おやじとおふだ



カブ砦をつくる前、そして買い出しに行く前。
そう、今日のテン場、公園「いこいの家」に着いて少しした時。
そのおやじは現れた。

着古した白装束。使い古した自転車。その荷台には遍路笠と小荷物、そして器用に挿された傘。
ここ四国以外で見かけたならば、十人中十人が間違いなく浮浪者と思ういでたちだった。

おやじはうちらを見つけいきなり話しかけてきた。
「なんだ、お前達も遍路か。そのバイクでか。ありがたみもわかんぞ、それじゃぁ。」

ムカり。
んだ?このおやじは。
ちょっとムっとしながらも答える。
「あー、はい。前回は歩き遍路だったんですけど、今回はカブで楽しもうと思って・・。」

おやじはスタスタと、うちらがテン場と決めた六角屋根付きのベンチに歩く。
げろ。
と思いつつも、公共の施設だし、仕方がない。
ちょっとそのおやじにも興味があったので一緒にベンチで話を聞くことにした。

「なんだ!?それは。まったく遍路ってものを全然わかっていないな。」
いきなりおやじはこいちを見て、怒り出した。

「は?」
ちょっと不快を顔に出しながらおやじを見る。
「それだよ、それ。数珠は首からかけるもんじゃねぇ。こうしてこうやって手で持つんだ。」
おやじは自分の数珠をじゃらじゃら言わせながら説明する。


おやじの言葉を簡単にまとめると。
数珠と言うのは遍路の教えでは、親よりも大事に扱うべきものであるらしい。
数珠を決められた持ち方で手に持ち、額の辺りですり合わせ仏に祈る。
おやじの怒りは、その大事な数珠を自分の頭よりも下、つまり首からかけることに向けられていた。


別に遍路オンリーの旅じゃないんだし、カブ運転中は首からかけといた方が安全なんだよ!
とも思ったが、おやじの言葉は確かに正しいし、白装束を着ている以上、お遍路さんには違いない。
「あ、ありがとうございます。外します。」
素直に答えて、首から数珠を外した。

素直に話を聞いていたのが良かったのか、突然おやじの態度が変わった。

「ところで、オレはな、もう100回以上遍路をしているんだ。」
100回??1番さんから88番さんまで??

おやじ曰く(ほんとかどうかは知らないが)、遍路をしている人たちの間でもおやじは結構有名らしい。
道路はもちろん、山道でもおやじは小荷物と遍路笠、チャリと傘一つで行く。
車で回って、何回もやっている、と豪語している老人たちとは違い、オレはオレの体で回っている。

おやじは語る。
うちらがへぇー、という顔で聞いていると、さらに気を良くしたのか小荷物の中からなにやら取り出してきた。

鮮やかな、おやじの風貌にそぐわぬ、鮮やかなおふだだった。

「え?なにそれ?」
みかが身を乗り出した。

遍路には色々なイベントがあるが、その中に「おふだ」がある。
おふだに名前と住所を書いて寺に収めるのだが、そのおふだというのがこれまたくせものなのだ。

何事にもランク付けというのがあるが、まさしくこのおふだは遍路において賞の位置をとる。


!!!説明しよう!!!

おふだ。
6センチ×15センチくらいの長方形の紙で、真ん中に空海、その回りに「南無大師遍照金剛」とか
色々文字が書かれている。
そして色。
そう、それこそがランクの証なのだ。
色は白から始まり、順序はわからないが、緑やら赤やら色々ある。
その色付けは、回数で決まる。
すべての寺で納経本にその寺の印と書付(300円くらいかかる)をもらい、
さらに高野山に行く、これをすべて行ってやっと1回なのだ。
その1回をやるためには、納経だけをとっても最低300円×88の費用がかかる。
そしてそれを達するには膨大な距離も移動せねばならない。
そして10回、20回、・・、50回、・・80回、90回・・とだんだん数を重ねる。
その回数を行ったという証を持って初めて、回数に見合った色の紙を買えるのである。


このランクの証の入手の難しさがわかって頂けただろうか。
このおふだは寺で売っているが、証なしでは白い紙しか買えないのだ。
証があっても、その回数に見合った色しか買えないのだ。

だから上位のおふだはありがたがられる。
みな、上位のおふだをおふだ箱から見つけると、それにあやかろうと貰っていく。
(ま、貰うっていうか、持ってっちゃうんだけどね。)
うちらも赤いおふだをゲットしたし。

そんで、かなり上位なのが、銀のおふだ、そして金のおふだ
ここら辺は入った瞬間、持っていかれる。
遍路1回の大変さを思うと銀とか金とか、、ってのはそりゃありがたいさ。


話を戻す。
だからおやじの100回にうちらがすげービビッた、ってのわかるでしょ?
実際、おやじフイてんのかーとか思ってたしね。

「なんなんすか、それ。」

こいちも身を乗り出して、おやじの手元を見た。

おふだの束だった。
2種類のおふだの束だった。
その色は・・。

!錦!

!に・し・き!


に・し・き!に・し・き!に・し・き!に・し・き!

「見たことないだろう。」
こちらを見て笑うおやじに向かい、うちらは強くうなづいた。
「遍路に熱心な人たちは、これ見ると金を出すから売ってくれ、ってくるんだよ。」

それはもはや色とは言えなかったし、紙とも言えなかった。
鮮やかな色とりどりの糸で作られたおふだだった。

真っ赤な錦の上に、金糸で描かれた空海。
趣味がいいとは言えなかったが、とても美しかった。

「100回も越えるとな、ふだも錦だ。」
おやじは言った。

「すげーーーー。うきーーー」
ぴーたー大興奮。

さらにおやじは言った。
「オレはこんな身なりだろ。若いモンはすぐイヤな顔して行っちまうんだよ。」
いや、わからなくもないよ。
「お前ら、話聞いてくれただろ。これ、1枚ずつ2人にやるよ。」

!!!!!

「まじで!?うきーーーー」
ぴーたー大歓喜。

おやじは2種類の錦のおふだを2枚ずつ取り出して、裏に名前を書いてうちらにくれた。
「おじさん、ありがとう。」

そのあと、おやじもその公園に泊まると言っていたが、うちらが買出しに行って帰ってくると、
おやじの姿はもうなかった。

いいおやじだったけど、正直ホッとした。
だっておやじ最後の方、言葉の端々に
うちらのテントに入れて欲しいみたいなことを匂わせてたからさ。

なにはともあれ、うちらは錦のおふだに大満足でカブ砦でメシ喰って寝た。

おやじ、実際あんたすげーよ。



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