを行なった。
・・・・・
「今回の、WTCビルの場合はどうだったのか」「管理者はニューヨーク市だ。だから、残骸処理などについての君の質問は、そちらの方にしてくれ」。
 だが、ニューヨーク市側の回答はすでに出ていた。ニューヨーク・タイムズ』紙2001年12月25日付によれば、「ビルを支えていた鋼鉄の柱や梁(はり)などをあっという間にリサイクルに回したのは重要な過失だ」とする事故原因調査メンバーの抗議に対し、市側からそっけない回答が返ってきている。
 「市長室の担当者は、誰が鉄をリサイクルにすることを決定したかという問題や、その決定が捜査を妨げているという懸念については、文書でも口頭でも回答は拒否する」(注2)
 当時、市政を担当していたのは、R・ジュリアー二前市長。WTCビルの残骸処理を請け負ったのは四社で、なぜかうち三社が外国資本だった。
 しかも唯一の米国建設企業「トゥーリー・コンストラクション・オブフラッシング」社の関係者の証言によると、「残骸処理」の話を持ちかけられたのは、何と事件当日だという。
 異様なまでの手回しの早さだが、別の一社の「AMEC」という英国の大手建設会社は、最初から残骸を事故現場から約30キロ離れた島のゴミ埋立地に運び、さらに隣接するニュージャージー州で鉄骨のリサイクルをするよう命じられていた。
 さらに、「ラトナー」という同州の金属売買会社がリサイクルした鉄を1トンあたり120ドルで、中国・上海の「バオスティール」という会社に計5万トン以上売りつけていた。
 
 もはや、意図的に「証拠を極度の秘密にして隠している」(同下院科学委員会のメンバー議員)どころか、証拠そのものの抹殺を狙った動きであるのは明らかだ。・・・
 
 信じがたい巷の「通説」
 
 もっとも、米国の一般のマスコミは、WTCビル全壊について事故直後から原因はもはや確定しているような報道を続けている。大部分の国民も、それで納得しているようだ。つまり、「ビルに衝突した旅客機に残っていたジエツト燃料が燃えて火災が起き、ビルの支柱の鋼鉄を溶かして崩壊に至った」という説である。
 
 だが、FEMAの現在までの公式見解は、原因については「最終的には確認することができなかった」というものだ。BPATもこれまでのところ、「原因に関するさまざまな仮説を検証することができなかった」という判断を崩していない。一般に流布しているような「通説」に、学術的裏付けがあるわけではない。なにしろ、結論を出そうにも証拠が消えたのだから。
 
 それでも、報道され、多くの人々が信じ込まされている「通説」については、矛盾を指摘するのは困難ではない。そもそも、「旅客機の衝突とジェット燃料の発火による建物の構造へのダメージは、全壊に至らせるには不充分だ」(前出『ファイア・エンジニアリング』誌)という見解を支持する研究者が少なくない。
 
 しかも、今年夏になって、WTC南棟で救出活動中死亡した消防士たちの78分間の交信記録が、司法省によって発表された。ビル内の彼らの活動を示す唯一の肉声記録だが、これまでの「通説」を崩すような内容となっている。
 O・パルマーとR・プカというベテランの消防士は、旅客機が直撃した付近の78階までたどり着いているが、声は冷静で、「出火しているのは2ヶ所で、コントロールできない状態ではない」と判断している。しかも互いに消火と負傷者の運搬を試みようとした様子が記録されている。鉄骨を溶かしてビルを崩壊させるには、少なくとも900度から1000度の熱を出す火災が発生しないと不可能とされるが、衝突現場は、そうした状況からほど遠かったことが証明されたのだ。(注3)・・・・
 
ビル下位部分で内部爆発の証言
 
 特に不可解なのは、旅客機が衝突した階の下の部分で、内部爆発があったとする証言が消防士も含め少なくない点だ。その例を挙げてみよう。
 @WTC近くのビルに勤務していた男性はAFPのインタビューに対し、「南棟の十階付近で、バリバリという音を伴い、閃光が六回発したのを見た」と証言している。
 AWTCビル北棟に最初に突入した消防士のL・カッチオーリさんは、米週刊誌『ピープル』で、「24階付近に到着したら近くで爆発音がした。仲間も、ビル内部に仕掛けられた爆弾があったと思っている」と寄稿している。
 B米テレビ局のフォックスは「9・11」当日の実況ニュース番組で、現場のレポーターが南棟が全壊する直前に、北棟も含めて「ビルの底の方で爆発が起きてます…下から白い雲が上がってきます…何かがビルの下で爆発した模様です」と中継している。
 
