マカンダル伝説


 ハイチは新世界において、欧米の植民地から最初に独立を成し遂げた国であり、また人類史上においても奴隷の反乱が成功した稀有な例でもある。当然、このハイチ革命の成功に至るまでは、夥しい血が流れ、多くの犠牲者を出して来たのである。
 フランソワ・マカンダルは、最初の革命家として、その名前をハイチ史に残している。
 彼以前にも、白人と戦った奴隷の指導者は何人も居たが、いずれも暴動のリーダー、盗賊団のボス的な色合いが強い。それに対してマカンダルは、最初に組織的な革命活動を行ったという点が、特筆に値する。

 マカンダルは、現代においても、ブードゥー教の聖人である。祈祷にも彼の名は現れる。彼はブードゥー教においては、救世主、魔よけ、呪術師、毒薬、毒殺者、革命の指導者、白人の圧制からの解放者などの意味を帯びた、一種のシンボリズムになっている。
 従って、彼の伝記には、伝説が多く混入しており、どこまでが史実でどこまでが虚構なのか分かりにくい所も多い。

 フランソワ・マカンダルは1704年、アフリカのギニア、マンディゴ族のイスラム教を奉じる良家の息子として生を受けた。そんな彼がどうして奴隷としてハイチに連れて来られたのか、よく分からない。
 だが、彼はハイチの北ランベ地方の農園で奴隷として働かされた。1740年に、彼は農作業用の機械に腕を巻き込まれ、片腕を失ってしまう。力仕事の出来なくなった彼は家畜の番人となった。
 彼が「マルーン」と関わるようになったのは、この事故以後のことであるという。
 
 「マルーン」とは、逃亡奴隷のことである。語源はスペイン語の「野生に戻った家畜」を意味する「シマロン」から来ているという。ハイチでの過酷な酷使と虐待に耐えかねた奴隷達は逃亡し、山間部やあるいは都市に潜伏した。こうした潜伏した逃亡奴隷の数は、1720年代には1000人、1750年代には3000人を越えていたという。
 彼らは生きるために「共同体」を組織した。それはやがて「秘密結社」化し、宗教的な儀式を行う「宗教結社」化した。無論、ブードゥー教の原型の一つとなった宗教を奉じていた。これは西アフリカに見られる宗教的秘密結社を踏襲したものであった。
 彼らは、逃亡奴隷を助けたり、自分たち独自の農園を耕したりした。だが、白人の農園や商店、輸送隊を襲撃するなどの盗賊行為も行った。
 当然のように、彼らは反白人の思想を持っており、やがて逃亡奴隷だけではなく、農場で働いている逃亡していない奴隷達とも連絡を取り合うようになり、秘密のネットワークを作るまでになって行ったのである。
 
 マカンダルは、農場から逃亡し、「マルーン」の結社に入団する。そして、彼は、こうした結社の中で、宗教的指導者となり、頭角を現してゆくのである。
 彼と同時代のとある白人は、マカンダルについて、こう述べている。「彼はおそろしく雄弁な男である。彼の弁舌は、ヨーロッパ知識人の雄弁家のそれに匹敵した」。彼は、頭がよく、弁舌に優れ、強烈なカリスマ性を持っていたわけである。
 同時に彼は優れた呪術師であり、伝説によると、動物や鳥、魚、昆虫に変身することが出来たという。特に緑色のイグアナ、夜行性の蛾、見かけない犬、場違いな所にいるペリカンなどが、マカンダルの化身であるとして懼れられた。
 夜間に外出する時は、黒山羊の皮をかぶり、左右の角に松明を付けている。共に歩む彼の子供は猪のような顔をしていたという。
 女達はマカンダルと一夜を共にすることを名誉なことと考えていたし、彼のためなら命も差し出す男達が、常に彼の周囲にいた。

