文明の利器 |
文明の利器なんて大嫌い。最近はエコロジカルな考えが流行ってるんだって?何でもかんでも削り取っていく。それで愚かな人間達は時間を、遊びを、愛情を節約するんだね。何て馬鹿馬鹿しいんだろう。まったく、同情の余地もない。 |
家の前を一台の車が排気ガスをまいて行き過ぎた。ぼくはわずかに顔をしかめて窓から身を引く。その視界の端に見慣れた人影が走ってくるのが認められた。思わず顔がほころんでしまう。 いつも真っすぐな単細胞で猪突猛進な熱血漢、考えだしたら一直線。そんなナルカミくんには恋愛感情を節約するなんて器用なマネは決して出来ないだろうね。その彼がぼくの元へと走ってくる。どれほどの感情に動かされて?我慢出来ないほどに会いたいとか走らなければ落ち着かないとか…。まあ、そんなところかな。僕って罪な奴。彼がここに着いたらご褒美にお疲れ様のキスでもして上げようか。 愛されている自信を手に入れるのはすごく簡単。だって僕は愛され慣れているし。遥か昔からそれは変わらない。 ぼくは余裕を持ってゆっくりとイスに腰掛けた。わざわざ迎えになんて行かなくたって、彼はここまで来てくれるから。そんなささいな事も自信に繋がる。 階下から乱暴にドアを開く音が聞こえた。そして続く階段を昇る足音。ほら、やっぱり。待ってれば向こうから来てくれる。僕って、愛されてるでしょ? 壊れそうなほど勢い良く扉が開けられた。肩で息をしているナルカミくんは休む間もなく言葉を発する。 ―でも、恋愛ってなんて不安定、自信は脆い硝子のよう…。 「ロキ!大堂寺来てないかっ!?」 そして憎むべきは脳より先に働く皮肉な口。 「やぁ、ナルカミ君。まゆらとデートのお約束?随分と仲が良いじゃないか」 きっと僕、いわゆる屈託のない笑みってヤツを浮かべてるんだろうな。 「どうでも良いけどさ、うちを待ち合わせ場所に使わないでくれない?」 ぼくは舐め上げるように上目遣いでナルカミくんを思い切り睨んでやった。だって、人の家に勝手に入って来て第一声があれだよ?別にぼくは細かいコト気にする主義じゃないから、ナルカミくんが誰と何をしようがぼくは構わないケドね。特に恋愛に関しては…だってぼくは遊び人だもん。だけどさ、最低限の礼儀は守って欲しいものだよ。何の挨拶もなしに、他の人の所在を問うなんて無礼にも程がある。そう、ただそれだけ…。 ぼくの視線の先でナルカミくんは一瞬、きょとんとした顔を見せた。しかし、さして気にする風もなくしゃべり出す。 「いや、大堂寺が教室に忘れ物してさ、クラスの奴らに渡してくれって頼まれたんだよ。」 照れたような顔を見るからに多分女の子にでも囲まれて頼まれたんだろう。 ぼくの知らないトコロで君はどんな風にしてるんだろう。どんな風に思われてる?ぼく以外の人にも同じように微笑むの?…―どうだっていいじゃないか、そんな事。 生まれた思考を否定するように断ち切る。ぼくから何かを求めるなんてぼくらしくない。嫉妬?まさか。されることがあったってこのぼくがするなんて有り得ないよ。 「…ロキ?」 真近で聞こえた声に意識が現実に引き戻された。はっと気付くと、ナルカミくんはぼくの顔を覗き込んでいた。その目に、何故だか心を読まれそうで思わず顔を背けてしまった。心臓が耳に痛いほど胸を打つ。…どうして? 「は、早く、まゆら…来ると良いね!」 無理やり作った笑みに、明るい声を乗せる。だって、そうでもしないとまた意識が違う所へ飛んでしまいそうで…。 そんなぼくを真剣な顔でじっと凝視していたナルカミくんが、突然口を開いた。呟くように、それでもしっかり聞こえる声で。 「…なんだ、妬いてんのか?」 どうしてこの男はこういう時だけは妙にスルドいんだろう。 顔に血が昇って行くのが分かる。耳も熱くなっていく。そんなにストレートに言われたら、ぼくだってこの思いを認めざるを得ないじゃないか。 「バッカじゃないの!?普通そういう事で言うかなぁ!あ〜、やだやだ。相当僕に好かれてる自信があるんだろうねぇ!?」 だって、そうだろう?好かれてるなんて自信もなしに、こんな事が言えるはずがないじゃないか。それも、大真面目な顔で。ああもう、ぼくだって何を言ってるのか分からないよ。焦れば口ばかりがよく動く。だから、つい本心が出てしまうのだってナルカミくんのせいだ―…。 「ぼくは…ナルカミくんの気持ちなんて分からないのに。」 それでも聞こえないような小さな声だった…はず。