 これまでの「通説」からすれば、荒唐無稽(こうとうむけい)な話のようだが、爆弾について最高権威とされるエネルギー物質研究センターのV.ロメロ前局長も「9・11」直後に、WTCビル全壊のビデオを見て、地元紙に「うまく仕掛けられた爆発物によって崩壊の引き金が引かれたようだ」と解説している。ところが数日たって、ロメロ副会長は最初の解説をなぜか突然取り消してしまう。
 
 ブッシュ政権は、WTCの崩壊原因の正式な調査を求める犠牲者遺族や研究者らの声に押され、やっと今年10月になって政府の建築物事故の専門調査機関である国立標準技術協会(NIST)に対し、新たに二年間を予定してWTCの事故原因調査を命じた。だが、本誌の取材に対し、NIST広報担当のM・ニューマン氏は、「自分たちが保存している証拠は鉄骨など150点に過ぎない」と述べている。これでは、新調査も今後が思いやられそうだ。・・・

(注1)『COMMITTEE ON SCIENCE U.S HOUSE OF REPRESENTATIVES HEARING CHARTER learning from 9/11:Understanding the Collapse of the World Trade Center』
(注2)ニューヨーク市の現市長はプルムバーグ氏だが、本誌は市の広報担当官に対して9月20日、電話連絡の上、WTCの鉄屑を保管せず、大量にリサイクルした理由について文書で質問したが、11月1日まで回答は寄せられていない。
(3)「New York Firefighters' Final Words Fuel Burning Questions About 9-11」『American Free press』
http://www.americanfreepress.net/08_09_02/New_York_Firefighters_/new_york_firefighters_.html
 
 
「9・11」事件の謎 ー4
  国防総省の怪
  成澤宗男    週間金曜日、2002年11月22日号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「9・11」に国防総省に衝突した飛行機の翼や胴体を、誰も見てはいない。実際に、そこで何が起きたのか。
 
「9・11」事件の翌日の、国防総省内記者会見室ー。同省に隣接するアーリントン地区のE・プロパー消防署長が、マスコミの質問に応じた。 
 事件当日は、アメリカン航空77便のジェット旅客機・ボーイング757-200型機(以下B757と略)がハイジャックされ、ワシントンの国防総省に衝突したとされる。直後に消火作業にあたった部隊の一つが、この消防署だった。以下は、そのときのやり取りの一部だ。
 
 「何か飛行機については残っていないのでしょうか」「まず飛行機についての質問だが、消火作業で(建物)内部にいくつかの飛行機の小さな破片があった。それは、大きな部分ではない」「言い換えれば、胴体部分とか、そういった類のものはなかったということですね」「わかっているだろう、それについてはコメントしたくないね。飛行機が接近した時に実際何が起きたかについての情報なら、君に提供してくれる多くの目撃者がいるんだ。だからわれわれは知らんし、私も知らん」(注1)
 
 この「9・11」後から数日間は、大統領も含めさまざまな記者会見が行なわれた。だが、この記者会見ほど奇妙だったのは、他に例がない。真っ先に現場に急行したはずの消防隊の責任者が、そこに飛行機の「胴体部分とか、そういった類のもの」があったかどうかというごくありふれた質問に対し、なぜか「コメントしたくない」と言ったかと思えば、意味不明な「目撃者」云々の後、最後に「知らん」と言いだすのだから。
 
(略)、この国防総省で「実際何が起きたか」という問題ほど、大きな論争を呼んでいるテーマは他にないだろう。その主な理由は、米国政府の説明に多くの不明瞭な点があるからであり、冒頭のプロパー消防署長の奇妙な発言はそれを象徴しているようだ。
 
 昨年九月一五日に国防総省で行なわれた同省「被害修復委員会」のL・工ーベイ委員長の記者会見によれば、B757は五角形の形をした建物が五重になっている同省の西側の一階と二階の間に衝突し、「さらに1棟から3棟まで貫通した」と説明している。だが、これまで公開された多くの写真を見る限り、誰しも多くの疑問が生じてくるのではないか。以下、四つの写真をもとに説明してみよう。
 
