フリーメーソンの起源


 フリーメーソンリー(自由な石工)の起源は、伝説によるとエルサレムのソロモンの大神殿を建設した建築家達に遡るという。だが、これは勿論、伝説であって、信憑性は無い。
 フリーメーソン(freemason)が、最初に歴史の記録に現れるのは、1378年にカンタベリー大主教が出した勅許状であり、少なくともこの時代には存在していたことが分かっている。
 そして、その起源は、1276年に神聖ローマ帝国がストラスプールの大聖堂の建築に携わる石工職人のギルド(同業組合)に労役と税金を免除したことが始まちだと言うのが定説である。

 フリーメーソン、より正確にはフリーメーソンリーは、もともと、大聖堂や修道院、宮殿や城を建築する石工職人達の同業組合から発展したものである。こうした職人達の間で有名なのはパーラー家であろう。
 こうした同業組合はヨーロッパ各地に点在していた。
 彼らは大きな建築事業に従事していたわけだが、そんな大きな事業は、そうそう一つの国や領地に限定されるものではない。そんなわけで、彼らはヨーロッパのあちこちを旅して回らなければならなかった。こうなると、どうしても同業者同士の連帯関係、信頼関係が重要になってくる。
 また、彼らは当時としては最先端のテクノロジーに通じた技師でもあった。そこで、こうした技術のノウハウを、お互い情報交換したり、あるいは逆に企業秘密にして選ばれた者のみに伝授する必要にも迫られた。
 ことに、中世において、建築技術は特別視され、「王者の技術」とさえ呼ばれた。もともと職人と言うのはプライドが高いものだが、石工達は城や宮殿の建築で当時の権力者達と交わり、また大聖堂建築のように、「神のため」の仕事に従事したりするから、尚更であった。
 それに加えて、大規模な建築には、建築学のみならず工学、物理学、数学、幾何学、美術という途方もない量の高度な知識と技術の集大成でもあった。そのうえ、建築物の装飾には、様々な暗喩を含んだシンボルも用いられたため、宗教思想や哲学やある種の秘術的な学問も絡んでくる。
 もちろん、こうなると、この「王者の技術」は、先に述べた通りの企業秘密の保持の他に、神秘性も帯びて来て、「高貴な秘められた知識と、それを得るための技」を伝承していると考えられるようになった。さらに、これは選ばれた者にのみ伝授される秘密の奥義ということにもなった。

 もともと、こうした同業者組合には、一種の入門儀礼、イニシエーションが存在した。
 とは言うものの、最初はそんな大仰に構えるようなものではない。今でも看護婦の戴冠式や医者のヒポクラテスの誓いみたいな職につくための儀式がある。それに近いものだった。
 そう、入門儀礼や技術の秘伝伝授は、何も石工ギルドの専売特許ではない。どこのギルドにもあった。

 しかし、石工の場合は、「王者の技術」を伝える奥義伝授の意味が加えられたたtめ、そのイニシエーションは、神秘性を帯びて来て、秘教結社と思われるようになって行ったのである。
 そしてさらに、入門儀礼も秘密裏に行われ、ヒラム・アビフ伝説のような各種の伝承や秘儀を口述伝授し、独自のシンボルや合言葉を使った儀式を制度化してゆくうちに、いつの間にか入社的秘密結社へと変貌してしまったのである。

 もっとも、こうした入社的秘密結社と化した石工ギルドが存在したのは、16〜18世紀のスコットランドだけである。それ以外の石工ギルドは、こんな入門儀礼(イニシエーション)が異常進化した秘密結社にはなっていない。「王者の技」を伝承してはいるが、普通の他職のギルドと大きな差の無い団体が殆どだったらしい。
 この状況が大きく変わるのは、17世紀以降である。

 それはさておき、
 フリーメーソンの「フリー(自由)」の語源には、2つの説がある。
 一つは先に述べた「労役・税金の免除」説である。こうした免除の特権を与えられた者のことを「自由民(freeman)」と言う。ここから来たという説だ。
 また、フランスにおいては、各地を移動する行商人や巡歴職人達に、「移動の自由の保証(franc-metier)」の特権を与えることがあった。当然、石工達も、あちこちを移動するわけで、彼らにもこの特権があたえられた。
 この免除の特権と移動の自由の特権を合わせたものが「フリー」であり、ここから来ていると言う説である。
 もう一つは、建築の石材として、フリー・ストーンと呼ばれる軟質の砂岩や石灰岩を用いることがあった。この石材は高価なのに加え、細かい装飾が可能なため、芸術的才能と熟練した技を持った職人が使うべきとされた。つまり、これは一人前の熟練工だけが扱うべき石材であった。
 これに対し、修行中の職人は、ロー・ストーンと呼ばれる固い粗石の加工に従事していた。
 そこで、フリー・ストーンを扱うことが許された一人前の職人達からなる団体をフリー・メーソンと呼び、ここから呼び名が来たのだ、という説である。
 とは言うものの、正しいのはどちらか1つ、と言うわけでもあるまい。おそらく、この両方が混じって、「フリーメーソン」の呼び名が誕生した、と言うのが一番妥当な説ではあるまいか?

 この石工ギルドには、早くも中世の頃から、石工職人以外の者も参入していた。こうした動きは、主にスコットランドで起こっていた。参入したのは、主に貴族や騎士と言った人々だった。
 彼らが参入した理由としては、こうした優れたエンジニア集団を自分の領地に留め置くため、あるいは深いつながりを作っておくため、といった政治的な理由が、もともとの動機であった。
  
 ことに17世紀に入ると、かの薔薇十字運動がヨーロッパ全土を席捲する。
 この時、スコットランドの石工達が使っている秘境的なシンボルを見た好事家達が、フリーメーソンこそ「薔薇十字団」の世を忍ぶ仮の姿に違いない、と勝手に決めつけ、各地のロッジに殺到した。
 しかし、そこにあったのは、仮説の作業宿舎と秘教など何も知らない普通の労働者であった。
 一方、本職に専念したい石工職人達も、いい迷惑だったらしい。好事家に同業組合を乗っ取られて、新たに別の石工職人専門の組織を作ることもあった。
 そんなわけで、こうした現実に失望した好事家達は、石工達のそれとは別に独自のフリーメーソンを作る。
 そんなわけで、石工職人達から成る入社的秘密結社を「実践的フリーメーソン」。石工職人以外の者たちからなる入社的秘密結社を「思弁的フリーメーソン」と呼んで区別する(「思弁的フリーメーソン」は、石工達の「実践的フリーメーソン」からロッジ開設の許可証を貰って始めるものもあれば、勝手に開設されるものもあった)。

 この「思弁的フリーメーソン」は、文字通り燎原の火の如くヨーロッパ全土に広がる。
 とは言うものの、その多くは貴族や裕福な中産階級の者が集まるサロンであり、相互扶助を目的とした慈善団体であることが多かった。

 状況が大きく変わるのは1717年である。
 イギリスの4つのロッジの統合化と中心組織の「グランド・ロッジ」の設立である。これはヨーロッパ中の思弁的フリーメーソンを吸収してゆく。
 いわゆる「フリーメーソンの近代化」である。
 こうした近代フリーメーソンが、テンプル騎士団と関連付けられたり、オカルティズム思想と本格的に結びつくのは、これ以降からの出来事である。
 また、例の「陰謀」なるデマが生まれるのも、同様である。
 これらについては、別項にて詳述してゆきたい。


「フリーメーソンリー」 湯浅慎一 中公新書
「秘密結社の辞典」 有澤玲 柏書房