Dolls



その日のロンド・ベル隊は、激戦の合間のひとときの休息の時を迎えていた。
パイロット達は、この貴重なプライベートタイムを各々、好きなように過ごしていた。

アクセル=アルマーとラミア=ラヴレスもまた、その例に漏れず、
ドラグナーチームと共に、ロビーでくつろいでいた。

「…なんだか、いつもより人、少ないんだな、これが」
アクセルは、周りをきょろきょろと見回しながら、話し出す。
「そりゃそうだろ。みんな自分の部屋で、彼女とよろしくやってんだろうからさ」
それまで見ていたグラビア雑誌を、テーブルの上に放り投げながら、
ケーン=ワカバは、溜め息混じりにつぶやく。
「よく考えてみりゃ、この部隊はカップルが多いもんな」
タップ=オセアノが、それに続く。
「アマダ少尉とアイナさんに…、ドモンとレインさん…あ、テンカワとユリカ艦長も、かな?」
ライト=ニューマンが、指折り数えながら話し出す。
「おっと、俺とリンダちゃんを忘れてないか、ライト?」
「君たちはカップルというより、君の片思いっぽいからねえ、ケーンくん?」
「そうそ、ライトの言うとおりだな」
「君たち、何か進展でもあったかい?」
「ま、おたくらじゃ、無理っぽそうだな」
「……てめえら、ちょっと来い!」

タップとライトにさんざんからかわれ、頭から湯気を出さんばかりのケーンは、
彼らの首根っこを捕らえ、どこかへ連れ出そうとする。

「おいおい、ちょっと落ち着けよ、ケーン」
「そうそ、話せばわかるって」
「そうだな〜、話せばわかるよな?タップ、ライト?」
そう言いながらもケーンの目は、確実に怒りに満ちている。

「来い!!」

ケーンは無理矢理2人を引きずって、ロビーから去っていった。


ロビーには、アクセルとラミアの2人だけが残される。


「ありゃりゃ?なんだか俺たち2人、はみ出しちまったみたいなんだな、これが」
「…………」
「……まるで、こちら側の世界での俺たちそのものだな」


アクセルの目から光が消え、ふっと表情が曇る。


「…隊長、私は……」
ラミアが何か言いかけたその時、どこからか、ラミアの名を呼ぶ声がした。

彼女がその方向を振り返ると、そこには、シャッフル同盟のジャック・イン・ダイヤこと、
ジョルジュ=ド=サンドが、にこやかに佇んでいた。
「ごきげんよう、マドモアゼル。隣、よろしいですか?」
「よ…よろしいでございますですことよ」
慌てて、思わず声が上ずるラミア。
「フッ…相変わらず、あなたの言動は面白い。好きですよ、あなたのそういう所」
「ま、まあ…からかってはいけませんでございますですわ」
「からかってなどいませんよ。とても好ましいと言っているだけです。」
「そ、そうですか…そんなこと、ありませんわと思う所でございますが…」
「ところで、マドモアゼル。よかったら、私と一緒に食事など、お付き合いいただけませんか?」
「食事…でございますか?」
「ええ、それとも、もうお済みですか?」
「いいえ…まだでございますですが…」

ラミアはちらと、アクセルのほうを見る。

すると、それまで黙って成り行きを見守っていたアクセルが、
何かを思いついたようにポンと手をたたく。

「おっと、俺たち、これから機体の整備をしなけりゃならないんだな、これが」
「機体の整備…今からですか、アクセル?」
ジョルジュが、不思議そうに問い掛ける。
「そうそう、俺たちの乗ってる機体って、どこか似てるところ、あるじゃない。
だから、2人でやったほうが色々、勉強にもなるし」
「だからといって、何も今でなくても…」
「行くぞ、ラミア」

ジョルジュの言葉を遮り、立ち上がるアクセル。


その表情は、何故かイライラしているような…。


「は、はい、わかりましたですわ…。それでは失礼させていただきますわね、ジョルジュさん」
さっさと先に行くアクセルの後を、慌てて付いて行くラミア。

「???一体どうしたというのでしょう…アクセル。ラミアさんも…」
結局、ロビーにはジョルジュ1人、残されることとなった。

手持ち無沙汰に、先程までケーンが見ていたグラビア雑誌を手に取り、
パラパラと、数ページめくってみる…。

「…………!!」

ジョルジュが顔を赤らめたことは、言うまでもない。






「隊長!待って下さい、今頃整備だなんて…」
さっさと早足で歩いていくアクセルを追いかけ、やっとのことで追いついたラミアは、
男にそう問い掛ける。
「…我ながら、下手な言い訳だな、こいつが」
「……?」


意味がわからない。何を言おうとしているんだ、隊長は…?