不可解な写真の数々
 
 @は、衝突直後の写真だ。B757は100トン近くある。当日は低空を時速400キロ以上で飛行したとされているが、それが直撃しても建物の柱に異常なく、穴もあいていないのは、あまりに不自然との指摘が数多くある。(注2)とりわけ疑問なのは、ここでは旅客機の主要部分が映っていない。前出の記者会見で述べられていたように、細かく飛び散った飛行機の破片らしき別の写真はいくつか存在する。だが、肝心の胴体や主翼が映った写真は皆無だ。建物にのめり込んだ形跡もない。
 
 これについて、以前ボーイング704ジャンボ機のパイロットだった人物は、次のように語っている。「飛行機の胴体には燃料タンクや荷物が入っているが、そうした残骸はこれらの写真には出てこない。それにシートは? 乗客は? 私は地上か水面、あるいは建物であれ、飛行機が消えている航空機事故というものをかつて見たことがない。これらの写真が事故三日以内に撮られているなら、必ず残骸があるはずだが」(注3)
 
 国防総省側の発表によると、「飛行機の機首部分が建物の外側に残されて、さらに機首の後部の破片部分が内部に残された」(工ーベイ委員長)というが、少なくともそうした写真は公開されてはいない。(注4)
 

「9・11」事件の謎 ー5
  誰かが事前に知っていた
  成澤宗男    週間金曜日、2002年12月6日号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
「9・11」事件の直前、事件に巻き込まれて株価が暴落した企業の株が、軒並み大量に売られていた、この動きを探っていくと、諜報機関をめぐる奇怪な動きが見えてくる。
 
 「え、『9・11』前後の株価の動きに関して取材したい?前後といっても、前の方でしょう。それなら、いっさい質問には答えられません」
 取りつく島もないというか、米国証券取引委員会(SEC)のJ・ネスター広報官は、こちらの説明についてろくに耳を傾けないまま一方的に電話を切った。今年(2002年)九月半ばのことだ。
 
 SECは約2000人の職員を擁し、不正な証券取引を摘発する権限を持つ。だが、記者の取材目的である「史上最大規模のインサイダー取引」とされる「9・11」事件直前の不可解な株取引について、なぜか取材されるのを極度に警戒している気配が感じられた。
 
 株売買の形態の一種に、「オプション取引」がある。実際に株を所有しなくとも、「特定の銘柄を決められた期日までに、決められた価格で、売ったり買ったりする権利」を一定の金額を払って、取引の材料とするやり方だ。
 このうち、プット・オプシヨンと呼ばれる「売る権利」は、相場が下落すると予測されるときに購入される。なぜなら株価が下がる前に、「売る権利」を行使して売っておけば、結果として損はしないからだ。
 
 そしておかしなことに、「9・11」事件に直接巻き込まれ、自社株が大幅に値下がりした会社に限り、あたかも事件発生を完全に見越したかのようにその直前、プット・オプション(プット・オプション1枚分は100株で構成)が大量に購入されている。
 
 この取引が大量に行なわれたのは、シカゴオプション取引所だ。たとえば、事件で「ハイジャック」されたとされる旅客機の航空会社二社のうち、ユナイテッド航空の親会社UALの株が、昨年(2001年)9月6日から10日までの土・日曜を除く三日間で、プット・オプションが4744枚購入された。この数字は、それまでの取引平均値の実に180倍にあたる。もう一社のアメリカン航空の親会社AMRは4516枚で、やはり120倍という異常な動き。ところがデルタやコンチネンタルといった、「事件」に巻き込まれなかった航空他社は、ほとんど取引高に変化はないから、不自然さは際立っている。
 
事前に分かっていた株価の急落
 
 ちなみに、米国の株式市場は、事件当日から四日間閉鎖されたが、再開された17日には、UALの株価は43%、AMRの株価は39%それぞれ暴落している。この下落幅は、同じ期間のダウ平均の落ち込み率7・123%よりも、はるかに上回っていた。(略) 
 さらに、株の信用取引には、やはり相場の下落を見越して行なう「カラ売り」というプット・オプションと類似したやり方があるが、ニューヨーク証券取引所では、同時期にUALとAMRの両銘柄を狙った「カラ売り」が異常に増加した。そこでは、UALが439万株「カラ売り」され、前月と比較して40%も上昇、AMRは298万株、20%の上昇だった。捜査当局も「事前に何が起きるかを知っていた誰かが、株の下落によって利益を得ようとした」(米『サンフランシスコ・クロニクル』紙昨年9月22日付)と見なしている。これがシカゴでの動きと連動したものであることは、まず間違いないだろう。
 
