私は鉄道史をやりたいと思う。このテーマを設定するに至った動機は次のようなものである。
つまり、元来鉄道に関心を持っていた。しかし同時に政治史に関心を持っていた。
であったが、関心の赴くまま、鉄道史に関する文献を紐解くうち、政治史との強い結びつきを感ずるに
至った。であるが、学外には原田勝正氏など先人が存在するが、立命館大学には先人はいないのでは
ないかという臆見を抱いていた。所詮は関心の対象でしかないのではないかという思いを抱いていた。
ところが、桂島宣弘氏から「鉄道は産業の牽引車ではないか。」という指摘を受けて、鉄道史をテーマとして設定するに至った。
では、具体的に鉄道のどういう側面を記述しようとするのか。そもそも、鉄道は多数の面から成り立
ち、それらを無視して記述しえない。歴史学でも政治史的側面、経済史的側面などが挙げられる。また、
歴史学のみならず、他の学問からとらえることも可能であると考えられる。それらを総合して考えていく
必要があろう。私が記述しようとするのは、鉄道の、130年の歩みの総括である。こう考えるに至った
のは、2つの契機があった。1つ目は、梅小路蒸気機関車館を訪問して、同館が2002年10月10日を持って開館30周年を
迎えることを知ったことである。
同館は鉄道誕生100周年を記念して生まれたのであるから、今年すなわち2002年は鉄道誕生から数えて130年を迎えたこ
とを意味する。(注1)
2つ目は東北新幹線の八戸延伸開業である。東北新幹線は大宮〜盛岡間が開業したのが1982年であるから、私と同じ20周年
であり、かつちょうど鉄道誕生130年という年の延伸であっただけに、感じるところがあったのである。
現在の私の知見において、鉄道と政界の癒着というべきではないかという結びつきが見える一方、財界との結びつきも感じられる。
現代における、いわゆる政財癒着の媒介となり、それに加担したのではないかという考えがある。また、鉄道には中央集権的要素
があるのではないか。誕生が新橋〜横浜間であることや、現在すべてのJRのレールが東京とつながっていることなどからそう考える。
これが、現代の地方格差へつながるのではないかと考えている。
一方、スピードが重視される現代の思想に鉄道が加担した面があるのではないか。現代における新幹線の在り方はもちろんであるが、
草創期の人力車に勝った陸蒸気など、速度に関する事項は多い。
130年の歩みを総括すると言うからには、鉄道の誕生から現代の在り方までを検証する必要があると思われる。
これは、同時に自らが立つ位置を検証することにもつながるであろう。
(注1)2002年10月14日をもって、130年を迎えたのであるが、梅小路蒸気機関車館は1972年10月10日開館のため。
仙台にて 「はやて14号」