フィオーレのヨアキム
フィオーレのヨアキムは、1135年南イタリアのカンブリアで公証人の息子として生まれた。幼い頃から、幻視の才能があったというが、これは後世の創作の可能性が強い。ヴィイルヘルム2世のもとで官僚として働いた後、エルサレムへ巡礼し、この時に神より啓示を受けたと言う。後にシトー修道会に入会(この時は既に中年に達していた)。さらに、その学識の深さなどが認められ、修道院長に選ばれる。
しかし、1180年から体験した一連の幻視から独自の歴史神学を構築するようになり、シトー会を脱会。生まれ故郷のカラブリアの人里離れたフィオーレの山中に、彼自身の厳しい修道会を設立した。
そこで約20年間ほどの年月をかけ、著述活動を行った。
主な著書は「旧約と新約の調和の書」、「十弦の琴」、「ヨハネ黙示録注釈」などである。
1202年に没。「有徳の誉れ」を受けながら没したものの、著作の一部は異端として断罪された。
さて、ヨアキムの思想とは、どのようなものだったのだろうか?
まず重要なのは、聖書の「黙示録」に代表される象徴や寓意を、過去から現在にいたる具体的な出来事と結びつける傾向が非常に強かったことだ。
もう一つは、これがさらに重要なのだが、後続の「千年王国思想」に大きな影響を与えたということである。
ヨアキムは、「楽園」が、この地上に到来すると考えた、天国ではなく。それに加えて、この「楽園」が地上に出現した時、既成の権力構造、教会組織は消滅すると考えた。
そう、これは一種の「革命思想」の根幹を造ったのである。
ヨアキムは、人類の歴史を、「三位一体」にあてはめ、以下の3つの「段階」に分けた。
・第一段階
三位一体の「父」の時代であり、旧約聖書の時代である。 これは「正義」の治世と呼ばれる。戒律の強調、それに立法者として、および人間への絶対的権威としての神の役割が強調される時代である。同時に、血なまぐさい旧約聖書の記述が語る通りの恐怖と隷属の時代でもある。文字通りの「神の下僕」の時代である。
・第二段階
「子」の時代である。新約聖書の時代であり、キリストから、ヨアキムら自分達が生きている時代が、ここに相当すると考えた。これは、「法」の治世と呼ばれ、神の恩恵の時代であり、福音によって指針がもたらされ、信仰と教養の時代である。神との仲介者として、教会が重要な役割を果たす時代である。
・第三段階
「聖霊」の時代である。来るべき未来の世界だ。「自由」の治世である。全ての人間に、神より直接、霊知がもたらされ、全人類の全てが修道士のような生活を送る。既成の権力、教会といった体制が消滅し、愛と歓喜と自由の世界になるだろう。
ヨアキムは、このれらの「段階」を、さらに7つの「時代」に分けている。第一段階は、ユダヤ人7つの迫害によって、分けている。
一方、第二段階は、キリスト教の7つの迫害によって分割する。この7つの迫害は、7人のアンチ・キリストによって、行われた。ヨアキムは、これらの7人を「黙示録」に出てくる獣の7つの頭に当たると解釈している。それは、すなわち、ヘロデ、ネロ、コンスタンティウス、マホメッド、ハインリヒ4世、サラディンであり、第二段階の終わりに「最大のアンチ・キリスト」が出現するという。
ヨアキムは、この第二段階が、1200年をちょっと過ぎた辺りで終わると考えた(第一段階がアブラハムからキリストまで42世代続いたわけであるから、第二段階も同じく42世代続くと考えた)。
この時代に「最大のアンチ・キリスト」が出現する。それは、教会の高位聖職者の中から現れ、ローマ教皇となるかもしれない(!)。そして、この最大のアンチ・キリストが打倒された後、第三段階の地上の楽園の時代が始まるのである。
しかし、「最大のアンチ・キリスト」は、「最後の」アンチ・キリストではない。最後のアンチ・キリストは、いわゆる黙示録に出てくるマゴクの大君ゴグであり、獣の尾にあたる。
これが、大破壊でもって悪魔の最後の抵抗を試みた後、滅ぼされる。
このヨアキムの思想は、考え方によっては、教会にとっては大変な危険思想である。
理想の国である「楽園」は、地上に出現する。そして、その時、教会を始めとした既成の体制は、ことごとく消滅する。さらに打倒されるべき人類の敵アンチ・キリストは、教会の中から現れる!!
文字通りの「革命」思想である。
事実、これは「千年王国」運動の理論的根拠に盛んに利用されることになる。
「千年王国」運動には、様々な種類があるが、どれも「既存の教会は堕落しており、真のメシア(救世主)を迎えて、これを改革、あるいは打倒しなければならない」という点で、ほぼ一致している。
ゆえに、このヨアキムの思想が、盛んに「千年王国」思想を唱える者達に、影響を与え、引用されたのも当然の結果ともいえる。これは、フランシスコ会の「小さき兄弟」派や、ペキン修道運動、自由心霊派などにも、つながってゆくのである。
しかし、ここで強調しなければならないのは、ヨアキムは断じて、反教会の思想は持っていなかったことである。
反教会を掲げる運動家達は、あきらかにヨアキムの思想を歪めていた。
そもそも、ヨアキムは1200年の第二段階の終わりに、破壊的な大変動は起こらないと主張した。「最大のアンチ・キリスト」は、静かに現れ、虚偽と欺瞞を通して秘密裏に活動し、先に述べた尾に該当する「最後のアンチ・キリスト」の襲撃を通して、やっと公然と技を行う、という。
さらに、ヨアキムは、第二段階の危機的状況の打開に大きな役割を果たす「真の聖なる教皇」の存在を強調していることも忘れてはならない。彼は神の加護のもと、最終の敵に対抗するための重要な説教を行うという。
ヨアキムは、こうした「黙示録」の解釈を通じて、象徴、すなわちシンボリズムの解釈においても、大きな影響を残している。彼は、こうした象徴の解釈のため、広い視野でもって研究を実施した。「シビュラの予言書」をはじめ、占星術的な知識にまで及んだ。これらの成果をまとめた著書として「図像の書」などが、有名である。
彼のこうした仕事は、天使の階級論や「聖四文字の名」にまで及んでいる。
ともあれ、後世の彼の評価は、複雑だ。あの聖フランチェスコも、ヨアキムからは少なからぬ影響を受け、ロジャー・ベーコンを含めた、いわゆるフランチェスコ会学派の神学者達もヨアキムを盛んに引用する。だいぶ時代が下がったダンテの「神曲」でも、ヨアキムは天国の住人として描かれている。
同時に教会にとって、やっかい者とされることの多かった「千年王国」運動の理論武装にも盛んに使われたわけで、教会にとっては、ある意味難しい存在でもあった。
「フィオーレのヨアキム」 バーナード・マッキン 平凡社
![]()