 ただ、ニューヨーク証券取引所執行局のD・ドハーティー副局長は、「取引所はその内部で起きた出来事は自分で管理する」とのコメントを出しただけ。現在まで独自の調査を行なっているかどうか、不明のままだ。
 
取引実行者が事件の犯人?■
 
 世界で最初にこの奇怪な動きを公表したのは、イスラエルの「対テロリズム国際政策協会」というシンクタンクだった。そこに勤務する株取引の知識が深いA・D・ラドロール氏は、昨年(2001年)9月19日に次のように指摘している。
 「『9・11』事件が起きる以前に、それについての詳しい情報をあらかじめ知っていた何者かが、インサイダー取引に共犯者として関与しているはずだ。あるいは、この取引を行なった人間と、攻撃そのものを画策した人間が、同一人物である可能性が極めて高い」(注1)
 
 では、米国政府が「9・11」事件の実行犯と特定したアル・カイダとビンラディンらが、この疑惑の取引の当事者なのだろうか。SECは、「事件の1ヶ月以内に司法省と共同で、世界の証券会社に38の株式銘柄を提示し、事件に関連して、事前に予測することで利益を得ていたようなプット・オプションの買い手についての情報を求めた」(注2)という。しかし、事件後一年以上たっても、なぜか何一つ詳しい情報は公表されていない。
 
 確かに、「取引当事者は偽名や幽霊団体の名称を使っているだろうから、彼らの追跡は困難」(前出、ラドロール氏)なことは間違いない。だがSECの調査能力のみならず、「9・11」事件そのものの巨大さ、そしてこの「歴史上最も悪質で、最も恐ろしく、そして最も悪魔的なやり方のインサイダー取引」(『ブルンバーグ・ビジネスニュース』昨年9月20日号)の実態を考えると、誰一人として名前が浮かび上がってこないのは、あまりに不自然に見える。(略)
 無論、CIAが疑惑の取引とどのような関係があったのかは謎のままだ。だが、少なくともCIAは人的な結合のみならず、証券を始めとする金融の世界に極めて深くかかわっているのは事実だ。「追跡者用情報処理システム」(PROMIS)と呼ばれる、特殊なコンピューターソフトがある。CIAが開発したもので、広範な金融の個々の取引実態を世界レベルで瞬時に把握することが可能とされており、当然、インサイダー取引のような違法行為はこれで摘発可能だ。
 
 CIAは国内での活動を法律で禁止されているが、問題の取引は米国以外の国でも行なわれている。当然、何らかの情報があがっているはずだが、やはり何の発表もない。米国政府が「9・11」の犯人とした、「テロリスト」との関わりについても同様だ。では、諜報機関はインサイダー取引について、異常な値動きが観測された時点から何の情報収集もできず、事件の勃発も事前にキャッチできなかったのだろうか。実は、そうではない可能性がある。
 
「極秘情報」の恐るべき内容
 
 米国の捜査当局は今年五月、カリフォルニァ州サンディエゴに住むA・1・エルジンディーというエジプト出身の株ブローカーを、インサイダー取引や詐欺の容疑で逮捕した。起訴状によると、エルジンディーは昨年(2001年)9月10日、ソロモン.スミス・バー二ーの社員に対し、「ダウ平均は9600ドルから12000ドルに下がると述べ、自分が保有していた30万ドル相当の株を売却するよう指示した」とされる。問題は、この人物の逮捕と連座し、FBIの現職職員と元職員も逮捕されている点。
 
 このうち、昨年(2001年)12月に退職したJ・ローヤーという元職員は、在職中にFBIの極秘ファイル「国家犯罪情報センターデータベース」に違法にアクセスし、さらに辞めた後も、L・ウインゲートという職員を通じ、内部の「極秘情報」を入手し続けていた。起訴状によれば、エルジンデイーはローヤーに資金を渡し、その「極秘情報」を得ることによって「『9・11』事件を知ることができ、それによって利益を得ようと試みた」(注4)という。この事件は、ニューヨーク・ブルックリンの地方裁判所の管轄になっているが、現在までのところ
 