 彼が、本格的に革命の計画を立て始めるのは1757年頃かららしい。ハイチ全土の黒人奴隷達を団結させて蜂起し、白人をハイチから追い払う。そして、黒人だけの国を造る。これは、組織的に行われたものとしては、最初の反乱計画である。
 そのために彼は、白人の農園襲撃の陣頭指揮を自ら取ることもあった。
 とは言うものの、圧倒的な力の差がある場合、圧倒的に弱い方は、テロリズムに走らざるを得ない。
 マカンダルが用いた方法は、毒薬であった。
 呪医でもあった彼は、当然の如く薬草や毒草にも通じていた。
 彼は、この毒薬を、結社のネットワークを利用して、至るところにばらまいた。井戸に投げ込み、家畜の餌に混ぜ、奴隷を所有する白人の飲食物に混ぜた。いわゆる「マカンダル事件」である。この時、毒殺された白人は6000人に及んだと言われる。
 また、彼は自分に従わない黒人達にも、毒を飲ませて粛清した。

 彼の逮捕のきっかけは仲間が裏切って白人に密告したためと言われている。あるいは、彼を支持していた奴隷の少女が、火炙りにされた時、自分の信じる聖人である彼の名を叫んだため、とも言われる。
 ともあれ、彼は白人の所有する農園の近くで酒に酔うというミスをしでかし、そこで逮捕される。
 そして、火炙りの刑に処せられ、殺された。
 伝説によると、炎が彼の身体を包み込もうとした瞬間、ブードゥーの神が彼に憑依し、この世のものとは思えない叫び声をあげ、蚊に変身し、飛び去って行ったという。

 だが、マカンダルの名前は、奴隷からの解放を望む黒人達の、精神的支柱となった。
 ことに1791年に起こる一斉蜂起において、彼の名前は大きな精神的役割を果たすことになるのである。
 この一斉蜂起は、マカンダルを始めとした過去の指導者達の業績や失敗を踏まえた上での用意周到な計画的なものであり、ブードゥー教の秘密結社のネットワークを利用して準備された。最終的には、ハイチ全土に広がり、奴隷、解放奴隷、ムラート(混血)、女子供も加わり、10万人以上が参加する大反乱となった。
 この時、鎮圧にハイチに上陸したフランス兵達は、多くのブードゥー教の祭儀が、反乱軍によって行われているのを目撃し、報告している。
 この革命は長期化し、革命軍の内部抗争もあり、さらにスペインの介入などもあり、ひどくややこしい情勢となる。
 だが、強力な指導者トゥサン・ルヴェルチュールが登場し、1794年にフランス議会は正式にハイチの奴隷制を廃止、1801年に黒人のトゥサンが総督に正式に就任する。だが、ナポレオンが登場すると、彼はハイチの奴隷制の復活、植民地の復活を主張し、1万人以上の兵を送り込んできた。
 トゥサンは個人的にはナポレオンを尊敬しており、彼に似た軍服を着用していたほどである。にもかかわらず彼は捕虜となり、フランスに連衡され、そこで獄死した。
 新たな白人の指揮者ロシャンボーは、残忍冷酷な支配を行った。革命派の黒人やムラート(混血)たちを、拷問にかけ、数千人を虐殺した。
 だが、トゥサンの元部下だったデッサリーヌが、再び反乱を起こす。
 近代兵器を持つフランス軍だったが、黒人たちの根強い抵抗にあった。さらにマラリアや黄熱病が襲いかかった。
 フランス軍は実に6万人を送り込んだが、その大半を失った。フランス軍はボロボロになり、撤退。そして、1604年に、ついにハイチは独立を勝ち取ることになるのである。
 
 
「ブラック・ジャコバン」 C・L・R・ジェームズ 大村書店
「ヴードゥー教の世界 ハイチの歴史と神々」 立野淳也 吉夏社 
「神秘家列伝・3」 水木しげる 角川書店
「魔法の島」 W・B・シーブルック 大陸書房
「この世の王国」 アレッホ・カルペンティエール サンリオ文庫