ファーブル・ドリヴェとフリーメーソンと音楽


 ナチスはフリーメーソンやオカルティストに迫害・弾圧を加えた。そのため、ドイツではメーソンは一時期壊滅状態に陥った。
 1945年、敗戦後のドイツでイヴァン・セールというメーソン会員がナチスに略奪されたメーソン文書の調査を行っていた。略奪によって貴重な文書が散逸するのを防ぐためであった。
 その過程で、彼は「真のメーソンと天の耕作」という文書を発見したのである。これは偶然ドイツ軍の司令官のオフィスの抽斗から発見された。

 この文書は音楽オカルティズムとフリーメーソンの象徴体系の融合をはかった文書であった。
 すなわち、「ファ」と「シ」の音を、ソロモンの神殿のボアズとヤキンの二柱に照応させることを解説した書であった。
「ファによって創造されたシは愛または膨張力を象徴する。シによって創造されたファは混沌または収縮力を象徴する。この両者が宇宙の根源原理である。」
 この文書によると「ファ」はヤキンと照応し、「シ」はボアズと照応するという。
 ともあれ、この文書はメーソン系の秘密結社で閲覧されていた。その結社の名前は「真のメーソンと天の耕作」団であったという。

 アントワーヌ・ファーブル・ドリヴェは1767年南フランスのガンジュで生を受けた。彼は裕福な家庭に生まれたが、フランス革命によって一族の財産は没収され、その結果、彼はささやかな公務員として1810年まで役所で働き糊口をしのぐという生活を続ける。
 当然のごとく、彼は革命を嫌った。彼はフランス革命によって音楽は堕落したと考えた。
 彼は音楽オカルティストのピエール・ジョセフ・ルシエ神父(1716〜1790年か?)の影響を受けていた。神父は古代音楽の復興を主張した。それは古代エジプトであり、古代ギリシャ音楽はその後継である。ゆえに音楽家は古代ギリシャを学ぶべし。また、中国文化への理解と評価を行い、占星術と音楽との照応の研究の重要性を説いていた。
 ドリヴェは、このルシエ神父の影響を受け、それに批判をも加えながら自分の体系に取り組んだ。
 彼は特定の組織に属することもなく、古代ギリシャの音楽理論に惹かれていた。そのため、彼はピタゴラス主義者とも呼ばれることもある。
 彼は既に1790年代にはプロの音楽家として売り出し活動も行っていた。同じく小説の執筆も行っていた。彼は新プラトン主義的な思想に染まっており、プラトンと音楽を結びつける思想は1797年の論文にも見られるという。
 彼の名が高まるのは1804年である。ピアノ伴奏のロマンスものを出版し、古代ギリシャ音楽の復興を唱え、「ギリシャ旋法」なる音階を提唱した。同年、ナポレオンの戴冠のための宗教儀式の曲を作る(ただし、彼は政治思想的にはナポレオンを嫌悪していた)。
 1805年に彼は結婚するが、この時に一種の哲学的な転向があったらしい。さらに彼は当時の音楽雑誌の中で、激しい論争を行い、これが一部読者の反発をもかったらしい。
 突然彼は沈黙するのである。
 彼が再び活動を開始するのは、1811年である。

 1811年、彼はカバラの研究を行い、これを自分の音楽理論に組み込んでいた。
 彼はそれをヘブライ語を解説し、「創世記」の独自の解釈を行うという形であらわされた。彼によると「創世記」の中には古代エジプトの神官たちの秘密の奥義が隠されていると言う。
 さらには彼は、自分の理論は先天的な聾唖者の治療にも応用が可能であるとした。
 それが「復元されたヘブライ語」である。 
 しかし、彼は当時の権力者のナポレオンとは犬猿の関係であり、一部のナポレオンの腹心からは一目置かれたものの、協力は得られず、経済的な理由その他から著書の出版は実現しなかった。
 しかし、1813年に「ピタゴラスの黄金詩篇」を発表する。これは彼の思想をまとめたもので、カバラ、ヘルメス文書、ゾロアスター、インドの「パカヴァット・ギーター」から、中国の「荘子」をも含んだ壮大なものであった。
 彼は同年から1821年までに多くの原稿を書いたが、その多くが散逸してしまった。それらは本として出版されることもなかった。
 1822年には離婚。これによって経済的に非常に苦しくなる。そして、1825年に永眠した。
 彼の死後、原稿は友人によって大切に保管されたが、この友人も本を出すような経済的ゆとりはなかった。この友人の死後、原稿は売りに出され1840年代に一部が雑誌掲載された。そして、これが本の形で出版されたのは、やっと1896年である。それが1928年に改訂版が出された。これが「音楽」という本である。

 彼は音楽の本質は原理の中にあり、その原理から生まれたものでありながら、頻繁に瞑想する音楽の変遷の内には存在しないとした。そして、その原理は新プラトン主義、ひいては古代エジプトあるいは中国の音楽を探すことによって発見できるとした。
 その原理は、一種の二元論であるという。これは先の「創世記」の解釈ともつながる。創造において「水」の二つの分離、天となるべき「希薄な水」と海となる「濃厚な水」の分離。これはヘルメス哲学における「上昇する」、「下降する」の思想ともつながるのである。そして、神は天に「感覚可能な光」を置く。その光は下方を照らし出し、その結果、下の世界を刺戟し、「叡智の光」を造りだす。
 この二元論は、「膨張力」と「収縮力」に還元されるという。パルメニデスの「エーテルの火」と「夜」、ヘラクレイトスの「上の道」と「下の道」、ティマイオスの「叡智」と「必然」、エンぺドクレスの「愛」と「憎しみ」、プラトンの「同」と「異」も、これと照応するという。
 これをフリーメーソンの象徴体系と結合するのには、さして時間はかからなかったようである。

 「真のメーソンと天の耕作」の中には、儀式の手順、祭壇の詳しい描写、結社の規則なども書かれている。
 この文書はドリヴェの執筆によるものだが、彼の率いていたこの音楽オカルティズムのフリーメーソン系秘密結社が、具体的にどのようなものであったかは、これ以上は分からないらしい。
 だが、彼の思想は、フリーメーソンの象徴体系、また多くの音楽オカルティスト達に影響を与えることになるのである。


「音楽のエゾテリズム」 高尾謙史訳 ジョスリン・ゴドウィン著 工作舎
「星界の音楽」 斉藤栄一訳 ジョスリン・ゴドウィン著 工作舎
「天球の音楽」 山田耕士他訳 S・K・ベニンガーJr.著 平凡社