「極秘情報」の内容は明らかにされていない。だが、その「極秘情報」とは、エルジンデイーの容疑からすると、「9・11」という日を正確に特定した上で、その日に何かが起きることを事前に予知していた内容であったことは間違いない。
 
 この事件は米国ではなぜかあまり注目はされていないが、これまで米国政府が発表してきた内容を根本から覆す可能性を秘めている。なぜなら、CIAやFBIによる「9・11」事件勃発を事前に察知できなかったとの説明が、まったく疑わしくなるからだ。では「史上最大規模のインサイダー取引」の実行犯は、やはりエルジンディーの事件と同じように流出した「極秘情報」を入手していたのだろうか。それとも「極秘情報」の出所自体が、疑惑の取引と直接関係しているのか。(略)
 
(主1)「Revealing 9-11 Stock Trades Could Expose The Terrorist Masterminds」
(http://www.americanfreepress.net/05130-Co/revealing_9-ll_stock_trades_co.html)
(注2)「Still Silence From 9-ll StockSpeculation Probe」
(http://www.newsmax.com/archieves/articles/2002/6/2/62018.shtml)
(注3)「SUPPRESSED DETAILS OF CRIMINAL INSIDER TRADING LEAD DIRECTLY INTO THE CIA'S HIGHEST RANKS」
(http://www.fromthewilderness.com/free/ww3/10_09_01_krongard.html)
(注4)「Feds:Ex-Agent Had Key Data」
(http://propagandamatrix.com/Ex_Age-nt_Had_Key_Data.htm)
 
 
「9・11」事件の謎 ー6
  ユナイテッド機はなぜ落ちたか
  成澤宗男    週間金曜日、2002年12月13日号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
乗客が「ハイジャック犯」と格闘し、その結果墜落したとされるのが、ユナイテッド航空93便だ。しかしその後明らかになったあらゆる事実は、この美談を疑わしいものにしている。
 
歴史的な惨事が生ずると、時に崇高な自己犠牲の精神が発揮される美談が生まれる。古くはタイタニック号の遭難(略)そして、昨年(2001年)の「9・11」事件でも同じであった。(略)「ハイジャック犯」と格闘して旅客機がコントロール不能となり、墜落して命を落としたとされるユナイテッド航空93便(以下、93便と略)の乗客たちがいる。
 ブッシュ大統領をはじめFBI(連邦捜査局)のモロー長官など、米政府高官はこぞって後者の人々を「英雄」と称え、米『ニューズウィーク』誌は、「祖先のように圧制をはねのけて立ち上がった」、「市民兵士」とまで呼んだ。
 だが、こうした「英雄神話」だけで、93便の乗員・乗客四五人が死亡した悲劇を単純化することはできそうにもない。
 
さまざまな目撃証言
 
 昨年(2001年)9月11日の午前10時6分、93便は、ペンシルベニア州の片田舎にあるシャンクスビルという村の旧炭坑近くに墜落した。地面に激突した瞬間の唯一の目撃者というL・パーボー氏の証言では、「コントロール不能」で墜落したという説が疑わしくなる。
 「ほんの一瞬でしたが、スローモーションの映画を見ているようでした。振動で機体が揺れたかと思ったら急降下し、機首を裂いて巨大な爆発があり、地面に突っ込んだのです。即座に、誰も助からないだろうと思いましたね」(英『インデペンデント』紙今年(2002年)8月13日付)
 
 衝突の瞬間は目撃せずとも、93便を視界に収めた住民が何人か存在するが、彼らの証言はパーボー氏と食い違う。その一人、K・レバーナイト氏が、「煙はなかったよ。まっすぐ落ちたんだ」( デイリー・アメリカン』紙昨年(2001年)9月12日付)と述べるなど、「爆発」について触れた目撃者は現在までほかに現れていない。
 
