海は恋してる



「…おっ!見てみろよ、セレインちゃん、海が見えてきたぜ。海海海♪」
「…………」
「やっぱドライブはいいよなあ。セレインちゃんと2人っきりだと思うと、また格別だぜ」
「…………」


心底嬉しそうにしている男と、心底不機嫌そうにしている少女。


誰の目から見ても明らかに温度差のある2人は今、男の運転する車で、
初夏の海へ向かって疾走している最中であった。



「……言っておくが」

ようやく少女が重い口を開く。

「?…何だ?愛の告白なら、夕日の沈む海辺でした方が雰囲気がよくないか?」
「誰が!!…言っておくが、私は自分から進んでこうしている訳ではないからな!
アイナやシモーヌが気分転換になるからと無理矢理、
しかもみんなで一緒に行こうと言っていたからだ。
…なのに、何故当日になってみんながみんな、一辺に都合が悪くなるんだ!?」
「さあて、ね。みんな俺たちに気を遣ってくれたんでないの?
なにしろ、俺たちは既に公認の仲なんだし」
「私は認めてなどいない!それは全て貴様の仕組んだ事で、
皆誤解しているだけに過ぎん!
これ以上そんな戯れ言を続けるなら、今、この場でドアを開けて、外へ飛び出してやる!」
「おおっと、そいつぁ勘弁だ…。わかったよ、もうこれ以上は言わねえよ。
しかし、何だかんだ言っても、今こうしてお前が助手席に座っている事は
紛れもない事実だと思うがな?セレインちゃん」
「……!くっ…」


図星を指され、言葉を失う少女。

確かに、本当にこの男と2人きりになるのが嫌なら、
他人にどう言われようと、頑固に拒絶すればよいだけの話だ。


しかし…。


いつの間にか、このニヤけた男のペースに巻き込まれ、
どんなに憎まれ口を叩いたところで、結局最後には丸め込まれてしまう。

この男がマーチウインドに加入してからというもの、
幾度となくこんなパターンを繰り返してきた。
確実に、私の中にこの男は入り込み、私を侵食し続ける。


私の心は、掻き乱されっぱなしだ。



…まただ、イライラする…。



「まあ、そんな顔するなよ、セレインちゃん。俺はただ、
貴重なこの休暇をお前と有意義に過ごしたいって、思ってるだけだぜ?」
「私はちっとも有意義じゃない!…それに私は、海は好きじゃないんだ…」
「へえー…何でまた?」
「そんな事、貴様に話してどうするというのだ!」
「それでも」



…まただ。



この男はこうして、私に必要以上に入り込んでくる。



「…海は、苦手なんだ。潮風で体はベタベタするし、砂でそこら中じゃりじゃりするし、
何より…あの潮の匂いが嫌いなのかもしれん」


しかし…この男の思惑に乗って、つい余計な事まで喋ってしまう私も、確かにここに居る。


「そっか…でも、俺は海、好きだぜ?海水浴には早いかもしれねえが、
ちょっとだけでいいから、付き合ってくれよ」
「…ここまで来てしまった以上、仕方がなかろう。どうせ1度だけだ。2度目はない」
「ハハハ…まあいいさ。でも、もっと素直になれよ、セレインちゃん。色々と…な?」
「…………」



いつもの様に反論する気も失せ、窓の外に目をやる少女。
海はもう目の前に迫っていた。








適当な場所に車を駐車させると、男は少女に、一緒に海辺まで歩こうと言い出した。
見ると、海はすっかり干上がっていて、砂浜が延々と続いている。


「…ふう」


小さく溜め息を吐きつつも、男よりも先に歩き出す少女。
その後ろで、男はポツリと話し出す。

「いつまでも、密室状態で俺と2人っきりでいるよりはいいだろう?
外を歩くのも開放的で、たまにはいいもんだぜ」



この男は、私に気を遣っていたのか…?



空っぽの胸の中に、ポッと温かい灯が点るような感覚を覚えつつも、
あくまでそれを男に悟られないようにしつつ、少女は何も答えず、さっさと歩を進めていく。








どれほど歩いただろうか。
ようやく海辺に辿り着いた2人を、潮風が優しく迎えてくれた。


「…やれやれ、だいぶ歩いたな。…よっこらしょ、っと」

男は、ちょうど良い所に放置されてあったボートの縁に腰を下ろし、
大きく伸びをすると、少女にも座るよう促す。
パイロットということで、常日頃体を鍛えている少女もさすがに消耗していたので、
ここは素直に男に従うことにする。


