海洋
ナルカミくんは最近も相変わらず忙しい。バイトバイトでぼくとばかり遊んでられないんだって。ひどいよね、ぼくは遊びなんて思ってないのに。誰もいない見慣れたアパートの扉に額をつけてそう呟いたらむなしくなったからやめた。 褪せた畳に薄っぺらい布団、低い天井までしんと冷えた部屋。久しぶりに訪れたアパートの一室で乱れた呼吸が混じりあって空気に溶け合っていく。 ってか、さ・・・。 「っは、はぁ・・・ッや、ちょっ・・・と、ナ、ルカ・・・ミくん・・・ッ」 「ん?どした、ロキ。」 ぼくの声にナルカミくんが動きを止めて顔を上げる。汗に濡れた彼は妙に艶っぽくてぼくの呼吸を一瞬止めた。慌てて視線をずらしてぼくは乱れた息を整えながら気持ちを落ち着かせる。なのに彼ったら、 「なんだよ、ロキ。焦らすなって♪」 ぼくの太ももに指を走らせてきた。 「やっ・・・ん、ってちょっと待てってば!」 不覚にも感じてしまったぼくは精一杯彼を睨む。少しは人の話を聞けって!そんなぼくの視線の先でナルカミくんがにやりと笑った。う゛っ、嫌な予感・・・。 「待たない。据え膳食わぬは何とやらってね。ほれ、行くぜ。」 っ〜んもう、本当に馬鹿なんだからァっ!! 「やだッ・・・ぁ、ナル・・・んっ〜・・・!」 ぼくに抵抗する術なんてあるハズがない。そして見事に据え膳のごとく彼に食われたってわけ。あぁ、情けない・・・。 「で、何?途中に言いかけたコト。」 彼が満足し終えて、ようやく話を聞いてきた。でも遅すぎるよ。ぼくはちらりと彼の顔を見て 「・・・もういい。」 呟いてそっぽを向いてやる。不機嫌なぼくのその様子に流石のナルカミくんも少し慌てたようでわずかに身を起こした。腕にぼくの首が乗ってるからあまり動けないみたいだケド。 「ッロキ〜!さっきは俺が悪かったって!な?だから言えよ。気になるじゃん。」 そんなんでぼくの気が収まると思う?無言で今度は体ごと向きを変えて完全に背を向けてやる。これで少しは反省するだろう。…ってのはあさはかだったようだ。 「・・・わかった。」 トーンが一段下がったナルカミくんの声、続いて腰から首にかけて背骨をなぞるように這う指の感触にぼくは不意を突かれた。体が敏感に反応する。 「っやん・・・!」 無意識に彼の手を払い退けようと顔の近くまで持ち上げたぼくの腕をぱしっと捕まられた。そのまま引っ張られぼくは無理矢理体の向きを変えさせられる。すると彼はぼくの顔を覗き込んでニッと得意気に笑った。 「な?言えよ。それとも、さっきと同じ状況にしてやろうか?」 本当にこの馬鹿は・・・。わざとらしくため息を吐いて彼の手を払う。軽く握られてるだけだったから案外簡単に外れた。 「久しぶりだからってね、ナルカミくん乱暴スギ!少しはこっちの身にもなってくれない?ただでさえ子供の体なんだから。」 思いっ切り睨みつけてやると効果があったようでナルカミくんは一瞬気まずそうな顔をした。・・・一瞬だけ。 「あ・・・悪ィ。でもさ、満更でもなかったんだろ?気持ち良さそうな声出してたぞ♪」 こいつ・・・ッ!! 「そういうコト言ってんじゃ・・・!?あぅ。」 文句を言ってやろうと体を起こす・・・つもりだったのに、力が入らずにまたナルカミくんの腕に逆戻り。〜っんとに腹が立つ! 「あんま動くなって。無理すると体に悪いぞ。」 笑いを含んだナルカミくんの声。誰のせいだと思ってるのさ!?それにぼくが動く以前に君が動いて無理させてるくせに。 「そう怒るなよ。久々なんだからさ、大目に見てくれよ。」 ぼくの怒りが届いたのか今度は申し訳なさそうに言う。そんな顔されたらぼくだって強く言えないよ。でも・・・久々なのも君のせいなんだから。 「・・・少しは加減してよね。」 バイトの事だよ?