 では、93便は地面に激突するほんの寸前に「爆発」したのだろうか。さらに、この限られた時間に目撃されたのは93便だけではない。少なくとも六人の住民が、低空を飛ぶ謎のジエット機を見ている。そのうち、最も詳しい証言をしているのは、S・マックルウェーインさんという51歳の女性だ。「自動車を運転中に、頭上をまっすぐ通過したのです。白くてマークが何もなく、後ろにエンジンがあって巨大な尾翼と二つのフィン(垂直安定翼)がついてました。間違いなく軍用機です」(英『デイリー・ミラー』紙今年(2002年)9月13日付)
 
 パーボー氏も、「白い飛行機が、墜落現場上空を二回旋回するのを見ました」と語っているが、いずれもその特徴はほぼ共通している。
 
別の飛行機はいたのか
 
 同時に目撃談をもとに政府側の発表を検討していくと、実に不可解な印象を受ける。
 まずこの戦闘機らしき飛行機は、当然「ハイジャック機」を迎撃するため飛来した可能性があるが、はたしてこの類いの機種が現場にいたのかいなかったのか、政府内部で食い違いが生じているのだ。
 
 これまでの公式発表では、州空軍統監のG・ウェバー将軍は「州空軍をはじめ他のいかなる軍用機も93便を追跡するため迎撃していない」と述べているが、国防総省のP・ウォルフォウィッツ副長官は「空軍は93便を追尾していた」と言明。一方、北米防空司令部(NORAD)の広報官は、「93便を追跡していたかどうかについては否定も肯定もしない」と発表している。
 
 さらに、当初FBIは「墜落現場付近に他に飛行機はいなかった」という見解だった。だが、途中から目撃証言が報道されたのを意識してか、「民間のビジネスジエット機のファルコン機が、当局からの要請で現場を観察していた」(英『インデペンデント』紙今年(2002年)8月23日付)と変わっている。
 
 だが、当日9時45分の時点で、全米の飛行空域では民間航空機は直ちに最寄の飛行場に着陸するよう緊急指示が出ていた。上空を飛んでいること自体、ありえないのだ。(略)
 一方、ニューハンプシャー州のある管制官は、報道規制を無視して「1機のF16が93便を追跡し、墜落も見ていたはずだ」と証言。現場から約96キロ離れた地震観測所の計器も、9時22分に音速機(ほぼ軍用に限られる)の衝撃波音を記録している。
 
 軍全体が一致してF16の存在を認めてかまわないはずだが、なぜ見解がまちまちなのか。しかもかりに上空にいたとしても、識別マークのない配備中の戦闘機・戦闘爆撃機は存在しないので、話はミステリーじみてくる。
 
 だが、ホワイトハウスと軍、FBIが一致する見解はある。墜落は「英雄」たちの決死的行為の結果、機体操縦が不可能になったのが原因で、当然93便は「撃墜もされていない」(注1)というものだ。だがこの点についても、現在までのさまざまな報道で疑問が投げかけられている。
 
「英雄」美談の真実
 
 この「英雄」たちのストーリーが誕生したのは、乗客で「ハイジャック犯」と闘ったというT・バーネット氏やJ・グリック氏らが機内から数回かけたという携帯電話を、家族がメモや記憶で再現したものに多くを負っている。
 
 これまで「自分が死ぬのは分かっている。われわれ三人は、あることをやろうとしている」(注2)といったバーネット氏らの「肉声」などが断片的に新聞などで伝えられてきたが、実際に機内で何が起きたかについてはほとんど伝えられてこなかった。
 
 その最大の理由は、「9・11」事件で「ハイジャック」された四機の旅客機のうち、唯一機能が維持されたまま回収されたという93便のブラックボックスが、これまでの航空機事故の例に反して公開されてこなかったため。パイロットと航空管制官のやり取りも非公開のままで、さらに管制官に対してはなぜか現在も報道関係者のインタビューが禁止されている。
 
 ブラックボックスは、事故30分前から操縦室内の声を録音するコックピット・ボイス・レコーダー(CVR)と、25時間にわたって飛行機の高度やスピード、エンジンデータなどを記録するフライト・データ・レコーダー(FDR)の二つによって構成。
 
 特にCVRについては、異例にもFBIは「捜査中」とか「かえって遺族を傷つけることになる」との理由で、公開を拒んできた。しかし、当の遺族の強い要求で今年(2002年)4月、ニュージャージー州のホテルで、遺族だけを集めてやつとCVRが初めて公開されたものの、かえって事件の闇を深める結果になった。当日出席したK・ナック氏は、事故で兄を亡くしているが、「衝撃的な録音はなかった。音質がひどかった」と証言し、テープは衝突三分前で音が途切れているという。別の匿名の遺族は、争ったような音が聞こえたというが、やはり最も決定的と思われる最後の三分間が無音だったという((『フィラデルフィア・デイリー・ニュース』紙今年(2002年)9月16日付)。
 