しかし、男とはかなりの距離を開けて、ではあるが。


「いろいろあるけどよ…お前1人で抱え込むなよ、な?セレインちゃん」

さり気なく少女との間を詰めながら、男は優しい声で話し掛ける。

「……!」

この男の言いたい事は、少女にはすぐにわかった。



激しい戦いの日々の中で、その命を散らした幸薄い少女がいた。
セレインが、もう1人の自分だと自覚していた少女。



「……レラの事か」
「アイナやシモーヌも、だからこそ気晴らしをしろって進めたんだと思うぜ?
全く、甘い連中だぜ。ま、俺はそれも、嫌いではないがな」
「気分など晴れるわけがない。あの娘は、レラは、私たちを助けるために死んだのだ。
…あの時のレラの声が耳から離れない。…忘れる事など、出来るはずがない」
「……それでも、忘れるようにするのさ」
「なんだと…?」
「あの嬢ちゃんが『何故死んだのか』を、さ。
嬢ちゃんのことは、事あるごとに思い出し、花を手向け、話し掛けてやって…
そうしている内に、徐々に、な」
「…………」
「そうすれば…
あの嬢ちゃんはお前の中で、お前と一緒に永遠に生き続ける…」
「貴様……」


この男も、そうやって今まで何人もの人間を見送ってきたのか…?
肉親を、友人を、恋人を…?


「そして俺は、あの嬢ちゃんごと、お前を受け止めることが出来る。
これからもずっと、俺はお前のそばに居るつもりだ。
……お前がどう思おうと、な」
「…………」



ここでいつもなら、少女の尖った言葉か、平手打ちが飛ぶところかもしれない。
だが、今日は少し様子が違った。
男の、いつになく真剣な表情と言葉に、少女は心臓を鷲掴みにされた思いがした。


だが、この男には心の変化を悟られたくない。
少女は視線を海の方へやり、太陽の眩しさに目を細める。


男は、そんな少女を眩しそうに、しかし、じっと見つめる。
潮風が少女のまっすぐな髪を優しく撫で、揺らしている。




綺麗だ…………。




男は、風になびく少女の髪を一束手に取ると、
それを自分の方へ持って行き、大きく息を吸い込む。


「なっ…何を!」



さすがに声を荒げる少女。
だが男は落ち着き払い、余裕綽々な笑みを浮かべ、少女を見つめる。



「お前さ…………好きだろ?」
「なっ……!?馬鹿を言うな!誰が…」
「海が、さ」
「…………!!」


少女は、1人で慌ててしまった自分を恥じた。
まだ心臓がドキドキしている。治まらない。


「海を見ている時、いい顔してたぜ?本当は、好きなんだろ?」
「…………」
「海が」


なんて男だ。
そんなに私が慌てる様子を見るのが楽しいのか。


「海は好きだが……貴様抜きなら、もっと楽しいかもしれん」
「フフン、ま、照れなさんな。……だがな、さっき言ったことは、あらぁマジだぜ。
俺は、お前の全てを受け止めることが出来る。だから……」
「…………」


男は、少女の細い肩を抱き、グッと引き寄せる。
少女は、男のされるままになり、男の広い胸に顔を埋める格好となる。


「……レラの事、本当に忘れなくていいのか……?」
「ああ、忘れることはないさ。そうでなくとも、鏡合わせのようなもんだったからな、お前らは」

男は、優しく少女の髪を撫で、背中を擦ってやる。






どれだけの時間が経っただろうか。
少女はハッと我に返り、突き飛ばすようにして、男から身を離す。



何をしていたんだ、私は……!



急に恥ずかしさがこみ上げ、顔がどんどん上気してくるのがわかる。

「かっ…帰るぞ!遅くなると、また連中に何を言われるかわからん。
これ以上、奴らに余計な誤解をされるのはまっぴらだ」



「……誤解じゃないんだがな」



今度は少女に聞こえないように、男は小声で呟く。

すっかり赤く染まった空と、それを照らし、輝きを増す海。
そんな光景を背にして歩く2人の影は、長く長く伸びている。



(レラ……私はお前の分まで、とりあえず生きてみることにするよ。
この先に何があるのかはわからないが、お前が見ていてくれるのなら、
きっとやれそうな気がするよ。

……ついでだが、あの男のことも守ってやってくれ。先に死なれでもしたら…
…………寝覚めが悪いからな……)



(あとがき)
まず、タイトルがそのまんまですみません。
更に、思い切り季節外れなネタでダブルですみません。。
そして、シチュエーションが変わっただけで、展開はいつもと一緒です。
ただ、今迄の作品ではレラの事には触れずに来たのですが、
やはりそれを乗り越えてからでないと
2人は先に進めない様な気がして、こういう形にしてみました。
レラの生前のお話も書きたいのですが、難しそうです。
私の書くSS全てに言える事なのですが、
話の内容がどうこうと言うより、多彩なシチュエーションのリッシュとセレイン、というヤツを
楽しんでいただければ幸いです。

…すみません、言い訳です。。


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