「俺について来い…W17」
「!……はい」


向こうの世界では聞き慣れていた自分の呼び名…。
久方ぶりに、しかも自分の上官であった男からこう呼ばれ、緊張するラミア。


辿り着いたのはアクセルの乗機、アシュセイヴァーの収められている格納庫。
そこには既に人の気配はなく、辺りは冷たい空気に包まれていた。
2人は、アシュセイヴァーのコックピットの中にすんなりと入っていく。
だが、そもそも一人乗りのコックピットである。
ラミアは半身、アクセルの膝の上に乗る形をとらないと、どうにも収まらない。
一瞬躊躇するが、アクセルに無言のうちに促され、その通りにする。


「ふう…本当に2人きりになれるのはここと、お前の機体のコックピット位しかないからな、こいつが」
「隊長…一体どうしたのですか?」
「……フン、男に誘われて、嬉しそうな顔をしていたじゃないか…W17。
人形のくせに……」
「…お気をつけ下さい、口調が変わっています、隊長」
「お前もな、W17。いい気になってるなよ。
お前は、俺の言うことだけ聞いていればいいんだ…」

そう言うとアクセルは、ラミアの唇を自分のそれで塞いだ。

彼女が、アクセルの説得に応じてロンド・ベル隊に入り、共に戦うようになってから、
幾度か交わされるようになった口づけ。
だが男は、それ以上のことを求めることはなく、むしろ、困惑するラミアの表情を
楽しんでいるかのようだった。

しかし…今日は少し様子が違う。

何故隊長は、こんなに苦しそうな顔をしているのだ…?


ひとしきりお互いを味わった後、ようやく唇が離されると、ラミアはそう思った。


「隊長…私には話してください。何があったのですか?」
「人形のくせに、知った風な口を聞くな…!」
そう言うとアクセルは、ラミアの豊満な胸元に顔を埋める。


そして…数秒の沈黙の後…。


「…人形のくせに…どうしてお前はこんなに温かい…?」
「それは…それほど私が、精巧な人形だということでしょう」
ラミアは、無意識のうちにアクセルの頭を撫ではじめる。


まるで、母親が子の頭をいつくしむように…。


そして…男はようやく口を開く。


「…ロンド・ベルの連中は、確かに今ではかけがえのない仲間だと思っているが…
所詮、俺はこの世界ではイレギュラーだ。
いずれはこの世界から消えなければいけないのさ、こいつが」
「……その時は、私も一緒です、隊長」
「…………」
「みんなの前では、いくら明るく振舞われても構いません。
けれど…私と2人でいる時は、どうかご無理をなさらずに…隊長」
「……無理などしていない…だからこうしているんだ、これが。……W17」
「…………」
「何故お前は、こちら側に来た…。人形が、意思を持ったとでもいうのか?」
「こちら側のほうが、正しい世界だと理解したからです。
隊長…それは、あなたが教えてくれたことのはず」
「……!そうか…」


ラミアから体を離し、彼女の、深い緑の瞳をじっと見つめるアクセル。


ラミアも負けじと、まっすぐにアクセルの瞳を見つめ返す。


「じゃあ俺は、せいぜい争いのない日が来るまで、戦い抜くさ。
……いつか消える日が来るまで」
「私に何でもご命じ下さい。…お役に立ってみせます、隊長」
「…よし、行くぞラミア…みんなの所へ」
「わかりましたですことよ…隊長」
「…隊長は、やめろと言っているんだな、これが」



コックピットのドアを勢いよく開けると…新しい風が2人を包み込む。



ラミアは思う。

この世界では、私の隣にはいつもこの人がいる。
こんな毎日が永遠に続くのであれば、私は喜んで、人形のままでいよう……と。




(あとがき)
初書きのアクセルXラミア。いかがなものでしょう…?
私の描くアクセルは、はっきり言って、「2重人格で淋しがり屋なオレさま」ですね(爆)。
タチが悪すぎます。
それに比べて、ラミアのけなげな事といったら(笑)。
「A」の世界って、根底にあるのは結構重いテーマだと思うのです。
アクセルとラミアは、主人公だけど、他の皆から見れば異邦人。
仲間のようでいて、どこか一歩引いている。
そんな2人の孤独感を出せたらいいな、と思います。

この小説のイメージイラストを描いてみました。
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