彼女の不運は、彼の幸運。



ここは―宇宙。

OZの行為を否定し、独立軍としての道を歩み始めたマーチウインドは、
今、撃破したばかりの艦隊の、戦艦の内部に潜入していた。

メカニックのチーフであるアストナージ=メドッソのたっての希望で、
物資不足の現状を打破すべく、使えそうな機体や、パーツの回収をしに来たのであった。


セレイン=メネスとリッシュ=グリスウェルもまた、この任務に当たっていた。

リッシュは、さすがにOZの士官だっただけあって、勝手知ったる何とやら、
着々と任務を遂行していた。

セレインは、保護観察中の身であるリッシュの、まさに保護観察を命じられており、
はからずも、リッシュとコンビを組まされていたのであった。



「よしっ…と。これだけ集まりゃもういいだろ。さて、まだ時間もあるし、一休みしようや」
「……何で私が、貴様とゆっくり一休みしなければならんのだ!とっとと帰るぞ!」
「まぁまぁ、そんな事言わないで。2人っきりになれる機会なんて、めったにないんだぜ。
……おっ、そこに丁度良さそうな部屋があるぜ。ささ、行こう」
「ふざけるな!そんなに休みたいなら、貴様一人で行けばいい。ゆっくり休めるぞ。
…なんなら、外から鍵をかけていってやろうか?その間にマーチウインドは、
この宙域からさっさと離脱してやる!」
「そ〜んな事言うなよ、セレインちゃん。俺はず〜っとお前のそばに居るって
決めたんだからよ。2度と離れるのはごめんだぜ」
「こ…こら!馴れ馴れしく触るんじゃない!このバ……うわっ!?」
「おおっと」



突然、その戦艦はグラリと大きく揺れた。

その弾みで、2人は目の前の、その部屋の中に転がるように倒れこみ、二人の後ろで、ドアは勢いよく閉まった。


揺れが収まり、ふと我に返ったセレインは、自分の体の下にリッシュが居ると理解し、慌てて男から離れた。
リッシュはとっさに、自分の体を張って、セレインを守ったのであった。


「す……すまなかったな。怪我は、しなかったか?」
バツが悪そうに問い掛けるセレイン。
自分のせいで、リッシュに怪我をさせたりしたら、いつもの連中にまた何を言われるかわからない。

「俺はぜ〜んぜん平気。サンキュな、セレインちゃん、心配してくれて」
「心配などしていない!ただ貴様は、私が保護観察をしているのだ!貴様に何かあれば、
私が責任を問われる」
「な〜んだ、残念……。それより……こりゃあまいったな、このドア、開かねぇぞ」

入り口ドアの、開閉ボタンをカチャカチャ、と押しながら、リッシュは言う。

「なんだと!電気系統の故障か!」
「多分な…。少なくとも、内側からは開けられねぇ」
「通信も……、出来んか」
「ま、こうなったものは仕方がねぇ。救助が来るまで、待つしかねぇだろ」

「貴様はどこまで呑気なんだ!ここは、OZの旗艦内なんだぞ!
またいつ、敵と遭遇するかもしれん。早くここから脱出しなければ……」
「落ち着けよ、セレインちゃん。時間が来て、俺たちが帰って来なけりゃ、
きっと、皆捜しにくるさ。マーチウインドってのは、そういうお人好しな連中の集まりじゃねぇか」
「それはそうだが……。それまで貴様とこうして待っているというのは……」

自分の身が危険だ、とセレインは思う。

女としての防御本能がフル稼働し、
この男は、そういう面では信用出来ない、と思考させていた。

「まぁ、座ろうぜ。極力、動き回らない方がいい。……酸素が薄くなるかもしれん」



セレインが拍子抜けする位、リッシュは冷静だった。
この男も一応、軍人だ。的確に状況を判断する能力は、むしろ、並みの軍人以上かもしれないと、セレインは思う。
ここは素直にリッシュの言うとおりにし、リッシュとは離れた場所に、ひざを抱えて座るセレイン。





