蒼色−小さな恋の歌−



「光ちゃん!」

雨上がりの緑薫るゆうぐれの小路。まだ、青葉の生い茂る木々は雨雫を受けて首を項垂れている。車も通らない、小さな祠のある薄暗い小道の先にロキが光太郎の姿を捉えたのは遂、先ほどの事だった。

「お〜、探偵。どーしたんだよ、びっしょびしょじゃん」

「光ちゃんこそ。もういきなり降るんだもん、まいったよ」

水に濡れた前髪を小さな手で避け、光太郎を見上げる。

暇を持て余して仕方なかったので散歩に出た途中に雷を伴う夕立に遭った。空はいきなり機嫌を悪くしたので、生憎傘などは持っていなかった。

「おかげさまでこんなにセクシーになっちゃったよ」

そう言いながら、ロキは細い二の腕に重たくへばり付き、水を多く含んだブラウスをわざと肌に貼り付けて、白い肌を透かせて光太郎に見せてくれる。

「あ〜、俺もだな。このベスト脱いだら、マジ透けてんもん。女の子悩殺だな〜」

「うわ、光ちゃんがやったら洒落んなんな〜い。光ちゃんやらしー」

けたけたと笑っていると、光太郎は制服のポケットから携帯電話を取り出した。ロキに画面の背を向けて、なにやら規則的な電子音を立てる。その携帯は、繭良の持っていたのとは少し違っていて、半分に折りたためる物だった。繭良が半分に折りたためる最新型のカメラがどーのというのを欲しがっていた気がする。さすがは光太郎だ。

変な音を立てながら、光太郎はまだ何かしているらしい。ロキはつまらないので、携帯の背を見詰めていた。なにやら、変なものがついている。不思議そうにそれを見詰めていると、光太郎がちらりとロキを見て小さく笑った。バカにされているのかと思い、言い返してやろうかと口を開いた時…

ちゃらりら〜♪

「!?」

聞きなれない音が響き、ロキは思わず絶句する。光太郎はそんなロキを見て得意気に笑うと、携帯の電子パネルを見せてくれる。じぃっと見つめたそこには、写真のような、何かが写っている。まじまじ見てみれば…

「じゃ―んっ、濡れ探偵」

「…えッ!?ぼ、ぼく!?あ…あ〜〜っ!!ちょ、ちょっと光ちゃん!!何そんなの撮ってるのさぁ!」

真っ赤になって、ロキは騒いでいる。なるほど、繭良が言っていた写真の撮れる携帯とは正しくこれのことであったのだ。くそぅ、この性悪高校生め。ただでさえ、写真という類のものは嫌いであるというのに。全く油断大敵である。

光太郎はロキの静かな怒りなど全く聞いていないようである。またそれが腹立たしい。まあ、なんとも光太郎らしいと言ってしまえばそれまでなのだが。

 

「さーて、と。遊んだし帰るかぁ」

「遊ばれたし、帰りたいなぁ」

皮肉るロキを笑いながら光太郎は見下ろす。送ってってやるよ、と手を差し出す。ロキは、むうっと子供のようにむくれて、光太郎を見上げてやる。バカにするな、と。光太郎は、そんな普段とのギャップに思わず声を上げて笑ってやった。

「な、何さ。光ちゃんのばか。ぼくは女の子じゃないもん」

未だにむくれるロキの頭に手を置いて髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でてやる。髪の毛に装飾られていた雨雫はきらきらと闇を含んでロキの髪から散る。

「うわっ!もう、いい加減にしてよ!あ〜。光ちゃんさては、ぼくの可愛さに妬いてるなぁ〜」

「はぁ?何でそうなんだよ。ほら、送ってやるから。いくぞ」

光太郎はロキを放ったまますたすたと先へ進む。なんつー勝手なヤツ…ロキは仕方ないので、小さな歩幅を目一杯広げて光太郎の背を追う。

 

静かな小路に響く、二つの革靴の音。

 

