金丹の話し 〜死を呼ぶ不老不死の薬〜


 「西遊記」などの中国の古典を読んでいると、時々「金丹」なる夢のような薬の話しが出てくる。
 つまり、この薬を飲むと、不老不死の仙人になることが出来ると言う。
 飲んだだけで人間の究極の夢の一つをかなえてくれると言う素晴らしい薬である。

 この「金丹」の調合レシピは夥しく残されている。
 これは主に、鉱物系の漢方薬を混合し、特殊な炉で焼いて作る。
 なぜ、鉱物系か? 「抱朴子」には、こんな感じのことが書かれている。「草木は長く年月が流れると必ず朽ち果て土に還る。このようなものに不老不死の効能があるはずはない。しかし、金石は長い年月が経っても朽ち果てることはない。だから不老不死の効能は、金石の薬にある」と言う。
 こうした考えは漢方薬の元祖「神農本草経」にも見られる。この書では、漢方薬を上品、中品、下品に分けているが、一番優れている上品に、鉱物系の薬が分類されている。
(しかし、例外もある。例えば「芝」と呼ばれるキノコや、霊獣の肉などには不老不死の効能もあるとされた)
 ともあれ、金丹を服用すれば、三戸の虫を殺し、身体を鋼鉄のように硬くし、身を風のように軽くし、人を仙人に変えると言う。

 ところが、この金丹の原料となる鉱物系の薬が曲者なのである。
 金丹のレシピには、様々なものがあるが、その中でも特にポピュラーな原料として、「丹砂」がある。これは、要するに「水銀の化合物」である。
 また、水銀の単体も、同じく不老不死の効能のある薬とされ、先の「神農本草経」でも上品に分類されているほどのものなのである。
 また、「雄黄」や「砒石」もよく用いられる。これは、ヒ素の化合物だ。 
 こんなものを高温の竈で焼くだけでも空恐ろしいが、これを服用するのだというから、もっと恐ろしい。
 私は「錬丹術」の本を読んでいた時、こうした丹薬を作ることを生業にしていた薬屋の記述にぶつかったことがあるが、「髪は一本残らず抜けて落ち、皮膚は青黒く、爪は真っ黒。歯も一本残らず抜け落ち、全身の関節痛になやまされており、30歳の若さで死亡した」……水銀の蒸気を吸ったが故の中毒死であろう。

 服用することによって中毒死した中国の著名人の数は、かなりの数に登る。唐王朝の皇帝達も、何人もが中毒死したと見られている。

 ここで、比較的有名な金丹のレシピを挙げてみよう。
 雄黄水(先述の雄黄の水溶液)、ばん石水(明礬の水溶液)、戒塩、ろ塩、よ石(ヒ素化合物)、カキの貝殻、赤石脂、滑石、胡粉を混ぜて36日間、竈で焼く。
 薬がうまく完成しているか調べる時は、解けた金属の中に入れてみよ、成功していれば、それは黄金と化すだろう。
 
 ここで、オヤッ? と思った方もおられよう。
 そう、錬金術だ。水銀を重視するところまでそっくりだ。
 それもそのはず、中国の金丹を作る錬丹術は、西洋の錬金術と起源を同じにしているのである。それはインド錬金術である。おそらくエジプトで生まれた錬金術は、2つに別れて伝播した。一つはイスラム圏を経由して西欧に入ったのが西洋の錬金術。インドを経由して中国へ渡ったのが錬丹術なのである。方や金属変性に関心が進み、かたや不老不死に興味の中心が行ったのも、文化の違いというものであろう。

 この金丹が流行する前にも、物騒な不老長寿薬の流行があった。「五石散」と呼ばれる粉薬である。
 これを飲むと体が以上に火照り、冷水をかぶりたくなることから、「寒中散」とも呼ばれた。これも、鉱物系の薬とアルカロイドを含んだ薬草のミックス薬で、不死とまでは行かないが、不老長寿の効能があると信じられた。
 しかし、結果は多くの死者を出しただけであったが。

 さて、私が今まで紹介してきたのは、錬丹術でも、「外丹法」と呼ばれるものである。これの他にも「内丹法」と呼ばれるものもある。
 「内丹法」とは、「気」を練ることによって、神仙を目指す技術である。内丹法を用いる者にとって、鉱物系の薬を練って、特殊な竈で焼く……という作業は、体内で「気」を練る修養の寓意、象徴にすぎない。「金丹」は物質の薬を練ったものではなく、「気」を練る行為のことなのだ。
 それに対し、外丹法の実践者達は、金丹のレシピを字義通り受け止め、薬を調合し、飲むことによって神仙を目指そうとした。

 ただ、この「外丹法」と「内丹法」の境界線は、あまり明確ではない。
 昔の中国では、この2つを併用して神仙を目指す者も多かったようである。

 結局のところ、根気の要るつらい修行である「内丹法」より、薬を飲むだけと言う簡単で手軽な「外丹法」のほうが、人気を集めてしまったのも、無理はない結果であったろう。ちょうど西洋の錬金術が、「精神の変容」よりも「鉛を金に変える」ことのほうに人気が集中してしまったように。
 早くから金丹の持つ危険性に気づいていた者も多かったが、それはなかなか人々の耳には届かなかった。
 そして、水銀や砒素を含んだ薬の恐ろしさに人々が気づいた頃には、大勢の犠牲者を出した後だったのである。
(日本の古墳から発見された人骨からも、こうした水銀や砒素が検出されていると言う……)

 現代の道教系の「気」の実践者達は、金丹を服用するような危ないことは、無論やってない。
 あくまで「内丹法」である。
 しかし、大陸中国の東洋医学の治療師達の中には、分量に気を付け、水銀や砒素を用いない丹薬であれば、病気の治療に役に立つと考えている人も居るという。
 だが、こうした貴重なノウハウが作られるにも、犠牲はあまりに大きかったのではあるまいか。


「原色和漢薬図鑑」 保育社
「毒薬は口に苦し」 川原秀城 大修館書店
「練丹術と丹薬」 張覚人 与野書店