アラン・レオ


 アラン・レオの業績は雑誌を用いた現代メディア戦略によって占星術の大衆普及を成し遂げたこと、そして神智学に占星術を融合させることにより、いわゆる秘教占星術(esoteric astrology)の創設者の一人になったことであろう。

 アラン・レオは、本名をウィリアム・フレデリック・アランという。彼は1860年ロンドンで生まれた。貧しい母子家庭に育ち、小学校卒業後は正式な教育を受けることは出来なかった。
 彼は様々な職業を転々とした後、自動販売機を扱う会社のセールスマンとなる。この仕事は1898年で続けた。
 この頃、既に彼は占星術に興味を持ち、これを独学で学んだ。
 1888年、彼はF・W・レイシーという占星術師と知り合う。そして、彼を通じて、セファリアスのペンネームで活動していた占星術師W・ゴーン・オールドと運命的な出会いを果たす。
 オールドは神智学協会員で、彼と出会うことにより、レオは神智学協会に入会することになるのである。

 もともと、神智学には占星術の思想は含まれていた。ブラバツキー夫人の「ヴェールを脱いだイシス」にも、多くの占星術的記述がある。
 ただ、神智学はこれまでの伝統的な占星術をなぞるだけではなく、東洋の実践オカルティズム、ヨーガとの照応をもくろんでいた。
 ヨーガと占星術の結合は、既に17世紀のオカルティスト、ヨハン・ギヒテルが試みている。彼は7つのチャクラと7つの惑星の照応させることにより、占星術とヨーガ、そしてヘルメス哲学との調和すら図ろうとしたのである。
 神智学協会は、こうした考えを継承しており、占星術の専門家が入会してくれることは、渡りに船でもあった。

 それはともかく、神智学協会に入会したレオは、先のレイシーと共に「占星術マガジン」なる雑誌を創設した。
 この雑誌は定期購読者に無料でホロスコープを作成しチャート診断を行うと言うサービスを行った。これは評判となり、この雑誌は多くの読者を獲得した。
 彼が妻のベイシーと知り合ったのも、このサービスがきっかけであった。
 やがて、共同編集者のレイシーは別の関心ごとに専念するため、1894年に雑誌編集から離れ、この仕事をレオは一人で行うことになる。そして、レオは雑誌の題名を「現代占星術」に改名した。
 そして、雑誌からの収入は充分なものとなり、彼は1898年に会社を退職し、占星術に専念できるようになった。
 そして、彼は7冊の長編を入れた30冊もの著書を書き上げることになる。これらの本もよく売れ、現代もなお多くの研究者達によって読まれ続けている。
 彼の活動は、神智学協会の内でも認められ、1915年に神智学協会の「占星術ロッジ」を開設することがゆるされた。このロッジは、その後も発展を続け、やがて神智学協会の常設部門にまでなった。

 だが、彼のこの成功は、思わぬ不幸を呼び寄せた。
 当時のイギリスには、魔女狩りの残りカスともいうべき法律、「魔女術禁止法」がしぶとく生き残っていたのである。
 最初の告発は1914年であり、これは何とか無罪を勝ち取った。しかし、2回目の1917年の告発では有罪判決を受け、高額の罰金刑に処せられた。
 これは、神智学やオカルティズムに反感を持つ連中の、ほとんど嫌がらせに近い代物だった。
 彼は有罪判決を受けた同年の1917年に脳内出血で死亡した。
 裁判の疲労とストレスが原因だったと彼の友人は、彼に対する「宗教的迫害」、「魔女裁判」を批判した。
 一方で、彼の敵たちは、自分の不幸や死を予測できなかったと嘲笑した。

 レオは先のセファリアス(W・ゴーン・オールド)やマックス・ハインデルらと並んで、秘教占星術の祖ともされる。
 秘教占星術は、その後も発展を続けた。
 これの主な特徴としては、占星術を日常的な物質的な関心ごとにつかうよりも、秘教の哲学的考察にあてることに大きな関心をよせることである。
 神智学的な大前提として、宇宙は生き物であり、太陽系の運命は人間の運命と相関関係にあり、こうした宇宙の法則にしたがって人間は地球で輪廻転生を繰り返す、という思想がある。
 したがって、占星術を用いれば、人間はカルマや生まれ変わりについても知ることが出来ると考える者もいる。
 ただ、秘教占星術にも実に多くの思想があることは念頭におくべきであろう。

 例えば、神智学協会に属していたこともあるアリス・ベイリーの「秘教占星術」が有名だ。
 彼女によると、占星術とは個人のホロスコープを読むためのものではなく、人間の運命を支配する普遍の霊エネルギーを考察するためのものであるとした。
 そして、十二宮には秘教的支配星がある、惑星を霊的階層に属する「神聖惑星」、物質的階層に属する「非神聖惑星」に分類する等を行った。

 ともあれ、アラン・レオの活動は、後世の占星術に大きな影響を与えた。
 彼の主要な著書は「実践占星術」である。
 彼の神智学と占星術の融合は、秘教占星術と呼ばれる分野を形成させる原動力の1つとなり、心理占星術や心霊主義、サイコセラピー、シュタイナーの人智学、また一般の占星術のホロスコープ解釈にすら大きな影響を与えた。
 そして、彼は「20世紀の占星術の広告塔」と称されたのである。

 
「図説 占星術事典」 種村季弘 同学社
「占星術百科」 ジェームズ・R・ルイス 原書房
「占星術の本」 学研
「占星術の世界」 山内雅夫 中公文庫