ある日曜の朝早く、ふと目が覚めた。
夏が過ぎた朝は思った以上に肌寒い。
きゅうっと、布団代わりに引き寄せる。
「っ…ん〜。」
寝惚けた声で、小さな身体が俺の胸に擦り寄ってきた。
壊れそうに華奢で、愛しいロキ。
布団代わりなど勿体無い。俺はロキの全てを抱き締める。
もぞもぞと更に俺に擦り寄るロキはまるで猫のよう。相当疲れているのか熟睡し切って起きる気配も無い。まぁ…昨夜を思い起こせば当然だろうなぁ。
「…ごめんな?」
守りたいと願い強く抱き締めればその力で壊してしまいそうで、腕の力を緩めればお前はどこかへ逃げていってしまいそうだ。
どうすれば良いのか、何が正しいのかわからない。だから本能の赴くままに俺はお前を求めてしまうのだろう。そんなことじゃ、お前を守る事なんて出来ないのに。
俺は更に小さなその身を抱き締める。ぎゅっと強く。壊れる事を怖れながら、愛しさにこうせずにはいられない。…情けないな。
「ロキ、好きだ。」
心からそう思う。直接は伝えられないけど。この想いは、どれだけお前に伝わっているのだろうか。考え出すと怖くて怖くて仕方がない。本当は、俺なんて全くお前に愛されていないのかもしれない。哀れなこの男に優しいお前が、ただ慈悲をかけてくれてるだけなのかもしれない。
…なぁ、そうなのか?
己の考えに心が縛られる思いがする。更に強く強く、ロキを抱く。
「好きだよ、ロキ。愛してる…。」
何度もロキの寝顔に囁く。気を抜けば自分の情けなさに涙が出そうになるのを懸命に堪えながら、いつまでもいつまでも…
「…ねぇ、いい加減痛いんだけど。」
「…―へ?」
寝ているはずのロキが突如声を発し、不平を漏らしたのは、それからしばらくしてからだった。
「人の安眠妨害しないでくれる?抱き締めてくれるのは別に良いけどね、ちょうど寒かったし。でもね、耳元でぶつぶつ言われるのって結構ウザいよ?ただでさえ君の声って大きいんだから。」
状況を理解できていない俺の思考は置いてけぼりに、ロキは一人で話を進める。緩んだ俺の腕の中から寝惚け眼でのろのろと這い出しながら、大きな欠伸を一つ。
「囁きっていうのは、もっとそっと優しくするものだよ?」
冷静なロキに、俺は血の気が引く思いがした。
「えと…あの、ロキ…、いつから…?」
「最初から。君が起きてぼくを抱き寄せていきなり『ごめん』って言った辺り。」
辛うじて絞りだした俺の問いに、あっけないほど平然と返ってくるロキの言葉。引いた血の気が、一気に頭に昇ってくる。茹であがったタコのように赤面する俺を見て、ロキは実に愉快そうに笑った。
いやいや、笑い事じゃないって。寝ているからこそ、ロキには聞こえないからこそ言えた言葉だったのに。取り返しのつかない事態に俺はただただ俯くばかり。恥ずかしさにロキの顔が見れない。ロキの嘲笑が耳元で渦巻き、こだまする。
誰か!この場で深い深い穴を掘って俺を埋めてくれ!
そう切実に願う俺の気持ちは、突如口唇と共に奪われた。
状況把握に、優に30秒は要しただろう。
口唇を覆う柔らかな感触は間違いなくロキの小さな口。くすぐったくなるくらい細い指は、俺の頬を優しく包んでいた。
可笑しなくらい冷静を取り戻した俺は「ああ、キスする時のロキはこんな顔をするんだなぁ」などと、わけのわからないコトをぼんやりと思っていた。
やけに長い口付けは、ゆっくりとロキが離れて終わった。
夢の中のような不思議な心地の中で、目の前のロキは現実的に大きく深呼吸をしている。そして、はぁ…と一息ついた。
「君を不安にさせた覚えはないんだけどね、何だかガラにもなく思い詰めてるようだからこれだけは言っておくよ。」
面倒臭そうに言ってから、にっこりとロキは微笑む。少しだけ照れた顔で。
「愛してる。…これだけじゃ、君の不安は取り除けない?」
その微笑があまりにも可愛すぎて、そして何よりロキのその言葉が嬉しすぎて、俺は思わずロキを抱き締め…押し倒した。
瞬間、見事に腹に一発蹴りが入ったが。
普段は互いに言えない言葉だから、普段から互いに信じ合おう。
大丈夫、大丈夫…もう何も怖くなど無い。不安は全て消え失せた。残るは自信と愛しさと…腹の鈍痛のみ。
そして俺達は再び惰眠を貪った。
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