perfume




小さな常夜灯だけが灯る、薄暗い一室。


男は、女から体を離すと、素早く着衣を整え、
胸ポケットから煙草を取り出し、
面倒臭そうに火を点ける。

ライターの火が一瞬、髪の長い女を照らし出す。

女は、慣れた様子で乱れた服の裾を直し、身支度を整えると、
何事もなかったかのように、男に声を掛ける。


「……いよいよね……」
「ああ…そうだな。……気持ちが高揚して、今夜は眠れそうもない」
「フフ…やだ、興奮してるの?……ま、その気持ち、よくわかるわ。
何しろ、これから……」
「これから……俺達の復讐が始まる…明日がその第1歩だ。
ようやく……」
「ようやく……私達の悲願が叶う時が来るのね……アクセル」
「……ところでレモン、一緒に連れて行くWナンバーの事だが」
「そうね、適当に何体か見繕って連れて行って頂戴。
……ただ、あの子だけはダメよ」


その言葉を聞くと同時に、アクセルは吸いかけの煙草を
捻り潰し、2本目のそれに手を伸ばす。


「……W17か」
「本当は、あの子の方を向こう側に送りたかったんだけれど…
何しろ、任務遂行の確実性は、はっきり言ってあなたより上よ。
……でも、
ヴィンデルの命令なら、仕方ないわ。
あなたとあの子、一度に2人抜けられるのは、正直、辛いもの。」
「フン、随分な言い方だな。……あんな人形ごときに任せておけるか。
もとより、連れて行く気などない。
どれだけの確実性か知らんが、与えられた任務だけをこなすだけの
人造人間など、俺は認めん。
…利用するだけ利用して、用済みになったら、
次の人形に取り替えるだけさ」


こう言っている間にも、アクセルの指は、
3本目の煙草を捉えようとしていた。


「フフ…あの子は私の最高傑作よ。それを
あなたこそ随分な言い方じゃない。
任務遂行の確実性もさることながら、ルックスもボディも
スゴいんだから!」
「……任務を遂行するだけの人形なら、
あんな派手な姿など、いらないと思うがな」
「あら、気になるの?」
「…気持ちが……悪いだけだ……」


男は、それ以上答えない。

女も、それ以上詮索はしなかった。


どれほどの時間、そうしていただろうか…。
じゃあね、と言って、レモンは部屋を後にした。

香水の残り香がする部屋で、
アクセルは、レモンの方には目も向けず、
ふぅーと大きく煙を吐き出す。
だんだんと、香水の香りから、
煙草の匂いに支配されていく部屋。

まるで、残り香を消すことが
彼の目的であるかのように…。

「……向こう側の世界、か。次元転移装置…。
お手並み拝見といこうじゃないか……」








夜が明けて、シャドウミラー隊内部は、
慌ただしさを見せ始めていた。


「隊長……アクセル=アルマー隊長」

そう呼ばれて男が振り向くと、
声の主は、アクセルが思ってもみなかった人物だった。
「……W17か」
そう言いながら、男は、
こいつは本当に滑稽な格好をした人形だな、と
つくづく思う。

自分の意思など持たないくせに、
何物も寄せつけない、強い輝きを放つ緑の瞳。
決して機能的とは言えない艶やかな長い髪に、
そのスタイルの良さを更に強調した、
挑発的とも言える、身体にぴったりと貼り付く服。

あのレモンが、これをWシリーズ最高傑作と自慢するのも頷ける。

「…俺は、お前の存在など認めんがな」
「……?」
「いや……何の用だ?今忙しいんだが」
「次元転移装置は、まだ不安定な要素が多いと聞きました。
それを承知で、この任務を受けた隊長は、
我がシャドウミラーの誇りです」
「……」
「…くれぐれも、お気をつけ下さい、隊長」
「……何だ?
人形のお前が、人の心配をするとでもいうのか?」
「いえ…そういう…訳では」
「フン、まあいい。見ていろ、W17。
俺は、お前の力を借りずとも、
俺達の望む世界…闘争が日常である世界を創造するために、
向こう側の世界を破滅に追い込んでやる。
お前の出る幕はない。
指をくわえて見ているがいい」
「はい…隊長の仰せのままに」


瞬間、
アクセルの中の、何かが弾けた

…ような気がした。


「……………………俺の言うことなら、何でも聞くのか?」
「はい、あなたは私の隊長ですから」
「だったら……目をつぶれ」
「ここで、ですか」
「そうだ」
「はい……」


素直に目をつぶるW17。
アクセルはそれを見て嘲笑を浮かべると、

…ゆっくりと顔を近づけていく。


本当に、美しい。
こいつは本当に、作り物なのか…?


刹那。

覚えのある、香水の匂い……。


あと数センチで、互いの唇が触れそうになった時、
アクセルはハッと我に返ったかのように
カッと目を見開き、
W17の肩を突き、遠ざける。

「…もう、いいのですか?隊長」
「ああ……もういい、行け!」
「はい、では、行ってらっしゃいませ。隊長、ご武運を」

W17の言葉を最後まで聞くこともなく、
背を向け、去っていくアクセル。


「何を考えているんだ、俺は。
あれは人形だ。戦争をするために造られた人形だ。
いくらでも取替えの効く、ただの……」



その様子を、陰からそっと見守る人影がひとつ。
アクセルとW17が別れたのを見届けると、
やはり、その人影もその場から立ち去る様子を見せた。

その女…レモンは、くすくすと笑いながら、こう思う。

(ふふふっ。あのアクセルまで堕ちそうになるんですもの。
やっぱりあの子、最高だわ。……それにしても、
アクセル、あなたは自分でも気付いてないでしょうね…。
あの子の話になると、煙草の量が増えるのは
なぜかしらねえ……?うふふふふっ♪)




「………………………………おい」

傍から見ると、思い出し笑いをしているようにしか見えないレモンの姿を見て、
シャドウミラーの総帥、ヴィンデル=マウザーが
暫く彼女に声を掛けることが出来なかったのは、
言うまでもない……。




(あとがき)
シャドウミラー時代のお話。
相変わらず、私の描くアクセルは、性格悪いです(苦笑)。
好きな子ほど苛めたくなる、と理解して下さい。

わかり難かったかもしれませんが、ラミアは、レモンと同じ香水をつけています。
いやむしろ、無理矢理つけさせられているのかも。

ラミア「…レモン様、何ですか?この妙な匂いの飛沫は」
レモン「ふふ…なんでもいーの♪…あのアクセルもこれでメロメロかも(笑)」
ラミア「めろめろ…とは?」

……な〜んてね♪(馬鹿)

結局、アクセルもラミアも、レモンの手の上で踊らされている、という私の解釈の元に
書いたお話です…。駄文失礼。


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