「ねー、光ちゃん?僕さ、別に送ってもらわなくたって帰れるよ?」

無理矢理取られた手をそのままに、ロキは下からひょいと光太郎の顔を覗き込む。

「いーじゃねーかよ、探偵ん家の前通ったって帰れるんだから」

軽く流してくれた光太郎にロキははあ、と溜息をつく。これはもうダメだな、あきらめよう。黙っていても仕方ないので、とりあえずロキは話題を先に切る。

「いや〜、ぼくはいいんだけどね?光ちゃんが困るんじゃないの?彼女さんとかに見られちゃったらどーするの?変な趣味って疑われちゃうよ?」

冗談半分にさっきのお返しとばかりに笑ってやる。すると案外普通な返事が返ってきた。

「今、彼女いねーから。でも、マジに惚れちまったヤツはいるぜ?」

「えーっ!?光ちゃんが!?うわ〜うわ〜、意外〜♪」

ロキは思わぬ情報に目を輝かせて話を聞きたがった。だが、光太郎は、言おうとはしない。

「光ちゃんのタイプってどんなのなの?やっぱりホタルちゃんみたいに可愛い子?あ、それともスタイルいい子とか?」

「そんなことお前に話したら、ソイツに変な趣味って見られるから言いたくないね」

「うわ、最悪。変な趣味とは失礼なー。こんなに可愛いぼくなのに」

「自分で言ったんだろ?…な、やっぱ変な趣味って思うか?そーだな、例えば…俺がレイヤちゃんマジで好きになったとかってゆーのは」

いきなり真剣な声でたずねて来た光太郎にロキは思わず目を丸くした。

「こ、うちゃん……レイヤが好きだったんだね?…ううん、いいと思うよ。全然…」

そろ〜りと、手を緩め様としてみた。光太郎はぐいっと手をつかむ。

「例えばっていってんだろーが!ったく…」

はあ、と溜息をつく光太郎の横顔はあまりに切なげであって、切羽詰っているような、追い詰められた顔をしていて、ロキは慌てて取り繕う。

「あ、あ…あの…いいと思う!ぼく」

くいっと光太郎の手を引いてこちらを向かせる。光太郎は、驚いた様子でロキを見下ろす。にっこり笑って、光太郎の恋にアドバイスをする。本気の人間を笑うのは自分を嘲笑うも同じ。

「全然、変じゃないよ?好きなんだもん。いいと思う。だってね?大人がよく、12歳差で結婚!とかあるじゃない。それが、子供だからって気持ちを抑制することないと思う。でしょ?だから、光ちゃんも胸張って言ったらいいと思うよ?それに、好きって言われてやな気しないよ?それに、女の子なんか、光ちゃんみたいに格好いい人に好きって言われたらドキドキしちゃうよ」

一気にしゃべり終えてロキは、ふうっと息を吐く。うん、我ながら、いい見解だ。これで、迷える少年を一人救った。流石経験豊富だと違うよね!

「別に……例え話であって、俺が本気でレイヤちゃん好きみたいな言い方してくれたな…」

光太郎は笑いを堪えているかのような声で、ロキを見ていた。そうだ、よく考えてみれば、あれは例え話であったのだ。ロキはまた、顔が火照るような気がしたが、あくまで勘違いと思うことにした。

「…ありがとな、探偵。参考にさせてもらう」

小さく笑った光太郎は何だか。

やっと息を出来たかのように、曇りのない笑顔だった。

 

 

「探偵」

「うん?何?」

暫くしてから光太郎が声をかけてきた。何かと思って、すぐに聞き返したのだが、光太郎は黙ってしまった。

「……光ちゃん?どーしたの?」

先ほどの話もあってか、子供を心配する親のような声でロキが光太郎を見上げる。だが、光太郎はこちらをちらりと見下ろすと、ぴたりと歩を止めた。

あまりに急に止まった為に、ロキは大きく一歩前へ出てしまった。(光太郎から見れば小さな一歩だが)

「…ねえ、光ちゃんってば」

不思議を問う顔をして、光太郎を振り返れば、ご丁寧にも偉そうに顎で示してくれた。

言われたとおりに(?)ロキは首だけで前を振り返った。そこには、踏切沿いに一台の車が止まった小規模な駐車場と流行ってなさそうな自動販売機が雨に光ってぽつりとあるだけだ。

