変わりゆく雲に
雲が流れて形を変え、空の青へと消えていく。あの雲は、二度と帰らない。 |
人間界ってヒマ。魔落とししなきゃいけないし生活もあるしってことで探偵業なんてやっているけど、毎日毎日やる事があるハズなんてない。依頼が来るコトなんて滅多にないし、最近は何処にも行ってないから事件にも巻き込まれない。出掛けたところで都合良く事件に出会うなんてコトもないしさ。って言ったって、別に事件を望んでるわけじゃないけどね。平和なのは全くもって結構、たまにはこんな日々も良い。だけどず〜っと続くのもどうだろう。…もしかしてぼく、まゆらみたい?違う違う。だって、ぼくの場合はまゆらのように好奇心なんてないから。早く元の姿に戻りたいだけ。色々神界は大変なようだけど、何もかも昔のように戻ったら、また旅をしたい。昔はたくさん旅をしたんだ。行くあてもない気ままな旅。気の置けない友人を誘ってまた行けたらいいな…。 ふと、懐かしさに窓の向こうに遠く広がる空を見る。 バタンっ! 「お〜い、ロキ!飯くれ。」 人が感傷に浸っている時にこの男は…。ノックもなしに部屋に入ってきた、気の置けない友人―ナルカミくんを振り返りざまに睨みつけた。わざとらしいくらいに嫌な顔をしてやったのに当の本人は全く気付かない。ニコニコと上機嫌な笑顔でぼくのデスクに近付いてきた。 「さっきまでバイトでさ、すっげぇ腹減ってんだよ。また夜からバイトあるし。飯〜っ!」 そしてバシバシとデスクを叩いてぼくに催促をする。本当に騒がしい。 それにしてもナルカミくんの適応力はすごいと思う。もうすっかり人間の中に溶け込んでしまって神の威厳なんて欠片も残っていないんじゃないかって思うくらい。人間みたいに生きることに真剣になって、人間みたいに時間に攻め立てられて…バカみたい。学校にバイト、きっとぼくにはそんな縛られた生活は無理だろうね。 学校に行こうなんてこれっぽっちも思わないし気に入ったことしかしない主義のぼくには、今みたいに死にそうなくらいのヒマを感じることだってよくある。だけど、人間が愚かに求め続ける時間なんかに潰されるくらいなら、ずっとこのままの方が良い。まぁ人間には神みたいに時間が無限にあるわけじゃないから、時の中を急ぐ気持ちだってわからなくもないけどね。実感はしたくない。だから人間界に堕とされ、人間の子供の姿にされた今もこうやって時間を持て余しているんだ。昔と変わらずに。 |
君は変わっていくのだろうか。時間に翻弄される人間のように、あるいはぼくを捨てたオーディンのように。そして、どこかへ消えていく?あの雲のように。 |
ぼくがあらぬところへ思考を飛ばしていると、いつの間にかナルカミくんは闇野くんに絡んで食物を獲得していた。口に頬ばる姿を見ていたら何故か、神界の頃の彼を思い出した。そういえば、あの頃も彼はこんな豪快な食べ方をいつもしていたっけ。高校生の姿になっても相変わらず。かき込むように、でも綺麗にすごい量の食べ物を巨大であろうその胃の中に落としていく。急ぎの旅でなくてもそんな風に食べる君を、ぼくは今のようにいつも呆れてみていたんだよ。飽きもせずに、ずーっと。 姿が変わって生活が変わって状況が変わってもこんなささいなコトが遥か遠くの時と繋がる。 「ん?何笑ってんだよ、ロキ。」 ナルカミくんに言われて、はっと気付いた。どうやらぼくはナルカミくんを眺めて微かに笑みを浮かべていたらしい。怪訝な顔で覗き込んでくるナルカミくんの視線を避けるように、ぼくは横を向いて咳払いをひとつ。 「別に。」 一応、無理矢理誤魔化してみる。しばらくナルカミくんは納得のいかないような顔をしていたけれど、ぼくより自分の腹具合の方が気になるのだろう、変な奴とつぶやいただけでまた食事を再開し出した。 小事にこだわらないのも昔通り、何だかほっとした。 人間界のめまぐるしい時の流れも雑踏も、神界には存在し得ないモノ。短い短い生の中で人間達は何を求め、何を手にして生き急ぐのだろう。つぶされぬようにと変化を繰り返していく不変の法則は弱さと共に、不老不死を約束された神には持つことの許されないたくましさが潜むように思う。同時に、変わることのない根を奥底に兼ね揃えて。君もそうだろう?人間として今を生きる君は、ぼくの知らない所でぼくとは無関係に変化を繰り返す。でも「君」は「君」、それは絶対に変わることはない。 |
あの雲は流れて空に消え、二度と帰らない。でも、その向こうに広がる青い空はいつまでも変わらずココにある。 |
授業中にちまちまと書いたお話。
何だか支離滅裂なのはご愛嬌デス。
空を眺めていたら思いつきました。
教室の席が窓側って良いなぁ・・・。
天神美香
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