単なる独り言なんだから。そう、気付かない内にナルカミくんがこんなに近くに来ていたりさえしなければ。 いきなり腕を引かれて立たされたかと思うと、ぼくはナルカミくんの胸に倒れ込んでいた。そして強く抱かれる。いつもよりずっと強く。 「な、ナルカ…っ」 「黙っとけ」 ぼくが声をかけようとすると、一層強く抱きしめられた。力強いぬくもりに砕けた自信の欠片を見つけ出す。 こんな事で愛されてると感じるなんて、ぼくって単純?だけど明らかにぼく以上に単純な彼を信じるには十分だと思うんだけど。 このささやかな幸せにもっと浸っていたくて、目を閉じてナルカミくんの腰に手を回す。しかし、いつもと違う感触が首筋辺りに当たった。ガクランの内ポケットに何か入ってる…?その正体を尋ねようとすると同時にソレは突然、細やかな振動を始めた。勿論、まだぼくの首筋に当たったままで。 「っひあ!?」 急いでナルカミくんの腕を振り払い、慌ててその振動から逃れる。思わず発してしまった自分の声に赤面しながらも、ばくは首を押さえてナルカミくんを見上げた。 ぼくの視線の先で、何事もなかったかのようにナルカミくんが内ポケットから取り出したのは、現代人の必需品、携帯電話だった。万年貧乏な彼がそんな物を持てる筈がない。眉を寄せたぼくに、ナルカミくんは動かなくなったそれを握ったまま、何故か得意気に一言。 「大堂寺の忘れ物。」 ああ、と納得するぼくを見て、ナルカミくんは小さく吹き出して笑い出した。 「お前、本ッ当に文明の利器ってヤツ駄目なんだなァ。」 多分、いや絶対にさっきの反応をからかっている。もう恥ずかしいやらムカツクやら…耳まで一気に赤くなってしまった。弁解を試みようとするが頭に血が昇って何も言えやしない。ナルカミくんはそれを付け狙うように質の悪い笑みのまま言葉を続けてくる。 「そんなに、感じたんだ?」 っ…トドメを刺すなよ。心臓が破裂しそうになるのを押さえてやっとの事で言葉を絞り出す。 「―知らないッ!!」 わざとらしいのは誰よりもよくわかっている。それを知って、なおも声をかけようとする彼を止めたのは突然の来訪者だった。 「ロキくん!鳴神君来て…あ、いたぁ〜」 はぁ…、まゆらが鈍感で良かった。この空気の悪さも気付かずに、笑顔で部屋に入ってくる。 「ね、私の携帯持って来てくれたんでしょ?ありがとう〜♪」 ナルカミくんはさっきまでの空気を引きずって気のない返事をしつつ、ぎこちない動きで駆け寄るまゆらに携帯を渡した。 「あ〜…俺バイトあるから、もう行くわ」 先程までの元気はどこへやら、ナルカミくんは照れ隠しのように頭を掻いて部屋を出ようとした。でも、こんな消化不良な状態で僕が許すとでも思う? ぼくは小走りでナルカミくんの傍まで行き、力任せに袖を引く。そしてよろけた彼の耳に囁いてやった。 「ナルカミ君の動きの方が、ずっと悦いよ。」 彼が真っ赤になったのは言うまでもない。…人の事言えないケド。まぁ、とりあえずこれで良しとしてあげようか。うわぁ、ぼくってなんて寛大なんだろう。 現代人って、なんて凄い。携帯を忙しくいじるまゆらの横で、心からそう思う。熱い抱擁の代わりに冷たい無機質な機械を握り、甘い愛の囁きを、温かな吐息の代わりに電波に乗せ、或いは小さな電子の文字に託していく。よくそんなもので満足が出来るもんだと感心するよ。ぼくにはどんな事があっても出来そうにない。だって、ぼくは神様だもん。そんなもので満足出来るほど安くないんだよ。電波なんて目に見えないモノなんか信用できるはずがない。…もっと、ずっと確かなモノで繋がっていたい。 それにしても…。ぼくはまゆらに気付かれないように、小さくため息を吐く。今日は散々な日だ。ナルカミくんにはからかわれるし、おかげでまともな話の一つも出来なかった。抱きしめてくれたのは嬉しかった…気がしないでもないけど、結局は中途半端だし。全てはアレのせい。まゆらの手に握られた携帯電話をぼくは思い切り睨んでやる。感情の欠片も持たないソレからは、何の反応も返ってはこないけれど。 |
やっぱり、文明の利器なんて大っ嫌いだ。 |
友人にやられたことをネタにしてみました。
読んだら気付くだろうな、友人。
でもあまり指摘されたくない…頼むよ、友人。
これ、タは随分前に書いた話なんです。
サイトに載せるように少々書き直しました。
しかし昔書いたものってかなり恥ずかしい…。
今書いたものでも恥ずかしいですけど。
精進、精進。
天神美香