示された意味が全くにわからず、ロキは光太郎を見詰める。

「……お化けでも見えた?」

「いや?踏み切り」

即答されて、ロキは大きく眉を潜めた。意味が全然分からない。

「いや、踏み切りって言われても―…」

怪訝な顔をしたロキの背後から小さな風が吹く。少し長い後ろ毛を押さえながら、質問を続けようとすると…

カンカンカンカンカンカンカン―

警報機の赤いランプが上下に点滅し、矢印が二つ点灯した。

高い、大きな音が細い小路に響き渡る。ロキは思わず驚いて、思い切り踏切を振り返る。

ロキはそんな普通の事に思わずとはいえ、驚いてしまった自分が冷静になると恥ずかしくなってきた。仄かに顔が火照ってきた気がするのはあくまで気のせいであると思いたい。相手が光太郎だから悪いのだ。これが鳴神や闇野ならば、照れる必要もないのだ。からかわれるのが嫌なのだ。光太郎はすぐに子ども扱いするから。

「―探偵」

一人で脳内大議会を繰り広げているロキの頭上から声が降る。

うわっ!来た!わ、笑いたきゃ笑えよ!煩いな〜っ!!そんな事を覚悟しながら、ロキは投げやりに振り返る。

「何っ!?どうせ笑うん……」

カンカンカンカンカンカンカン

「―……光、ちゃん?」

振り返った光太郎は能面のような無表情をしていた。また、どーかしたのだろう?と気にかけたところでからうつもりか、色々考えてしまう。だが、光太郎の顔は無表情なのに目だけが真剣にこちらを見ているのだ。

カンカンカンカンカンカンカン

ふいと下を向き至って普通な感じに一応視線から逃れてみる。

「おい」

「っ……」

それも冷たい一言であしらわれてしまった。

「な…何さ、光ちゃん」

ぷぅっと不貞腐れて上目に見上げてみる。

「すげーだろ。電車予知能力」

ふと、口元だけが笑う。

「んもう、いいよ。そんな事…」

カンカンカン…ゴォッ――

ぶわっと大きく風が舞う。

「わっ……」

がたんがたんと轟音を立てながら過ぎ行く疾風のような電車。

「…………ロキ」

「え?」

ロキはその声にふいに顔を上げてしまった。

「こ…光ちゃん?」

カンカンカンカンカンカンカン

次の列車の再来を告げる赤い警報機が忙しく点灯する。

カンカンカンカンカンンカンカンカン…

やがて、再び通り過ぎる疾風の電車。疾風に誘われて風が集う。仄かに、互いの髪を掠める。光太郎はこちらを見たまま動こうとはしない。ロキはこの状況をどうとも打破できずに必死に思考をめぐらせていた。いつもなら、笑って茶化してはい終わり!なのだが、いつになく真剣な、余裕の消え失せたその瞳は、明らかに自分に向いている訳で…つられてこちらまで、余裕がどこかへ消えてしまった。

カンカンカンカンカンカンカン

赤く上下に点滅しつづける警報機。

その早い一定のリズムにこちらまでが焦燥感に煽られる。平常だったはずの脈は何時の間にか警報機と同調している。

ふわっ……

あせりにそぐわぬ風が二人の間を通り抜ける。

 

「お前が……」

 

ゴォッ―

轟音とともに走り抜けていく電車。とてつもない風が音とふいて、自分を巻き込み空へ吹きぬける。思わず髪に手をやり、目を閉じてしまった。ロキは光太郎が僅かに開いた口から発した言葉を聞き落としてしまった。しまった…と思いながらも電車が一瞬の内に走り抜けた後ロキはかかるわけもない髪を耳にかけながら上目に光太郎を見る。

「こ、光ちゃん?」

様子を窺うように甘えた声で問うと光太郎は俯いてしまった。先程の警報機か、光太郎のせいか。気持ちが何だか先走っていく。

「ご、ごめんね?電車で何言ってるか聞こえなかったんだけど…何か言ったよね?もう一回言って?」

俯いてしまった光太郎にロキはかける言葉が見つからずに、慌てて光太郎の袖を引く。頭では、そんなんじゃないのに、と分かっているのだが、気持ちが先走ったまま帰ってこない。

「探偵…」

「っ……な、何?」

光太郎から発せられた声はいつもよりもずっと低くて張り詰めていて、思わず身を硬くしてしまう。先程のなごり風がまた、ふわりと吹く。

「…好きだ」

近くで光太郎の声、遠くに踏み切りの開く音。

二つが同時に聞こえた時に、体に列車のなごりの不規則な風が再び吹き付ける。音と風と共に、ロキの唇に光太郎が触れた。

 

耳障りな周りの音







                             確かな熱








生温い夕風

                          







                          無意識の欲求

 








不思議な感覚に浮かされながら、ロキは舌を絡める。

「ん…っ、はぁ」

ずいぶん長い間重ねていたかの様な唇を物足りなくも感じながらゆっくり離す。小さな夕風が、紅潮した頬と、どちらのとも判断の付かぬ唾液に濡れた口元に触れる。

唇を離した後の、気まずさ。どうしたものか。目を合わせることが出来ずに光太郎の腕に体重を預けたままだ。光太郎は何がしたかったのだろうか?