 このため、機内の状態を客観的に示す唯一の公式記録であるCVRの内容からは、「乗客と”犯人”との格闘で墜落したというのは推測にすぎない」(前出『デイリー・ミラ⊥紙)という結論を導き出されざるをえないだろう。3分間の空白についても、FBIをはじめすべての捜査機関からは何の説明もない。
 
 では、墜落原因は謎のままなのだろうか。残された手がかりは存在する。ここで、再び事故当日の現場に戻ろう。
 
なぜ破片が空から降ってきたか
 
 特に関心を引くのは、「空から飛行機の破片が落ちてきた」との、多くの住民の証言だろう。さらに、93便が積んでいた郵便物やシートの破片などが、現場から13キロも先で見つかり、1トン以上あるエンジン部分も胴体から離れ、1・8キロ離れた場所に転がっていた。
 
 FBI側は、これについて「風で郵便物などが運ばれた。また、墜落時の衝撃が強いためにエンジン部分が飛ばされた」と説明している。だが、当日の風速はごく弱く、紙類をそんな遠くに飛ばすのは考えられない状態だった。また、現場はきわめて柔らかい士壌で、衝突直後にエンジンだけをはずみで1・8キロも先に飛ばすのは困難だ。
 
 しかも、胴体部分を除き、「残った最も大きな残骸部分が、電話帳よりもやや大きいぐらい」(注3)というほど機体が細分化していたという。
 
 もはや、93便が単純に地上に落下した可能性は薄いことがうかがえよう。前述のパーボー氏の証言が再び注目されるゆえんだ。では飛行機が航行中に爆破したとして、内部からなのか、それとも外部からの攻撃によるものなのか。興味深い証言がある。地元シャンクスビルの村長が、「ミサイルの発射音を聞いた人間を二人知っている。F16も近くにいた」と事件後に発言しているのだ(『フィラデルフィア・デイリー・ニュース』昨年(2001年)11月15日付)。
 
 いずれにせよ93便のように「9・11」事件では、なぜこれほどまでに不可解な事例と理解しがたい情報規制が多いのか。(略)
 
 このため六月には、ジャーナリストや民間の研究者らが集まり、「政府や議会では『9・11』の実態が解明されない」として、ワシントンで独自の真相究明を目指す「未解答の疑問」という名のグループを発足させた(注4)。
 
 その共同設立者の一人であるK・ヘンス氏は、93便については「ミサイル撃墜」説をとりながら次のように語る。「“ハイジャック機”の撃墜は、大統領が認めれば可能です。ただ93便は、さまざまな情報から重要施設に追突するはずだったのが、何かの原因で着陸する状態に向ったと推測できる。そのため、誰かがそれを阻止したのではないか。本当にハイジャックがあったのかなど、事件の謎の核心が明るみに出ると困る勢力が動いたのだと思います」
 「いかに困難でも、真実は必ず明らかになるでしょう。でも、ブッシュは『9・11』を口実にイラクヘの攻撃などを行なおうとしています。である以上、少なくとも政府の事件についての説明が疑わしいという事実を当面訴えていきたい。この怪しげで疑惑だらけの事件が、大量の血が流される戦争の名目にされてはならないのですから」

(注1)「Operation911-NoSuicidePilots」http:www.rense.com/genera118/opp.htm
(注2)バーネット氏らの会話内容は「FLIGT 93TIMELINE」http://www.unansweredquestions./timeline/AAflight93.htmlから参考。なお、「機内からの携帯電話」は墜落八分前からすべて止まったとされ、機内の様子をさらに分からなくしている。
(注3)(注1)と同。なお、胴体部の各破片も、大きめのテーブルほどの大きさしかなかったと報道されている。
(注4)「UnansweredQuestions.Org」http://www.unansweredquestions.org/topic-php?tid=59を参照。
※今回の連載にあたっては、時間・場所等の基本的データは「THECOMPLETE9/llTIMELINE」(http://www-unansweredquestions.net)を主に参照した。