君は気づかないだろうけど。 「努力はする・・・つもり。けどイザってなるとなァ・・・。」 やっぱり気付かないよね。乱暴だろうが何だろうがナルカミくんがぼくを求めてくれるのは嬉しいんだ。だって、それだけぼくは君に必要とされてるんだから。それを久しぶりだからってバイトのせいにするのが嫌。毎日だって壊れるくらいに求めて欲しい。本当に壊れたっていい、その相手が君ならね。加減出来るくらいの想いなんて・・・そんな安い感情ならいらない。 「今は変えらんねえから次にスケジュール出す時に、な」 「・・・え?」 突然降ってきた声にぼくは耳を疑って思わずナルカミくんを見る。だって君が言ってるのは・・・。 「?何だよ。バイトの事だろ、加減って。ってかコッチの加減は出来る自信ないからなっ!?」 自信ないって自信持って言うなよ。でも、ぼくにはその自信のなさが嬉しい。 仕方ないなァ。今日の事は特別に許してあげる。 「毎日これくらいやったら慣れるだろうしな♪それならいいだろ?」 ・・・人がせっかく感動してあげてるのに、また馬鹿な事を。まぁそっちがその気なら 「男に二言はないよね?」 バイトがあろうがなかろうが、そしてどれだけ疲れていようが本気で毎日これくらいやってもらおうか。先にギブアップするのはぼくかナルカミくんか…。それもまた一興。冗談と思わせないぼくの真剣な目にナルカミくんは目を見張り唾を飲み込んだ。 よし、ナルカミくんの間抜け面も拝めたし一応満足。ぼくはナルカミくんの背中に手を回して胸に額を当てて堕眠を貪るとしよう。 最初に君に求めたのは何だろう。友情みたいなものかな?それから旅をしてもっと君を知りたくなった。それからいっぱい話してもっと近づきたくなった。それから傍にいてもっと一緒に居たいと思った。それから、それから…。 いつのまにか互いに好きになって、手を繋いで、数え切れない程のキスをして、それでも足りなくなって何度も同じ夜を過ごしてきた。それは今も続いてるけど互いに求め合う力は遥かに強くなっているよね、確実に。 愛情ってまるで海水みたい。多く飲めば飲むほど渇きをおぼえるんだね。決して満足することなんてないんだ。 ナルカミくん、君は海。地球を抱く海よりずっと塩辛い水を持っている海だよ。何度もぼくの喉を、体を、心を潤しては渇きを教えてくれるんだ。海が持つ底を知らぬ海水のように絶える事のない愛情で渇く暇もない程潤し続けてよ。魚も陸も星も抱かずにぼくだけをその身に抱いて・・・。 ぼくを抱くナルカミくんの腕がかすかに緩んだ。 「・・・あ、明日バイトだ。ってことでェ」 「?んぅ・・・っ!?」 前触れもなくいきなりかなり深いキスを仕掛けてきた。な、何だよ一体・・・。 「明日の分、今やっとくか!」 満面の笑みを浮かべたと思ったら何言ってんの? 「つまらない冗談言わないでよ。」 軽くあしらってぼくは再び眠ろうと布団を引き寄せる。と、引き寄せた瞬間に剥ぎとられた。んもう〜・・・ 「いい加減に・・・」 「男に二言はない、だろ?」 勝ち誇っているような笑顔。この単細胞は何故自分に都合のいい事はこうもしっかり記憶しているのか。たまに感心してしまう。もちろん、悪い意味で。 「明日の分は明日、男ならけじめもしっかりしてよね。」 言葉でナルカミくんに勝ち目があるはずがない。・・・なのに彼のこの笑みは何? 「悪いな、ロキ。もう日付変わってるんだわ。」 反論の言葉を探す前にナルカミくんに唇を奪われた。力の抜けきった体からさらに力が抜かれていく。ぼくになす術などすでにない。 今夜の海は荒れ模様。当分収まりそうにありません。 |
鳴神氏をバカにするのがえらく楽しいです。
ロキさんには頑張ってもらうのみ。
私が楽しければ良いのです。
天神美香