ロキは、やっと上がった息についていけるようになると、光太郎の腕から身を引いた。すると、光太郎はそのままこちらに背を向けてしまった。一体何だというのだろうか?キスされる直前に聞いたあの言葉は自分の気をひく為に言ったとは思えない。とても切羽詰まった声だったから。ロキが黙々と考えていると聞きなれない電子音が響いてくる。誰かに電話や、メールでもしているのだろうか?

何なんであろうか?自分には用はもうないのだろうか?この態度はなんだろう。告白した後の態度とは思えない。ロキは、色々な意味で腹が立ってきて、光太郎を呼ぼうとした。すると光太郎が突然こちらを向いた。

「……ロキ」

また、あの偉く真剣な声で名前を呼ばれた。また来るのか!?と何となくちゃっかり目を閉じて身構えたロキに息に近づく光太郎の気配。

 

ちゃらりら〜♪

 

身構えていたロキの耳に聞いたことのある電子音が聞こえた。

こ、これってまさか!?

ロキが慌てて顔を上げるとそこには満面に子憎たらしい笑みを浮かべた光太郎が案の定携帯電話を持っていて自分を見下ろしていた。そして、今度はいつもの悪戯っぽい口調で言う。

「じゃ―ん♪今度はキス待ち探偵ー」

げらげらと爆笑する光太郎にロキは思わず顔を真っ赤にして、腹を殴りにかかる。

「んも〜っ!光ちゃんのばかぁ!!ひどい、最低だーっ」

ぽすぽす軽い音を立てて繰り返されるロキの攻撃も虚しく、光太郎に頭を押さえつけられる。そして、不意打ちと言わんばかりに顔を近づけて来る。きゅっと目を反射的に閉じ息を止める。

ちゅっ。

「〜〜…ふぇ?」

軽く音を立てて光太郎が離れる。

「ほら、子供には鼻にちゅうで十分なんだよ」

けらけら笑いながらくるりと背を向け、先に歩を踏み出す。

「〜〜〜っ!!光ちゃんっ」

本気でバカにされているような気がしてロキは軽く本気で光太郎の背中に甲高い子供の声で怒鳴りつける。すると、光太郎は首だけでこちらを振り返り、にやりと悪戯に笑って言うのだ。散々からかって、振り回したロキに向かって。

「…好きだ。本気だぞ?冗談だったくせに、なんて言い訳受け付けねーからな?」

散々からかって、振り回したロキに向かって。

真剣に言われるより何より、素の光太郎にそれを言われるとは予想外もいいところ。頭だって、働き出すのに時間を要する。てゆーか、その絶対的自信はどっから沸いてでるんでしょうか?

「―かっ、からかうのも、いー加減にしてよね」

散々時間を要した割には相手をからかう皮肉も考えられず『負け惜しみ』と言うに相応しい台詞しか出てこない自分が情けないったらない。

「愛情表現だっつーの。ほら、いいかげん帰るぞ」

明らかに上機嫌の光太郎を見て、ロキは何も言えない自分が悔しくて、情けなくて、バカみたいで、恥ずかしすぎて。

仕方ないので、ぱたぱたと光太郎の隣まで小走りに寄る。

「いい加減にするのは光ちゃんでしょ。遅くなったのは光ちゃんのせいなんだから」

むす〜っと不貞腐れて顔を見上げる。

はいはい、満更でもねーくせに。軽く流す自信満々の光太郎にがっくり肩を落とした。

この微妙すぎる気持ちが紛れるかどうかは分からないが、ロキはとりあえず光太郎越しに薄暗い雨上がりの蒼の空を仰いだ。



美香のリクエストで「光ロキ小説」でした。
でした、なんて言える代物でなくてごめんなさい。
イメージはナルロキ前提はなくて、光ロキ前提で。ナルロキ前提にすると光ちゃんの失恋話になりそうでしたので。うあああ〜…久々で文章ハチャメチャ…
ごめんなさい…美香。

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