ぼくらのカンケイ
大抵のモノ達はぼくを蔑み嫌悪を露にした。「平和主義者」の神々は異質な存在であるぼくを災いの種として扱っていたから。己が優位に立っているかのように振る舞ってぼくを見下しながら、その実ぼくを恐れていた。その愚かさが滑稽で笑えた。 一部の神は違った。表向き、他の神と同じようにぼくをけなしたけれど、違う場所では最高に優しい言葉をかけて、柔らかな手をぼくに差し延べた。…どこで?愚問だね。ベッドの上以外何がある。ぼくの恩恵に預かろうと、神々の妻達はこぞってぼくに甘い声をかけてくれた。そう、これも滑稽。嫌われ者のぼくだけが、彼女達を満足させる事が出来たんだから。 ただ、一人だけは違った。何にも考えてなくって、ただ馬鹿なだけの男。周りがぼくをどう扱うかなんて全く気にしないでぼくに接してくる。嫌うわけでなく、恐れるわけでなく、上辺だけの優しい言葉と温もりをくれるわけでもない。そういうのが、一番扱い難いんだ。どうすればぼくの思い通りになるかがわからない。「駒」になってくれない。だけど…何故かぼくは、そんな彼の隣が心地良く思えてならないんだ。ずっと、何も考えないこの馬鹿な男の隣に居れたらと思っていた。そうすれば、きっとぼくも余計な事を考えずに済むのだろう。ただ取り留めのない時間を何も考えずに過ごす。そんな事が出来る、ぼくの唯一の友人。信用とか、裏切りとかはどうだって良かった。そんな事、考えたくもない。そんな不確定要素はいらない。だから、この関係がずっと続けば良いと願っていた。これ以上、近くにも寄らず遠くにも離れない、そんな心地の良い関係。…こんなコトを願っていたなんて、きっとぼくが一番滑稽。そんな関係、ぼくが続けられるはずがないのに。 所詮、ぼくは愚かな道化師。せめて、誰か嘲笑ってやって。 ぼくが唯一の「友人」を失ったのはいつだろう。ぼくらは、不毛な行為と言葉を繰り返す。−もう、これは友情なんかじゃないだろう? |
目が覚めて、ぼんやりとした視界に一番初めに映るのは、安っぽい木造の天井。所々に残る染みが安っぽさに拍車をかけている。カーテンのない窓から遠慮なく入り込む朝の陽の中、気が付くとぼくはいつものようにそれの数を数えていた。まるで、ぼくらが共に過ごした年月を数えるように、身体を重ね合わせた数を思い出すように。…染みの数なんかじゃ足りないけれど。 数え始めてまもなく、ぼくが7つ目の小さな染みを数えた丁度その頃、隣の気配が動いた。微かに布団が擦れる音、間抜けに寝ぼけた声、まだほとんど覚醒していないだろう意識の中でぼくを抱き寄せるいつもの癖。いつの間に、これが普通になったのだろう。彼が目を開く前に、彼の腕の中で目を閉じる。そう、やはりいつものように。 小さく、彼がぼくの名を呼ぶ。昼間、遠慮なく叫ぶような粗雑な声じゃなくて、かと言って夜に夢中でぼくを求めるような微かに震える声じゃなくって、もっと低くて優しい声。耳元で囁かれると、少しだけくすぐったい。 ぼくはそのまま、寝たフリをしてみた。反応のないぼくに、彼はもう一度名前を呼んで大きな手でさらりと色素の薄いぼくの髪を優しく撫でる。うなじの方まで指が這い、思わず小さく身じろいでしまう。 くっと、彼が喉元で笑ったのがわかった。更に指がうなじを撫で、焦らすようにゆっくり背中へと撫でていく。ひくっと、小さく震えるように反応してしまうぼくに、彼は何やらえらく楽しい様子。また、小さくぼくの名を呼ぶ。 そのまま、彼の手は舐めるように更に下へと這っていく。いやらしく、勿体ぶったような動きで腰を撫でてきた。…昨晩の行為だけじゃ、彼を充分満足させるには足りなかったのだろうか。まぁ、だからといって、このまま彼のなすがままにされる道理はないハズである。 彼の吐息が唇に触れた。ゆっくりと近づいて、彼がぼくと唇を合わせるその直前、 「…オハヨウ。」 ぼくは礼儀正しく挨拶をしてやる。予想外の出来事にびくぅっと過剰な反応をして、そのまま彼は静止した。 「朝から随分熱烈なご挨拶、どうもアリガト。」 固まる彼に構わずぼくはそう言い放つと、緩くなった彼の腕の中で姿勢を変える。天井を見つめればさっきよりも明るく差し込む光の中で、眼のような染みが増えていた。 −何を見ている?ぼくらを見ているの?ああ…わかってるよ。ぼくら二人が、どれだけ愚かで滑稽かなんて。だから、お願い。そんな風に見ないで。光の中、ほんの少しでも陳腐な幸せに浸っていたいだけなんだ。今だけ、お願い…今だけだから。ぼくをそんな眼で見ないで…。 ぼくは静かに目を閉じる。ぼくらを無言で見つめる眼は暗闇に溶けていく。でも、ぼくまで暗闇に溶けて行きそう…。少しだけ、怖い。 彼がまた、ぼくを抱き寄せた。暗闇からの帰還−闇に浮かぶ無数の眼は単なる染みに/ぼくは幻想の闇から現実の朝に引き戻される。驚いて目を見開くぼくの視界に映ったのは、再び夢の世界へと迷い込んで行く彼の気持ちの良さそうな寝顔だった。そして聞こえる、規則的で健康的な寝息。…彼にムード的な期待を抱くのは、少々酷なコトなのかもしれない。まあ、これが彼らしい魅力の一つと言うコトにしておこうか。 |
ぼくが唯一の「友人」を失ったのはいつだろう。ぼくらの関係は、一般的に「恋人」と定義されるモノ。愛し愛され、身体を重ねて…やがて儚く散り行くモノ。君に快楽を求めてはいけなかったのかもしれない。でも、仕方がないじゃないか。こんな子供の姿で、誰が相手をしてくれる?ぼくは遊び人だから、やっぱりいつまでもご無沙汰しているわけにいかないんだよ。彼以外、誰がぼくの相手を果たせた? 眼が、再びぼくを視る。己に眠る眼がぼくを見つめる。…わかってるんだよ、本当は。わかってる。だから、それ以上に気付かせないで。 快楽だけを求めるなら、まだぼくらは友達でいられたハズ。そうゆう関係もアリだろう。 …ナゼ、愛されたいと願った?ナゼ、束縛と独占の権利を手にしようとした?ナゼ、束縛と独占を許した?ナゼ、身体を重ねるコトに快楽以外のモノを求めた?ナゼ、幾千と紡いだ「愛してる」などと安物の台詞を彼にまで伝えた?ナゼ… ぼくが、唯一の「友人」を失ったのはいつだったっけ?ぼくらは、不毛な行為と言葉を繰り返す。−もう、これは友情なんかじゃないだろう?友情なんかじゃ、あるはずがないんだ。 笑われない道化師は、役目を失い朽ち果てる。だから、せめて誰か嘲笑ってやって。 |
だから、せめて…アナタが嘲笑って下さい。 |
ホントは暗い話大好きです!
これから書く話は多分ほとんど暗い…。
甘いのってあまり書けないんです。
甘々なラブ話はひすいに任せる!
どうもすいません…。
天神美香
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