少し時間が経ち、冷静になると、部屋の中が寒くなっていることに気付く。
抱えたひざを、更にギュッと抱え込むセレイン。


「……寒いか?」

何と言う観察力なのだろう。様子の変わったセレインに気付くと、リッシュは、
自分の軍服のジッパーを下ろしながら、セレインの方へ歩み寄る。

「バカ!く……来るな!」

身を固くして、慌てるセレイン……と、


肩にフワッと何かが掛けられる。

それは、リッシュの軍服の上着だった。大柄なリッシュの、膝丈まであるその上着は、
セレインの体をすっぽりと包んだ。

「き……貴様が着ていればいいだろう!」

セレインの口からは、素直な言葉は出て来ない。

「いいっていいって。女の体は、冷やしちゃいけないって言うだろう?」

確かに、明らかにセレインのほうが、リッシュよりも薄着だった。
とは言え、リッシュも上着を脱ぐと、下には薄手の黒のニットしか着ていない。

セレインは、しばらく考えて、



……やがて意を決すると、



「…………貴様も入ったらどうだ…………」



そう言うのが精一杯だった。

リッシュとは目を合わさず、うつむいたままそっと右手を上げ、羽織った軍服の裾を広げるセレイン。

「おっ、どうした?いやにやさしいじゃねぇか。そんなに嬉しかった?」
「や……嫌なら無理に来なくていいぞ!」
「嫌な訳無いじゃん。喜んで、おじゃまさせてもらうぜ」

どっこいしょ、とリッシュが、セレインのすぐ横に腰を下ろす。
肩と肩が触れ合う。
とっさにセレインは、少し間を空ける。

「おい、もうちょっとこっち来ないと、お互い服、羽織れないぜ」

そう言うとリッシュは、セレインの肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。
かえって、先程よりも体は、ピタリと密着してしまう。

「……や……何をする!離せ!」

肩を抱いているリッシュの手が、やけに熱く感じられ、じたばたしてしまうセレイン。

「どうだ……。この方があったかいだろ?」

落ち着けよ、とでも言いたげな、リッシュの低い声。
もはや、反論する気も失せ、ため息をつくとセレインは、そのまま、リッシュに体を預ける格好となる。





「遅いな…………」

どの位、時間が経っているのか、セレインが口を開く。

「もう、とっくに帰艦時刻は過ぎているはずだ。それなのに……。なにかあったか!?」
「まぁ、慌てなさんな。大分奥まで来ちまったからな。見つけられんのかもしれん」


それまで、セレインの肩を抱いていたリッシュの手は、上に移動し、
少女の頭を撫で始める。


「……!きっ……貴様……!」

思わず大声を出し、立ち上がろうとしたセレインをぐいと引き寄せ、リッシュは、
人差し指を自分の口元に当てる格好をする。

「静かに……!それに、あまり動かない方がいい……」



少しでも、室内の酸素の消費を抑えようという事らしい。



それは納得できるが、だからといって……。



再び、リッシュのごつごつした大きな手が、セレインの頭を包み、慈しむ。

これも、仲間が迎えに来るまでの辛抱だ、そう心に言い聞かせたセレインは、
男のこの行為を許す事にした。


「…………セレインちゃん、いい匂い……」


少女の、くせのない真っ直ぐに伸びた黒髪を自分の指に絡めながら、男は、少女の耳元で囁く。

男のもう片方の手が、セレインの頬を包み、そっと触れた指が、顔の線に沿って滑らかに下に滑っていく。
更に、男の指はセレインのハイネックの下に潜り込み、首筋から鎖骨を通り、
身に着けている下着の線にまで到達する。

「くっ……」

またも身を固くするセレイン。

寒くはないはずなのに、いつの間にか震えている。

少女が抵抗しないのをいい事に、リッシュは、手は休めずに再び囁く。


「……こっちを向けよ…………」


じっとしているセレインの顔を、男はそっと自分に振り向かせる。


そして…………顔をゆっくりと少女に近付けていく。


男の吐息を間近に感じ、少女は思わず、ギュッと目を閉じる。




…………まさにその時!




「セレイン!リッシュ!そこにいるの?」
「今開けてやる!待ってろ!」

ドアをたたく音と、聞き覚えのある声。

「ルー、デビッド、中にいる!頼む!」


もう酸素の心配も必要なくなり、セレインはさっと立ち上がり、大きな声で仲間の名前を呼ぶ。

そして、振り向きざま、


「…………覚悟は出来ているだろうな、貴様……」


ちょっと待て、と言う間もなく、セレインの拳がリッシュの顔面に飛んでくる。


「つーっ…………。拳はないだろ、拳は」

左頬を押さえ、情けない声を出すリッシュ。

「……今度こんな事をするようなら、貴様をす巻きにして、宇宙に放り出してやる!
覚悟しておくんだな!」



今まで我慢してきた大きな声を出せるだけ出したセレインは、入り口のドアに向かって、駆け出して行った。


リッシュは、まだ痛む左頬を擦りながら、セレインの後姿に向かって小さな声でつぶやく。



「…………覚悟はいつでも決めてるさ、今度は、こうはいかないからな、セレイン……」




(あとがき)
ご覧の通り、未遂小説です。(←あるのか、そんなジャンル)
ベタな展開ではありますが、リッシュと密室に閉じ込められたセレイン、
無事で済む訳がない、という絶体絶命状態を描きたくて、
形にしてみました。
でも、このリッシュ…やってることがチカンか、はたまたセクハラか、っていう位
アブなかったですよね。
セレインが相手だったからまだよかったけれど(よくない)。
「逃げろ!そして、訴えろ!セレイン!」といったところでしょうか。
そして、そんな2人を発見したのが、ルーとデビッド…もう間違いなく、
「いつもの連中」(笑)に広まってますね。


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